EVの普及拡大に、充電インフラ整備が急務
英国の自動車産業(後編)

2022年5月18日

英国では電気自動車(EV)の普及が進んでいる。前編「新車登録・生産は、2021年も記録的低水準」では、2021年の英国の新車登録台数と生産台数を解説した。後編では、自動車メーカー各社のEV化の動きに加え、さらなるEVの普及に向け、充電設備の整備が急務になっていることを解説する。

EV普及政策に並行し企業にはゼロエミッション車の販売目標も

英国政府は2021年7月、「輸送部門の脱炭素化計画:より良く、よりグリーンな英国(9.92MB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」を発表。これは、輸送部門の脱炭素化に向けた2050年までのロードマップだ。そのための施策として、「2035年の実現計画(2035 delivery plan)(7.91MB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」も同時に公表した。同実現計画には、これまで政府が発表した、2030年以降のガソリン車、ディーゼル車の新車販売禁止(2020年11月20日付ビジネス短信参照)や、EVの新車購入、充電設備設置のための補助金制度などがまとめられている。このほか、2035年までの行程表やマイルストーン(目標)などが示された。

また、政府は「ZEVマンデート」を導入する方針を示している。ZEVマンデートとは、2024年以降、乗用車と小型商用車の国内新車販売について、一定割合をゼロエミッション車(ZEV)にするようメーカー各社に義務付けるものだ。この施策は、2021年10月に発表した「ネットゼロ戦略(36.26MB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」に盛り込まれた。また、その「一定割合」について、政府は2022年4月7日、新車販売台数のうちでZEVが占める割合を段階的に引き上げていく規制案を公表。具体的には、2024年に22%、2028年に52%、2030年に80%とされている。この件で政府は、6月10まで意見公募するとしている。

メーカーにも、英国内のEVサプライチェーン構築の動きがある。日産自動車は2021年7月、世界初のEV生産のエコシステムを構築するハブとして、新たな計画「EV36Zero」を公開。その一環で、英国でEV向け超大型バッテリー工場「ギガファクトリー」を建設すると発表した。この計画では、日産とエンビジョンAESC(注1)、サンダーランド市の3者が共同して10億ポンド(約1,630億円、1ポンド=約163円)投資。EV、再生可能エネルギー、バッテリー生産を活用し、ライフサイクル全体でカーボンニュートラル実現を目指す。ギガファクトリーは、エンビジョンAESCがサンダーランド工場の隣接地に建設し運営する。当初の生産容量は9ギガワット時(GWh)で、年間最大10万台分のEV用バッテリーを日産に供給する。ただし、同工場の稼働開始時期は明らかにされていない。エンビジョンAESCは、需要拡大に応じて2030年までに最大18億ポンドを投資し、生産容量を25GWhに拡張。最終的には、同35GWhまで拡張を目指すとしている。

国内のギガファクトリー建設計画を進めるのは、日産だけではない。先行例もある。ブリティッシュボルト(英国バッテリーメーカー)は2020年12月、英国初のギガファクトリー建設を発表していた。建設地は、イングランド北東部のノーサンバーランド州ブライス。政府も2022年1月21日、自動車変革基金(Automotive Transformation Fund)を通じて建設を支援すると発表している。

これに対して、SMMTは2021年6月、国内自動車産業の維持・成長に向けた新計画として「フルスロットル: 英国自動車産業の競争力の推進PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」を発表。その中で、2030年までにEV向けギガファクトリー建設により60GWhのバッテリー生産容量を確保することが必要と指摘した。この理解に立ち、政府に明確な目標設定を要請している。

英国系完成車メーカーも、2021年に相次ぎEV化の動きを加速させている。例えば、ジャガー・ランドローバー(JLR、注2)と小型車ブランド「ミニ」(注3)はそれぞれ、EV生産について今後の方針を発表済みだ。また、ボクソール(注4)も2028年以降、販売車種を完全EV化する方針を発表。さらにロールス・ロイス(注5)も、同社初のEVを2023年第4四半期(10~12月)に販売開始すると発表した。そのEV自体は、南東イングランドのグッドウッド工場で生産される予定になっている。2022年に入ってからは、英ベントレー(注6)が1月、2025年までに同社初のEV生産を英国で開始すると発表。イングランド北西部クルーの工場で生産を予定し、EVへの移行のため今後10年間で25億ポンドを投資するとしている。また、JLRは3月31日、2030年までに同社の事業全体で温室効果ガス(GHG)排出量を46%、バリューチェーン全体で車両1台当たり54%削減すると発表。さらに、2039年までにサプライチェーン、製品、オペレーション全体でGHG排出をネットゼロにすることを目指すとした。

