民間機関編
米国、経済分析などにおける代替データ活用の動き(2)

2023年7月5日

米国では、中央銀行に相当する連邦準備制度理事会(FRB)に属する各地区連邦準備銀行などが、実質GDPや消費者物価指数(CPI)を予測するナウキャスティングを実施している「米国、経済分析などにおける代替データ活用の動き(1)公的機関編」参照。一方、民間機関では、よりミクロなオルタナティブ(代替)データに着目し、インターネット上のテキスト情報、小売店の取引情報、衛星画像から収集する人流などから、消費動向を計測するような分析が行われている。本稿「後編」では、民間機関の代替データ・ナウキャスティングを紹介する。

民間機関の代替データは、以下の観点から収集されることが多い。

  • 地理空間情報:人工衛星や監視カメラ、Wi-Fiスポット、地域の気象条件、交通移動パターン、ポイント・オブ・インタレスト(POI、多くの人が訪れる場所など)への訪問状況、デモグラフィック(特定地域に住む人々の経済的・社会的特性)などの地理空間情報
  • 個人非取引情報:SNS上のコメント、電子商取引(EC)上の商品レビュー、アンケートへの回答、ウェブサイトのアクセス件数、アプリのダウンロード回数など、人々が毎日行う非取引情報
  • 販売取引情報:クレジットカード会社やデビットカード会社を通じた不特定企業や個人による取引情報

一般に、地理空間情報や個人非取引情報から得られる代替データは、取得コストが安い傾向にある。しかし実務や分析に使うにあたり、個人情報への配慮からデータの加工が必要となる。一方、販売取引情報から得られる代替データは、多くが不特定情報のため、データの加工はさほど必要ないが、取得コストが高い傾向にある。以上の観点から、代替データを提供する企業や、それを利用して独自の分析を行う企業のサービス事例を紹介する。

レストランの予約状況

米国のオープンテーブル(本社:カリフォルニア州サンフランシスコ)は、レストランのオンライン予約サービス「オープンテーブル」を提供している。同社によれば、全世界約4万5,000カ所のレストランがこのサービスに加盟しており、毎月約2,700万人が同サービスを経由してレストランを予約している。同社はレストランの利用者数について、翌日に数値を更新し、一般公開している。

同データは、新型コロナ禍を理由に2020年3~4月に外出が制限されて以降、消費者の外出需要と外食産業の回復を図る代替データの1つとして注目された。レストランの営業は2020年6月から徐々に再開されたが、2022年6月のレストラン利用者数は、新型コロナ禍前の約6割まで回復したことが示されるなど、米国の消費者行動をタイムリーに反映する代替データとして活用された。なお、米国先物取引所大手のCMEグループによる同データを活用した分析では、レストランの利用者数は2022年夏ごろに、2019年の水準まで回復したようだ。

気候変動による影響

米国海洋大気局(NOAA)は日々の天候について、地域別や海洋上別、正常時との比較などに加え、今後の分析・予測チャートや気候変動モデルなど多様な情報を提供している(NOAA WEBサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。例えばNOAAは、2023年5~7月にいわゆる「エルニーニョ現象」が生じる確率は62%、秋までには80%に上昇すると推計している。エルニーニョ現象が生じると、日本や米国では冷夏になる傾向にあるが、世界的にも農作物の不作が予想され、コモディティー価格が上昇し高インフレを加速させる恐れがある。国際通貨基金(IMF)によると、エルニーニョ現象が生じた場合、コモディティー価格の実質上昇率は最大4ポイント上乗せされる可能性があるという。こうした現象は、各国の経済や金融を大きく攪乱(かくらん)させる要因となるため、気候変動が及ぼし得る影響のタイムリーな把握は重視されている。

気候変動を分析する米国調査会社のクライメートチェック(ClimateCheck)は、NOAAの基礎情報に基づき、国際的に認知された64の気候モデルを集約して、最大40年間の気象・気候パターンを予測している。その予測データから、1億4,000万を超える米国世帯の住宅などが気候変動の影響(干ばつ、暴風雨、火災、洪水など)にどの程度脆弱(ぜいじゃく)であるか、あるいは温室効果ガス(GHG)の排出削減による今後の影響といった気候リスク情報を不動産関係者や保険会社などに提供している。

