EUのCBAMは、輸出機会をもたらすか(カナダ)
独自の国境炭素調整(BCA)制度導入も準備中

2023年11月1日

EUは2023年10月1日、炭素国境調整メカニズム(CBAM)の移行期間を開始。これにあわせ、輸入事業者には報告義務が課されることになった(2023年10月3日付ビジネス短信参照)。

一方カナダでは、2019年から炭素価格制度が設定されている。その後、CBAMと同様の「国境炭素調整(BCA)」の導入に関する議論が始まったものの、法制化には至っていない。

本稿では、CBAMによるカナダへの影響を探っていきたい。ただし、それを理解する上では、CBAMと同様の産業を対象にするBCAについて把握することが早道になるだろう。そのため、まずBCAについて俯瞰(ふかん)する。そのうえで、関係団体によるCBAMに対する見方を紹介。CBAMの2026年の本格適用に向けて、カナダでどのような変化が想定されるのかに踏み込んでいく。

国際競争上対策としてBCAを導入

カナダでは、温室効果ガス(GHG)削減に向けて、炭素汚染を価格付けする炭素価格制度が2019年から全国で運用されている(2023年9月27日付地域・分析レポート参照)。しかし、カナダの貿易相手国の多くは自国に高水準の炭素価格制度を持たない。そのため、カナダで高い炭素価格を支払う企業は国際競争上、不利な状況に直面するおそれが生じることになる。

これを踏まえた措置が、国境炭素調整(BCA)だ。カナダ政府は2021年8月、その導入に関して文書を公表。意見公募・協議の受け付けを開始した(詳細はカナダ政府ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照)。同文書では、輸入手数料や輸出リベートなどの導入が提案されている。

より具体的に、輸入手数料が適用されるのは、炭素価格が低いまたは炭素価格制度未導入の国からの輸入品に対してだ。その賦課により、国内生産者に適用される炭素コストと同様のコスト負担が国内市場で保証されることになる。一方で、輸出リベートは生産者に提供される。これにより、炭素価格の低いまたは炭素価格制度未導入の国の製品に対して、カナダの生産品が外国市場で対等に競争できるようになる。

炭素集約的で輸出志向の品目が対象

では、どのような製品がBCAの対象になるのか。

カナダ政府は、同文書の中で「炭素集約的かつ輸出依存が高い産業(EITE)部門が製造する製品は、最もBCAの関連性が高い」と説明している。「EITE」自体の定義は、国ごとにさまざまだ。カナダ政府としては、(1)「炭素集約的」とは、GHG排出量が年間5万トン以上〔二酸化炭素(CO2)換算〕の施設が1つ以上、(2)「輸出依存が高い」は、国内生産額に対する輸出入総額の割合が80%以上、という基準を示した。

カナダ財務省によると、カナダのEITE部門生産(粗付加価値額)は、GDPの10.6%を占める(2015~2017年の平均)。内訳は、石油・ガスが2.7%、鉱業が1.3%、飲食が1.1%、木材・パルプ・製紙が1.0%などとなっている(表1参照)。

表1:カナダのEITE部門生産がGDPに占める割合(2015~2017年平均)(単位:%)
EITE部門 割合
石油・ガス 2.7
鉱業 1.3
食品・飲料 1.1
木材・パルプ・製紙 1.0
化学 0.9
石油・石炭製品 0.7
自動車・部品 0.7
一次・加工金属 0.6
プラスチック・ゴム製品 0.6
航空宇宙製品・部品 0.5
非金属鉱物製品 0.3
天然ガス輸送 0.2
合計 10.6

出所:カナダ財務省

貿易に目を向けると、2018~2020年の平均で、EITE部門の製品輸出額は年間3,600億カナダ・ドル(約39兆6,000億円、Cドル、1Cドル=約110円)。カナダの総輸出額の69.1%を占める規模に当たる。また、カナダのEITE部門と競合する外国製品輸入額は、年間2,690億Cドル。総輸入額の46.3%を占める規模だ。EITE部門別の輸出額では、最多が石油・ガス(890億Cドル)で、次いで自動車・部品(585億Cドル)になっている(表2参照)。

表2:カナダのEITE部門による貿易額(単位:100万Cドル)
EITE部門 2018-2020年
輸出額平均
2018-2020年
輸入額平均
石油・ガス 88,970 19,427
自動車・部品 58,516 78,853
鉱業 46,265 15,544
化学製品 32,939 51,610
金属製品 32,851 25,726
木材・パルプ・紙 32,706 10,212
食品・飲料 28,707 21,070
石油・石炭 18,897 18,842
航空宇宙 14,596 16,604
非金属製品 2,897 6,643
特定のプラスチック・ゴム 2,265 4,120

出所:カナダ財務省

EITE部門の貿易を国・地域別にみると、米国、英国、EUなどが大きい。それらの貿易額シェアの合計は輸出で85.0%、輸入で71.4%に達する(表3参照)。BCAが導入された場合、米国との貿易では、最大2,736億Cドル相当(EITE部門総輸出額の76.1%)が輸出リベートの対象になり、最大1,556億Cドル相当(EITE部門総輸入額の57.9%)が輸入手数料の対象となり得る。

また、EUへの輸出額は158億Cドル(EITE部門総輸出額の4.4%)であり、この中に、CBAMで対象となる鉄、鉄鋼、セメント、肥料、アルミニウム、水素(注1)が含まれている。

