コスト増対策が課題
在カナダ日系企業実態調査を読む(後編)

2023年5月15日

ジェトロは2022年9月、カナダに進出する日系企業を対象としたアンケート調査(注1)を実施した。前編では、調査結果を基に、(1)在カナダ日系企業が新型コロナ禍から回復途上にあること、(2)ただし、コロナ禍前の水準までは戻っていないこと、を示した(2023年5月15日付地域・分析レポート参照)。

コロナ禍前まで回復しきれない要因としては、賃金や物流・原材料調達をはじめとする各種コスト増加や従業員確保の難しさなどの問題があった。後編では、そうした主な経営上の課題を取り上げる。

賃金上昇や雇用確保が経営上の課題に

2022年度の調査で多くの企業が挙げたのが、雇用・労務面の課題だった〔「従業員の賃金上昇」(61.8%)と「従業員(一般社員)の確保」(47.3%)が最多回答〕(表参照)。

カナダでは2020年5月、新型コロナ禍に伴う経済活動の停滞により、失業率が14.1%を記録した(統計開始以降で最高)。カナダ統計局によると、経済停滞により特に所得水準の低い労働者の雇用が失われた。結局、それが回りまわって、就労者の平均賃金(週給)を引き上げる結果につながった(図1参照)。その後、雇用水準が徐々に回復するにつれ、平均賃金は一時的に低下した。しかし、それもつかの間、インフレの影響により上昇に転じた。さらに、失業率は2022年6月に4.9%を記録(史上最低)。その後も約5%で推移した。雇用市場が逼迫したあおりを受け、給与水準が高い水準で推移している。

すなわち、カナダ全体で給与水準が上昇し雇用も困難になったことになる。そうした中、日系企業の多くは、賃金の引き上げや人件費以外の経費削減などに取り組んだ(注2)。調査によると、2022・2023の両年度とも、ベースアップ率の中央値がいずれも3.0%だった。前年度までの水準(2020・2021年度ともに2.0%)を顕著に上回ったことになる。

表:経営上の課題(複数選択)
課題となっている事項 分類 割合(%)
従業員の賃金上昇 雇用・労務面 61.8
従業員(一般社員)の確保 雇用・労務面 47.3
物流コストの上昇 原材料・部品調達面 46.6
調達コストの上昇 原材料・部品調達面 45.8
新規顧客の開拓 販売・営業面 39.7
物流遅延 原材料・部品調達面 34.4
従業員(技術者)の確保 雇用・労務面 32.1
従業員の定着率 雇用・労務面 32.1
納期管理 原材料・部品調達面 26.0
従業員の質 雇用・労務面 25.2
不安定な為替変動 財務・金融面 23.7
原材料・部品供給不足 原材料・部品調達面 22.1

出所:ジェトロ調査に基づき作成

図1:賃金(週給)と失業率の推移
2019年1月以降の各月における賃金(週給)と失業率の推移を示したもの。賃金(週給)次のとおり推移。1009.69Cドル、1008.95Cドル、1015.13Cドル、1017.4Cドル、1029.2Cドル、1022.66Cドル、1028.55Cドル、1032.66Cドル、1039.95Cドル、1046.91Cドル、1043.38Cドル、1045.29Cドル、1046.4Cドル、1044.06Cドル、1047.19Cドル、1112.67Cドル、1132.97Cドル、1117.23Cドル、1113.44Cドル、1109.58Cドル、1109.05Cドル、1108.81Cドル、1113.91Cドル、1117.33Cドル、1129.34Cドル、1131.71Cドル、1119.84Cドル、1123.27Cドル、1129.39Cドル、1122.89Cドル、1130.67Cドル、1134.11Cドル、1137.03Cドル、1135.59Cドル、1134.67Cドル、1137.74Cドル、1151.64Cドル、1155.53Cドル、1168.12Cドル、1160.38Cドル、1158.91Cドル、1161.67Cドル、1165.13Cドル、1169.34Cドル、1172.11Cドル、1174.95Cドル、1179.75Cドル、1167.79Cドル、1185.39Cドル。また、失業率は次のとおり推移。5.7%、5.8%、5.9%、5.7%、5.4%、5.6%、5.8%、5.8%、5.6%、5.6%、5.9%、5.6%、5.5%、5.7%、8.4%、13.6%、14.1%、12.4%、11%、10.2%、9.2%、9%、8.7%、8.9%、9.2%、8.5%、7.6%、8.2%、8.2%、7.8%、7.5%、7.2%、7.1%、6.6%、6.2%、6%、6.5%、5.4%、5.3%、5.3%、5.2%、4.9%、4.9%、5.3%、5.2%、5.2%、5.1%、5%、5%。

