GJ州のSUエコシステムを追う(インド)
州政府主導の推進政策

2023年6月26日

インドのナレンドラ・モディ首相は、2015年8月15日の独立記念日にインド発のベンチャー企業育成構想を発表、2016年1月にはその構想を具体化した産業アクションプラン「スタートアップ・インディア」において、ベンチャー企業の起業を後押しするとともに、経済成長や雇用確保につなげる方針を示した。同プランには、スタートアップ(SU)企業への減税措置や信用保証制度の整備、特許手続きの簡素化などに加え、イノベーションセンターの設立、拡大などが盛り込まれている。

インドが政府を挙げてSU推進政策に取り組む中、モディ首相の地盤であるグジャラート(GJ)州では、州政府が「スタートアップ・グジャラート・ポータル(Startup Gujarat Portal)」という独自のポータルサイトを立ち上げている。同サイトによれば、「1万2,900社以上の登録SU企業、210社以上のインキュベーター(事業者)、320人以上のメンター」が存在している。また、インド商工省・産業国内取引促進局(Department for Promotion of Industry and Internal Trade:DPIIT)が発表する「州別SUランキング」において、GJ州は2018年、2019年、2021年に「ベスト・パフォーマー」となるなど、同州のSUエコシステムは州外からも評価されている。

他方、日本から見ると、インドのイノベーションの中心はベンガルール、ムンバイ、デリー首都圏などであり、GJ州のSUエコシステムについてはまだ十分に認知されているとは言い難い。本稿では、そうしたGJ州のSUエコシステムの現状について紹介する。

GJ州における起業家支援の歩み

歴史的に商人の都市として発展してきたGJ州の人々は、インド国民の中でも特に起業家精神が強いことで知られている。GJ州における起業家支援の取り組みは、1979年の「起業家育成センター(Centre for Entrepreneurship Development:CED)」の発足にさかのぼる。CEDは、インド初の起業家育成のための組織としてGJ州政府により設立された。また、1983年には「起業家育成研究所(Entrepreneurship Development Institute of India:EDII)」が設立され、今日に至るまでGJ州の都市部や農村部における起業家の育成・トレーニングのためのプログラムを提供している。

1990年にはGJ州政府と世界銀行によるサポートを受けて、「グジャラート・ベンチャー・ファイナンス・リミテッド(Gujarat Venture Finance Limited、GVFL)(注1)」が設立された。GVFLは、インドにおけるベンチャーキャピタル(VC)のパイオニアとして広く知られており、過去20年間で9つのVCファンドを立ち上げ、105社のSU企業を支援した実績を持つ。

また、2002年にはインド経営大学院(IIM)アーメダバード校にGJ州内初となるインキュベーションセンターを設立しているほか、近年では「産業政策2015」や、「新産業政策2020」といった支援施策を次々と打ち出し、SU支援やエコシステムの形成に向けた様々な取り組みを行っている(2022年7月20日付地域・分析レポート参照)。

SUエコシステムに対する支援策

GJ州政府は、SU企業の成熟度に応じて以下の4段階のステージごとに支援を提供している。

  1. 学生に対する支援

    教育省は、学生の起業に対して「学生スタートアップ・イノベーション政策(SSIP)」という支援策を提供している。起業のアイディアはあるものの、発表、実現する場のない学生(GJ州内の学生に限る)に対して、最大25万ルピー(約42万5,000円、1ルピー=約1.7円)の資金を提供する。

  2. 概念実証(Proof of Concept、注2)段階のSUに対する支援

    GJ州政府は、特定の重点産業に対して、「エレクトロニクス&IT/ITeSスタートアップ政策」「バイオテクノロジー政策」などの分野別の政策を発表している。また、「新産業政策2020」ではSU企業とイノベーションの推進を掲げており、(1)商品開発、マーケティングなどのためのシードサポート、(2)ソフトスキル向上のためのトレーニング支援、(3)インド国内または国際的なアクセラレーションプログラムやイベントプロモーションへの参加支援など、様々な資金面でのサポートを打ち出している。

