外国企業撤退に様々な思惑が交錯(ロシア)
現状と背景を探る

2023年7月6日

ウクライナのキーウ経済学院が発表した調査結果外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2022年2月から2023年5月までの間に、外国企業が200社以上、ロシアから撤退した。その一方で、スイスのサンガレン大学は、2022年11月下旬時点で、ロシアに進出済みEU・G7企業の9割がロシアに残留しているとの調査結果を発表している(2023年4月21日付地域・分析レポート参照)。その全体像は、必ずしも定かではないのが実情だ。

本稿では、外国企業がロシア市場から現実にどのように撤退しているのか、実態と背景を考察する。

将来の再起を見据え、足場を残す例も

実際にロシア市場から撤退した(あるいは撤退を表明した)企業は、どのような手法を取っているのか。全く独自の方法をとる場合もある一方で、ある程度類型化できる場合もある。ここでは、いくつかの典型的なパターンを見てみよう(参考参照)。

1. ロシア資本(ロシア政府を含む)への事業売却

ロシア戦略策定センター(CSR、ロシア経済発展省傘下の機関)が大手企業600社を対象とした調査(ロシア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、最も一般的な撤退パターンは、ロシア側パートナーへの事業売却だ。この場合、将来の市場回帰もしばしば念頭に置かれる。外食関係では、マクドナルド(2022年6月13日付ビジネス短信参照)、スターバックス、KFCの例がよく知られる。

このような例では、従業員を含め、承継企業はロシア事業を全面的に引き受ける。一方、従来とは異なるローカルブランドを使用しなければならない。また、一定期間内の事業買い戻し(buy back)条項が売却時の契約に付けられることもある。


前店舗と似た色合いのロスティクス(旧KFC)(ジェトロ撮影)

自動車も、ロシアへの売却が多い事例だ。ただし、当該産業の場合、外食とはやや趣が異なる。ロシアにとって戦略的に重要な産業だからだ。工場の操業停止や、サプライチェーン断絶に伴う部品の不足はロシア経済に悪影響を及ぼしかねない。このため、自動車関連では、ロシア政府が直接的・間接的に影響を及ぼし、事業の継続を図る例が目立つ。例えばフランスのルノーは2022年5月、(1)保有していたアフトワズの株式を自動車・エンジン中央科学研究所(NAMI)に、(2)モスクワ市の工場をモスクワ市政府に、それぞれ売却した。

トヨタ自動車と日産自動車も同様に、工場をNAMIに売却した。フォルクスワーゲンやメルセデス・ベンツは、ロシアのディーラーにそれぞれロシア法人の持ち分を売却した。なお、ルノーの旧モスクワ工場では、すでに中国車のノックダウン生産が始まっている。それ以外でも、産業商務省が主導し、中国メーカーとの協業に向けて協議が進められていると伝えられる。


看板が掛け変わった旧ルノー工場(ジェトロ撮影)

2. MBO手法に基づく現地経営陣への事業売却

CSRは、2022年9月9日時点で調査対象の企業のうち15%が、MBO(マネジメント・バイアウト、注1)の手法を用い撤退していると指摘した。例えば直近では、2023年3月にアデオ・グループ(世界的にホームセンターやDIYショップを展開)が、傘下のブランド「ルロワ・メルラン」のロシアでの経営権を現地経営陣に移管すると発表した。

MBOの場合でも、買い戻し条項が含まれる例や、実際の経営には元の外国企業が関与を続けているケースもあるようだ。法律事務所BGPリティゲーションのエカテリーナ・バラノワ専門家は、外国企業が将来の状況変化を見据えて、一時的な事業停止の方法について弁護士に相談する件数が増えていると説明している(「実業ペテルブルク」2022年4月1日)。ロシアでの事業継続を模索する動きと捉えることもできよう。

3. 第三国企業への売却

この手法は、ファッション・衣類の分野で一般的と言える。この場合も、1の「ロシア企業への事業売却」と同様、従来のブランドをそのまま使用することはできない。一例として、FLOリテーリング(トルコ企業)が、リーボックがロシアで有していた商権を買い取った件などがある。その結果、店舗は「スニーカーボックス」というブランドで展開され、同店舗でリーボックの製品が販売されることになった(「ノーボスチ通信」2022年8月22日、「リテール・ルー」2023年2月27日)。

また、スペインのインディテックス(「ザラ」などのブランドを展開)は2022年10月、ダヘル・グループ〔アラブ首長国連邦(UAE)本拠〕とロシア・ビジネスの売却について合意した。ロシア産業商務省幹部は、ロシア財務省の政府外国投資管理委員会に置かれた小委員会(以下、「小委員会」)が2023年3月30日に、インディテックスのロシア事業売却を承認したと明らかにした(「RBK」2023年4月5日)。新オーナーになったダヘル・グループは、新たに「マーグ」などを立ち上げた。マーグを含め、従来とは異なるブランドで事業展開する構えだ(注2)。