出所:カナダ統計局に基づきジェトロ作成

半数近くが調査時点までにサプライチェーン見直し

2022年度調査で、雇用・労務面に続いて数多く挙げられたのは、「物流コストの上昇」(46.6%)や「調達コストの上昇」(45.8%)といったサプライチェーン上のコスト増だった。

新型コロナ期には、感染抑制対策としてロックダウンが導入された。それによって、経済活動が停止。ガソリンをはじめとするエネルギー関連財や、旅行の需要が減退した。消費者物価指数(CPI)が2020年4~5月にかけて前年同月比で下落したのは、そのためだった。しかしその後は上昇傾向に転じる。2022年6月には8.1%と、1983年1月以来の最高値を記録した(図2参照)。特に、ガソリンをはじめとするエネルギー関連財・サービスの価格は、大きく上昇。新型コロナ関連規制の緩和による各種需要の回復などともに、ロシアのウクライナ侵攻に伴う供給不安も重なってのことだった。このことが、運輸費をはじめとする各種コストの増大につながった(図3参照)。

図2:消費者物価指数(CPI)の推移(前年同月比)
2018年1月以降の各月における消費者物価指数(CPI)と食料およびエネルギーを除く指数の前年同月比上昇率の推移を示したもの。CPIは次のとおり推移。1.7%、2.2%、2.3%、2.2%、2.2%、2.5%、3%、2.8%、2.2%、2.4%、1.7%、2%、1.4%、1.5%、1.9%、2%、2.4%、2%、2%、1.9%、1.9%、1.9%、2.2%、2.2%、2.4%、2.2%、0.9%、-0.2%、-0.4%、0.7%、0.1%、0.1%、0.5%、0.7%、1%、0.7%、1%、1.1%、2.2%、3.4%、3.6%、3.1%、3.7%、4.1%、4.4%、4.7%、4.7%、4.8%、5.1%、5.7%、6.7%、6.8%、7.7%、8.1%、7.6%、7%、6.9%、6.9%、6.8%、6.3%、5.9%、5.2%。また、食料およびエネルギーを除く指数の上昇率は次のとおり推移。1.5%、1.8%、1.9%、1.8%、1.7%、1.8%、2.3%、2.3%、1.8%、2.1%、1.7%、2.3%、1.9%、2%、1.9%、2%、2.4%、2.3%、2.2%、2.2%、2.1%、2%、2%、1.8%、1.9%、1.9%、1.7%、1.3%、0.6%、1%、0.5%、0.5%、0.8%、0.8%、1.3%、1.1%、1.4%、0.8%、0.9%、1.8%、2.4%、2.2%、2.8%、3%、3.3%、3.2%、3.1%、3.4%、3.5%、3.9%、4.6%、4.6%、5.2%、5.3%、5.5%、5.3%、5.4%、5.3%、5.4%、5.3%、4.9%、4.8%。

