ロシアビジネスの再定義を迫られる外国企業

2023年1月20日

2022年2月のロシアによるウクライナへの軍事侵攻をきっかけに、ロシアに進出する外国企業を取り巻くビジネス環境は大きく変化した。特に、対立関係にあるロシアでビジネスを行う欧米企業は、対ロ制裁やロシアによる対抗措置などで難しい事業運営を強いられている。対ロ制裁の順守やレピュテーションリスクの回避を優先した一部の企業は、早々に事業停止や市場からの撤退を決めた。ビジネスを継続する企業も一定数あるが、情勢が長期化する中、ロシアビジネスの位置付けを再定義せざるを得ない状況だ。

対ロ制裁によるビジネスインフラの停止・混乱が外国企業を直撃

軍事侵攻以降、ロシアで活動する欧米企業は、ビジネス環境の激変に見舞われた。企業の撤退・事業の停止の大きな要因の1つとなっているのが対ロ制裁だ。製品・サービスの輸出入制限から対象個人・法人との取引禁止など、幅広い範囲で対ロビジネスに制限が課されている。対ロ制裁の影響が顕著なのは物流だ。海上輸送は、米国、EU、英国をはじめとする西側諸国が導入したロシア船舶の自国への受け入れ禁止に加え、欧州および日本、台湾のコンテナ輸送大手6社が運航を停止したことにより、著しく停滞している(表参照)。また西側諸国とロシアとの間の直行の航空便が停止し、航空輸送も大幅に縮小した。

物流の停滞・停止は、企業活動にも影響を与えている。ジェトロが2022年8月に在ロシア日系企業に対して実施したアンケートによると、自社の景況感を「さほど良くない」もしくは「悪い」と答えた企業の約6割が要因として物流の混乱・停滞を挙げた(ジェトロ「ロシア・ウクライナ情勢下におけるロシア進出日系企業アンケート調査結果(2022年8月)」)。侵攻から約半年の間に在庫が尽き、補充ができないとの声が聞かれた。欧米企業も、製造業を中心に同様の状況だ。フランスのタイヤ製造大手ミシュランは、2022年3月にロシアでの製造を停止したが、6月には不確定要素が多い状況において特に供給上の問題から技術的に生産再開は難しいと判断し、ロシア事業の運営を現地経営陣へ移転することを発表した。

表:ウクライナ情勢を受けて運航を停止した主な輸送会社一覧
国・地域名 時期 企業名 概要
スイス 2022年2月 MSC 3月1日以降のバルト諸国、黒海、極東ロシアを含むすべてのロシア発着の貨物予約を一時停止。ただし、食品、医療機器、人道支援物資など一部の必需品は例外として取り扱う。
デンマーク 2022年2月 マースクライン ロシアにおけるすべての船舶運航を停止。国内事業は段階的に縮小・売却予定。ロシア極東、ノボロシースク、カリーニングラードのオフィスは 2022年夏に閉鎖され、モスクワおよびサンクトペテルブルクのオフィスは年末まで運営予定。
フランス 2022年2月 CMA CGMグループ ロシアおよびベラルーシ発着のすべての貨物予約を一時停止。
ドイツ 2022年2月 ハパクロイド ウクライナおよびロシアに関わる貨物予約を一時停止。
日本 2022年2月 オーシャンネットワークエクスプレス(ONE) ロシア、ウクライナに関する業務休止。
台湾 2022年2月 ヤンミン ロシア、ウクライナを出入りするすべての貨物を一時的に停止。

出所:各社プレスリリースなどからジェトロ作成

金融分野でも影響が見られる。ロシアの主要銀行が国際銀行間通信協会(SWIFT)システムから切り離されたことで、外国企業は当該銀行を通じた国際送金ができなくなった。また、ロシア国有で銀行最大手のズベルバンクや民間銀行最大手のアルファバンクをはじめとするロシアの複数銀行やその子会社が、米国の特別指定国民(SDN)に指定されたことで、米国内での制裁対象者との取引はもとより、米国外の取引であっても二次制裁の対象となる恐れが出た。このことは、各国の銀行がロシアとの取引を受け付けづらい状況を生み出すこととなり、外国とロシアとの間の送金により時間とコストがかかる状況になっている。

