重要鉱物の生産拡大と持続可能性との両立
AZEC閣僚会合を踏まえて(2)

2023年8月3日

ASEANでは、各国がカーボンニュートラルに向けた国家目標を設定し、太陽光や風力など、再生可能エネルギーの拡大方針を示している。こうした脱炭素にかかる設備・技術で必要とされるのが、ニッケルなどのクリティカルミネラル(重要鉱物)だ。鉱物の需要拡大への対応、また持続可能な鉱物資源開発に向けた、ASEANの取り組みや課題を概説する。

重要鉱物は、カーボンニュートラル実現に不可欠な素材である。レアアースや、リチウム、ニッケル、コバルト、グラファイト(黒鉛)、マンガンなどは、太陽光や風力発電の設備、電気自動車(EV)の蓄電池の材料として使用される。具体的には、風力発電機器の強力な永久磁石には、ネオジム(レアアースの一種)が必要だ。また、バッテリー電気自動車(BEV)を1台製造するのに必要なネオジムの量は0.8キログラム(kg)で、ガソリン車に必要な量(0.2kg)の4倍だ。さらに、リチウム、ニッケル、コバルトはガソリン車では不要だが、BEVではそれぞれ7.2kg、27.5kg、11.0kg必要となる。再生可能エネルギーやEVの普及に伴い、重要鉱物の需要は今後、急速に増加することが予想される(注1)。

実際、国際エネルギー機関(IEA)は、各国がカーボンニュートラルを目指した場合、2050年における世界の鉱物需要は、2022年に比べ、銅で1.6倍、コバルトで3倍、リチウムで10.1倍、ニッケルで2.1倍、ネオジムで2.3倍に膨らむと試算している(図1参照)。そして、鉱物の種類により割合は異なるが、これらの鉱物需要の4~9割が、脱炭素に関わるものだ(2050年時点)。

図1:世界の重要鉱物需要の予測〔単位:キロトン(kt)〕

脱炭素関連の需要は、2022年は5,736キロトン、2050年は17,351キロトン。その他の需要は、2022年は19,766キロトン、2050年は22,382キロトン。
コバルト
脱炭素関連の需要は、2022年は68キロトン、2050年は291キロトン。その他の需要は、2022年は103キロトン、2050年は229キロトン。
リチウム
脱炭素関連の需要は、2022年は73キロトン、2050年は1,178キロトン。その他の需要は、2022年は57キロトン、2050年は135キロトン。
ニッケル
脱炭素関連の需要は、2022年は457キロトン、2050年は3,764キロトン。その他の需要は、2022年は2,477キロトン、2050年は2,432キロトン。
ネオジム
脱炭素関連の需要は、2022年は10キロトン、2050年は55キロトン。その他の需要は、2022年は40キロトン、2050年は60キロトン。

出所:国際エネルギー機関(IEA)からジェトロ作成

日本とASEANの鉱物を通じた関係性

日本は、グラファイトやレアアース、リチウムなどの多くを中国から調達しているが、ASEANからの輸入割合が大きい鉱物もある。例えば、日本が2021年に世界から輸入したニッケルのうち、28%はインドネシアから、26%はフィリピンからだ。また、同年の日本のコバルト輸入の35%がフィリピンから、レアアースは16%がベトナムからである(注2)。ASEANは日本にとって、鉱物の主要な調達先の1つだ。こうしたことから、2023年3月に東京で開催されたアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)閣僚会合では、重要鉱物の持続可能な調達・供給のため、日本とアジア各国の双方にとって、安全で責任ある鉱物サプライチェーンの構築が不可欠と述べている。

重要鉱物の生産・加工拠点となるASEAN

ASEANは、日本との関係に限らず、世界的にも重要鉱物の主要な供給拠点である。一般的に、鉱物バリューチェーンは、上流から探査、採掘、生産、精錬を経て、中間製品や最終製品へと至る。このうち、2021年時点で、世界のニッケル生産量に占めるASEANの割合は56.10%で、スズは29.04%だ(表1参照)。最終製品や用途別で見ても、太陽光発電設備やロボット、ドローンなど、脱炭素やデジタル化を推進するための設備・機械では、ASEANで生産された重要鉱物が世界で多く使用されている(表2参照)。