個人メタデータ情報

インフュータ(Infutor)は、米国の消費者2億6,600万人について、公的な情報源から住所・不動産、クレジットスコア、商品購入取引、電子メール・電話通信などを個人情報に配慮したかたちで提供している。毎日の更新データは9,750万件、データの蓄積は30年以上に及ぶ。これらのデータは、消費者や金銭の使途、購入品の傾向などのリアルタイムな分析に役立つとされている。

衛星画像による追跡情報

オービタルインサイト(Orbital Insight)は、衛星画像や位置情報データを用いて、人や企業の行動追跡情報を分析し、企業などに地理空間分析サービスを提供している。例えば、あるチェーン店の各店舗の26万カ所以上の駐車場の車を95%の精度でカウントする人工知能アルゴリズムを開発し、小売店の販売状況をタイムリーに予測・把握できるようにしている。

同社はそのほかにも、アジアの貨物港と空港全体の活動の変化を迅速かつ正確に定量化するサービス、世界2万5,000 基の原油貯蔵タンクの在庫量を追跡・推定するサービス、米国全土の住宅の基礎工事から完成まで、着工状況をほぼリアルタイムに追跡・推定するサービスなど、幅広い地理空間分析サービスを提供している。

POIなどへの足跡情報

ベラセット(Veraset)は、モバイルアプリケーション開発者など第三者から、主にAPI(Application Programming Interface) を通じてユーザーの位置情報を収集し、世界150カ国以上のPOIについて人々の正確な足跡(フットプリント)などの情報を提供している。米国では、600万カ所以上のPOIなどに関する約2,000万人の足跡情報を提供しており、人々が建物に入ったのか、ただ通り過ぎただけなのかを把握できるようにしている。こうした足跡情報を基に、小売店や観光地への訪問状況、地域から地域への人口移動の傾向のほか、投票へのアクセス状況、病院の待ち時間などの分析・研究にも役立つとしている。

個人取引情報

セイフグラフ(Safegraph)は、世界220以上の国・地域で、4,700万カ所以上のPOIに関する詳細な足跡情報を提供している。特に米国では、消費者の取引に着目し、クレジットカードやデビットカードによる支出データを収集している。これを通じて、小売店などで、人々がいつ、どのような場面で金銭を支出するかを分析し、取引データを提供している。これらのデータセットは、ある特定の場所における人々の消費行動や傾向、さらには地域全体での消費動向の変化などの分析に役立つとしている。

なお、オービタルインサイト、ベラセット、セイフグラフの代替データは、各社独自のサービスであるため、ほとんどが有料かつデータの加工に用いられるツールが非公表となっている。ただし、オービタルインサイトは、自社独自の地理空間分析ツールであるテラスコープ(TerraScope)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますというプラットフォームを一般にも提供している。

代替データの今後の課題

経済分析などに代替データを使用することは比較的新しい手法であり、各種のリスクが存在する。例えば、データが適切に匿名化されていない場合や、個人の同意なしにデータが使用された場合など、プライバシー上の問題が懸念される。また、代替データの使用に関するプライバシー関連の規制は未成熟であり、今後制約が生じる可能性がある。実際、米国の証券取引委員会(SEC)は、2020年1月に発表した2020年の審査事項の順位付けで、企業が使用・提供する代替データに関して、個人情報など機密情報の適切な管理を優先事項の1つに指定した。EUの個人情報保護規則であるGDPRの厳格さに照らせば、米国でも個人情報保護に関する規則の厳格化は今後想定すべき事項の1つと考えられる。

また、GDPなどベンチマークを予測する代替データに関して、新型コロナ禍以降、その精度の低下が指摘されている。神奈川大学の論文によると、日本のGDPナウキャスティングでも、新型コロナ禍の2020年以降をサンプル期間に含めると、モデルの予測精度が顕著に悪化することが指摘されている。米国でも、前編で紹介したニューヨーク連銀によるナウキャスティングは、新型コロナ禍による不確実性などを理由に2021年8月に更新が停止された。各国はいまだ新型コロナ禍からの回復期にあり、労働市場などでも構造的な変化が起きているとみられる、これまでと傾向が異なるデータを、どのように代替データに落とし込み、短期の景気動向や経済構造の中長期予測に役立てるのかは、今後の重要な課題となるだろう。

