混迷のウクライナ情勢下での欧州企業の対ロシア・ウクライナ投資動向

2023年4月21日

2022年2月から始まったロシアのウクライナ侵攻により、多くの欧州企業がロシア事業を撤退・一時停止したり、近隣諸国に拠点を移したりする動向が報じられている。他方、欧州企業によるロシア残留率は9割以上で、撤退時に買い戻し条項を付す事例もある。また、欧州企業が戦後や復興を見据えて、戦時下のウクライナに投資する事例も出ている。

本稿では、混迷するウクライナ情勢下での欧州企業の対ロシア・ウクライナ投資動向について、事例を交えて分析する。

ロシア進出EU・G7企業の91.5%がロシアに残留

スイスのサンガレン大学が2022年12月20日に発表した研究結果外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (注)によると、EU域内またはG7に本社を置き、かつ同年4月時点でロシアに子会社を有する、企業データベースORBISで把握できた1,404社のうち、同年11月下旬までに1社以上のロシア子会社の株式売却を完了した割合は8.5%(120社)にとどまった。すなわち、全体から同割合を引いた91.5%がロシアに残留したことになる。

本社の所在国別に前述の120社の内訳をみると、多い順に米国(25.0%)、フィンランド(12.5%)、ドイツ(11.7%)、英国(10.8%)、フランス(7.5%)、日本(5.8%)、デンマークとオランダ(各4.2%)、アイルランド(3.3%)だった。

売却された120社の経常利益は前述の1,404社全体の6.5%、従業員数では全体の15.3%だった。売却されたロシア子会社は、収益性が低く、従業員が多い傾向が明らかになったとした。

前述の120社を業種別にみると、農業や資源採掘分野の撤退は製造業やサービス業と比べて少なく、農業・資源採掘分野で撤退した企業の収益性の水準は平均以上だった。他方で、撤退した製造業の収益性は非常に低く、不採算性が売却の要因となった可能性があると、サンガレン大学は分析した。

撤退が比較的少ないと紹介された資源採掘分野にも、撤退事例はある。一例として、ドイツの石油開発大手ウィンターシャルDEAは2023年1月27日、ロシアから撤退予定だと発表。その理由について、直近数カ月にわたるロシア政府の干渉によって、ロシア合弁事業が経済的に収用されるに至ったためとした。同社は、ノルウェー海のドゥバリン・ノース・ガス田の開発にプロジェクトパートナーとともに約7億8,000万ユーロを投じて欧州向けガス輸出を拡大することを2022年12月に発表するなど、ノルウェーの大陸棚での開発に注力しており、これがロシア事業の代替となるとみられる。

再進出の布石打った上でのロシア事業売却も

同大学はまた、米国マクドナルドがロシア事業売却時に15年以内に事業の買い戻しが可能な特約を付したことをロシア当局が2022年6月に発表したとの報道に言及し、売却完了は永遠にロシアから離れることを意味するわけではないと添えた。

欧州企業がロシア事業売却時に買い戻し特約を付したことも、多数報道された。このうち、企業の公式発表で確認できたのは表1のとおりで、いずれもロシア企業やロシア子会社または合弁会社の関係者に売却した事例だった。

