メタバースで新たな体験(世界)
ポストコロナのデジタル活用(1)

2023年9月19日

電子商取引(EC)市場が拡大する中で、小売りの形態を再考する動きがみられる。従来から、オムニチャンネルやO2O(Online To Offline)など、実店舗とECという異なる販売チャンネルの融合に向けた取り組みは検討されてきたが、新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて小売りの在り方を再考する契機となった。具体的な取り組みの1つが、EC販売にメタバースを活用することで、購買につなげようという取り組みだ。まず、ECとメタバースを統合したサービスを提供するイスラエルのビヨンドエックスアール(ByondXR)へのインタビューを基に報告する。

EC小売市場、堅調に拡大

最初に、EC小売市場の近年の広がりを確認しておこう。eMarketerによれば(注1)、2023年のEC小売額の伸び率の予測値は8.9%だった。引き続き堅調な伸びを示しつつも、2桁台の伸びを記録していた2010年代ならびに新型コロナ禍で急速に伸びたときと比べると、落ち着いたペースでの増加が続くものとみられる。同レポートによれば、小売総額に占めるEC小売額の割合(EC化率)は、新型コロナの影響で伸びたことを受け、2023年には2割を超える見込みだ(図参照)。また、国別にみると、中国でEC化率は5割近くに達するほか、英国、韓国、インドネシアなどで3割を超えている(表参照)。米国でも2023年には15.7%に達する見込みだ。

図:世界のEC小売市場の動向・推計
2019年は3.4兆ドル、前年比伸び率は20.9%、小売総額に占める割合は14.3% 2020年は4.3兆ドル、前年比伸び率は26.7%、小売総額に占める割合は18.5% 2021年は5.1兆ドル、前年比伸び率は16.8%、小売総額に占める割合は19.3% 2022年は5.4兆ドル、前年比伸び率は7.1%、小売総額に占める割合は19.3% 2023年は5.9兆ドル、前年比伸び率は8.9%、小売総額に占める割合は20.2% 2024年は6.5兆ドル、前年比伸び率は9.4%、小売総額に占める割合は21.2% 2025年は7.0兆ドル、前年比伸び率は8.8%、小売総額に占める割合は22.2% 2026年は7.6兆ドル、前年比伸び率は8.1%、小売総額に占める割合は23.3%

注:推計値を含む。なお、2023年以降は予測値。
出所:eMarketerからジェトロ作成

表:EC小売総額上位10カ国(2019年、2023年) (単位:10億ドル)

2019年
国名 金額 シェア EC化率
中国 1,928.89 56.3% 34.1%
米国 598.02 17.4% 11.1%
日本 126.87 3.7% 9.6%
英国 123.40 3.6% 21.8%
韓国 88.85 2.6% 21.5%
ドイツ 71.58 2.1% 8.4%
フランス 59.45 1.7% 9.2%
インド 40.54 1.2% 3.7%
カナダ 35.21 1.0% 6.6%
スペイン 24.11 0.7% 7.7%
インドネシア 21.36 0.6% 7.1%
2023年
国名 金額 シェア EC化率
中国 3,023.66 51.1% 47.0%
米国 1,147.51 19.4% 15.7%
英国 195.97 3.3% 30.6%
日本 193.42 3.3% 13.7%
韓国 147.43 2.5% 30.0%
インド 118.90 2.0% 8.6%
ドイツ 97.32 1.6% 9.8%
インドネシア 97.14 1.6% 31.9%
カナダ 82.81 1.4% 11.7%
フランス 79.36 1.3% 10.5%
スペイン 41.10 0.7% 11.2%

注:推計値を含む。なお、2023年は予測値。
出所:eMarketerからジェトロ作成

メタバースが新たな小売りの在り方に

国によって程度は異なるものの、ECでの販売が一般化する中で、「これまで新たな販路の拡大や店舗運営の効率化といった観点から、実店舗と EC の最適な融合が模索されてきた」と、経済産業省取りまとめの調査レポートでも指摘されている(注2)。同レポートは、こうした状況において、実店舗網を有する多くの小売業が、「改めて実店舗の存在意義を再考し、消費者の行動変化に対応する動きが見られている」としている。