表:本稿で例示した米国の代表的なナウキャスティング・代替データ

公的機関
データ名 発表元 概要 作成年 参照
GDPナウ アトランタ連銀 GDP値を推計するBEAと同じ連鎖方式にて、消費や投資、在庫、輸出入などGDPを構成する13の需要項目を推計、積み上げ方式でGDPのナウキャストを作成。月に6~7回更新。 2011 アトランタ連銀ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
インフレナウ クリーブランド連銀 労働省が毎月公表する消費者物価指数(CPI)、BEAが毎月公表する個人消費支出物価指数の伸びの予測値を毎営業日更新。 2013 クリーブランド連銀ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
GDPナウキャスト ニューヨーク連銀 動的ファクターモデル(DFM)を採用し、雇用などGDPナウよりも幅広いデータを反映し、GDPのナウキャストを毎週金曜に更新、コロナ禍によるデータの不確実性などを理由に2021年8月で更新停止。 2017
更新停止中
ニューヨーク連銀ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
小売週次指数 シカゴ連銀 商務省が毎月発表する小売統計につき、その予測値を週次で公表していたが、2022年4月に基礎データ利用の制約などを理由に更新停止。 2021
更新停止中
シカゴ連銀ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
週次経済指数(WEI) ダラス連銀
NY連銀
消費、雇用、生産など10種類の日次・週次データの複合指数を作成、毎週木曜に定期更新。WEIはGDPなど予測対象を持たず、毎週の経済の実体を提供することを目標とする。 2020 ダラス連銀資料(1.84MB)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますNY連銀ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
電車など利用状況 NY市交通局 2020年3月1日(一部4月1日)から、地下鉄、バス、ロングアイランド鉄道、メトロノース鉄道の乗客者数を推定し、パンデミック前の状況と比較するために、毎日更新。 2020 ニューヨーク州ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますメトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
航空機利用者数 運輸省 米国の空港における保安検査場を通過した航空機利用者数を毎日更新。 2019
(ウェブサイト上)
運輸省ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
民間機関(-は値なし)
データ名 発表元 概要 作成年 参照
レストラン予約数 オープンテーブル 米国内約2万のレストランを対象に同社予約サービス経由での前日利用客数を毎日更新。 不明 オープンテーブルウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
気候変動の影響 クライメートチェック 米国の気象データを用いて、今後30年間の気象・気候パターンを随時予測し、1億4,000万戸を超える住宅について、気候変動の影響(干ばつ、嵐、火災、洪水など)をどのように受けるか予測する。 クライメートチェックウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
個人メタデータ インフュータ 米国の消費者に関して、個人情報に配慮したかたちで、人口、地域情報や不動産情報、自動車保有、オンラインなど販売取引、電子メールおよび電話通信状況などのメタデータを提供する。 インフュータウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
衛星画像情報 オービタルインサイト 衛星画像を用いて店舗の駐車場の画像を解析し、特定のチェーン店の各店舗の車の駐車数などを提供。 オービタルインサイトウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
POIへの足跡情報 ベラセット 観光スポットを中心に、POIにおける正確な足跡の計測を提供、また米国での600万以上の地点の建物への出入りなどトラフィックデータセットも提供。 ベラセットウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
個人取引情報 セイフグラフ 建物への出入りなどトラフィックデータを利用して、米国の消費者がいつ、どこで、どのようにお金を使うかについての情報を提供。 セイフグラフウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

注:民間部門において、オープンテーブル以外のデータは各企業の独自加工データであり、それらのデータは顧客などの要望に応じて過去にさかのぼるため、作成年はここでは記載していない。
出所:各発表元発表資料等に基づき、ジェトロ作成

米国、経済分析などにおける代替データ活用の動き

  1. 公的機関編
  2. 民間機関編
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
宮野 慶太(みやの けいた)
2007年内閣府入府。GDP統計、経済財政に関する中長期試算の作成などに従事。中小企業庁や金融庁にも出向し、中小企業支援策や金融規制などの業務を担当。2020年10月からジェトロに出向し現職。