各市場で中国製EVに存在感(アジア太平洋地域)
今後は現地生産本格化の見込み

2023年6月13日

アジア太平洋(APAC)地域では、タイやインドネシアをはじめ、各国でバッテリー駆動電気自動車(BEV)市場が拡大している。同時に、国内生産を奨励し、BEVを輸出産業に育てようとする動きがみられる。黎明(れいめい)期の国内市場を形成して産業を育成するため、また脱炭素化の観点からも、輸入BEVの導入について優遇措置を付与する国が少なくない。

そうしたこともあり、2022年第3四半期(7~9月)以降、中国からAPAC地域へのBEVの輸出が急増している。ジェトロが各国で調べたところ、中国製BEVが代表的モデルとして受け入れられるようになっている。

中国ブランドのBEVが各国でシェアを獲得

当地域では2022年、各国で電気自動車(EV)の販売が拡大した。例えば、当域内でEV市場として最大のインドでは、四輪EVの国内登録台数が前年比2.5倍の4万581台に上った(2023年2月7日付ビジネス短信参照)。メーカー別にみると、地場財閥系タタ・モーターズが3万2,090台と約8割を占めた。一方で、中国の上海汽車(SAIC)傘下MGモーターが3,414台(シェア8.4%)、BYDも450台(同1.1%)だった。中国メーカーが、タタに次ぐシェアを獲得したかたちだ。

オーストラリアでも同年、販売台数が伸びた。四輪のBEVとプラグインハイブリッドEV(PHEV)合計で、86%増の3万9,353台だった(注1)。モデル別にみると、テスラの「モデル3」が1万877台、「モデルY」が8,717台と、テスラの2モデルが市場の半分を占める。これに続くのが、BYDの「ATTO 3」で2,113台が売れた。次に、MGのPHEV「MG HS」1,554台だった。


BYDの「ATTO 3」(ジェトロ撮影)

東南アジアに目を転じると、インドネシアの四輪BEVの新規登録台数は、2022年に前年比15倍の1万327台を記録した。モデル別で圧倒的なシェアを誇るのは、やはり中国企業の製品だ。五菱汽車(ウーリン)のBEV「エアEV」が8,053台。実に、全体の78%を占めた。これに続くのが、韓国の現代自動車のBEV「IONIQ(アイオニック) 5」で、1,829台だった(注2)。


エアEV(左)とアイオニック5(右)(ジェトロ撮影)

タイでもEVの躍進が確認できる。同国の陸運局によると、2022年、四輪BEVの新規登録は9,729台。前年比で約5倍だった(注3)。モデル別には、長城汽車(GWM)の「ORA グッド・キャット」が3,828台で全体の39%を占めた。猫をモチーフにした特徴的なデザインで、バンコク市内でも頻繁に見かけるようになっている。続いて、MGの「MG EP(ワゴン)」が2,329台(シェア24%)、「MG ZS」が805台(同8%)という順だ。


長城汽車(GWM)の「ORA グッド・キャット」
(ジェトロ撮影)

上海汽車(SAIC)の「MG ZS」
(ジェトロ撮影)

中国メーカーのBEVが各地代表モデルに

APAC地域に所在するジェトロ事務所は2023年3月、担当する各国ごとにEV市場を調べた(表1参照)。その結果、地場の活躍ぶりがうかがえる結果も散見された。例えば、ベトナムでは、地場系ビンファストが最もシェアを獲得している。またインドでは、タタ・モーターズが大きな市場シェアを占有している(前述)。

しかし、地域全体を俯瞰(ふかん)してみると、どの市場でも目立ったのが、中国メーカーのEVだ。

表1:アジア太平洋地域のEV市場
国名 販売・新規登録台数 販売されている主なBEVブランド 販売台数の多い代表的モデル(BEV)
タイ EV新規登録台数(2022年)
四輪BEV:9,729台
四輪HEV:6万3,568台
四輪PHEV:1万1,311台