出所:カナダ統計局に基づきジェトロ作成

図3:消費者物価指数(CPI)の推移(前年同月比、ガソリンおよびエネルギー)
2018年1月以降の各月における消費者物価指数(CPI)、エネルギー 、およびガソリン 価格の前年同月比上昇率の推移を示したもの。CPIは次のとおり推移。1.7%、2.2%、2.3%、2.2%、2.2%、2.5%、3%、2.8%、2.2%、2.4%、1.7%、2%、1.4%、1.5%、1.9%、2%、2.4%、2%、2%、1.9%、1.9%、1.9%、2.2%、2.2%、2.4%、2.2%、0.9%、-0.2%、-0.4%、0.7%、0.1%、0.1%、0.5%、0.7%、1%、0.7%、1%、1.1%、2.2%、3.4%、3.6%、3.1%、3.7%、4.1%、4.4%、4.7%、4.7%、4.8%、5.1%、5.7%、6.7%、6.8%、7.7%、8.1%、7.6%、7%、6.9%、6.9%、6.8%、6.3%、5.9%、5.2%。また、エネルギー価格の上昇率は次のとおり推移。2.4%、5.3%、7.5%、6.3%、11.6%、12.4%、14.2%、11.2%、7.6%、7.9%、-1.3%、-3.7%、-6.9%、-5.7%、-1.2%、0.7%、-0.1%、-4.1%、-3.2%、-4.7%、-4.6%、-2.9%、1.5%、5.5%、6.8%、4.3%、-11.6%、-23.7%、-19%、-8.8%、-8.4%、-6.3%、-5.6%、-6%、-5.7%、-4%、-2.7%、2.4%、19.1%、32.7%、26.4%、19.5%、19.7%、20.7%、20.1%、25.5%、26.4%、21.2%、23.1%、24.1%、27.8%、26.4%、34.8%、38.8%、28%、19%、14%、16.2%、13.9%、7.3%、5.4%、-0.6%。ガソリン価格の上昇率は次のとおり推移。7.8%、12.6%、17.1%、14.2%、22.9%、24.6%、25.4%、19.9%、12%、12%、-5.4%、-8.6%、-14.2%、-11.9%、-4.4%、-1.6%、-3.7%、-9.2%、-6.9%、-10.2%、-10%、-6.7%、0.9%、7.4%、11.2%、7%、-21.2%、-39.3%、-29.8%、-15.7%、-14.9%、-11.1%、-10.7%、-12.4%、-11.9%、-8.5%、-3.3%、5%、35.3%、62.5%、43.4%、32%、30.9%、32.5%、32.8%、41.7%、43.6%、33.3%、31.7%、32.3%、39.8%、36.3%、48%、54.6%、35.6%、22.1%、13.2%、17.8%、13.7%、3%、2.9%、-4.7%。

出所:カナダ統計局に基づきジェトロ作成

これらのコスト増大は、多くの企業の調達戦略に影響を及ぼしている。新型コロナ禍以降調査時点(2022年後半)までに、何らかのかたちでサプライチェーンを見直した企業は半数近く(48.1%)に及んだ。また、今後の見直し予定がある企業も半数を超えた(50.4%)。業種別には、「調査時点まで」「今後」のいずれについても、自動車等(調査時点まで:100%、今後:83.3%)やプラスチック製品(ともに80.0%)、運輸業(ともに75.0%)で、その回答比率が高かった。

調達方針については、「調達先の見直し」(調査時点まで:43.3%、今後:36.4%)、「在庫量の見直し」(38.3%)などが多く挙がった。今後の調達見直し理由には、「物流費の高騰」(60.0%)が最も多く挙げられた。

製造業では、「原材料費の高騰」を見直し理由として挙げた割合が最も多かった(75.0%)。これに、「物流費の高騰」が7割近く(68.8%)で続いた。このいずれも、非製造業と比べて有意に高い水準を記録している。このことから、製造業では、特にインフレがサプライチェーン見直しに大きな影響を及ぼしていると読み取れる。

一方、非製造業では、「物流の混乱に伴う今後のサプライチェーン途絶リスクへの対応」(63.2%)や「販売・調達先の稼働停止・閉鎖に伴う今後のサプライチェーン途絶リスクへの対応」(57.9%)が「物流費の高騰」(52.2%)を上回った。インフレよりも、サプライチェーンの混乱や稼働停止といった不確実性が今後の見直しに大きな影響を及ぼしていることが分かる。

今後の事業拡大志向が、コロナ禍前を上回る

ここまでに取り上げた調査結果から、(1)多くの日系企業がコスト上昇やタイトな雇用市場の影響を受けている、(2)それらが新型コロナ禍前の水準への回復を遂げていない要因なっている、図式が見えてきた。

その一方で、今後1~2年で事業を「拡大」すると回答した企業は4割強(43.1%)にのぼる。これは、新型コロナ禍前の2019年(35.6%)を上回る水準だ。業種別には、食料品(83.3%)やプラスチック製品(60.0%)など、営業利益見込みやその変化が好調だった業種が上位を占めた。ただし、そればかりではない。回復途上にある鉱業・エネルギー(60.0%)も、今後の事業拡大を目指しているという(図4参照)。

