公的機関編
米国、経済分析などにおける代替データ活用の動き(1)

2023年7月5日

米国では、商務省経済分析局(Bureau of Economic Analysis:BEA)や労働省労働統計局(Bureau of Labor Statistics:BLS)が中心となって、豊富な経済データを集計・作成し、定期的に公表している。他方、変化が激しい現代において、従来の経済指標だけで経済状況をタイムリーに理解するのは、十分とは言い難くなってきている。従来の経済指標は、相当なタイムラグを伴って発表され、月次や四半期のデータは、季節調整などによりしばしば大幅に修正される。特に最近は、新型コロナウイルス禍を経て、修正幅が大きくなりがちだ。こうした課題に対処するため、民間機関などから毎日・毎週発信されるオルタナティブ(代替)データを用いて、公式統計に多い毎月や毎四半期といった頻度ではなく、いま現在の経済状況などをタイムリーかつ高頻度で更新する「ナウキャスティング」と呼ばれる手法が注目されている。こうした代替データや手法は、経済全体はもちろん、消費者や企業に関する重要なミクロ的経済行動をリアルタイムに近い時間軸で明らかにできるという点で、これまでの広範な経済統計よりも時に有益な情報源となり得る。経済分析に代替データを使用するメリットは、以下のような点が挙げられる。

  • 即時性:従来の経済データの公表までにかかる相当なタイムラグを回避できる。
  • 高頻度:代替データが高頻度で発信されるほど、長期比較や分析に必要なサンプル数が増える。
  • 特異性:天候情報などの豊富な種類の代替データを利用することで、ユニークな角度からの分析が可能になる。

特に即時性という点を中心にして、他の2点と組み合わせて多様な分析を行うことが可能となる。米国の重要公式指標である雇用統計やGDP統計などは、集計データや基礎統計の制約から、月ごともしくは四半期ごとに報告されるため、経済が今どのような状況にあるのかを理解するにはタイムラグが大きすぎることがしばしば指摘されるが、代替データを用いることで、よりタイムリーな景気の状況を把握することができる。代替データは、 (1)米国の中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)に属する各地区連邦準備銀行の公表データや当局発表の地下鉄や航空便の利用者数など、公共性の高いデータ、(2)レストランの予約状況、小売店での取引情報、駐車場の利用状況、建物への出入り、またSNSなど日々の書き込みといったコンテクスト(文脈)情報など、民間企業が収集・分析しているデータの2つに大別される。本稿「前編」では(1)、本稿「後編」では(2)の代表的なナウキャスティングや代替データなどについて紹介する。

GDPナウ(アトランタ連邦準備銀行)

アトランタ連銀は、BEAと同じ連鎖方式のモデルを用いてGDPを構成する13の需要項目(個人消費、設備投資、在庫、輸出入など)を推計し、積み上げ方式で算出した実質GDPの伸び率の予測値を「GDPナウ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」として公表している。更新頻度は月6~7回で、特にISM製造業指数、国際収支、卸売統計、小売売上高、新築住宅販売、耐久財指数、個人所得・支出、鉱工業生産・設備稼働率、中古住宅販売件数に関しては、各々のデータ発表があった翌営業日に更新される。

2011年の推計開始から2022年第2四半期まで、GDPナウと実質GDPの伸び率の平均絶対誤差は0.83ポイントとなっている。特徴として、GDPナウは頻繁に更新されているため、徐々に実質GDPの伸び率に近づいていく。例えば、2015年第2四半期の実質GDP成長率(速報値)は2.3%であったのに対し、GDPナウの最終値は2.4%とほぼ的中させているが、当初予測値は当初0.9%だった。こうした特徴から2023年第2四半期の5月17日時点のGDPナウの予測値は2.9%であるが、エコノミスト予測(ブルーチップ)のレンジはマイナス1%からプラス1.5%程度と開きが見られるなど、GDP速報発表直後のGDPナウの推計値については、相当の幅を持って見る必要があると考えられる。

インフレ予測指数(クリーブランド連邦準備銀行)

クリーブランド連銀は、BISが毎月公表する消費者物価指数(CPI)やBEAが毎月公表する個人消費支出物価指数(PCE)の伸び率の予測値「インフレ予測指数外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を毎営業日に更新している。推計方法は次の通りだ。まず、食品・エネルギーを除くコア価格と食品価格のインフレ率が、今後数カ月は過去12カ月の平均値と同じになると仮定する。次に、現在のガソリン価格と原油価格の組み合わせに基づき、ガソリン価格のインフレ率を予測する。最後に、コア価格、食品価格、ガソリン価格のインフレ率を組み合わせ、CPIまたはPCEのインフレ率の予測値をナウキャストする。なお、CPIが公表済みで(月の中旬に公表)、PCEが未公表の場合(月末に公表)、前者の公表値を後者に変換し、タイムラグを調整している。