国内新車販売(2022年)
四輪:84万9,000台
日系:トヨタ、レクサス、日産、FOMM、タカノ
中国:MG、GWM、BYD、NETA、BOLT
韓国:現代、起亜
欧州:メルセデス・ベンツ、BMW、ミニ、ジャガー、ポルシェ、アウディ、ボルボ
米国:テスラ
GWM「ORAグッド・キャット」
価格:98万9,000バーツ(約386万円)
バッテリー容量:47.8キロワット時
走行可能距離:337キロメートル

MG「EPワゴンEV」
価格:98万8,000バーツ(約385万円)
バッテリー容量:50.3キロワット時
走行可能距離:380キロメートル
インドネシア EV新規登録台数(2022年)
四輪BEV:1万327台
四輪HEV:5,100台
四輪PHEV:10台

国内新車販売(2022年)
四輪:104万8,000台
日系:トヨタ、レクサス、日産、三菱
中国:ウーリン、DFSK
韓国:現代
欧州:BMW、ミニ
ウーリン「エアEV・スタンダード」
価格:2億4,300万ルピア(約216万円)
バッテリー容量:17.3キロワット時
走行可能距離:200キロメートル

現代「アイオニック5」
価格:7億4,800万ルピア(約665万円)
バッテリー容量:72.6キロワット時
走行可能距離:451キロメートル
ベトナム EV新規登録台数(2022年)
四輪BEV:7,080台(ビンファストの販売台数)

国内新車販売(2022年)
四輪:50万9,141台
ベトナム:ビンファスト(VF)
韓国:現代、起亜
欧州:ポルシェ、アウディ
ビンファスト「VF8」
価格:11億3,000万ドン(約630万円)
バッテリー容量:82キロワット時
走行可能距離:420キロメートル

ビンファスト「VFe34」
価格:7億1,000万ドン(約390万円)
バッテリー容量:42キロワット時
走行可能距離:300キロメートル
シンガポール EV新規登録台数(2022年)
四輪BEV:3,589台
四輪HEV:1万1,062台
四輪PHEV:409台

国内新車販売(2022年)
四輪:4万2,550台
日系:トヨタ、日産、マツダ
中国:MG、BYD
韓国:現代
欧州:メルセデス・ベンツ、ポルシェ、ボルボ、BMW
米国:テスラ
テスラ「モデル3」
価格:11万シンガポールドル(約1,130万円)、新車購入権(COE)含まず
バッテリー容量:60キロワット時
走行可能距離:491キロメートル

BYD「e6」
価格:15万シンガポールドル(約1,556万円)
バッテリー容量:71.7キロワット時
走行可能距離:522キロメートル
マレーシア EV新規登録台数(2022年)
2,631台(内訳は不明)

国内新車販売(2022年)
四輪:72万658台
日系:レクサス、日産
中国:MG、GWM、BYD
韓国:現代、起亜
欧州:ポルシェ、BMW、ベンツ、フォルクスワーゲン、アウディ、ボルボ
米国:テスラ
GWM「ORAグッド・キャット」
価格:14万リンギ(約426万円)
バッテリー容量:47.8キロワット時
走行可能距離:337キロメートル

BYD「EPワゴンEV」
価格:15万リンギ(約456万円)
バッテリー容量:49.9キロワット時/60.5キロワット時
ラオス EV新規登録台数(2022年)
四輪:約1,400台

国内新車販売(2022年)
四輪:約1万台
中国:BYD、Geely、NETA
韓国:現代
欧州:フォルクスワーゲン、ジャガー
フォルクスワーゲン「ID4」
価格:3万8,000ドル(約524万円)
バッテリー容量:52キロワット時

BYD「ユエン・プラス」
価格:2万7,000ドル(約372万円)
バッテリー容量:50.1キロワット時
走行可能距離:430キロメートル
フィリピン EV新規登録台数(2022年)
四輪:276台

