英国で飲食店を開く際の設計・施工の留意点
建築専門家に聞く(2)

2024年9月18日

日本食人気の高まりとともに、日本から英国への飲食店進出も進んでいるが、店舗開業までのプロセスは日本とは異なり、事前の調査が不十分だと予想外の追加費用や時間がかかる(「建築専門家に聞く(1)英国で飲食店を開く際の物件探しの留意点」参照)。賃貸物件の建築・デザインで数多くのプロジェクトを行ってきたアラデザイン代表の荒幾則氏に、英国における飲食店開業の際の留意点について、日本との相違点を軸にして話を伺った(取材日:2024年3月14日)。前編に続く当記事では、設計・施工における規制・手続き面での留意点について解説する。


荒幾則氏(本人提供)

設計と施工の両方を行う会社は少ない

質問:
デザイン・設計・施工を進めていく際の日本と英国の違いは。
答え:
日本では、施工業者が役所関連の書類の対応、スケジュール管理、規則の順守、費用の抑制など、細かな対応をしてくれるケースが多いが、英国では、施工業者は施工を実施するのみで、書類の対応などはしないので、借り主側が自前で行うか別の業者を雇って行わなければならない。
設計を行わない施工会社が多いので、デザイナーのほかに、空調や電気設備の設計事務所も必要になることがある。また、作業員の健康と安全の確保を図る安全管理の責任者(Principal Designer)を別途雇うなど労働法規にのっとった対応も必要である。 このように、日本は一連の業務がパッケージになって提供されるが、英国では担当が細分化されている。
質問:
役所関連の手続きはどのようなものがあるのか。
答え:
建築関連では、都市計画上の許可(Planning Permission)と建築規制の承認(Building Control)の 2種類がある。
まず、都市計画上の許可は、次のカテゴリーに分類され、該当する場合は役所に許可申請をし、承認を受ける必要がある。
  1. Listed building(歴史的建築物)
  2. Conservation area(保存地域)
  3. Change of Use(用途変更)
  4. Adverts & Signs(広告、看板)
  5. Shop front(店舗のファサード:正面の外観)
  6. Extension(増築)
  7. Tree preservation order(保存木)〔保存木の伐採・剪定(せんてい)時に許可が必要〕
  8. Highway Licence – Tables & Chairs(道路へのテーブル・椅子の設置)
また、看板やドアのサッシなどに使用される素材などを含めて、役所だけでなく、家主の確認・承認(Landlord Approval)も得る必要がある。
一方 建築規制の承認では、建築基準法(Building Regulations)のほか、消防法(Fire Safety Regulations)、2010 年平等法規則〔Equality Act 2010、障がい者差別禁止法(Disability Discrimination Act)〕に関する順守事項が挙げられ、全ての店舗に対して確認申請を行い、承認を受ける必要がある。
その他、建築関連外にはなるが、保健所関連の順守事項である環境保護(Environmental Protection)、食品衛生(Food Hygiene)、飲食店の施工中や開店後にかかわる安全規制(Health & Safety)などがあり、アルコールを扱う場合は、アルコールライセンス(Alcohol Licence)の取得が必須となる。これらも借り主か借り主側の弁護士が申請を行う。日本と異なる点としては、英国では食品の保管に関するルールがかなり厳しい。英国の食品衛生基準について詳しくない場合は、弁護士などの専門家を雇い、きちんと対応する必要があるだろう。
質問:
施工で順守しなければならない事項をもう少し具体的に教えていただきたい。
答え:
歴史的建築物(Listed Building)に当たる場合は、さらに厳格で細かい規制がある。歴史的建築物のGrade 1に当たる場合、改修工事で何かを壊したりすることはほぼ不可能であり、Grade 2の場合は、Grade 1より緩和されるもののそれでもかなり厳しい。以前、Grade 1の賃貸物件を受け持った際、物件内の大理石の床がひび割れていたが、そのひびを直すのも許可が下りなかった。特にロンドンは歴史的建築物が多くあり、物件を借りたものの何も壊せないといったケースもあるので、借りる前に確認しておくべきである。
これらの該当する規制や基準に対しては、役所への書類が必要となるものが多くあるため、専門家なしでの対応はほぼ不可能と思ったほうがよい。例えば、ショップフロントの看板を申請なしで設置している店舗もあるようだが、家主などに指摘された際は指摘どおりに直す必要があり、また、役所から指摘された場合は、看板をすぐに撤去しなければならないだろう。

飲食店開業を成功させるためのポイント

質問:
最後に、日本から英国への進出を考えている飲食企業に対してメッセージを。
答え:
英国では築100年以上の物件が多くあり、プロセスも日本とかなり異なることに留意が必要である。様々な規制があり、物件の交渉方法も異なるため、日本に比べてレストランのオープンまでに必要な作業が多く、結果的に圧倒的に時間がかかる。物件に関する各調査についても、業者に頼んでも次の日に調査に来てくれることはまずなく、全てにおいて時間がかかる。このような理由からも、日本で設計し、英国で施工するパターンの場合は、英国側に建築アドバイザーが居ないとかなり難しいだろうし、また賃貸契約の後にインフラ関連の調査をするようでは様々な面で大変になってしまうので事前の調査が重要である。
また、日本である程度認知されている飲食系の企業でも、英国の家主にとってはほぼ無名であることが多い。前編で述べたように、自社企業のポートフォリオを作成し借り主側のエージェントに使ってもらうことが有用なほか、既にノウハウやある程度英国で知名度を持っている在英企業と合弁会社を作り、その会社を通して飲食店を経営するというやり方もあるかと思う。
英国では、寿司(すし)のレストランやテイクアウェイの単価がピンからキリまであり、またラーメン、寿司、カツカレーなどのレストランや中食の数もいまだに増え続けている。フランスやイタリアは自国料理のレストランが多いが、英国は全体的に外国料理のレストランが多く、公用語が英語なので比較的理解しやすいということもあり、海外進出を狙う日本の飲食企業にとっては1つのターゲットになると思う。
英国における飲食店の不動産選びから開業に至る過程の中で、英国の独特な慣習や規則・ルールを無視することはできない。店舗の不動産契約前に、各事項について正しく理解し適切に対応することが、遠回りするように見えても近道になりそうだ。対応すべき事項の範囲は広く、専門的な知識が必要になることが多いため、経験豊富な専門家に助言を求めることで工程がスムーズに遂行できるだろう。

店舗開発フロー

荒氏へのインタビューなどを基に、店舗開発における各段階の主なタスクおよびリードタイムを図に整理した(図参照)。ここで示している期間は全てがスムーズに進んだ場合を想定しており、本稿連載(1)で解説した物件調査を経て候補物件が決まったのち、多くは開店まで6カ月以上かかっているというのが実情だ。

図:英国における店舗開発フロー(イメージ)
「不動産エージェントとの契約、不動産物件調査」は早ければ約1カ月。その後、「ソリシターとの契約、賃貸条件交渉」と「賃貸契約書作成」に3カ月程度。同時並行で、「コンセプト・デザイン作成、各種法規の確認」、「家主への仮申請、実施設計」、「都市計画上の申請、建築規制の承認、家主への許可申請」に3カ月程度。その後「施工見積もり、施工業者決定・発注」、「内装施行」に3~4カ月程度。

注:ケースによってこれ以上かかる場合もある。
出所:アラデザインの荒幾則氏へのインタビューなどを基にジェトロ作成

建築専門家に聞く

  1. 英国で飲食店を開く際の物件探しの留意点
  2. 英国で飲食店を開く際の設計・施工の留意点
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
尾崎 裕子(おざき ゆうこ)
2008年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。