現地企業に聞く、スリランカから南アジアへの戦略的事業展開

2023年11月24日

スリランカのラニル・ウィクラマシンハ大統領が7月21日、インドを訪問し、ナレンドラ・モディ首相との首脳会談を実施した。両国の経済連携を深める機運は高まっている(2023年7月25日付ビジネス短信参照)。また、経済危機に陥ったスリランカ経済の再建においては、スリランカ・インド間のみならず、日本による協力に対しても期待が高まっている(2023年8月17日付ビジネス短信参照)。

では、「自由で開かれたアジア太平洋(IPEF、注)」構想[特集「インド太平洋経済枠組み(IPEF)の動向」参照]を提唱する日本の企業にとって、スリランカを拠点とすることで、どのような事業機会が得られるのか。スリランカを本拠として南アジア各国で事業を展開する現地企業に聞いた(取材日:2023年9月6日)。

南アジア地域のハブを目指しつつも

ウクライナ紛争の長期化、米中覇権争いの常態化、各国による貿易制限的措置の増加などにより、国際情勢がビジネス環境に強く影響を及ぼしている中で、昨今、スリランカの地政学上のリスクと事業機会に注目が集まっている(「ジェトロ世界貿易投資報告 2023年版」参照)。インド洋に囲まれた、戦略的要衝に位置するスリランカは、原則的に非同盟中立でバランス外交を重視してきたが、現在はインド洋での覇権をめぐり駆け引きを広げる、特にインドと中国との間で、同国はバランスの維持に努めている。スリランカは南アジア各国との友好関係にも配慮しており、同国が2022年春に経済危機に直面した際には、南アジア諸国(インド、バングラデシュ、パキスタン)がスリランカに支援を提供し、それぞれの国との間の良好な関係が示された。

スリランカは、南アジア各国との友好関係を維持する一方で、同地域への輸出を通じた需要は十分に取り込めていない。表のとおり、スリランカの輸出額全体の約半分を米国や欧州への輸出(主に繊維・衣料製品)が占めており、近隣国への輸出は少ない。インドは3番目の輸出先になっているが、図が示すとおり、2018年以降、スリランカの大幅な貿易赤字が続いている。周辺にインドやパキスタン、バングラデシュなどの新興国市場を抱えるスリランカは、南アジア地域の主要な海路・航路上にあるという地理的条件を生かし、同域内の物流ハブとしての成長を目指している(2023年6月1日付地域・分析レポート参照)が、南アジア各国への付加価値を高めた輸出に苦戦している。

表:スリランカの国・地域別輸出金額
順位 国名 金額
(100万ドル)
構成比
(%)
1 米国 3,321 25.3
2 英国 963 7.3
3 インド 860 6.6
4 ドイツ 742 5.7
5 イタリア 641 4.9
6 オランダ 428 3.3
7 カナダ 361 2.8
8 アラブ首長国連邦(UAE) 355 2.7
9 ベルギー 310 2.4
10 オーストラリア 256 2.0
11 中国 255 1.9
12 フランス 249 1.9
13 日本 231 1.8
14 バングラデシュ 211 1.6
24 モルディブ 106 0.8
30 パキスタン 78 0.6
合計 13,106.4 100

出所:スリランカ中央銀行

図:スリランカのインドとの輸出入額
2018年から2022年にかけて、スリランカにとって大幅な貿易赤字が継続している。

出所:スリランカ中央銀行

高い品質や顧客対応力を武器に、スリランカ国内外で積極的に展開

そうした中で、南アジアのインド、バングラデシュ、モルディブとのビジネスで成功を収めているスリランカ企業もある。同国で配電盤を製造するKIKグループだ。同グループ会長のラリット・カハタピティヤ(Lalith Kahatapitiya)氏に、スリランカの拠点としての魅力や南アジアへの展開戦略、さらには日本企業との連携可能性について聞いた(取材日:2023年9月6日)。