国内新車販売(2022年)
四輪:35万2,596台
日系:日産
中国:BYD、WMモーター
韓国:現代
欧州:ポルシェ、BMW、アウディ、ジャガー
カンボジア EV車両登録台数(2023年2月時点)
四輪:700台超
中国:MG、BYD、LETIN、LEVDEO、HONGQI
欧州:BMW、ジャガー、ポルシェ
米国:テスラ
テスラ「モデルY」
価格:10万8,000ドル
バッテリー容量:60キロワット時
走行可能距離:435キロメートル

BYD「e2」
価格:2万8,900ドル
バッテリー容量:43.2キロワット時
走行可能距離:401キロメートル
オーストラリア EV新規販売台数(2022年)
四輪BEV:3万3,410台
四輪PHEV:5,943台

国内新車販売(2022年)
四輪:約108万台
日系:レクサス、日産、マツダ
中国:BYD、MG
韓国:現代、起亜、ジェネシス
欧州:ポールスター、ボルボ、メルセデス・ベンツ、BMW、ミニ、ポルシェ、アウディ、ルノー
米国:テスラ
テスラ「モデル3」
価格:6万900オーストラリアドル(約546万円)
走行可能距離:547キロメートル

テスラ「モデルY」
価格:6万8,900オーストラリアドル(約617万円)
走行可能距離:533キロメートル
インド EV新規販売台数(2022年)
四輪:4万581台
三輪:33万8,621台
二輪:62万9,215台

国内新車販売(2022年)
四輪:472万5,472台
三輪:64万559台
二輪:1,560万7,991台
インド系:タタ、マヒンドラ&マヒンドラ
中国:MG、BYD
韓国:現代
タタ「ティゴールEV」
価格:約130万ルピー(約210万円)
バッテリー容量:26キロワット時

MG「ZS EV」
価格:約250万ルピー(約400万円)
バッテリー容量:50.3キロワット時
走行可能距離:充電100%の状態で最大306~357km走行可能

出所:運輸省など各国の管轄当局・機関の公表情報を基にジェトロ作成(2023年3月時点)

各国での販売価格をみると、EVは決して安くない。例えばタイでは、ORAグッド・キャットの販売価格は98万9,000バーツだ(約386万円、1バーツ=約3.9円)。同国でポピュラーなトヨタの「ヤリス」が55万9,000バーツから購入可能なことを考えると、大衆車のほぼ倍額と言える。

APAC地域で比較的、低価格で販売されている例としては、インドのタタ・モーターズの「ティゴールEV」を挙げることができる。それでも、1台が約130万ルピー(約210万円、1ルピー=約1.6円)ほどになる。インドネシアでの売れ筋中国車、ウーリンの「エアEV」は、約2億4,300万ルピア(約216万円、1ルピア=0.0089円)だ。いずれも日本円に換算して200万円強になっている。同市場での大衆車価格と比較して約2倍ということも同様だ。

なお、両モデルとも、バッテリーは低容量だ。それぞれ26キロワット時(kWh)、17.3kWhにとどまる。それでも、エアEVの場合、1回のフル充電で200キロメートル走行可能とされている。しかし現実の利用シーンは、街中で短時間あるいは短距離だけ乗る、いわゆる「チョイ乗り」などに限定されるだろう。炎天下でエアコンをかけながら走行するには、電力の消耗を覚悟せざるを得ない。渋滞が多く、充電ステーションも十分に整っていないアジアという事情を考えると、なおさらだ。

現地生産の本格化までは、中国製BEVが主流

APAC地域でBEVの現地生産数は、まだ限られている。しかし、それも2023年~2024年にかけて、各地で本格化していくと見込まれている(表2参照)。

換言すると、それまでは輸入EVの販売が主流にならざるを得ない。そうした中で、各国の市場では中国からの輸入BEVの販売が伸びている。

表2:アジア太平洋地域でのEV生産
国名 EV現地生産の動向 現地生産に向けた振興政策
タイ BEVを現地生産している主な企業
FOMM(日本)小型EV生産
タカノオート(日本)小型商用EV生産
メルセデス・ベンツ(ドイツ)高級セダン「EQS」を現地生産
Mine Mobility(タイ)小型商用EV生産

