米国内回帰を促す動きが半導体、EV、新薬で加速

2023年8月23日

長期化する米中対立や新型コロナウイルス禍を経て、米国でも各国同様、サプライチェーンの途絶リスクに直面した。こうした事態を受け、ジョー・バイデン大統領は2021年2月、安全保障上重要とされる10の分野でサプライチェーンを強靭(きょうじん)化するための大統領令を発出した。そのうち、優先分野として指定された半導体、電気自動車(EV)用バッテリー(重要鉱物を含む)、医薬品では、米国への投資拡大の動きが既にみられている。経済安全保障の観点から、各国による重要産業の基盤強化や投資誘致がみられる中、これらの分野では、米国を中心としたサプライチェーン構築を念頭に置いた投資が当面続くとみられる(注1)。

半導体:あらゆる産業のDNAとして重要視

バイデン政権がサプライチェーン強靭化を志向する分野の中でも、特に半導体やEVバッテリーの分野では、巨額の財政支出の後押しを受け、米国を中心にしたサプライチェーン構築を目的とした対米投資が複数みられる。

バイデン政権は、半導体はテクノロジーの「DNA」であり、農業や輸送、医療、通信、インターネットなど経済のあらゆる分野を本質的に変革してきたとして、「大統領就任初日から、半導体のサプライチェーン強靭化に努めてきた」と重視している(注2)。2022年8月に成立したCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)は、5年間で約2,800億ドルの予算が充てられ、半導体、半導体製造装置、素材、研究開発に関連する施設の建設、拡張、現代化などに対して費用が助成される(注3)。申請は3段階に分かれ、1回目の申請が開始されたのは2023年3月からだが、同法による助成を見込んだ大型の投資がそれ以前から相次いでいた。

インテルは、CHIPSプラス法が成立した翌月の2022年9月に、オハイオ州で新たな最先端半導体製造工場の起工式を開催した。投資額は同州史上最大の200億ドル以上だ(注4)。当初6月に実施予定だったが、同法の審議の遅れを理由に延期していた。マイクロンは翌10月に、ニューヨーク州に最大1,000億ドルの半導体製造工場の建設計画を発表した。同社は当該投資を発表する際、CHIPSプラス法の成立を歓迎するコメントを出している(注5)。また、台湾積体電路製造(TSMC)は12月、アリゾナ州に同州2カ所目の工場新設を発表した(注6)。2020年5月に発表した工場建設と合わせると、投資額は400億ドルに上る。日系企業ではJX金属が2022年10月に、アリゾナ州で半導体用スパッタリングターゲット事業などを行う工場の起工式を行った(注7)。将来的には、同社の米国での先端材料事業の中心となり、新規事業開発拠点としても活用する見込みだ。同工場の建設には、TSMCなどによる同州での投資拡大なども影響したとみられている。なお、米国半導体産業協会(SIA)は、2020年5月以降に発表された米国での投資計画をリスト化して公開している(注8)。

バッテリー、重要鉱物:リサイクル事業への注目度も高まる

EVバッテリーも同様に、米国を中心としたサプライチェーン強靭化を目的とした投資事例が多くみられる。2022年8月、米国でインフレ削減法(IRA)が成立した。IRAには気候変動対策に資するさまざまな施策が盛り込まれており、その中の1つにEVなどクリーンビークルと定義される自動車の購入時の税額控除が含まれている。米国ではこれまでもEV税額控除が運用されていたが、IRAの成立によってその適用要件が格段に厳しくなった。例えば、2023年には車両の最終組み立てが北米で行われていることや、バッテリー材料の重要鉱物のうち調達価格の40%は米国が自由貿易協定(FTA)を結ぶ国で抽出あるいは処理されるか北米でリサイクルされていること、バッテリー用部品の50%が北米で製造されていることなどが新たに求められることになった。グローバルにサプライチェーンを敷いている自動車産業にとって、こうした規制への対応は容易ではない。米国で販売されているEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)は80モデル以上あるとされる中、米内国歳入庁の2023年4月の発表によると、税額控除の対象となるのは22モデルにとどまった(注9)。1台当たり最大7,500ドルの税額控除は実質的には購入時にそのまま値引きされるため、自動車メーカーにとっては、税額控除を受けられるか否かが価格競争力に直結する。そのため、IRA成立を受けて米国内でのEVやバッテリー生産を強化する動きが活発になっている。