ロシアにおける主要顧客が制裁対象に指定されたことが、撤退につながった例もある。フィンランド塗料大手ティックリラは、軍事侵攻が始まって以降、石油・ガス関連企業や航空関連企業および制裁対象のロシア国営企業への販売を停止していたが、これら主要顧客に頼らない最低限の売り上げでは今後の持続的な事業運営できないと判断し、撤退を表明した。

北欧企業は社会的責任や法令順守を重視

ビジネス環境の激変を受けて、ロシアビジネスの方針を変更する外国企業が後を絶たない状況に、ロシア政府も自国経済への影響を注視している。経済発展省傘下のロシア戦略策定センターは2022年10月、ロシアに進出している外国企業の実態調査の結果を発表した(ロシア戦略策定センターウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (ロシア語))。同調査によると 、主要外国企業(注1)のうち、通常通り事業を続けている企業は44%で最も多かった一方、34%が事業を縮小し、22%が撤退(うち15%は譲渡、7%が清算)した。国別でみると、フィンランド(ロシアに進出している同国企業の80%が撤退)、デンマーク(同73%)、英国(同35%)で撤退を表明した企業の割合が多かった(図参照)。

図:ロシア進出企業における撤退表明企業の割合(国籍別)
1位フィンランドで80%、うち譲渡が59%、清算が21%だった。2位デンマークは73%、うち譲渡が30%、清算が43%。3位の英国は譲渡が35%。4位カナダは譲渡が33%。5位の米国は29%、うち譲渡が18%、清算が11%。6位スウェーデンは26%、うち譲渡が11%、清算が15%。7位ドイツは23%、うち譲渡が13%、清算が10%。8位イタリアは22%、うち譲渡が9%、清算が13%。9位スペインは譲渡が20%。10位オランダは18%、うち譲渡が11%、清算が7%。11位フランスは17%、うち譲渡が16%、清算が1%。12位ポーランドは譲渡が17%。13位スイスは16%、うち譲渡が11%、清算が5%。14位日本は14%、うち譲渡が12%、清算が2%。15位オーストラリアは譲渡が8%。

出所:戦略策定センター「外国企業の全体像」(2022年10月発表)からジェトロ作成

フィンランド東方商工会議所 (注2)のCEO(最高経営責任者)であるヤアナ・レコライネン氏によると、同国企業は社会的責任を重視し、西側諸国による対ロ制裁を回避せず従う傾向があるという(フィンランド東方商工会議所会報2022年6月21日)。

例えば、コーヒー製造・販売のパウリグは、軍事侵攻後間もない3月7日に撤退を発表し、約2カ月後の5月にはロシア事業の売却を完了した。同社のロルフ・ラダウCEOは「道徳的、倫理的な問題は深刻で、ロシア市場に戻る余地はない」との認識だ(ロイター通信2022年7月4日付)。 デンマーク家庭用品販売のJYSKも、侵攻開始後1週間でロシアにある全店舗を一時閉鎖し、約1カ月後の3月末にはロシア市場からの撤退を表明した。同社のヤン・ボーク社長兼CEOは「私を含め現状を良く思っている経営陣は1人もいないが、決定が正しいことは間違いない」と説明。ロシア市場から今後得る利益よりも、企業の倫理的責任を重視した例と言えよう。

グローバル企業が直面したレピュテーションリスク

ロシアで活動を継続している外国企業が、消費者から批判を受けた例もあった。例えば、2022年3月上旬、米国ファストフード大手マクドナルドや米国飲料大手コカ・コーラは、ツイッター上で不買運動の呼びかけに直面した。マクドナルドは3月に撤退を表明し、6月にロシア人実業家への事業売却を完了させた(2022年6月13日付ビジネス短信参照)。コカ・コーラ製品のボトリングを行うコカ・コーラHBCは8月、ロシア部門を管轄する社名をムルトン・パートナーズ(英語表現では「Multon Partners」、注3)に変更した上で、コカ・コーラブランドの製品は取り扱わず、現地展開しているブランドの製造のみ行うことを発表した。これらの企業は、SNSを通じた消費者からの圧力に撤退や事業縮小を促された形だ。

ウクライナ政府は、ロシアで事業展開をする、もしくはロシアとつながりのある企業に対して、活動の停止や市場からの撤退を通じて、軍事侵攻の原資となっているロシア経済への貢献度を下げるよう求めている。キーウ経済大学は、外国企業のロシアでの活動実態をまとめたデータベースを運用・実態分析する「Self Sanction/Leave Russia」プロジェクト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを行っている。ロシアの家具製造・販売大手ホフのCEOマクシム・グリシャコフ氏は、企業が大きくなればなるほど世論、市場、投資家、ステークホルダーからの圧力が強いと指摘する(ノーボスチ通信2022年4月27日)。