今後BEVを現地生産予定の主な企業
上海汽車(中国)2023年より生産開始予定
長城汽車(中国)2024年~
BYD(中国)2024年~
哪吒汽車/NETA(中国)2024年~
ホライゾン・プラス(台湾)2024年~
東風汽車/BOLT(中国)2024年~
長安汽車(中国)2024年~
目標:2030年に生産台数の30%をBEVとする
主な優遇措置(優遇対象はBEVのみ)
・輸入関税80%を引き下げ(バッテリー容量に応じて0~60%)
・BEV販売に補助金(7万~15万バーツ)を支給。ただし、補助金を活用した販売台数分の現地生産を2024年中に求める(2025年になると1.5倍)
・バッテリー、モーター、コンプレッサーなど主要部品の関税を免除
・バッテリーの現地生産の優遇措置を検討
インドネシア BEVを現地生産している主な企業
現代自動車(韓国)2022年よりEVセダンを生産
五菱汽車(中国)2022年より小型EV生産
東風小康汽車/DFSK(中国)2023年より小型商用EV生産

今後BEVを現地生産予定の主な企業
三菱自動車(日本):2024年より小型商用EV生産
VKTRテクノロギ・モビリタス(インドネシア):2027年~
目標:2035年までにBEVを100万台生産
主な優遇措置
・投資金額により一定期間法人税の免税を付与
・タックスアローワンス:課税対象の純収益総額の30%減額(3年間)
・EVの非完全組み立て生産(IKD)部品の関税を免除
ベトナム BEVを現地生産している主な企業
ビンファスト(ベトナム):2022年1月にガソリン車の生産を停止すると発表し、同年半ばからEV生産に一本化

今後BEVを現地生産予定の主な企業
BYD (中国)
目標:2040年に年350万台、2050年に年400万~450万台のEV生産(ベトナム自動車工業会EV化推進ロードマップ)
主な優遇措置
・自動車や主要部品の製造に対しては、法人税の減免措置が適用される可能性
・2022年3月からEV購入時の特別消費税と自動車登録料の減免措置を導入
備考:2025年から2040年にかけてガソリンや石油を燃料とする自動車、バイク、モペットの製造、組み立て、輸入を全て停止
マレーシア BEVを現地生産している主な企業
ボルボ(スウェーデン/中国)2021年からSUV(スポーツ用多目的車)を組み立て生産
メルセデス・ベンツ(ドイツ)2023年2月から高級セダン「EQS」の現地生産を開始

今後BEVを現地生産予定の主な企業
長城汽車(中国):2023年より生産開始予定
鯊湾科技/ブルーシャーク(中国)2023年~
タムレブ(米国)時期未定
目標:新車販売台数に占めるEV割合を2030年までに15%、2040年までに38%に高める
主な優遇措置
・国内組み立て(CKD)EVの物品税と売上税免除(2025年末まで)
・EV組み立てのために輸入する部品の関税を免除(2027年末まで)
フィリピン BEVを現地生産している主な企業(三輪など含む)
ビーマック(日本)電動トライシクル生産
エンプラス(韓国)中型公共交通車両(ジプニー)など生産

