UAWとデトロイト3、史上最高の賃上げはどう妥結(米国)
バイデン大統領が組合との相互依存関係を模索

2023年12月14日

全米自動車労働組合(UAW)とデトロイト3〔ゼネラルモーターズ(GM)、フォード、ステランティス〕が、労働協約を改定した。この労使交渉は、米国史上初の3社同時ストライキに発展。ジョー・バイデン大統領はその際、現職として史上初めてピケ現場を訪問。支持を表明した。交渉は結局、過去最高の賃上げで終結した。

今回の交渉はどう進んだのか。UAWの体制変更を含め、メディア報道などを基に時系列に紹介する。

UAW新体制発足前夜から労使交渉開始まで

オートモーティブニュースは、UAWのスキャンダルをまとめたウェブサイトを設けている。

このウェブサイトによると、米国検察局は2017年7月、UAWの汚職を公表した。それ以来、関係者の汚職や横領に対する告発や起訴が続発した。

この状況を受け、米国司法省は2021年3月、UAW改革に乗り出すことを表明。2022年2月には、UAWの役員選出方法についての規定変更を命じた(従来の代議員選挙に代え、直接選挙にする)。その結果、UAW改革派のショーン・フェイン氏が勝利。2023年3月26日、直接選挙に基づく初めてのUAW会長に就任した。

今回のUAWとデトロイト3の労使交渉は、2023年7月から始まった。2019年に締結した労働協約は、2023年9月14日をもって4年間で期限を迎えることになっていた。

交渉に向けた要求項目は、事前から報道があった。そこから推測すると、(1)従業員を二分する給与体系(注1)の廃止、(2)賃金をインフレ率と連動させる生計費調整(Cost of Living Adjustment, COLA)と公正な昇給の回復、(3)電気自動車(EV)への移行に伴う雇用の確保、あたりが要求されたと考えられる(注2)。

特にEVについてはUAWのフェイン会長は、「EV用バッテリー工場の労働者には、より公正な賃金を支払うべき」と主張した。EVに関連して設備投資するにあたって、デトロイト3は連邦の補助金を受けているからだ。フェイン会長は2023年5月、「労働者に対する条件を整えたりコミットメントしたりすることもなく、連邦政府は膨大な連邦補助金をEV化に注いでいる。EV移行が『底辺への競争』につながる最大のリスクになっている」と述べた。

UAWは2020年の大統領選挙でジョー・バイデン候補を支持したが、2024年の大統領選挙に向けては「大統領支持のコミットメントをする前に、国家の首脳(leadership)がわれわれの側に立つ姿を見たい」と支持を保留している(2023年7月25日付ビジネス短信参照)。

両当事者のすれ違いが続き、労働協約満了

8月に入って、UAWの要求内容(4年間で40%の賃上げ、福利厚生の拡充など)が、少しずつ報道されるようになる。逆に、デトロイト3側からも提案が投げかけられた。両者のすれ違いが続いた。この間、例えばフェイン会長がGMの提案を「侮辱的」として拒否している。そのような状態で、労働協約が満了した。

進捗を時系列にまとめると、表1のとおり。

表1:7月13日~9月14日までの動き
内容
7月13日(木曜)
  • UAW、ステランティスと交渉開始。
14日(金曜)
  • UAW、フォードと交渉開始。
18日(火曜)
  • UAW、GMと交渉開始。
8月4日(金曜)
  • UAWの要求内容(4年間で40%の賃上げや福利厚生拡充)が判明。
18日(金曜)
  • UAW、ステランティスの提案を拒否。
31日(木曜)
  • UAW、フォードの提案を拒否。
  • フォード、UAWへの提案内容を公開。
  • UAW、「誠意をもって労使交渉に臨むのをGMとステランティスが拒否するのは、違法かつ不公平な労働行為」と主張。全米労働関係委員会に申し立て。
9月7日(木曜)
  • UAW、GMの提案を拒否。
  • GMが、(1) 10%賃上げする、(2) 3%の年間一時金を2回追加支給する内容で、UAWに回答(16%の賃上げ提案との報道もあり)。
  • フォード、年間9,000ドルの賃上げ提案を公開。
8日(金曜)
  • ステランティスが従業員に書簡を提供(UAWに14.5%の賃上げを提案していたことについて説明)。当該書簡を公開。
  • UAW、GMの提案を「侮辱的」として拒否。
11日(月曜)
  • UAW、賃上げ要求をこれまでの40%から36%に引き下げ。
13日(水曜)
  • フォード、UAWとの交渉状況を公開。
14日(木曜)
  • フォード、UAWとの交渉状況を更新。
  • GM、交渉の見通しを発表。工場従業員に20%の賃上げを提案(当該メッセージを公開)。