表1:欧州企業がロシア事業売却時に買い戻し特約を付した事例(2022年2月~2023年3月)
被買収企業(事業) 買収主体 時期 概要
業種 企業名 国籍 企業名 国籍
自動車 ルノー フランス 中央自動車エンジン科学研究所(NAMI) ロシア 2022年5月 ルノーは、ロシア合弁アフトワズの持ち株67.69%をロシアの中央自動車エンジン科学研究所(NAMI)へ売却する契約を取締役会で承認したと発表。同契約には、ルノーがアフトワズの持ち株を6年以内に買い戻すことを可能とする条項が規定されているとした(出所:ルノーの2022年5月16日付発表)。
化粧品 ロクシタン ルクセンブルク ロシア子会社の取締役4人 非公表 2022年 6月 南フランス発祥の化粧品大手ロクシタン・グループ(本社:ルクセンブルク)は2022年6月3日、同グループの連結売上高の3.5%(2022年3月末時点)を占めていた子会社ロクシタン・ロシアの株式を同子会社の取締役4人に売却する契約を締結した。売却は2025年6月から2028年6月の間に4回に分けて実施する。なお、ロクシタン・グループは2025~2029年まで毎年4月1日にコールオプション(既定の価格で購入する権利)を持つ(出所:ロクシタン・グループが2022年7月に発表した「2022年度年次レポート」)。
免税手続きサービス グローバル・ブルー スイス 合弁会社のパートナー ロシア 2022年7月 グローバル・ブルーは、欧米諸国による対ロシア制裁やロシアによる外資の活動への規制などが同社の(ロシア)事業を大幅に制限する恐れがあるとして、2022 年7月11日、ロシアの合弁事業の資本の51%を、規定の枠組み内での買い戻しオプション付きで、合弁会社のパートナーに売却した(出所:グローバル・ブルーの2022年9月のレポート)。
自動車 フェロノルディック スウェーデン GILKグループ参加のリース会社 ロシア 2022年12月 建機やトラックの販売・サービスを行うフェロノルディックは2022年12月23日、ロシアの事業環境悪化を受けて、同社のロシア事業(ロシア子会社4社)をロシアのリース会社GILKグループの会社に92億ルーブル(約147億2,000万円、1ルーブル=約1.6円)で売却したと発表した。
フェロノルディックは、売却したロシア事業の最大75.1%を事前に合意した価格で7年以内に買い戻すことができるオプション権を取得。ただし、フェロノルディックがロシアで独自に事業を再開した場合、オプション権は消失する(出所:フェロノルディックの2022年12月23日付発表)。

出所:各社発表を基にジェトロ作成

フランスの小売り大手オーシャンは残留、ロシア店舗を再ブランド化

サンガレン大学の研究によると、2022年11月下旬時点でロシアに子会社を継続して保有している、EU域内またはG7に本社を置く企業は1,284社。その本社所在国の内訳は、多い順にドイツ(19.5%)、キプロス(16.4%)、米国(12.4%)、日本(7.0%)、イタリア(6.3%)、英国(5.8%)、フランス(5.6%)、オーストリア(3.7%)、オランダ(2.9%)だった。

同大学はさらに、本社所在国の政府やメディアによるロシア事業の撤退キャンペーンに直面しても、欧米企業が撤退に踏み切れないケースを以下のとおり分類して例示した。

  1. 公的な制裁の対象以外の分野で事業を行っており、武力紛争の遂行に全く関与していない顧客を見捨てるのは不適切と判断した場合
  2. 従業員やサプライヤーとの長期的関係の維持、製品・サービスの社会的関連性(例:救命薬の供給)を理由に、事業停止を決断したくない場合
  3. 撤退を決定したものの、子会社に十分な高値をつける買い手が見つからない場合
  4. 買い手が見つかって価格に合意したが、ロシア政府が売却を阻止・遅延させる障壁を設けている場合

フランス小売り大手オーシャンの場合は1および2に該当すると考えられる。同社は2023年3月12日付発表で、ロシア子会社への投資を停止して禁輸・制裁措置を順守しつつ、厳格な法的枠組み内でロシア事業を展開していることを強調。さらに、ロシアの既存店舗「アタック(Attak)」を「マイ・オーシャン(MyAuchan)」へ名称変更して再ブランド化し、ウクライナとロシアの市民に高品質の食品を公正な価格で提供し続けると発表した。オーシャンは前述の発表時に名称変更理由を明かしていないが、「アタック」が「攻撃」を連想させるため、欧州側の感情に配慮した可能性があると考える。

これとは対照的に、本社の名称のロシアでの不使用を決めた欧州企業も存在する。2022年4月にロシアからの撤退予定を発表したドイツの日用品大手ヘンケルによる、同年12月のロシア事業の分社化と2023年1月からのラボ・インダストリーズ(Lab Industries)への社名変更が多数報じられた。なお、ロシアメディア(テドワイゼルのウェブページ、最終アクセス日:2023年4月6日)は、ヘンケルは7年以内に買い戻す権利を付すかたちでロシアのペルミ工場売却を調整中だが、この権利が多数いる買い手候補者との交渉の障害になっていると、ペルミ地方知事が2022年12月に発言したと紹介している。