新型コロナウイルスの影響で、消費者のデジタル空間での滞在時間が増える中、新たな小売りの在り方として取り組まれているのが、メタバースを活用したオンライン接客だ。ブラウザを通じたECでの購買ではなかなか提供しにくい消費者体験を、メタバースを活用することでより立体的な体験価値を提供し、購買につなげようという取り組みである。例えば、オブセス(Obsess、本社:米国ニューヨーク市)は、小売業者のECサイト上に3Dの買い物体験を可能にするバーチャルストアを構築する(2023年1月27日付ビジネス短信ならびに『米国小売業におけるリテールテック市場の動向調査』p.45参照)。

ビヨンドエックスアール、メタバースのエコシステムを構築

メタバースが注目される中、ジェトロは、ビヨンドエックスアール最高経営責任者(CEO)で共同創業者のノアム・レヴァヴィ氏にインタビューを実施した(2023年4月5日、7月6日にメールでフォローアップ)。同社は大手メーカー、ブランド、小売りなどを中心に、バーチャルショールームなどに代表されるような仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、複合現実(MR)などクロスリアリティ(XR)を使った消費者とのエンゲージメント向上のためのサービスを提供している(2021年12月28日付地域・分析レポート参照)。メタバースを活用したオンライン接客の取り組みを支える有力企業の1つだ。ヘッドセットなど特別なデバイスがなくとも、没入的なバーチャル環境を提供できるのが同社サービスの特徴だ。同社は、日本のオリックスから投資も受けるなど日本市場への関心も高く、既に三菱電機のほか化粧品のランコム、エスティローダー、ナーズなどの日本展開向けに同社サービスを提供している。

質問:
貴社の最近の取り組みについて。
答え:
ここ数年、物理的な環境に近い空間をバーチャルで実現し、没入することが可能な販売プラットフォームの構築に力を注いでいる。メタバースを活用することで、ユーザーや買い物客にとてもユニークなカスタマージャーニーの体験を提供することができる。現状のECサイトではどのウェブサイトも、それが高級品であってもファストファッションであっても見た目は変わらない。我々が行っていることは、ブランドのためにバーチャルな空間を創造し、よりリアルに近い形で没入感のある体験を提供しようとするものだ。顧客は没入的な空間を体験できるだけでなく、実際に商品をメタバース上のショップから買うこともできる。ファッションや美容・化粧品、消費財、自動車、インテリアや高級ブランドなどで活用してもらっている。具体的には、ウォルマート、アルマーニ、P&G、ロレアル、ユニリーバ、マスターカード、バレンティノ、イブ・サンローラン、メルセデス、リンツ、バカルディ、三菱電機など既に多数の協業実績がある。

アルマーニのバーチャルショップ。なお、ビヨンドエックスアール社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
同社サービスの活用例を見ることができる(出所:ビヨンドエックスアールのウェブサイト)
質問:
メタバースの販売プラットフォームを提供するのが貴社のサービスということか。
答え:
販売プラットフォームだけでなく、技術パートナーやデジタルサービスプロバイダなど、関連サービスを含めたメタバースのエコシステムを構築し、総合的なサービスを提供するのが最終的な目標だ。主要な越境ECサイトでは、既にショッピファイ、マジェント、セールスフォース、SAPなどとメタバース空間を統合した実績がある。また、メタやマイクロソフト、オープンシーなどのメタバース、Web3/NFTの主要プレイヤーともパートナーシップを組んでいる。基本的なビジネスモデルはサブスクリプションのSaaSモデルで、顧客は一定の年間ライセンス料と提供サービスによってその対価を支払うことになる。