出所:各種報道からジェトロ作成

同時ストライキを発動し膠着状態に

労働協約の満了日は9月14日だった。その時限までに妥結できなかったことを受け、UAWは翌15日から早速、デトロイト3の3州3拠点で同時にストライキを打った。3社そろってのストライキは、史上初だった。

これに対し、デトロイト3は提案を繰り返した。それでも、UAWとのギャップを埋めることはできなかった。膠着(こうちゃく)状態に陥ったかたちだ。

その進捗を時系列にまとめた。

表2:9月15日~10月10日までの動き
内容
9月15日(金曜)
  • UAW、「13日に、賃上げ率について、フォードが20%、GMが18%、ステランティスが17.5%提示した。GMは翌14日、『20%』に更新した」と発表。
  • デトロイト3の3州3拠点で、同時にストライキ。
16日(土曜)
  • UAW、デトロイト3との交渉を再開。UAWは「フォードはポジティブな対応だった」とコメント。
  • ステランティスが、(1) 10%賃上げすること、(2)今後4年半で20%追加賃上げすること、を提案。
17日(日曜)
  • スト3日目突入。ステランティスが21%賃上げ案を提示。UAWが拒否。
18日(月曜)
  • UAW、デトロイト3との交渉が進展しない場合、9月22日(金)の正午からストライキを拡大すると発表
20日(水曜)
  • UAW、ステランティスからの新提案(内容非公開)を検討中と発表。
  • GMとの交渉は難航。
21日(木曜)
  • GM、UAWへの提案内容を発表
22日(金曜)
  • UAW、GMとステランティスでのストライキ拡大を発表。フォードは拡大せず。
  • フォードがUAWのストライキ発表に対しコメント。「進捗がある一方で、ギャップもある」。
23日(土曜)
  • GM、UAWのストライキに関して声明を発表。
28日(木曜)
  • UAW、賃上げ要求を40%から30%へ引き下げ。
29日(金曜)
  • UAW、GMとフォードでスト拡大。ステランティスではスト拡大せず。
  • フォード、UAWとの交渉状況の更新を発表。
  • フォード、UAWとの交渉に関してアナリストとメディア向け説明会を開催。
  • GM、UAWとの交渉に関する声明を発表。
  • GM、UAWとの交渉に関して従業員へメッセージ。その内容を公表。
10月3日(火曜)
  • フォード、2日夜にUAWに包括的な提案を提示した旨、発表。提案概要も公表。
5日(木曜)
  • GM、UAWに6回目の対案(内容非公開)提示。
6日(金曜)
  • GM、UAWとの交渉状況に関する声明を発表。
  • UAW、「フォードが23%、GMとステランティスが20%の賃上げを提案した」と発表。

出所:各種報道からジェトロ作成

UAWの戦略変更を契機として妥結

UAWは10月11日、フォード・ケンタッキー工場で事前通知なくストライキを打った。さらに13日には、「今後は、ストライキ拡大の計画を公表しない」と発表した。スト戦略を変更したかたちだ。

この戦略変更により、事態は一気に妥結に向けて動き出した。10月30日には、暫定合意に至る。11月20日までに、デトロイト3全てとUAWの間で批准(注3)が成立した(2023年11月21日付ビジネス短信参照)。

表3:10月11日~妥結までの動き
日付 内容
10月11日(水曜)
  • UAW、フォード・ケンタッキー工場でスト拡大。定例会見を待たない異例の指示に基づいて実行。
13日(金曜)
  • UAW、「デトロイト3との労使交渉でここ数日間、大きな進展がない」「今後はストライキを拡大する計画を公表しない戦略に変更する」旨、発表。
19日(木曜)
  • GMが、ハリス世論調査結果を引き合いに広報。当該調査から、「GMのUAWへの提案を、大多数の国民が公平と感じている」と説明した。
  • さらにUAWとの交渉状況を説明した上で、「UAWの全ての要求には答えられない」と発表。
20日(金曜)
  • GM、UAWに対して「包括的な提案」を提示したと発表。
23日(月曜)
  • UAW、ステランティス最大の組立工場で、予告なくストライキを開始。
24日(火曜)
  • UAW、GM最大の組立工場で予告なくストライキ開始。
  • GM、UAWのスト拡大に失望の声明を発表。前週中に25%の賃上げを提案していたことにも言及。
25日(水曜)
  • UAW、フォードと新労働協約に暫定合意。
28日(土曜)
  • UAW、ステランティスと新労働協約に暫定合意。
  • GM、「UAWがスプリングヒル工場でストを拡大したことに失望した」旨、声明を発表。
30日(月曜)
  • UAW、GMと新労働協約に暫定合意。
11月17日(金曜)
  • UAW、フォードで新労働協約を批准。
  • UAW、ステランティスで新労働協約を批准。
20日(月曜)
  • UAW、GMで新労働協約を批准。