表3:カナダのEITE部門による国・地域別貿易額内訳(単位:100万Cドル、%)
国・地域 EITE部門2018-2020年輸出額平均 EITE部門総輸出額に対するシェア EITE部門2018-2020年輸入額平均 EITE部門総輸入額に対するシェア
米国 273,640 76.1 155,608 57.9
英国  16,216 4.5 5,492 2.0
EU 15,782 4.4 30,821 11.5
中国 15,567 4.3 10,686 4.0
日本 8,383 2.3 7,896 2.9
韓国 4,281 1.2 5,737 2.1
メキシコ  3,711 1.0 13,266 4.9
インド  3,223 0.9 2,421 0.9
その他の国 18,821 5.2 36,723 13.7
EITE品目合計 359,624 100.0 268,651 100.0

出所:カナダ財務省

CBAMの公正運用に向け、関係業界労組が課題を列挙

CBAMに対する関係機関の反応はどうか。

EITE部門の1つ、鉄鋼業の労働組合、鉄鋼労働者連合(USW)は2022年1月、前述した意見公募・協議の機会を捉え、意見書を提出した(詳細は、BCA資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(275KB)参照)。USWは、その中で「CBAMは、既存のキャップ・アンド・トレード制度の延長だ。(EU域内の)輸入事業者にはEU域内の生産者と同じ条件で排出枠購入の必要が生じる(よう、仕組み作りがなされている)」と述べた。

一方CBAMでは、一定の域外生産国で炭素価格が支払われている場合、その分の減額が認められる。USWはこの点に関し、EUとの交渉などを通じてカナダ政府が今後確保すべき課題として、以下3点を挙げた。

  1. CBAMが公正で、外国の生産者に不当なペナルティーを科さないようにすること〔より具体的には、外国製品に組み込まれた排出量の既定値に、(外国企業側から)異議を申し立てることができるようにすること。また、カナダの炭素価格制度を還付可能な制度とEUに認識してもらうこと〕。
  2. 体化排出量の計算、ベンチマークの設定、二重保護の回避などの問題に関して、原則やベストプラクティスについて、EUとの合意に向けて取り組むこと。
  3. CBAMの発効に向けてカナダのEITE企業が体制を整える上で必要な技術的支援を講じること。

CBAMがカナダの輸出を後押しする可能性

では、CBAMによって、カナダはどのように影響を受けるのか。

政府系金融機関のカナダ輸出開発公社(EDC)は2023年6月、報告書を発表した。題して「EUのCBAMの影響を探る」。この報告書では、以下の点が指摘された。

  • CBAMにより、おそらく世界中の炭素価格設定国からの輸出が増加することになる。同時に、炭素価格未設定国からの輸出が減少する。
  • 炭素価格未設定国から炭素価格設定国へのリショアリング(注2)の傾向が強まっていく。貿易の流れの変化、コンプライアンス順守のコスト、新たな政策要件を満たす能力の限界などが、その原因。特に発展途上国や中小企業などが、過度の負担を強いられる可能性がある。
  • 一方でカナダは、既存の貿易関係、高水準の炭素価格制度、主要なEITE部門への関与により、この政策から生じる機会を活用する上で独自の立場にある。
    EUのEITE部門の輸入では、鉄鋼とアルミが約75%を占める。水素も、2030年までに年間輸入量が1,000万トンに達する見込みだ。こうしたことから、これら3分野に従事するカナダの輸出企業は大きな機会を得る。
    もっとも、カナダの総輸出額のうち、EUが占める割合は4.8%に過ぎない(2021年)。しかし、貿易ルートは既に確立されている。EUのEITE部門による輸入の金額シェア10%を獲得するだけで、カナダのEU市場への露出は倍増する。
  • カナダは世界2位の肥料輸出大国だ(注3)。アルミ1次品(世界4位)と鉄鉱石(同9位)の生産国でもある。加えて、水素生産でも有力国だ(注4)。さらに当地の電力は、現状でも75%以上がクリーン電源により発電されている。

こうしたことから、カナダが脱炭素化と競争力強化に貢献し、EITE企業製品市場を拡大できる可能性がある。

ただし、懸念材料もある。カナダでは、GHG排出報告が義務付けられているのは年間1万トン(CO2換算)以上を排出する施設に限られている。換言すると、こうした施設を持たない企業がCBAM対象製品をEUに輸出する場合、新たに思わぬ負担が発生してしまう可能性が生じる。すなわち、GHG排出量を追跡することでリソースが消耗したり、輸出収益の予期せぬ減少したりする影響が考えられる。とりわけ中小企業には、打撃になりかねない。

結局、CBAMはカナダにとって輸出の追い風となるのか。2026年の本格適用開始に向けて、今後の動きが注目される。


注1:
CBAMの対象は2023年10月1日時点で、鉄・鉄鋼、セメント、肥料、アルミニウム、水素、電力とその一部川下製品(詳細はCBAM規則付属書I外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますにCNコードとして記載)に限定されている。
しかし、CBAMはEU域内排出量取引制度(EU-ETS)を補完する制度だ。そのことから、2030年をめどに、CBAM対象製品をEU ETSの対象セクターの製品全般に段階的に拡大する見込みだ。特に、(1)有機化学品、(2)ポリマー、(3)現行対象品目の川下製品のうち現時点で対象外の品目について、欧州委員会は2025年末までにCBAM対象品目に含めるか、個別に評価するとしている(2023年10月3日付ビジネス短信参照)。
注2:
ある国から他国に移管した事業拠点が、再び国内に再移転すること。すなわち、リショアリングとはオフショアリングの逆のプロセス。
注3:
世界2位の肥料輸出国は、ロシア。
注4:
カナダは現時点で、世界で生産される水素量の約3.3%を占める。また2050年までに世界のクリーン水素生産国トップ3に入る目標を立てている。
執筆者紹介
ジェトロ・トロント事務所
飯田 洋子(いいだ ようこ)
民間企業勤務を経て2007年からジェトロ・トロント事務所勤務。