クリーブランド連銀によると、ブルーチップなどの経済予測と比べて、短期的にも長期的にも予測精度は良好で、新型コロナ禍期間を含めても、高い予測精度が保たれたという。しかし、コア価格や食品価格のインフレ率が、今後数カ月は過去12カ月の平均値と同じになると仮定する特徴から、基本的にほとんど変化せず、BEAやBLSが新しい月次データを発表または過去データを改定した場合のみ変化することに留意が必要だ。

小売活動指数(シカゴ連邦準備銀行)

シカゴ連銀は、BEAが毎月公表する小売統計の予測値を、クレジットカードやデビットカードの金融取引(元データ:Facteus、Consumer Edge)、小売店売上高(Womply)、小売店客足数(SafeGraph)、ガソリン販売〔エネルギー情報局(EIA)〕、消費者心理指数(Morning Consult)などから作成し、「小売活動指数外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」として毎週公表している。ただし2022年4月以降、基礎データの供給制約への対応を理由に、更新は停止されている。

同指数と小売統計の値を比較すると、新型コロナ禍直後を除き、予測精度はおおむね良好だ。週1回更新されるため、小売統計よりも細かなデータ追跡が可能となる。例えば、米国内で新型コロナウイルスの感染が確認された直後の2020年3月、同指数は買いだめの発生を示している。他方、小売統計の月次データでは、大幅な変動が見えなくなっている(図1参照)。

図1:小売活動指数(シカゴ連銀)と小売統計(商務省)との比較
折れ線グラフ。2020年の新型コロナウイルス発生直後に、シカゴ連銀の小売り活動指数は買いだめ需要による急増および、その反動による急減を予想し、商務省の小売り統計より鋭い増減を描くが、その期間を除くと両者の動きはほぼ一致している。

出所:シカゴ連銀

ナウキャスト(ニューヨーク連邦準備銀行)

ニューヨーク連銀は、GDPナウと同様に、複数の個別データとGDPの動学的関係を想定した動的ファクターモデル(DFM)を採用し、実質GDPの伸び率の予測値「ナウキャスト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を公表している。ISM製造業指数や国際収支を含むGDPナウの使用データに加えてADP雇用報告など、より幅広いデータを反映しているところに特徴がある。ナウキャストは毎週金曜日(月4~5回)の更新となるため、GDPナウと比べるとやや更新頻度は少ない。一方、反映するデータが多種に及ぶため、より実態を反映していると期待されている。予測精度は、景気拡大期には平均的なモデルに劣るが、景気後退期には優れているとの評価もある。

しかし、新型コロナ禍期間の不確実性とそれに伴うデータのボラティリティがナウキャストに多くの課題を突き付けたとして、2021年8月以降、更新は停止されている。なお、アトランタ連銀やニューヨーク連銀のほか、セントルイス連銀外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますフィラデルフィア連銀外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますも、独自にナウキャストを作成・公表している。

ウィークリー・エコノミック・インデックス(WEI)(ダラス連邦準備銀行、ニューヨーク連邦準備銀行)

新型コロナ禍に伴う、経済状況の急速な変化を監視するツールの必要性に応え、ダラス連銀とニューヨーク連銀は2020年3月、「ウィークリー・エコノミック・インデックス(WEI)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の公表を開始した。WEIは消費、労働、生産をカバーする10種類の日次・週次データ(レッドブック既存店小売売上高指数、失業保険申請件数、連邦税源泉徴収データ、鉄鋼・電力生産量、燃料販売量、鉄道輸送量など)を複合して作成され、毎週木曜日に更新される。

これまで紹介した代替データは、GDPなどの指標を推測することがメインの目標であったが、WEIは予測対象を明示しておらず、消費、生産、雇用など総合的かつ広範な経済活動の週ごとの実体の提供を目標としている。ただし、実質GDPに近似することは可能としており、実質GDPの四半期成長率とWEIおよびWEIの13週移動平均(WEIナウキャスト)を比べると、特に13週移動平均とGDP成長率との間に相関した動きが見られる(図2参照)。そのため、ダラス連銀はWEIについて、実体経済に関する有益かつタイムリーなシグナルを提供できるとしている。