例えば、フォードは2023年2月、35億ドルを投資して、次世代EVなどに活用予定のリン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池の製造工場をミシガン州に建設すると発表した。同社は当初、工場の建設地を米国外も含めて検討していたが、IRAによる税額控除の要件が米国内での建設決定に影響したと述べている(注10)。ゼネラルモーターズ(GM)は2023年4月、韓国のサムスンSDIとともに30億ドル以上を投資して、米国内に新しいバッテリーセル製造工場を建設すると発表した(注11)。同社は、ミシガン州とテネシー州でもバッテリーセル製造工場の建設を進めているほか、2023年1月にはオハイオ州とニューヨーク州の生産拠点で、EV部品の製造に6,400万ドルを投資すると発表している(注12)。また、GMは2023年1月にネバダ州タッカーパス鉱山でのリチウム開発プロジェクトに対し、6億5,000万ドルの株式投資を行うと発表している(注13)。バッテリーの主原料となるリチウムの確保が自動車メーカーにとって重要な課題となっている中、安定調達に動いたかたちだ。日本企業でも、トヨタと豊田通商がIRA成立直後の2022年8月に、ノースカロライナ州に建設予定のバッテリー工場へ25億ドルを追加投資すると発表した。バッテリー式EV(BEV)用のバッテリー生産ラインを2本設ける予定だ。IRA成立を受けての対応とみられている(注14)。

バッテリー生産の拡大に伴い、バッテリーリサイクル産業への注目度も上がっている。同分野の北米(米国およびカナダ)の市場規模は2020年に約6,600万ドル、2021年に約7,800万ドルだが、2028年には約2億6,500万ドルに達するとの予測もあり、市場拡大が見込まれている(注15)。代表的な企業には、米国のレッドウッド・マテリアルズ、サーバ・ソリューションズ、カナダのライ・リサイクルなどがある。このうち、米国のレッドウッド・マテリアルズは2022年12月、35億ドルを投じてサウスカロライナ州に、使用済みバッテリーをリサイクルしてリチウムイオン電池の主要構成素材の正極材・負極材を生産する工場を建設すると発表した(注16)。2023年2月には、ネバダ州の工場拡張などのため、エネルギー省融資プログラム局から20億ドルの条件付き融資を受けることが発表されている(注17)。同社は、2030年までに年間500万台分のEVに正極材・負極材を提供することを目標として、トヨタやフォード、フォルクスワーゲン、ボルボ、エンビジョンAESCといった完成車・バッテリーメーカーと既に提携している。日系企業では丸紅がEV用バッテリーリサイクル事業に参画するため、サーバ・ソリューションズに出資したと2023年2月に発表している(注18)。

EVバッテリーにせよ、半導体にせよ、バイデン政権が米国内での生産力能力強化の施策を講じている背景には、上述のとおり、長期化している米中対立がある。CHIPSプラス法には、受益者が資金受領日から10年間、中国などの懸念国(注19)で、先端半導体製造施設では既存施設の能力を5%以上、レガシー半導体製造施設では10%以上高める投資などを禁止する、いわゆるガードレール条項が設けられている。また、IRAには、EVバッテリーを懸念国の事業体が抽出、処理、リサイクルないしは製造・組み立てする場合に、EV購入時の税額控除の対象外とする要件も盛り込まれている。加えて、米国または米国とFTAを締結している国からの調達割合、または北米での生産割合が年を経るごとに高くなるよう設計されていることから、自動車メーカーはますます、米国などIRAが指定する国・地域での原産割合を高める必要に迫られる。米中対立の収束のめどが立っていない状況下では、半導体やEVバッテリーなど重要な戦略物資に対するバイデン政権の対米投資支援は今後も続くものとみられ、これらの分野での米国や同盟国・友好国を中心としたサプライチェーン再構築に向けた動きは引き続き進むと考えられる。

医薬品:新薬開発拠点の設置加速か

米国内に高度な技術を必要とする新薬の研究開発拠点を設置する動きもみられる。対米投資残高を業種別にみると、製造業への投資が全体の40%超を占めて最大だ。新型コロナ禍最中の2021年の製造業の投資残高は前年比10.3%増で、全体の9.2%増を上回った。これを牽引したのは化学、中でも医薬品への投資だ。化学への投資残高は前年比12.4%増となり、全体の残高に占める割合は16.3%に及ぶ。この化学のうち、医薬品への投資残高が約65%を占める。2022年末の化学の投資残高は前年比2.3%増と微増にとどまるものの、全投資残高に占める割合は依然として16%を超えている。このように化学、中でも医薬品への投資額が大きい背景の1つには、半導体やEVバッテリー同様、米国内への投資を積極的に促すバイデン政権の政策があると考えられる(注20)。