  3. 成長段階のSUに対する支援

    GVFLが立ち上げたファンドの1つである「GVFLスタートアップファンド」は、革新性や差別化要因が認められる成長初期段階のSU企業や中小零細企業(MSMEs)に焦点を当て、高い成長性が期待されるSU企業に対してベンチャーファイナンス支援を提供する。また、「産業政策2020」のスキームとして、ミドル期のプレシリーズA資金調達に対しては、500万~3,000万ルピーの比較的少額の支援を行っている。

  4. ビジネス段階のSUに対する支援

    中小零細企業(MSMEs)に対しては、「新産業政策2020」のスキームに基づき、資本金および利子に対する補助金や、品質証明に関する国際認証取得費用に対する補助金を受けることができる。

この他、州政府が運営する「スタートアップ・グジャラート・ポータル」には、登録したSU企業が投資家やメンターに対して面談リクエストを送信できる機能を実装しており、SU企業と投資家・メンターとのコミュニケーション促進などの取り組みも行っている。

なお、「グジャラート州産業政策2020(Gujarat Industrial Policy 2020)」についてはジェトロで仮訳を公開しているため、併せて参考にしていただきたい。

インキュベーターとの強固なネットワーク

GJ州の最大都市、アーメダバードの郊外で起業家の育成を行うインキュベーション施設の1つが、「起業家精神・技術国際センター(International Centre for Entrepreneurship and Technology:iCreate)」だ。アイ・クリエート(iCreate)は、GJ州政府とグジャラート起業家精神・ベンチャー促進財団(GEVPF)の官民連携(PPPモデル)により2011年に設立された「優秀起業家のためのグジャラート財団(Gujarat Foundation for Entrepreneurial Excellence:GFEE)」によって運営されている。当時、GJ州首相であったモディ首相は、世界に通用する起業家を育成する機関として、iCreateを構想しており、2018年1月17日に行われた開所式には、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が出席した。iCreateはSUの国・イスラエルとインドの起業家エコシステムを結ぶ懸け橋の役割を担う、モディ首相肝いりのプロジェクトといえる(2022年9月2日付地域・分析レポート参照)。

この他にも、学生に起業家精神を根付かせるため、SSIPのもとに設立されたインキュベーション施設である「Gujarat Student Startup and Innovation Hub(i-Hub)」や、マルチ・スズキ・インディアとの共同事業である「International Automotive Centre of Excellence :iACE)」など、GJ州政府はインキュベーターの設立を強力に後押ししている。

さらには、女性起業家の活躍を推進するために、女性起業家主導のSU企業(注3)に対する追加インセンティブの提供や、専用のインキュベーションセンター「ストリノベーション(STRINOVATION)」を立ち上げるなどの取り組みも行われている。

このように、GJ州では、州政府のイニシアチブによりSUエコシステムの形成を支援するための各種スキーム、インキュベーション施設などが整備されてきた。2024年1月に開催予定の「バイブラント・グジャラート(VG、注4)」では、幅広い先端技術にフォーカスした「先端技術見本市」の併催が計画されており、SU企業によるプロモーション、各分野のテクノロジー活用に関する覚書(MoU)の締結式なども予定されている(2023年5月24日付ビジネス短信参照)。こうした国際的な投資イベントなどを通じて外国企業との連携実績を積み上げることで、今後、GJ州もインドのイノベーションの拠点として存在感を発揮することが期待できそうだ。


注1:
GJ州アーメダバードに本社を置く、独立した自治体運営のベンチャーファイナンス会社。
注2:
新しい手法などの実現可能性を見いだすために、試作開発に入る前の検証を指す。
注3:
設立者に少なくとも1人の女性がいるSUを指す。
注4:
VGは、インド最大規模の投資誘致イベント。2003年以降、隔年で開催されていたが、2019年の開催を最後に、新型コロナウイルスの影響を受け開催を見合わせていた。
執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所
飯田 覚(いいだ さとる)
2015年、ジェトロ入構。農林水産食品部、ジェトロ三重を経て、2021年10月から現職。