表1:主な重要鉱物の生産量の割合(地域別)(単位:%)(△はマイナス値)
鉱物 国・地域名 生産量が世界に占める割合 生産量
増加率
(2017‐2021年)
2017年 2021年
ニッケル 世界 100.00 100.00 31.30
ASEAN 34.16 56.10 115.64
その他の地域 65.84 43.90 △ 12.45
スズ 世界 100.00 100.00 △ 14.20
ASEAN 49.60 29.04 △ 49.78
その他の地域 50.40 70.96 20.81
ビスマス 世界 100.00 100.00 5.05
ASEAN 22.65 18.55 △ 13.98
その他の地域 77.35 81.45 10.63
タングステン 世界 100.00 100.00 2.53
ASEAN 6.39 13.37 114.60
その他の地域 93.61 86.63 △ 5.11
レアアース 世界 100.00 100.00 102.05
ASEAN 3.89 10.08 423.75
その他の地域 96 90 89

注:ASEANの生産量が多い主要鉱物のみ抽出。増加率は各年の生産量(絶対値)で計算。
出所:World Mining Dataからジェトロ作成

表2:ASEANで生産された重要鉱物の分野別使用状況(2020年)
種類 バッテリー 燃料電池 風力タービン トラクションモーター 太陽光発電 ロボット ドローン 3Dプリンター ICT 防衛産業
ニッケル
スズ
ビスマス
タングステン
レアアース
ジルコン
アンチモニー

注:〇は世界全体に占めるASEANの生産量が10%以上。△はASEANの生産量が5%以上、10%未満。
出所:Intergovernmental Forum on Mining, Minerals, Metals and Sustainable Development (IGF)「ASEAN-IGF Minerals Cooperation:Scoping study on critical minerals supply chains in ASEAN」よりジェトロ作成

表1を見ると、一部の鉱物について、ASEANにおける生産量が近年増加している点が注目される。具体的には、2017年に世界シェア34.16%だったASEANのニッケル生産量は、4年後の2021年に56.10%まで拡大、レアアースも3.89%(2017年)から10.08%(2021年)まで拡大している。特に、ニッケルやタングステン、レアアースについては、世界全体の生産の増加率に比べ、ASEANでの生産量が大きく伸びている。また、生産の拡大に伴い、バリューチェーンのさらに川下の精錬・加工でも、ASEANの世界におけるシェアは拡大している。

一部で見られる鉱物輸出規制の動き

ASEANで鉱物の生産や加工が拡大する背景には、世界的な需要拡大がある一方、鉱物開発を奨励する政策や輸出規制による影響も、一部の国では見られる。例えば、インドネシアは、国内の精錬・加工産業の発展を目的に、「鉱業法(2020年)」において、複数の未加工鉱石の輸出禁止方針が打ち出されている。このうち、ニッケル鉱石は、2020年1月から既に輸出が禁止されている。そのため、インドネシア国内でのニッケル精錬など、高付加価値化が進んでいる。その背景にあるのが、同国におけるニッケルを活用したEVバッテリー産業の振興策だ。インドネシアは2021年3月、国営のバッテリー開発会社「インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)」を設立。2030年までに年産140ギガワット時(GWh)のバッテリー製造容量を有することを目指している(2023年4月25日付地域・分析レポート参照)。

実際、インドネシアでは2021年6月、EV用バッテリーの正極材の基礎材料を製造するため、高圧硫酸浸出(High Pressure Acid Leach:HPAL)方式のニッケル精錬工場が稼働した。高度な技術を活用した、同国初となる工場だ。その後も同様の工場の設立が続いているが、その多くが中国企業との協力事業である。

結果、2019年におけるインドネシアのニッケル鉱石(未加工)の輸出額は10億9,700万ドルだったが(その95.86%が中国向け)、2020年以降はゼロとなっている(図2参照)。逆に、ニッケル精錬などの中間生産物の輸出額は、2021年以降に急拡大し、2022年は59億6,200万ドル(前年比371.3%増)に達した。ただ、このうち、75.30%がやはり中国向けである。