図2:WEIと四半期GDP成長率比較との比較
折れ線グラフ。2020年の新型コロナウイルス発生直後に、シカゴ連銀の小売り活動指数は買いだめ需要による急増および、その反動による急減を予想し、商務省の小売り統計より鋭い増減を描くが、その期間を除くと両者の動きはほぼ一致している。

出所:ダラス連銀

地下鉄利用者数(ニューヨーク市交通局)

ニューヨーク(NY)市交通局は2020年3月から、市営地下鉄の乗客者数外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを毎日公表している。NY市では電車通勤が一般的で、新型コロナ禍以降、全米最大の人口(約834万、2022年7月時点)を抱える同市の地下鉄乗客者数が、リモートワーク継続とオフィス回帰が経済に与える影響を観察する指標として注目された。NY市営地下鉄の1日平均乗客者数は2023年6月時点で340万人程度だが、新型コロナ禍前の2019年水準の約6割にとどまる。リモートワークの現状のほか、ビジネス街の飲食などの経済活動が長期的に停滞する可能性についても示唆を与え得る指標として、今も注目されている。なお、調査会社WFHリサーチが年収1万ドル以上の労働者を対象にした調査(注)によると、完全出社は35.4%、出社とリモートワークを合わせたハイブリッド勤務は46.2%、完全リモートワークは18.5%となっている。

航空機乗客者数(国土安全保障省運輸保安局)

米国運輸保安局(TSA)は、国内空港の保安検査場を通過する航空機の搭乗者数外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを毎日公表している。このデータは電車の乗客者数と同様に、航空業界における新型コロナ禍の影響評価のための資料として、連邦議会での事務局提出の討議資料において引用されたほか、旅行を含むサービス需要の回復を測る指標としても活用された。直近では、2023年5月26~29日のメモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)の国内空港利用者が約980万人と、2019年水準を約3.2%上回り、航空需要は新型コロナ禍以前の水準にまで回復していることを明らかにした(2023年6月1日付ビジネス短信参照)。

代替データの利活用は多方面で進む

これら代替データは、無料かつ公開されており、高頻度で更新されることから、多くのメディアでも注目・利用されている。中でも、アトランタ連銀のGDPナウは、フォレックスライブなどの投資サービス会社や、ヤフー・ファイナンス、CNBC、ブルームバーグなどの経済ニュースメディアで広く利用されている。またGDPナウに関しては、スマートフォンアプリが提供されており、現在の予測数値、チャート、基礎データなどが一目で参照できるなど、広く一般の利用に資する試みがとられている。

学術的にも、研究や利用が進んでいる。ネイチャー誌に掲載された米国国立衛生研究所(NIH)の論文では、複数の経済・金融データからGDPを予測する機械学習モデルとGDPナウが比較された。この中で、対象四半期の初めは機械学習モデルの予測精度がGDPナウのそれをわずかに上回るが、対象四半期の終わりごろになると、GDPナウが機械学習モデルよりも優れた予測精度を示した、と結論付けられた。また、実質GDP成長率を予測するシカゴ連銀の「ビッグデータ」指標を作成する際に、GDPナウやニューヨーク連銀のナウキャスティングのデータベースが活用されるなど、ベンチマークとしても使われている。

直近では、よりタイムリーでコンテクスト情報を基にしたナウキャストの試みも行われている。FRBは2023年5月、2007年以降の金融市場に関する約430万件のツイートから、独自の金融センチメント指数を構築した。夜間の金融センチメント指数は、翌日の株式市場のリターン予測に役立つという。特に、連邦公開市場委員会(FOMC)の声明が発表される前日の金融センチメント指数の悪化は、金融政策のショックの大きさを予測するのに利用できるとしている。また、FRBは同時期に、ツイッター内のコンテクスト情報から失業に関する指標も開発した。これは、高頻度かつタイムリーに失業状況を追跡でき、週次の失業保険申請件数のほか、特定月の失業者数予測に役立つという。

本稿「後編」では、民間機関の代替データ・ナウキャスティングについて紹介する。


注:
実施時期は2023年1~4月で、回答者数は1万2,391人。

米国、経済分析などにおける代替データ活用の動き

  1. 公的機関編
  2. 民間機関編
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
宮野 慶太(みやの けいた)
2007年内閣府入府。GDP統計、経済財政に関する中長期試算の作成などに従事。中小企業庁や金融庁にも出向し、中小企業支援策や金融規制などの業務を担当。2020年10月からジェトロに出向し現職。