モスクワ市内のマーグ1号店(ジェトロ撮影)

4. ロシア法人の清算

工場などの大きな資産をロシアに保有しない企業の場合、ロシア事業を現地経営陣やその他の投資家に売却せずに撤退する例もある。CSRによると、2022年9月9日時点で、在ロシアの外資系大企業600社のうち7%がその方向だ。この場合、企業は有形資産をどうするかを決定する必要がある。在庫の販売や再輸出ができない場合には、巨額の損失が発生する場合もある。

例えば、メッツォ(フィンランドの産業機械メーカー)は2023年4月24日、ロシアでの事業を終了した。既存契約の前倒し履行や解除を進め、全ての契約を終了して上での撤退になった。シスコシステムズ(米国のネットワーク機器開発・販売)は、未販売の在庫を破棄処分にした。在庫総額は、19億ルーブル(約32億3,000万円、1ルーブル=約1.7円)にのぼったという。同社はロシア国内でのサービスおよびライセンス供与を停止。その時点で残存していた在庫をロシア国外に再輸出することも不可能になったことから、2022年8月にこの決定を下していた(「タス通信」2023年4月5日)。

手続きが遅延し、売却額が大幅減価するリスクも

ロシアから撤退を表明した企業は、その撤退までに長い時間を要することになる。事業譲渡にあたっての株式売却、売却した代金の海外送金など、撤退に関連する実務を進めるためは小委員会の承認が必要となる。2023年3月時点で約2,000の企業が小委員会の承認待ちだ。しかし、その開催は月3回にとどまり、1回あたり最大7社の案件だけしか審査できないとする報道がある(「コメルサント」2023年3月28日)。どの順序で審査されるかは、ロシア政府にとっての案件の重要度によって「小委員会」が決定するという話も耳にする。 企業は承認プロセスが遅れる可能性も念頭に置く必要がある。

参考:外国企業の撤退事例の形態別類型

1.ロシア資本への事業売却、ロシア政府などへの所有権移転
外国企業名 売却先 売却資産 買い戻し条項
ブンゲ(米国) マスレニッツァ
(地場搾油企業)
従業員を含むロシア事業 不明
マクドナルド(米国) アレクサンドル・ゴボル氏(フランチャイジーの1人) 店舗および従業員
ヤム・ブランズ(KFC、米国) スマートサービス
(フランチャイジー)
KFCのロシア事業(従業員を含む) 不明
フォルクスワーゲン(ドイツ) アートファイナンス
(ロシアのVWディーラーのアビロンの実質子会社)
カルーガ工場を含む全資産 不明
メルセデス・ベンツ(ドイツ) アフトドム
(ディーラー)
エシポボ工場を含む全資産 不明
ルノー(フランス) (1)自動車・エンジン中央科学研究所(NAMI)
(2)モスクワ市政府
(1)アフトワズ持ち分
(2)モスクワ工場
有(アフトワズ分に限る)
トヨタ自動車 自動車・エンジン中央科学研究所(NAMI) サンクトペテルブルク工場 なし
日産自動車 自動車・エンジン中央科学研究所(NAMI) サンクトペテルブルク工場
Sグループ(フィンランド) (1)X5グループ(小売り大手)
(2)個人実業家
(1)プリズマ(スーパーマーケット)
(2)ソコス・ホテル
なし
ノキアンタイヤ(フィンランド) タトネフチ(石油大手) ロシア事業全体 なし
2.現地経営陣への事業売却(マネジメント・バイアウト:MBO)
外国企業名 売却先 売却資産 買い戻し条項
ルロワ・メルラン
(フランス)
現地経営陣 店舗および従業員 不明
シュナイダー・エレクトリック(フランス) 現地経営陣 ロシア国内工場(サンクトペテルブルクなど3カ所)、エンジニアリン・サービス・センター、イノベーション・センター 不明
3.第三国企業への売却
外国企業名 売却先 売却資産 買い戻し条項
インディテックス
(スペイン)
ダヘル・グループ
(UAE)
「ザラ」ブランドの店舗および従業員 フランチャイズ契約を通じて市場復帰の可能性あり
リーボック(米国) FLOリテーリング
(トルコ)
「リーボック」ブランドの店舗および従業員 不明
4.ロシア法人の清算(外国企業名)
JYSK(デンマーク)
シスコシステムズ(米国)
メッツォ(フィンランド)