今後BEVを現地生産予定の主な企業
BYD (中国) フィリピンでの生産を検討中と報道
目標:2030年までに総車両台数のうち21%をEV(電動三輪など含む)とする
主な優遇措置
・暫定的に2023年から5年間、電気自動車(EV)の輸入関税を撤廃。ただし、ハイブリッド車は免税対象外
・部品生産などに対して、税制などの優遇措置を付与
カンボジア 今後BEVを現地生産予定の主な企業(三輪など含む)
オニオン・モビリティ(シンガポール)2023年に電動トゥクトゥクの生産開始を予定、四輪も計画
マトリックス・テクノロジー(中国)EV工場設立予定
目標:2050年までに二輪は70%、四輪は40%をBEVとする
主な優遇措置
・EVの輸入やEV充電キオスクの増設にインセンティブを与える計画
ラオス BEVを現地生産している主な企業(三輪など含む)
コラオ(韓国)電動トゥクトゥク生産
目標:2025年までに全自動車の1%、2030年までに30%をEVとする
主な優遇措置
・投資奨励法ではハイテク、環境親和型産業として最大10年間の法人税免除。経済特区内では10年間の法人税免除およびその後8年間は8%固定。個人所得税、配当税、売上税、物品税、VATの減税もしくは免除(SEZにより個別に規定)
インド BEVを現地生産している主な企業
タタ(インド)四輪EV(乗用車)生産
MG(中国)四輪EV(乗用車)生産
現代自動車(韓国)四輪EV(乗用車)生産

今後BEVを現地生産予定の主な企業
マルチ・スズキ(日本) 2025年BEV生産開始予定
マヒンドラ&マヒンドラ(インド) 2022年発表
目標:2030年の新車販売台数に占めるEVの割合を乗用車で30%、商用車で70%、自動二輪・三輪車で80%とする
優遇対象
(1)生産連動型優遇策(PLI):EV・最先端部品、先端化学・セル電池
(2)半導体ミッション:半導体・ディスプレー
主な優遇措置
(1)対象製品の工場新設企業が要件を満たした場合、対象製品の売上高増加分の一定割合(例:EV完成車13~16%、最先端部品8~11%、電池はエネルギー密度に基づく定額単価)が生産開始年の翌年から5年間にわたり補助金として支払われる
(2)対象製品の工場新設企業に対して、設備投資コストの50%を上限に補助金を支払う

出所:運輸省など各国の管轄当局・機関の公表情報を基にジェトロ作成(2023年3月時点)

貿易統計からも、中国製EVがAPAC各国に流入していることが見てとれる。例えば、中国の貿易統計を四半期ごとにみてみると、特にタイ、オーストラリア、ニュージーランド向けの「電気駆動の車両(BEV)」(注4)の輸出額が、2022年第3四半期(7~9月)から急拡大している(図1参照)。

図1:中国の電気駆動車両の輸出額推移
中国の貿易統計を四半期ごとにみてみると、特にタイ、オーストラリア、ニュージーランド向けの「電気駆動の車両(BEV)」の輸出額が、2022年第3四半期(7~9月)から急拡大している。

注:HS8703.80.00。ただし、ゴーカートなども含む。
出所:Global Trade Atlasから作成

輸入側の貿易統計でも、中国からのEV輸入急増が確認できる。例えばタイの貿易統計をみると、2023年第1四半期(1~3月)に輸入された電気駆動車両(HS8703.80、BEV)は、5億8,300万ドル。前年同期比で11倍に拡大した。さらに詳細をみると、ワゴン/SUV型EV(注5)が5億3,900万ドルと92.5%を占め、セダン型EV(注6)が4,200万ドルと7.2%を占める。同2品目を合算して推移を示したのが図2だ。この2品目は、2022年第3四半期から、急速に輸入が拡大した。その中には、ドイツや日本などからの輸入も一部に含まれてはいる。しかし、2023年第1四半期について言うと、中国からの輸入が約97%を占めた。

図2:タイのセダン型EVとワゴン/SUV型EVの輸入額推移(国別)
タイの貿易統計をみると、2023年第1四半期(1~3月)に輸入された電気駆動車両(HS8703.80、BEV)は5億8,300万ドルと、前年同期比11倍に拡大している。品目の詳細をみると、ワゴン/SUV型EV(注5)が5億3,900万ドルと92.5%を占め、セダン型EV(注6)が4,200万ドルと7.2%を占める。この2品目は、2022年第3四半期から急速に輸入が拡大しており、2023年第1四半期では、一部ドイツや日本などからの輸入も含まれているが、中国からの輸入が約97%を占めている。