出所:各種報道からジェトロ作成

この暫定合意に至るまでのデトロイト3の賃上げ率の回答推移は、図の通り。賃上げ率が3社全て同じ数字で揃っていることも確認できる。これは、同時ストライキの結果と考えてよいだろう。

図:賃上げ率に関する要求・回答の推移
UAW(全米自動車労働組合)の賃上げ要求は8月4日時点で40%だったが、9月11日には36%へと要求下げ、9月30日には30%まで下げた。プレスリリースや報道などによると、デトロイト3から賃上げ回答状況は次の通り。GMは9月7日に16%、13日に18%、14日に20%、10月30日には25%となった。フォードは9月13日に20%、10月6日に23%、25日に25%となった。ステランティスは9月8日に14.5%、13日に17.5%、17日に21%。10月6日に20%、28日に25%となった。最終的にデトロイト3(GM、フォード、ステランティス)は3社横並びの25%の賃上げで労働協約は締結された。

注:報道での公表情報に基づいてとりまとめた。ただし、報道それぞれの間に、必ずしも整合性が取れていたわけでもない。
出所:各種報道からジェトロ作成

UAWの主な要求項目、デトロイト3との妥結結果は、次表のとおり。

表4:UAWの主な要求項目と妥結結果
UAWの主な要求項目 フォード ステランティス ゼネラルモーターズ(GM)
40%の賃上げ 4年半で25%の賃上げ
  • 協約批准時:11%の賃上げ
  • 2024年10月:3%の賃上げ
  • 2025年10月:3%の賃上げ
  • 2026年10月:3%の賃上げ
  • 2027年10月:5%の賃上げ
4年半で25%の賃上げ
  • 協約批准時:11%の賃上げ
  • 2024年9月:3%の賃上げ
  • 2025年9月:3%の賃上げ
  • 2026年9月:3%の賃上げ
  • 2027年9月:5%の賃上げ
4年半で25%の賃上げ
  • 2023年10月23日:11%の賃上げ
  • 2024年9月16日:3%の賃上げ
  • 2025年9月15日:3%の賃上げ
  • 2026年9月21日:3%の賃上げ
  • 2027年9月20日:5%の賃上げ
生計調整費(COLA)の復活 復活 復活 復活
二層賃金制度の廃止 廃止 廃止 廃止
退職者の福利厚生の改善 従業員の確定拠出年金(いわゆる「401K」)に対する拠出率を6.4%から10%に引き上げ 従業員の確定拠出年金(401K)に対する拠出率を10%に引き上げ 従業員の確定拠出年金(401K)に対する拠出率を10%に引き上げ
工場閉鎖に対するストライキ権 獲得 獲得 獲得
臨時工の待遇改善 新規採用者を9カ月後に正社員化 新規採用者を9カ月後に正社員化 新規採用者を9カ月後に正社員化
EV関連の雇用確保 テネシー州などに設立予定のEV工場の労働者をUAWとの労働協約の対象とする。 EV工場の労働者をUAWとの労働協約の対象とする。イリノイ州ベルビディアの工場を再稼働。EV用バッテリー工場を新設。インディアナ州ココモでバッテリー工場を新設。 合弁事業のバッテリー工場の労働者をUAWとの労働協約の対象とする。

出所:UAW公開情報からジェトロ作成

UAWのフェイン会長は10月29日、「労働協約の改定を次回交渉する際(2028年)には、ビッグ3(注4)だけでなく、『ビッグ5』や『ビッグ6』と協議することになる」と表明した。具体的にはテスラがそのターゲットになる、との指摘もある(「ブルームバーグ」10月31日付)。そしてUAWは11月29日に全米の自動車メーカーで働く非組合員労働者向けに、オフィシャルサイト上で組合への加入キャンペーンページを開設したと発表した。同ページには米国で組合を持たない自動車メーカー13社〔日系5社、韓国系1社、欧州系4社、電気自動車(EV)系3社、注5〕について、各企業の利益増加率や、最高経営責任者(CEO)の報酬増加率などの情報が掲載されるとともに、ワンクリックで組合授権カード(注6)への署名ページが表示されるボタンが設けられている。

