バイオベース素材の利用進む
欧州建設市場最新トレンド調査(後編)

2023年3月23日

ジェトロが2022年10月に実施した欧州建設市場最新トレンド調査の結果報告の後編。前編は、「欧州建設市場最新トレンド調査(前編)「脱炭素」と「省人化」への貢献がカギ」参照。本稿では、欧州において木材などバイオベース素材の利用が推進されている点に着目し、建築会社とエンジニアリング会社に対して行ったインタビューから得られた情報を提供したい。

バイオベース素材の利用推進

前編で述べた通り、フランスでは環境規制RE2020が導入され、新しい建築物を計画する上で、建物のライフサイクルにおけるすべての二酸化炭素(CO2)の排出量を考慮せざるを得なくなったことで、建築産業全体に大きな変革が起きている。脱炭素社会を実現するための手段として、バイオベース素材が注目を浴びている。

パリ市では2010年に制定されたグラン・パリ法に基づき、パリ首都圏の大規模都市再開発計画「グラン・パリ計画(2022年2月18日付地域・分析レポート参照)」が進行している。この計画の柱である「グラン・パリ・エクスプレス・プロジェクト」は、地下鉄路線の新設や整備によりパリ郊外を結び、沿線に新たな都市を開発するもので、グラン・パリ計画を実現するために国が設立した公的機関グラン・パリ公社(SGP)が牽引し、100以上の不動産プロジェクトを実施する予定になっている。これはパリ市内における慢性的な住居不足と不動産価格の高騰に対応するものでもあり、2010年のグラン・パリ法では、25年間で毎年7万戸の住宅を建設し、そのうちの30%を公的施設とすることが定められている。これらの新築住宅は、新たに計68の駅が建設される予定の「グラン・パリ・エクスプレス」の駅周辺に集中し、パリ市内の混雑緩和も目指される。この交通網に沿って、住宅、店舗、オフィス、文化施設などが一体となった多くの居住区が建設される計画である。

SGPは2020年11月に署名した「バイオ由来条約(Pacte bois biosourcés)」に基づき、不動産プロジェクトにおいて、その70%以上でバイオベース素材を採用し、うち50%はフランスの木材を用いることを約束した。

例えば、2024年に開催予定のパリ夏季オリンピック(五輪)に向けて、パリ郊外・北部に建設される選手村は注目のプロジェクトの1つである。約52ヘクタールの土地に1万4,000人以上のアスリートとスタッフが滞在できる施設(各建造物は9階建て、137の部屋を有する予定)が、今まさに建設途上である。2022年10月に実際に建設現場を訪れたところ、建設現場に近接した土地には建物の一部を再現した実物大模型が設置されており、工業用木材の骨組みおよび壁面を用い、オフサイト建設が取り入れられていることが確認できた。


パリ五輪選手村建設現場の様子(ジェトロ撮影)

パリ五輪選手村・プロジェクトハウスの木材を
採用した外構(ジェトロ撮影)

また、グラン・パリ計画のコンペティションで入賞したプロジェクト「フォーブスのプラグ・イン・シティ75(Plug-In City 75 in Forbes)」の設計者でマルカ建築事務所(Studio Malka Architecture)の主宰、ステファン・マルカ氏に2022年10月12日、同プロジェクトに関する話を聞いた。彼らの提案は、1970年代に16区の中心、セーヌ川の近くに建築された7階建の集合住宅のリノベーションで、木造のプレハブ工法を採用した増築である。既存建築はエネルギー性能に欠け、年間の平均エネルギー消費量は190キロワット時(kWh)/平方メートル(平方メートル)/年とエネルギーロスが大きく、また、アパートが狭くて暗いことが問題であった。これを解決するために、既存のファサードに対して箱型の空間を水平方向に増築し、まるで箱型構造物が建物から飛び出すように接ぎ木された、ユニークでありながらエネルギー効率の高い(45キロワット時/平方メートル/年)設計となっている。また、箱の構造は軽量で施工性が高いだけでなく、建築資材の輸送時におけるCO2の排出量を削減できる環境にやさしい材料を採用したいと考え、木片や木材チップを用いたバイオベース素材を選定したとのこと。本プロジェクトは現時点で居住者の合意形成が取れておらず、着工が遅れているが、マルカ氏は「プレハブ工法を用いるため想定される工期は短くて済む」という。


フォーブスのプラグ・イン・シティ75完成予想イメージ(マルカ建築事務所提供)

フランスで日式の木造軸組工法を展開

フランスなどで木造軸組工法の構造材の材料販売とエンジニアリングを提供しているキ・ウッド(KI-WOOD)の社長アレクサンドル・ルナール氏に2022年10月5日、話を聞いた。同氏はかつてベルギーに本社を構える日系企業に勤務し、そこで得た技術やノウハウを生かして数多くのプロジェクトを推進している。