注:非CKDのセダン型EV(HS8703.80.97)、ワゴン/SUV型EV(HS8703.80.98)の合計。
出所:Global Trade Atlasから作成

輸出ハブになれるかは中国メーカーの意向がカギ

このように、中国製BEVはAPACの各国市場を席巻している。

もっとも、各国政府が最も期待するのは、将来的な現地生産だ。目下、確かに販売・普及に優遇措置が講じられている。しかし、あくまでも時限的措置で、その後は現地生産と輸出を拡大し、現地雇用を生み出したいというのが本音だろう。タイを例にとると、政府はEV普及振興策として、BEVへの販売補助金、物品税減免といった施策を導入している(2023年4月25日付地域・分析レポート参照)。2024年以降の将来的な現地生産を条件として、1台あたり7万~15万バーツの補助金を支給している。

タイ政府には、(1)まずはBEVの国内販売を奨励し、自国市場にBEVを普及させて市場・産業を形成する、(2)その後は、国内でのBEV生産を拡大し、その後、輸出を拡大させて「アジアのBEVの輸出ハブ」としての地位を確立したい、という思惑がある。実際、タイ政府の誘致政策に呼応し、上海汽車、長城汽車、BYD、長安汽車といった中国メーカーは、タイでのBEV生産を開始するプログラムに呼応し、現地生産に向けた準備を進めている。

従来の内燃エンジン(ICE)自動車産業で、タイは「アジアのデトロイト」の異名をとる。当地で生産された自動車は、ピックアップトラックを中心にその半数以上が輸出に回る。その輸出先市場として大きいのは、東南アジアやオーストラリアなどだ。

では、BEVでもこれに追随できるのか。望みはある。中国メーカーの発表をみると、タイ政府の期待に応え、国内市場だけでなく輸出を念頭に生産工場を建設するケースが多いためだ。

しかし、現状では、中国からAPAC各地へのBEV輸出が増加している。後発になるタイ製BEVが各国でどれだけ市場を獲得できるのか、不透明な部分もある。タイが輸出先として期待するAPAC各国では、すでに中国メーカーが現地生産を開始済み、あるいは生産計画を進めているケースも多い。また、ASEAN各国では、中国からのBEVにFTAで関税を免除(注7)していることも大きい。本来、タイは同じASEANということから関税面で優位に立てそうなものなのに、そうでもないということになる。オーストラリアは中国と二国間FTAがあり、中国製EVの関税をやはり免除している。将来的にタイ工場から輸出する何らかのメリットを発揮できないと、タイでのBEV生産は期待するほど増えないかもしれない。

APAC地域でのEVサプライチェーンは、今後、どうとらえていくべきなのか。これを考える上では、各中国メーカーがどのような思惑で拠点立地・分業・サプライチェーンを構築し、将来的にどのような青写真を描いているのか、注意深く探る必要があるだろう。


注1:
オーストラリア電気自動車協会PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.7MB)(ECV)による。
注2:
愛知県バンコク産業情報センター資料PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(725KB)による。
注3:
タイ工業連盟(FTI)資料では、2022年の四輪BEV新規登録台数は9,644台(2023年2月2日付ビジネス短信参照)。
注4:
HS8703.80.00。ただし、ゴーカートなども含む。
注5:
HS8703.80.98。完全ノックダウン組立(CKD)でないもの。
注6:
HS8703.80.97。完全ノックダウン組立(CKD)でないもの。
注7:
ASEAN中国FTA(ACFTA)により、関税が免除されている。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、大阪本部、ジェトロ・カラチ事務所、アジア大洋州課リサーチ・マネージャーを経て、2020年11月からジェトロ・バンコク事務所で広域調査員(アジア)として勤務。