世界の多くの国同様、米国でも新型コロナ禍にマスクなどいわゆる個人用防護具(PPE)の供給不足が発生した。2021年1月にはこれら製品の供給を強化するための大統領令が発出された。翌2月には冒頭のサプライチェーン強靭化のための大統領令が発出され、その対象分野に、PPEも含む医療器具や医薬品が半導体やバッテリー、重要鉱物などとともに指定された。その後、大統領令を受けて発表された報告書では、医薬品のサプライチェーンが強靭なことは米国の国家安全保障と経済的繁栄に不可欠だと明記された。一方で同時に、医薬品のサプライチェーンは複雑でグローバルに広がっており、混乱に対して脆弱(ぜいじゃく)であるとも指摘された。こうした状況を受け、報告書では、米国内で生産能力を強化する重要性が提言された。ただし、例えば、ジェネリック医薬品なども含めた全ての医薬品を米国で製造する必要はなく、生産や供給面で同盟国などと協力しながら、重要な医薬品を米国内で製造するための戦略的なアプローチが必要だとしている(注21)。具体的には、的を絞った投資や財政面での優遇、新しい製造技術を生み出す研究開発などが必要だとした。

なお、新薬の開発には、新型コロナのワクチン開発でも活用されているように、バイオ医療の技術開発も重要となる。ホワイトハウスは2022年9月、「バイオ技術・バイオ製造サミット」を開催し、医薬品の製造コスト低減を目的とした施策などを発表した。その中には、国内のバイオ産業のためのインフラ整備を目的にした、国防総省による5年間で10億ドルの拠出なども含まれる(注22)。また、2024 年度の予算教書でも、バイオテクノロジー分野で大学での研究を助成する全米科学財団(NSF)に113億ドル、米国最大のライフサイエンスの研究機関の国立衛生研究所(NIH)に486億ドル、公衆衛生システム強化を視野に米国疾病予防センター(CDC)に116億ドルと、いずれも前年度を上回る予算措置を提案している(注23)。

こうした背景も追い風になってか、医療やバイオ産業が集積しているマサチューセッツ州やメリーランド州へ、高度な研究開発を行う拠点を設置する投資が複数みられる。アイルランドの製薬企業ホライゾン・セラピューティクスは2022年1月、メリーランド州に米国東海岸での研究開発や技術運用面のハブになる研究開発拠点の建設を発表した。同拠点では、希少な自己免疫疾患や重篤な炎症性疾患などに対する新薬の開発が行われる。同社はメリーランド州について、米国の中で最も急速にバイオテクノロジーが成長し、世界的にも優秀な科学者や研究者がいる場所としている(注24)。フランスに本社を置くSEQENSは2022年3月、医薬品有効成分の開発・生産や脂質・ポリマーのアクティブ・デリバリー・システムの開発拠点として、マサチューセッツ州に新たな研究開発拠点を設けると発表した(注25)。北米の研究開発の旗艦拠点となるという。この新拠点は2023年1月に開設した。なお、同社はフランス企業だが、2021年末から米国の民間投資会社SKキャピタルが最大の株主となっている。日本企業では、日本新薬が2023年1月、マサチューセッツ州にイノベーション・リサーチ・パートナリングという新施設を開設すると発表した。同州にある世界トップクラスの大学やその系列病院、バイオベンチャー企業の集積などによって形成されるエコシステムの中に拠点を設けることで、オープンイノベーションを活用しながら、創薬研究の加速化と多様化を狙っているという(注26)。また、アステラス製薬は5月、眼科領域での新薬取得を念頭に、米バイオ医薬品企業のアイベリック・バイオの買収を発表している。同社は革新的な医薬品の創出に取り組んでいるとし、買収はそのための重要なステップになるとしている(注27)。

米国はこれまでも、医薬品やバイオ技術の開発・生産で世界をリードしてきた。そうした従来の産業基盤に加え、当該分野への投資インセンティブが新型コロナ禍を経てあらためて確立されたことにより、米国をハブにした新薬の開発・生産ネットワークが一層、構築されていく可能性がある。

表:米国内での生産・開発強化を目的とした主な投資事例(半導体・EVバッテリー・医薬品)