出所:各社プレスリリース、各種報道からジェトロ作成

小委員会は場合によって、売却先の選定や売却価格の決定にも関与する。2022年12月22日には、非友好国(2022年3月9日付ビジネス短信参照)の国民(注3)による事業売却に関して条件を導入した。この時点では、(1)売却価格を、財務省が推薦する鑑定人が査定する価格(市場価格)の半額以下にすること、および(2)売却代金を分割払い(最大2年以内)にする、または売却額の10%を国庫納付すること、だ。さらに2023年3月、国庫納付額の算定基準が改定された。これにより、いずれの場合にも、市場価格の5%を納付することが義務付けられた。また、市場価格の10%以下で売却された場合は、市場価格の10%を下回らない金額を国庫納付することも、規定された。

売却価格が適正かどうかも懸念材料だ。CSRによると、これらの条件の導入前でも、平均の売却価格は算定市場価格から70%を割り引いた額だったという。カナダのキンロス・ゴールド(金採掘)、米国のアーコニック(アルミ生産)、フィンランドのノキアンタイヤ、米国のブンゲ(食用油製造)など、いずれも売却価格は算定市場価格を大幅に下回ったとされる。

事業価値に対しての大幅な割引をよしとせず、事業売却ができなかった例もある。フィリップ・モリスの売却交渉では、潜在的な買い手が3社あった。しかし、安価で事業を売却することは株主への背信にあたるとの判断から、ロシア事業を売却しないとの判断に至った(「RBK」2023年2月22日)。同社はプレスリリース(2023年2月9日)で、「ロシア市場から撤退しようとする場合、非常に複雑な条件に直面するだろう」と言及している。

雇用と技術確保の観点から、政府は撤退に後ろ向き

それにしても、なぜ、ロシア政府は外国企業の撤退を簡単に認めようとしないのか。理由の1つとして考えられるのは、雇用確保と技術導入手段の確保だ。

CSRは、外国企業の撤退が最も大きく影響する分野として、(1)雇用と(2)先端技術へのアクセスを挙げた。

このうち(1)の背景には、雇用不安がある。経済発展省によると、2022年のロシアの年平均失業率は3.9%だった。一方で、2022年第3四半期の非正規雇用者数(パートタイムや時短労働など)は前年同期比7.3%増の466万人に達した。これは、過去最高だった新型コロナ感染期の2020年第2四半期の459万人を上回る水準になる。ロシア労働省付属労働科学調査研究所によると、不完全就業者数の多さは、外国企業のロシアからの撤退に関連しているという。生産工程やサプライチェーンの再構築に伴い一時的に活動を休止した企業、事業譲渡に先立ち一時的に事業を停止した企業などが数多く見られるためだ(「RBK」2022年12月26日)。

(2)に関して、CSRが試算するところ、撤退表明企業のうち39%が高度技術(自動車、機械製造など)に関連する製品・サービスを提供していた。またCSRによると、技術、原材料、労働者の技術レベルなどから、当該製品はロシア国内での生産が困難だ。ロシア資本など別の所有者に譲渡されても、サプライチェーンを含む事業を再構築するには、一定の時間が必要になる。また、撤退にあたり、設備や技術を譲渡しない例もある。例えば米国の3Mは、事業譲渡にあたり生産設備は付与するものの、同社が保有する関連技術は認めない方針を示したという(「RBK」2023年3月31日)。

思惑が交錯する中、リスクを見据え最適の選択を

本稿で見てきたように、外国企業がロシア市場から「撤退」する手法は、多岐にわたる。その背景には、将来的なロシア市場再参入や現在のロシア市場でいかに活動するかを見据えようとする外国企業側の思惑がありそうだ。同時に、雇用や技術確保の観点から、撤退しにくくなるよう外資に働きかけるロシア政府の政策誘導も垣間見える。それらが複雑に交錯しているというのが実情だろう。

ロシアで活動する外国企業には、今後のロシアでのビジネス展開を検討することが必要になるだろう。その選択肢に、撤退が含まれることも十分ありうる。その際、起こり得る損失やリスクを比較検討し、最も適切な方法を選択することが大切だ。


注1:
当該企業の経営陣が既存の株主から自社の株式を買い取ること。
注2:
ダヘル・グループの子会社・アザデアは、中東地域でインディテックスの総代理店として「ザラ」などのブランドを展開する。一方、ロシア事業では、別ブランドを使用することになっている。
それら新ブランドとインディテックスの関係は明確ではない。ただし、インディテックスは「将来の市場復帰が可能と判断した場合、ダヘル・グループとロシア市場で協業する可能性がある」と発表した。
注3:
債権者自体が非友好国民として登録されない場合も、主な事業や主な利益を得ている場所が非友好国の場合や、非友好国民待遇を受ける者の支配下にある場合なども、同様の扱いになる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課