図2:インドネシアのニッケル鉱石と中間生産物の輸出額
(単位:100万ドル)
2019年におけるインドネシアのニッケル鉱石の輸出額は10億9,700万ドルだったが、2020年以降はゼロとなっている。逆に、ニッケル精錬等の中間生産物の輸出額は、2021年以降に急拡大し、2022年は59億6,200万ドルに達した

注:HSコードは、ニッケル鉱石が2604、中間生産物が7501でデータ抽出。
出所:Global Trade Atlasからジェトロ作成

鉱物産業のさらなる発展を目指すASEAN

今後のASEANの鉱物産業の発展には、各国の産業振興策が大きく影響すると見られる。例えば、ASEANではカーボンニュートラルの実現に向け、各国が省エネルギー化やエネルギー使用の効率化、再生可能エネルギーの普及を目指している(2023年5月11日付地域・分析レポート参照)。先述のように、脱炭素化の推進では、多くの重要鉱物を必要とする。また、ロボット製造で多くのレアアースを使用するように、デジタル化も鉱物需要の拡大を後押しする。国際ロボット連盟(IFR)によれば、シンガポールの労働者1万人当たりのロボット導入台数(670台)は、韓国(1,000台)に次いで世界第2位だ(2021年時点)。また、製造業が集積するタイも、産業高度化に向けた国家の指針である「タイランド4.0」の下、国内におけるロボット生産への投資促進を強化している。これらを背景に、ASEAN域内における鉱物需要は、今後、中長期的に拡大すると見込まれる。

これらの需要拡大を踏まえた、ASEANの鉱物産業発展に向けた取り組みを見てみよう。まず、ASEANは2005年、「第1回ASEAN鉱物大臣会合(AMMin)」をマレーシアにおいて開催。各国の鉱物資源を管掌する閣僚が、地域全体の鉱物開発の方向性について議論した。内容は、世界で増加する鉱物需要に応えるべく、ASEANの鉱物産業を発達させ、鉱物の活用を通じたASEANの社会経済のさらなる成長を目指すというものだ。

そのための取り組みとして、「ASEAN鉱物協力行動計画(AMCAP、2005~2010年)」が同年に採択された。同計画はその後に数回更新され、現在は2021年に採択された「AMCAP - IIIフェーズ2(2021~2025年)」が実施されている。具体的には、(1)鉱物の貿易・投資促進、(2)持続可能な鉱物開発、(3)鉱物開発にかかる能力開発、(4)鉱物情報データベース開発、という4つの重点分野で各国が協力し、環境保全と社会経済の繁栄の両立(Environmental well-being)を目指している(表3参照)。

表3:AMCAP - IIIフェーズ2(2021~2025年)における重点分野
項目 内容
鉱物の貿易・投資促進 鉱物産業の継続的開発のため、国内外から同産業への投資を促進する。特に、鉱物の生産、貿易、価値拡大につながる採掘や加工への投資促進を重視。
持続可能な鉱物開発 各国の官民連携による持続可能な鉱物開発方針の策定とその実施による、鉱物産業の社会経済環境面での価値向上など。
鉱物開発にかかる能力開発 鉱物資源管理にかかる組織・個人の能力を開発し、鉱物産業の貿易投資促進、社会経済環境面での価値向上。
鉱物情報データベース開発 鉱物データの収集・管理のための戦略やシステムを構築し、投資促進やAMCAP実施を後押しする。

出所:AMCAP - IIIフェーズ2(2021~2025年)からジェトロ作成

AMCAPで強調されているのは、ASEANの鉱物バリューチェーン全体への域内外からの投資を促進し、鉱物産業を発展させることだ。ASEAN事務局によれば、ASEANでは、鉱物の「探査・採掘」という上流の工程への投資が近年、減少傾向にあるという。このままでは、産業発展に必要な鉱物の確保が難しくなることが懸念される。そこで、「ASEAN鉱物情報データベース(ASEAN Minerals Information and Database System:AMIDS)」の開発が域内で進んでいる。AMIDSは、企業に対し、地下資源の探査や採掘、また鉱物生産への投資決定に必要な情報を提供するものだ。具体的には、各国の地質や地盤、鉱物の貿易投資にかかる情報をまとめており、引き続き開発が進んでいる。