半導体
企業名 時期 内容
インテル 2022年9月 CHIPSプラス法の審議の遅れを理由に延期していたオハイオ州での最先端半導体製造工場の建設開始
マイクロン 2022年10月 ニューヨーク州での半導体製造工場の建設計画を発表。発表時に、CHIPSプラス法の成立を歓迎
JX金属 2022年10月 半導体用スパッタリングターゲット事業の強化と新規事業展開のための工場の起工式を開催
TSMC 2022年12月 アリゾナ州に同州2カ所目の半導体工場新設を発表。2020年5月にも工場建設を発表
EVバッテリー
企業名 時期 内容
トヨタ 2022年8月 車載用電池生産増強のため、ノースカロライナ州に建設予定のバッテリー工場への追加投資を発表
レッドウッド・マテリアルズ 2022年12月 使用済みバッテリーをリサイクルして正極材・負極材を生産する工場の建設を発表
フォード 2023年2月 ミシガン州での次世代EV向けリン酸鉄リチウムイオン電池製造工場の建設を発表
丸紅 2023年2月 EV用バッテリーリサイクル事業参画のため、サーバ・ソリューションズへの出資を発表
GM 2023年4月 米国内に新しいバッテリーセル製造工場の建設を発表(詳細な立地場所は不明)
医薬品
企業名 時期 内容
ホライゾン・セラピューティクス 2022年1月 希少な自己免疫疾患や重篤な炎症性疾患などに対する新薬の開発拠点の建設を発表
SEQENS 2022年3月 医薬品有効成分の開発・生産、脂質・ポリマーのアクティブ・デリバリー・システムの開発拠点として、マサチューセッツ州に新たな研究開発拠点を設けると発表
日本新薬 2023年1月 マサチューセッツ州にイノベーション・リサーチ・パートナリングと題する新施設を開設すると発表

出所:各社発表などを基にジェトロ作成


注1:
本稿は、『ジェトロ世界貿易投資報告 2023年版-分断リスクに向き合う国際ビジネス-』(2023年8月1日)の第2章「第1節世界の直接投資」「第3節日本の直接投資と企業動向」の米国部分をベースに加筆・修正したもの。
注2:
2021年6月8日付 ホワイトハウスによるサプライチェーン強化に向けた報告書。
注3:
CHIPSプラス法とサプライチェーンについては、2023年5月8日付地域・分析レポートも参照。
注4:
2022年9月9日、2023年1月23日付 インテルの発表による。
注5:
2022年10月4日付 マイクロンの発表による。
注6:
2022年12月6日付 TSMCの発表による。
注7:
2022年10月5日付 JX金属の発表による。
注8:
SIAウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。
注9:
発表自体は内国歳入庁が行ったが、モデル数はエネルギー省のウェブサイトに掲載されている。6月末時点では、米系のみならず欧州系メーカーの車種も加わり、対象は拡大している。
注10:
2023年2月13日付 フォードの発表による。なお、IRAに関するコメントは、CNN電子版2月13日付に基づく。
注11:
2023年4月27日付 GMの発表による。
注12:
2023年1月20日付 GMの発表による。
注13:
2023年1月31日付 GMの発表による
注14:
2023年8月31日付 トヨタの発表による。なお、IRAに関するコメントは、オートモーティブニュース8月31日付に基づく。
注15:
Fortune Business Insight予測に基づく。バッテリーリサイクル市場の詳細はジェトロの「米国におけるEV用バッテリーのリサイクル事業の現状と見通し調査」(2023年6月16日)を参照。
注16:
2022年12月15日 レッドウッド・マテリアルズの発表による。
注17:
2023年2月9日付 米国エネルギー省の融資プログラム局の発表による。
注18:
2023年2月9日付 丸紅の発表による。
注19:
CHIPSプラス法、およびIRAともに、懸念国には中国のほか、ロシア、イラン、北朝鮮が該当する。CHIPSプラス法の場合は、これらに加え、商務長官が指定する国の事業体も対象となる。
注20:
2023年7月20日付 米商務省発表データに基づく。
注21:
2021年6月8日付 ホワイトハウスによるサプライチェーン強化に向けた報告書。
注22:
2022年9月14日付 ホワイトハウスの発表による。
注23:
米国でのバイオ医薬品に関する政策動向などについては、ジェトロの「米国におけるバイオ医薬品に関する政策・産業動向」(2023年3月31日)を参照。
注24:
2022年1月6日付 ホライゾンによる発表による。なお、同社は2022年12月に、米国のバイオ医薬品開発企業アムジェンに買収されると発表されたが、米連邦取引委員会(FTC)が2023年5月16日、アムジェンが特定の医薬品で独占的地位を固めることになるとして、買収を差し止めるために提訴した。
注25:
2022年3月21日付 SEQENSの発表による。
注26:
2023年1月6日付 日本新薬の発表による。
注27:
2023年5月1日付 アステラス製薬の発表による。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)を経て2022年8月から現職。