把握困難な欧州企業の対ロシア新規・追加投資

ジェトロは、混迷するウクライナ情勢下でもロシアへの新規または追加投資を行う欧州企業の事例を調査したが、企業の公式発表による把握は非常に困難だった。事例自体が少ない可能性に加え、社会的な非難を浴び得るリスクが高いため、投資の事実を積極的に発表しない可能性が考えられる。

非難を浴びた直近の象徴的な事例は、オランダのハイネケンだ。調査ウェブサイト「フォロー・ザ・マネー」の2023年2月23日付記事は、ハイネケンのロシア子会社がウェブサイト上で2022年に61の新製品を発売し、72万ヘクトリットル超の飲料を販売したと発表したと報じ、ハイネケンがロシアへの投資を停止する約束をほごにしたと批判した。同社は2022年3月、ロシアへの新規投資・輸出の停止やロシアでの生産・販売・広告の終了に加えて、ロシアからの撤退を決定したと発表していたためだ。この批判を受けてのハイネケンの釈明を2023年3月7日付ロイターが紹介した。「ロシアからの撤退遅延は、現地での事業譲渡にかかる承認手続きの多さが原因で、依然として撤退を計画している」「赤字の事業を売却することはできない。所有権の移転が完了するまで、破産を回避すべく新製品を投入する必要がある」といった内容だった。この事例は、サンガレン大学による、欧米企業が撤退に踏み切れないケースの4分類の(4)にも該当する。

他方、ドイツのハイデルベルク・マテリアルズのロシア法人(ハイデルベルクセメント・ロシア)は2022年11月、ロシア連邦バシコルトスタン共和国のステルリタマクのセメント工場における「窒素酸化物(NOx)排出削減システム」計画の環境影響評価に関する通達をウェブ上で発表した。カザフスタンとの国境近くに位置するステルリタマク工場は、ハイデルベルク・マテリアルズがロシアのセメント会社を2013年に完全子会社化したもので、同共和国のセメント需要に対応している。サンクトペテルブルク近くのチェスラなどにも製造拠点を持つ同社(ドイツ本社)のロシア事業に関するウェブページ(最終アクセス日:2023年4月5日)には、上述のステルリタマク工場への追加投資計画の記述は確認できないが、事業縮小や撤退の記載もない。