国際機関から指摘される課題

AMCAPの実施を支援するため、ASEANは域外の対話国との協力も進めている。具体的には、ASEANに日本・中国・韓国が加わった「ASEANプラス3」の枠組みがある。同枠組みでは、ASEANの鉱物産業への投資誘致を目的としたセミナーや、技術・知識を共有するためのワークショップの開催、人材開発の実施などが行われている。また、国際機関である「鉱業および鉱物資源・金属と持続可能な開発に関する政府間フォーラム(IGF、注3)」とASEANによる共同調査報告書「Scoping study on critical mineral supply chains in ASEAN」も公表されている(2023年5月)。

特に、IGFの同報告書は、ASEANにおける鉱物の持続可能な開発と安定供給に向け、重要な点を指摘している。まず、ASEANでは、地域全体としての重要鉱物の定義が規定されていない。各国の鉱物埋蔵量や種類、産業の発展段階が異なるASEANでは、どの鉱物が貿易や産業政策上で重要かについても、各国の認識が異なっている。結果、地域全体としての政策や基準の調和が困難となっている。

次にIGFは、拡大する鉱物需要への対応と、持続可能な鉱物開発を両立させるため、ASEANにおけるサーキュラーエコノミー(循環型経済)を推進する重要性を指摘している。具体的には、電子廃棄物(E-waste)に含まれる金属の回収・利用、またEV用のリチウムイオンバッテリーの再利用のための技術・制度の確立だ。

循環型経済を推進する背景には、ASEANにおけるE-wasteの増加がある。IGFによれば、ASEANは現在、年間350万トン以上のE-wasteを排出しているが(2019年時点)、産業のデジタル化やスマートフォンの普及に伴い、今後さらに増加する可能性がある。しかし、ASEANを含めたアジアにおける鉱物の再利用率11.7%であり、欧州の42.5%と比べてはるかに少ない(2022年時点)。

また、各国政府によるEV推進策や、中国EVメーカーの台頭に伴い、タイやインドネシアでEV市場が急速に拡大している。多くのEVが市場に投入されることで、今後、耐用年数を超えた大量のリチウムイオンバッテリーがASEANで発生すると見込まれる。鉱物資源が豊富なASEANだが、リチウムについては、域内の埋蔵量や生産量は十分ではない。そのため、リチウムイオンバッテリーの再利用は、希少資源の確保という点でも、ASEANにとって有益となる。

ASEANは2021年、「循環型経済に関する域内の協力枠組み」(Framework for Circular Economy for the ASEAN Economic Community)を採択した。同枠組みでは、エネルギーや資源の効率的な利用、イノベーションや、グリーン分野におけるデジタル化の推進、そして各国の政策や基準の調和がうたわれている。こうした中、鉱物の採掘や生産でも、その過程で排出される廃棄物の削減や、使用後のリサイクルを通じて、環境負荷を抑えることが求められる。実際、投資家や消費者によるサステナビリティへの関心が高まる中、同枠組みで合意された環境整備が整わなければ、企業や製品の競争力低下にもつながる可能性がある。重要鉱物が多く使用される自動車や電気電子産業では、既にASEANには多くの日系製造業が集積している。ASEANにおける安定した鉱物資源の開発・供給は、在ASEANの日系企業の高度化、脱炭素化、またサプライチェーンの強靭(きょうじん)化にとっても重要となる。


注1:
経済産業省「2050年CN社会実現に向けた鉱物資源政策(令和3年)」などを参照。
注2:
経済産業省「重要鉱物に係る安定供給確保を図るための取り組み方針(2023年1月)」参照。
注3:
70カ国以上の鉱物開発に関わる国による政府間フォーラム。鉱業の持続可能な開発にかかる対話や調査研究などを行う。

AZEC閣僚会合を踏まえて

  1. 省エネ推進と再エネ拡大を目指すASEAN
  2. 重要鉱物の生産拡大と持続可能性との両立
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。