KIKグループ会長のラリット・カハタピティヤ氏(同社提供)
質問:
会社概要について。
答え:
低電圧配電盤をスリランカ国内で製造し、国内外で販売している。当社はカトナヤケ国際空港近くの輸出加工区(Export Processing Zone:EPZ)に工場を構えている。1994年の創業以来、約30年間、配電盤を製造してきた実績が強みだ。当社製品は、南アジアのインドやバングラデシュ、モルディブの発電所や空港、大手企業の工場や病院などの施設で利用されている。そのほか、オーストラリアやニュージーランド、中東でも事業を展開している。
質問:
KIKが顧客から特に評価されているポイントは。
答え:
これまでの顧客である日系建設企業や韓国の自動車会社、スリランカの建設会社などからは、当社の品質の高さや均一性、納期の順守や要望に対する対応、アフターサービスなどについて評価する声をもらっている。

KIKグループの配電盤(同社提供)

低廉なコストと南アジア各国との接続性を生かした、日本企業との協業に期待

質問:
スリランカからインドにはどのように市場を開拓したのか。
答え:
当社では、20年以上前にインド・チェンナイに駐在員事務所を設立した。これまでにデリー市の地下鉄(デリーメトロ)のほか、モトローラやノキア、ヒュンダイ(現代自動車)や日産自動車などのインド工場に配電盤を納入している。
インドでのビジネスが成功した要因は、当社が細部まで気を配ること、柔軟に対応すること、期限内に納入すること、そして最高の品質にこだわっていることなどが挙げられる。加えて、インド市場の動きをよく理解するとともに、顧客のニーズに適応し、事業規模を拡大する能力を備えていたことも成功のカギとなった。
質問:
バングラデシュやモルディブでは、どのようにビジネスを展開しているのか。
答え:
バングラデシュでは、主に工場や発電所と取引をしている。特に当社の高電圧の受配電を行うスイッチギヤは、その信頼性と確実性で高い評価を得ている。他方、モルディブではホスピタリティ部門に力を入れており、当社の製品は現在、同国でトップレベルのリゾートホテルで使用されている。
両国では、当社がこれまでに維持してきた評判の高さや、現地における強力なパートナーシップ、それぞれの文化や規制上の要件、そして顧客の期待に対する適切な理解が成功の要因になったと考えられる。
質問:
南アジアとのビジネスを展開する日本企業が、人口が多いインドやバングラデシュ、あるいはパキスタンではなく、スリランカに拠点を設立するメリットとは。
答え:
次の4点を挙げたい。
  1. 戦略的立地:スリランカの地理的位置は、アジアの中心的ハブとして他国にはない優位性がある。この立地により、インドやパキスタン、バングラデシュやモルディブなど南アジア市場全体への効率的な物流やアクセスが容易となる。
  2. 自由貿易協定(FTA):スリランカは1998年にインドと、2002年にパキスタンとFTAを締結しており、スリランカ国内で生産した商品を有利な交易条件で輸出できる。さらに、バングラデシュとの間でも特定国間の貿易で一部品目に係る差別的(一方的)な優遇処置を行う特恵貿易協定の締結に乗り出しており、域内経済統合に積極的な姿勢を示している。2023年7月には、南アジアの国としては初めて、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に加入申請をしている点もメリットになるだろう。
  3. 低廉なコスト:スリランカでの事業運営にかかるコストは、市場が成熟した他国よりも割安で競争力があり、企業収益や効率的な経営の観点から優位性がある。
  4. 協力的なエコシステム: スリランカではイノベーションと起業家精神のエコシステムが発展しつつあり、設立した企業を育成する環境も整っている。
質問:
KIKグループとして、日本企業に何を期待しているか。
答え:
ロボットや生産工程の自動化に特化した製品を有する日本企業と合弁企業を設立したい。現在、当社では、繊維、農業、自動車、小売り、物流、製薬など南アジアの様々な業界で適用可能な、優れた先端技術を求めている。当社の社員は機械工学や電気工学、AI(人工知能)によるソフトウェア開発などについて熟達しており、先進的なソリューションの開発に向けた協力も可能だ。また、これまでスリランカ国内外の日本企業の工場で商品を提供してきた過去の実績にも注目してほしい。日本企業との新規事業においては、既存の配電盤の分野に限らず新たな商品・サービスの開発に取り組みたいと考えている。

注:
Indo-Pacific Economic Framework for Prosperityの略。インド太平洋地域における経済面での協力について議論するための枠組み。2023年10月5日時点で、日本を含む14カ国が参加を表明しており、参加国間でのサプライチェーン強靭(きょうじん)化や脱炭素化に向けた連携強化、デジタル貿易促進や租税回避の抑制に向けた国際ルール形成などが想定されている。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。