図4:今後1~2年の事業展開の方向性(業種別)
拡大、現状維持、縮小、並びに第三国(地域)へ移転した割合について、業種別に示している。全業種では、拡大43.1%、現状維持52.6%、縮小3.6%、第三国(地域)へ移転、撤退0.7%。製造業では、拡大46.4%、現状維持46.4%、縮小7.1%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。食料品では、拡大83.3%、現状維持0%、縮小16.7%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。プラスチック製品では、拡大60%、現状維持40%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。自動車等では、拡大50%、現状維持50%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。自動車等部品では、拡大30.8%、現状維持61.5%、縮小7.7%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。一般機械では、拡大25%、現状維持62.5%、縮小12.5%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。非製造業では、拡大40.7%、現状維持56.8%、縮小1.2%、第三国(地域)へ移転、撤退1.2%。情報通信業では、拡大71.4%、現状維持28.6%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。鉱業・エネルギーでは、拡大60%、現状維持40%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。金融・保険業では、拡大50%、現状維持50%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。販売会社では、拡大42.1%、現状維持52.6%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退5.3%。旅行・娯楽業では、拡大37.5%、現状維持62.5%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。運輸業では、拡大25%、現状維持75%、縮小0%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。商社・卸売業では、拡大12.5%、現状維持81.3%、縮小6.3%、第三国(地域)へ移転、撤退0%。

出所:ジェトロ調査に基づき作成

拡大の理由としては、約4割(40.7%)の企業がカナダ市場の「成長性、潜在力の高さ」を挙げた。さらに、市場内の「販売機能」を強化すると回答した企業は約半数(50.8%)に及んだ。なお、特に鉱業・エネルギーの企業からは、拡大理由として「資源発見の余地があり、政治的に安定しているカナダで資源探査活動を増加させる方針」という自由回答も見受けられた。一時的なビジネスの停滞があったとしても、将来的な展望を見込んで拡大を目指す企業姿勢が見えてくる。

インフレは改善傾向も、経済の見通し不透明

このように、当地日系企業は新型コロナ禍から回復途上にある。とは言え、その進行は業種ごとにさまざまだ。また、特にインフレによる各種コストの増加や雇用確保の難しさがビジネス上の課題になっていることが、浮き彫りになった。サプライチェーンの見直しへと踏み切る要因として、多くの企業がコスト増を挙げていることからも、インフレが当年度の日系企業のビジネス環境や経営戦略にいかに大きな影響を与えたかが読み取れる。

一方で、今後1~2年間でカナダでの事業を「拡大」するという回答が4割にのぼった。既述の通り、これは新型コロナ禍前を超える水準に当たる。今後のビジネス展開を肯定的に捉える企業が多いと理解することもできる。

しかし雇用市場は、いまだにタイトだ(図1参照)。ということは、労働者確保が引き続き課題含みと考えられる。もっとも、同時にカナダのインフレ率は、2022年6月のピーク時からは低下傾向(図2参照)。コスト増が徐々に和らぐと見ても良さそうだ。

このような中で、在カナダ日系企業のビジネスは好転するのか。また、新型コロナ禍前の水準まで回復を遂げるのか。引き続き注目が集まっている。


注1:
調査実施期間は、2022年9月8~30日(日本時間)。調査対象は在カナダ日系企業(製造業・非製造業)のうち、直接出資や間接出資を含めて、日本の親会社の出資比率が10%以上の企業および日本企業の支店の184社。より具体的には、直接出資・間接出資をあわせて日本の親会社の出資比率が10%以上の現地法人と、日本企業の支店。有効回答数は138社(有効回答率75.0%)。カナダでの当該調査は、1989年から原則として年1回実施。今回が33回目に当たる。
なお、類種の調査は北米以外でも、中南米、欧州、アジア大洋州などの主要地域別に実施している。全地域で共通化した項目に関しては、地域横断した調査結果を参照することもできる(その最新版は、「2022年度海外進出日系企業実態調査(全世界編)」を参照)。
注2:
経営上の課題への対応策としては、「賃金の引き上げ」と回答した企業が55.5%と最多。「人件費以外の経費削減」が41.8%で続いた。

在カナダ日系企業実態調査を読む

執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
滝本 慎一郎(たきもと しんいちろう)
2021年、ジェトロ入構。同年から現職。