復興にも寄与、進む欧州企業の対ウクライナ投資

ウクライナでの欧州企業の動向に関しては、欧州企業による対ウクライナ投資事例(表2)を収集した。

表2:欧州企業の対ウクライナ投資事例(2022年2月~2023年4月)
業種 企業名 投資元国 時期 投資額 概要
建設 クリロビチ&アソシエイツ ポーランド 工期:2022~2024年 非公表 建築設計会社クリロビチ&アソシエイツは、リビウ旧市街に通ずる主要道路に近いミツキェビチ広場にカンファレンスセンターを備える4階建てのホテルを設計。2024年に完工予定(出所:クリロビチ&アソシエイツのウェブページ)。
建設 キングスパン アイルランド 2022年6月 2億ユーロ 建材メーカーのキングスパンは2022年6月、ウクライナ(場所は西部を念頭に選定中)に新工場を建設する計画を発表した。新工場では、建物のエネルギー効率の改善(省エネと脱炭素化)に寄与する断熱材や地域暖房(集約した暖房設備から地域内の建物にまとめて暖房を行うシステム)製品などを生産予定。5年以内に完工予定で、600人超の雇用創出を見込む(出所:キングスパンの2022年6月7日付発表)。
農業 バイエル ドイツ 2022年11月、2023年4月 6,000万ユーロ 製薬・化学大手バイエルは2022年11月、向こう10年にわたって大規模投資を行い、同国の農業システム再建を支援すると発表。米国国際開発庁(USAID)と協力し、ウクライナの農家や、ウクライナに依存する他国からのトウモロコシ種子への短期・長期の需要に、農業レジリエンス・イニシアチブ・ウクライナ(AGRI-ウクライナ)を通じて対応する(出所:バイエルの2022年11月29日付発表)。まず、ポチュイキーにあるバイエルの種子加工工場に2023年以降6,000 万ユーロを投じて、乾燥設備の容量拡大、農機の追加調達、新しい貯蔵施設の建設などを行い、新たな雇用を創出する(出所:バイエルの2022年11月29日付発表、2023年4月5日付発表)。
食品 ネスレ スイス 2022年12月 4,000万スイス・フラン(約60億円、1スイスフラン=約150円) ネスレは2022年12月、ウクライナ西部のボリーニ州スモリヒウに新工場を設立予定と発表、ウクライナでのパスタの生産能力を増強する。新工場は、近隣のトルチンにある既存工場とともに、ネスレの欧州地域の食品生産ハブとなり、ウクライナとその他欧州諸国に製品を供給予定。同ハブの従業員数は1,500人の予定(出所:ネスレのウェブページ)。
宿泊 アコー・グループ フランス 2022年12月 非公表 ホテルチェーン大手のアコー・グループは、西部リビウのシュヘービチ通りに、イビスのホテルを開業した(出所:アコール・グループのtiktokと各種報道)。
鉄道 新中央空港(CPK) ポーランド 2023年1月 非公表 ポーランドの新中央空港(CPK)とウクライナ鉄道は2023年1月、ワルシャワで3年間の協力協定を締結した。同協定の最重要目的は、ポーランドとウクライナを結ぶ鉄道路線(線路幅は欧州規格の1,435ミリ)の建設計画。ワルシャワ、リビウ、キーウを結ぶ、高速鉄道(想定最高時速は250キロ)路線建設の実行可能性調査を共同で実施予定(出所:CPKの発表)。
食品・日用品 ユニリーバ 英国 2023年3月 2,000万ユーロ ユニリーバはキーウに工場を新設する計画を発表した。2023年内に建設を開始し、2024年の開設を見込んでいる。新工場では、ダヴ(Dove)、アックス(Axe)、トレセメ(TRESemmé)、クリア(Clear)などのブランドのシャンプーやシャワージェルなどのパーソナルケア製品を生産する。従業員数は約100人となる予定。主にウクライナ市場に供給予定だが、将来的に欧州市場に輸出する可能性もある(出所:ユニリーバの2023年3月16日付発表)。

出所:各社発表などを基にジェトロ作成

高速鉄道の建設計画や西部リビウでのホテル建設など人の往来活性化に備える事例、農業大国ウクライナならではの農業・食品関連の事例、欧州が得意とする省エネ・脱炭素化技術を暖房需要のあるところに導入しようとする事例があった。

リスクは覚悟の上で、ウクライナを支援しつつ、戦後や復興を見据え、自らの商機も獲得しようとする欧州企業の姿が浮き彫りとなった。


注:
サンガレン大学は、ロシアによる2022年2月のウクライナ侵攻とその後の企業の判断は、自国政府が地政学的ライバルと見なす国とのビジネス関係を断ち切る意思と能力を欧米企業がどの程度有するかについて、洞察を与えるテストケースだとした。その上で、この研究の対象については、政府が対ロシア制裁を行い、メディアがロシアからの撤退を促したり、撤退しない企業を非難したりしたために、ロシアからの撤退を迫られた可能性がある「EU域内またはG7に本社を置く企業の子会社」に限定したとした。さらに、資産に加えて従業員とサプライヤーを放棄することによって撤退コストも大きい「株式の売却」に限定して研究したと解説した。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理(執筆当時)
上田 暁子(うえだ あきこ)
2003年、ジェトロ入構。経済分析部知的財産課、企画部企画課、農林水産・食品部農林水産・食品事業課、ジェトロ・パリ事務所、企画部企画課、対日投資部対日投資課、海外調査部欧州ロシアCIS課を経て、2023年4月からイノベーション部デベロップメント課 課長代理。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所 ディレクター
作山 直樹(さくやま なおき)
2011年、ジェトロ入構。国内事務所運営課、ジェトロ金沢、ジェトロ・ワルシャワ事務所、企画課、新産業開発課を経て現職。