まずはスマートフォンで、メタバースの世界の体験を

質問:
メタバースはVRヘッドセットも急速に市場は拡大しているものの、まだ普及には遠く、デバイスを含めた技術的な課題もまだまだ多いと感じている。
答え:
我々のプラットフォームを活用したメタバースを訪問する多くのユーザーは、スマートフォンによるアクセスが85%を占め、10%強がデスクトップPC、次いでiPadなどタブレットと続く。実はまだVRのヘッドセットでアクセスするユーザーは1%に満たない。ただし、スマートフォンのAR機能を活用するユーザーは一定数存在する。B2BではVR/ARヘッドセット対応のサイトも構築しているが、まずはほとんどの人が持っているスマートフォンでメタバースの世界の体験を広めていくことがスタート地点になるだろう。
質問:
バーチャルな空間作成だとマーターポート(注3)などもあり、ジェトロでもバイヤー向けのイベント空間として、京都の寺をもとにバーチャル空間をマーターポートで作成したことがある(2021年度実施事業プレスリリース参照)。どのような違いがあるのか?
答え:
我々はデジタル空間の生成に当たって、物理的な空間に依存しておらず、すべてCGで制作している。例えば、建設中の建物をバーチャルに作り、新たなアイデアを付加することも可能だ。マーターポートも素晴らしい技術だが、現実を撮影して3D空間を制作するものだ。我々は顧客が持っているあらゆるデータタイプを活用しつつ、デジタルでCGの3D空間を制作するため、顧客が思うとおりにカスタマイズすることができる。これにより、国によってセットアップを調整したり、商品やアバターを変更したりするなど、ローカライズも容易にできる。また、訪問データについてはダッシュボード機能でさまざまなデータを収集し、リアルタイムで分析できるようにしている。

バーチャルな世界の導入は、すでにグローバルトレンド

質問:
日本市場を含め今後のメタバースの可能性は。
答え:
日本のユーザーは、欧米よりゲームやクイズに反応が良いことが行動データ分析により分かっており、またイノベーションにもオープンで、とても興味深い市場だ。例えば、メタバース上でミニゲームを通じて商品ディスカウントやクーポン、サンプルなどの賞品を提供し、マーケティングに活用可能なコンタクト情報などのデータを収集すると、日本だと何十回もプレイするユーザーも多い。懸賞のためというより自身のスコアを超えるためにやっているようで、日本の特に若いユーザーの特徴的な行動と思われる。
バーチャルな世界の導入自体は、それをメタバースと呼ぶかは別にして、グローバルなトレンドだ。しかもそれは、VRグラスを通じて未来を感じ取られるといったそういう話ではなく、もっとプラクティカルな話である。多くのブランドがメタバースを活用することによって、全く新しい形で顧客との関係を構築できることを理解し始めている。メタバースの活用により、パフォーマンスを上げることができ、コンバージョンやその他の成果目標(KPI)の数値も高まる。もちろん、構築するだけでは十分でなく、十分なデータが取得可能なようにパートナーの目的に沿ってバーチャルな体験を構築し、継続的にデータ分析をしっかり行い、有用なインサイトを提供できるパートナーと組むことが重要だ。
新型コロナがデジタル化を加速したことは事実で、アフターコロナの世界ではリアルにいくぶんかは戻りつつあることも確かだが、デジタル化が急速に減速したわけではない。ECでの購買は引き続き伸びている。少し先の話にはなると思うが、AR・VR・MRグラスなどが普及し、オンラインで現実以上に没入的な体験が得られる日も来るだろう。そうしたトレンドへのシフトは確実に感じており、その点は認識しておくべきだ。

注1:
eMarketer, “Global Retail Ecommerce Forecast 2023: Welcome to the Slower-Growth New Normal”, 2023年2月21日より
注2:
令和3年度電子商取引に関する市場調査報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます35頁。
注3:
米国マーターポート(Matterport)社が提供するサービスで、360度撮影が可能な3Dスキャンカメラで建物などを撮影することで、3Dでデジタルに再現することができる。
執筆者紹介
ジェトロデジタルマーケティング部 主幹
牧野 直史(まきの なおふみ)
2003年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済研究課、ジェトロ沖縄、海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ・ワルシャワ事務所長、企画部海外地域戦略主幹(欧州)、ジェトロ京都所長を経て、2021年12月から現職。在職中の2012年に司法試験合格。