今回の交渉を受け、UAWに所属していない完成車メーカーでも、賃金引き上げに動く例が見られるようになってきた。例えば、トヨタ自動車は製造にかかわる従業員について賃金を約9%引き上げると報道されている。同様に、ホンダは11%、日産自動車10%、現代自動車25%だ。スバルも、率・額こそ不明なものの賃上げが報じられた(ロイター11月1日、10日、20日、13日、16日)。また、フォルクスワーゲン(VW)は11月22日、バージニア州チャタヌーガ工場労働者の11%賃上げを発表した。

プラントモラン(注7)は、今回の妥結によりEVの組み立てコストが30%(1台当たり600ドル程度)上昇すると予測した。EVの組み立てコストは、内燃機関車より40%程度低いとされる。しかしこのコスト上昇で、中国などの低価格EVとの競争が一層厳しくなると指摘している。

バイデン大統領がUAWとの相互依存関係を模索

UAWは、歴史的に民主党を支持してきた。事実、2020年の大統領選でも、バイデン候補支持だった。

しかし前述のように2024年大統領選に向けては、2023年5月時点で立場を保留している。仮にも本当にUAWから支持が得られないとなると、大きな痛手だ。バイデン大統領は「史上最も労働組合寄りの大統領」を自負しているだけに、なおさらだろう。

そのため、ホワイトハウス高官とUAWとの会談があると知ったバイデン大統領は7月19日、フェイン会長との直接対話を求めた。その際、デトロイト3との労使交渉について会談したという。これを受け8月14日、UAW-デトロイト3間の労使交渉に関し、「双方が協力して公正な合意を形成することを求める」声明を発表した。また9月15日には、「誰もがUAWのストライキを望まない」「利益は労働者に分配すべき」と言及。さらに「ジュリー・スー労働長官代行とジーン・スパーリング・ホワイトハウス上級顧問の2人をデトロイトに派遣し、協約締結に向け両当事者を全面的に支援する」とした。

対して、フェイン会長は9月17日、大統領には「言葉でなく行動を期待」していると発言。さらに、「2024年の選挙では、バイデン大統領を支持していない」とまで述べた。

一方で、9月24日にピート・ブティジェッジ運輸長官が「UAWとデトロイト3の双方が満足する合意に至ることは可能」とコメントしている(「ブルームバーグ」9月24日付)。大統領がストライキのピケ現場(ミシガン州)を視察したのは、9月26日のこと。この際、UAWが経営者側に要求している40%の賃上げに「支持」を表明した。現職大統領がピケ現場を訪問したのは史上初だった。

デトロイト3全社と暫定合意が妥結した10月30日、大統領は合意を称賛する声明を発表した(原文をホワイトハウスのウェブサイトで参照可外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。さらに11月9日には、UAWが主催する集会に参加。暫定合意を祝福するとともに、自動車産業労働者全てが組合に加入するよう働きかけるUAWの取り組みを後押しする姿勢を表明した。さらに、デトロイト3全社で労働協約が批准された11月20日にも、祝福する声明を発出している(ホワイトハウスのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

バイデン大統領とUAWの相互依存関係は、今後も続く可能性が高そうだ。


注1:
従来の協約には、新旧2つの給与体系が設けられていた。その結果、デトロイト3各社〔GM、フォード、クライスラー(当時)〕では、2007年以降、新たに雇用された労働者に新体系を適用するようになった。新体系の賃金水準は、旧体系より低い。
注2:
ただし、後日ウェブサイトで公開された10の要求項目PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(35KB)では、(3)の「EVへの移行に伴う雇用の確保」に相当する事項が明示的に示されていない。
注3:
UAWと企業との間の暫定合意を発効させるには、組合員の投票による批准が必要になる。
注4:
いわゆるデトロイト3のこと。かつては、「ビッグ3」の表現がしばしば多用されていた。
注5:
今回対象となっている自動車メーカー13社は、(1)トヨタ、(2)ホンダ、(3)日産、(4)スバル、(5)マツダ、(6)現代、(7)メルセデス・ベンツ、(8)BMW、(9)フォルクスワーゲン、(10)ボルボ、(11)テスラ、(12)リビアン、(13)ルーシッド。
なお、(1)~(5)が日系、(6)韓国系、(7)~(10)欧州系、(11)~(13) EV専業メーカー。
注6:
労働者が労働組合を交渉の際の代表として支持することを示す署名入りのカード。
注7:
プラントモランは、北米ビジネスを支援するコンサルティング企業。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
見並 一明(みなみ かずあき)
1980年から自動車部品業界、2016年から高度道路交通システムの業界連携活動に従事し、2023年4月に常勤嘱託としてジェトロ入構、自動車関連の北米動向調査を担当。