質問:
フランスや欧州における木造建築物への意識は?
答え:
木造建築物は低炭素の観点からフランスや欧州のみならず世界中で注目されていると理解している。特にCOP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)以降に関心が高まった。フランスでは新しい建築物を木造で計画しようとする機運が高まっており、実際に仕様書に木造を指定する物件が増えていると思う。大手建設会社でも自社で建設する建物のうち30%以上を木造にする目標を掲げている。昨今は、使用する木材はできる限り現場から近い木材を使い、地域の循環型経済に良い影響を与えようとする動きがある。また、木材はコンクリートと異なり、リサイクルが容易である点も評価されている。フランスには林業・木材産業の地域間ネットワーク「フィボア(Fibois)」があり、当社も参画しているが、これに加わることで、プロジェクトの公募情報を得たり、支援を受けられたりする。
質問:
なぜ日本の軸組工法に興味を持ったのか?
答え:
ある日本企業が、2014年に開催されたバティマットに、構造用集成材を特殊な金物で接合する木造軸組工法を展示しており、そこに立ち寄ったことがきっかけ。当時は施主として、その性能や木の温もりなどに興味を持ち、自邸に同社の工法を採用した。実際に住んでみて、この工法を欧州で広めたいという思いが芽生え、同社のベルギー現地法人に役員として参画し、その後独立した。
質問:
現地に同業他社はいないのか?
答え:
木造というカテゴリで言えば競合はいるが、約8割はツーバイフォー工法(木造枠組工法)と自動化技術を採用し、比較的小規模の建物をターゲットとしている。他方、当社は、木造軸組工法で中規模および大規模建築物をターゲットとしている点で差別化できている。また、ツーバイフォー工法と比較して、階層を積み上げることが容易であり、解体も容易である。これらのことから、ある一定期間(例えば10年間)だけ必要とされる社会住宅(低所得世帯を対象にした公的賃貸住宅)に採用される傾向がある。一定期間経過後は、解体することもあるし、そのまま継続使用されることもある。現在もパリ20区に低所得者用住宅(14戸)を建設中で、2023年春竣工(しゅんこう)予定である。
質問:
日本企業との関わりについてどう考えているか?
答え:
林業・セルロース・木材・家具製造技術研究所(FCBA)の研究を通じて日本とは接点を持っている。今後、日本企業とのコラボレーションを増やしていきたい。
日本企業がフランス市場に参入する上では、認証取得の必要がある点に注意が必要。市場で販売するためには欧州技術認証(ETA)やCEマーク(CEマーキングの概要:EU)の取得が必要だが、取得や維持に多額のコストを要する。もしフランスで認証の取得をするのであれば、フランス建築科学技術センター (CSTB)と密なコミュニケーションが必要かつ重要である。また、フランスのサプライチェーンを把握しておくことが重要である。フランスではエファージュやヴァンシ、ブイグなどの巨大ゼネコンがディベロッパーとして土地を購入し、次にコンストラクターが入ってくる(例えばエファージュの場合は、不動産部門と建設部門があり、自社で土地開発と建設を行うこと可能)。その下に複数の建材メーカーがぶら下がる構造で、当社はそこに該当する。
当社は、現在は自社工場を持たず、オーストリアの木材加工業者にプレカットを委託しているが、将来はフランス国内で製造したいと考えている。その際、日本のスタートアップなどとの協業によって、ロボットでの切断加工や画像解析による瑕疵(かし)の発見など最新技術を備えた製造ラインを作るのが理想である。

日本企業のビジネスチャンス

企業横断的プロジェクトの生成と資金調達をその役割とし、約4,200社の中小企業、1万5,000人の当該セクター従事者が参画するフランスの家具・木材産業発展のための専門委員会である「コディファブ(CODIFAB)」の発表(2021年8月)によると、2020年のフランスの木造住宅の供給数は戸建て住宅が1万2,930戸、集合住宅が9,570戸で、合計しても2万2,500戸に過ぎない。しかしながら、前述の通り、国や自治体が木造建築や木質建築を推進する政策を取っており、今後市場規模が拡大していくことが予想される。

これまでみてきたように、「脱炭素」に資する素材としてバイオベース素材の利用が加速しつつある一方で、実際の建築業界では、建築コストの低減や職人不足対策への対応も等しく喫緊の課題であり、これら複合的な課題に対するソリューションが希求されているといえよう。より少ない手間でスピーディーに建物を建築していくための技術やノウハウに対するニーズは潜在すると思われる。日本は年間に数十万戸の木造住宅が着工しているが、その背後には短期間で質の高い建物を建設する技術やノウハウが存在する。この点において、日系企業の入り込む余地があるのではないかと思料する。

欧州建設市場最新トレンド調査

  1. 「脱炭素」と「省人化」への貢献がカギ
  2. バイオベース素材の利用進む
執筆者紹介
ジェトロ・ビジネス展開・人材支援部ビジネス展開支援課
髙村 尚吾(たかむら しょうご)
2022年4月からニチハよりジェトロに出向し、民間研修生としてビジネス展開支援課に所属。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
伊藤 生子(いとう しょうこ)
2021年4月、産業技術総合研究所(AIST)から出向。
スタートアップ支援課での勤務を経て、同年12月からジェトロ・パリ事務所勤務。