事業継続か撤退か、全収益におけるロシア部門の割合が影響

前述のように様々なビジネス上の障害がある中、前出の戦略策定センターの調査では44%の企業は通常通りの事業活動を継続している。厳しいビジネス環境のもとで外国企業が活動を継続する背景には、どのような理由があるのだろうか。

各企業が置かれた状況やそれに基づく判断は異なるが、企業全体の収益におけるロシア事業の割合も企業判断に影響を与えている可能性がある。モスクワ国際ビジネス協会のアレクサンドル・ボリソフCEOによると、「外国企業の収益におけるロシア事業の割合が1〜5%であれば損失として処理し撤退することができるが、10〜15%以上の場合は判断が難しくなる」と指摘する(ガゼータ・ルー2022年4月11日付)。

例えば、フランス流通大手オーシャン(注4)は、ロシア事業の継続を明示している。同社は3月、「ロシアでの活動を終了させることで、(ロシア政府に)計画倒産とみなされ収用される。それはロシアの経済・金融エコシステムの強化につながる」と、市場に残ることを表明した。7月には、軍事侵攻以前に提携関係を結んだ商品注文・配達のオンラインプラットフォームを運営するズベルマルケットとダークストアをオープンさせるなど事業活動では積極的な一面もみせる。ブルームバーグ(2022年8月30日付)によれば、同社の2021年のロシア部門の収益は全体の10%を占めたとされ、同社にとってロシアは依然、重要な市場だといえる。

ビジネス環境の激変を外国企業はどう捉えるのか

物流・決済などの障壁はあるものの、規模を縮小の上、事業を継続している例も一定数ある。例えば、人道的物資に分類される医薬品や飲食料品は制裁対象外であるため、一部の外国企業は、カテゴリーを絞って製造・販売を続けている。米国飲料大手ペプシコは3月、グローバルブランドの製造・販売、設備投資、広告宣伝活動の停止を発表したが、その一方で人道的な側面から牛乳やその他の乳製品、粉ミルク、ベビーフードなどの生活必需品は、ロシアで引き続き提供を継続するとした。また。米国衛生用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)も同様に展開する商品数を減らし日常生活に基本的に必要となる健康、衛生、パーソナルケア用品に注力している。ロシア国内で生活必需品を生産する外国企業が多いことから、それらの極端な品不足や価格の上昇は起きていない(ジェトロ「モスクワ、サンクトペテルブルク、ハバロフスクにおける物価の推移」参照)。

ほかに、耐久消費財などを取り扱う企業では、保証・補修に限ってサービスを継続的に提供している例もみられる。消費者による商品の安全利用はメーカーや販売者の責務である以上、突然ストップできない背景がある。

前述のように通常通り事業を継続している企業であっても、当初想定していた事業計画や見通しを変更せざるを得ない場合がほとんどだろう。対ロ制裁やロシアによる対抗措置、物流・決済をはじめとするインフラ機能の低下、欧米諸国との関係性の変化、不確実性に起因する需要減退など、ロシアビジネスを取り巻く環境は激変した。外国企業は、現在のビジネス環境を整理・分析し、自社におけるロシアビジネスの位置付けを再定義せざるを得ない状況にある。


注1:
調査対象は、株主(創業者)に外国人が1人以上含まれる外国企業のうち、売上高が57億ルーブル以上の企業600社。ただし、以下の企業は対象外。a.外国人の持ち分比率が50%未満で、外国人が管理していない企業(ただし石油・ガス分野は含む)、b.ユーラシア経済連合加盟国(ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、アルメニア)の個人・法人が支配している企業、c.石油・ガス分野の合弁会社(例:トタルエナジーズ、エクソンモービル)、d.最終的な受益者がロシア人もしくはロシア法人の企業、e.海外ブランドとの関係を一義的に証明できない企業。
注2:
フィンランド・ロシア商工会議所は、2022年9月28日にフィンランド・東方商工会議所へ名称を変更。
注3:
ロシア語でMultonは、「ムルトン」という発音に近い。
注4:
ロシアでのブランド名は「アシャン」。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課