EV充電設備インフラの普及拡大が急務

英国政府によると2021年末現在、2万8,375台の公共充電設備が国内に設置済み。このうち、急速充電できるのは5,156台だ。一方で、EV市場を拡大するために充電設備のさらなる普及が急務だ。地域によって設置台数に偏りがあるのも課題になっている(図1、図2参照)。

図1:英国のEV充電設備導入状況
2014年、急速充電設備195台、充電設備2,088台、合計2,283台。2015年、急速充電設備693台、充電設備2,979台、合計3,672台。2016年、急速充電設備903台、充電設備4,208台、合計5,111台。2017年、急速充電設備1,179台、充電設備6,032台、合計7,211台。2018年、急速充電設備1,872台、充電設備8,437台、合計10,309台。2019年、急速充電設備2,829台、充電設備13,676台、合計16,505台。2020年、急速充電設備3,880台、充電設備16,895台、合計20,775台。2021年、急速充電設備5,156台、充電設備23,219台、合計28,375台。

注:急速充電設備には、定格が100kWを超える超急速充電設備を含む。
出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

図2:人口10万人当たりの充電設備設置数
英国(全国平均)は、急速充電設備7.7台、充電設備34.6台。イングランドは、急速充電設備7.5台、充電設備35.2台。ロンドンは、急速充電設備8.0台、充電設備93.7台。サウス・イーストは、急速充電設備8.6台、充電設備30.7台。ノース・イーストは、急速充電設備8.6台、充電設備27.8台。サウス・ウエストは、急速充電設備7.9台、充電設備27.2台。イースト・ミッドランズは、急速充電設備7.7台、充電設備24.2台。ウエスト・ミッドランズは、急速充電設備8.3台、充電設備22.7台。イーストは、急速充電設備6.4台、充電設備22.1台。ヨークシャー・アンド・ザ・ハンバーは、急速充電設備7.0台、充電設備18.7台。ノース・ウエストは、急速充電設備5.6台、充電設備18.9台。スコットランドは、急速充電設備12.9台、充電設備38.6台。ウェールズは、急速充電設備5.3台、充電設備28.0台。北アイルランドは、急速充電設備1.2台、充電設備17.0台。

注:2022年1月1日時点。
出所:英国政府資料を基にジェトロ作成

SMMTも2022年2月、EV普及には充電施設の拡充が不可欠と指摘。充電設備の設置台数の伸びがEV販売台数の伸びよりも遅いことや地域差があることに懸念を示した。あわせて、全国的なEVインフラ計画の策定に向け、産業界と協力するよう要請していた。なお当該計画には、拘束力をもって充電設備を設置する目標を設定する必要性を訴えた。

これに対し、政府は3月25日、「EVインフラ戦略(13.07MB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」を発表。2030年までにEVの公共充電設備設置台数を30万台に増やすとした。ガソリン車やディーゼル車の給油よりも、EVの充電が簡単で安価になることを目指すという。

具体的には、国内の充電ネットワークを拡大し、公平かつ国内全体をカバーすることを企図する。また、路上駐車ができない人や長距離移動のために、急速充電設備に重点を置いて支援。もって、消費者の利用体験を向上させる。そのために、厳格な新基準と法律を導入する予定と言及した。さらに、充電設備に関するリアルタイムのデータを消費者に提供することを事業者に義務付ける。これにより、消費者が価格比較できるようになるほか、アプリから利用可能な充電設備を探すことも可能になるとしている。

また、高品質でかつ競争に基づいた価格の公共充電設備を英国全土に導入するのも狙いだ。そのために政府は、5億ポンドを投資するとしている。このうち4億5,000万ポンドは「地域EVインフラ(LEVI)基金」として、EV充電拠点や革新的な路上充電などのプロジェクトの支援に使われる。

EVインフラ戦略に先立つ2021年11月、政府は既存の国内法を改正するかたちで新方針を発表していた。これに基づき、新築の住宅や建築物にはEV用充電設備の設置が義務化される。施行は2022年6月に開始する。あわせて、同じく11月には「家庭用充電設備スキーム(EVHS)」を発表していた。このスキームは、既存の住宅入居者などを対象にEV充電設備の設置を支援する仕組みだ。ただし、2022年4月以降は一戸建て住宅に住む人を支援対象から外し、人口密度がより高い集合住宅やアパートなどの賃貸住宅だけを対象とすることになっている。

また、政府は3月25日、「EVインフラ戦略」の発表と同時に「自動車ロードマップ(1.98MB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」を発表していた。このロードマップは、道路交通の脱炭素化達成に向けて、政府と業界の共同コミットメントの概観を示すものだ。また、企業がゼロエミッション車(ZEV)の移行計画をより効果的に立てることができるよう、発表済みの政策をまとめたものという側面もある。

充電設備関連の企業の動きとしては、英石油大手シェルが2021年2月、同社の脱炭素戦略を発表。その中で、同社が世界各地で設置するEV用充電設備を現在の6万台超から2025年までに50万台に拡大する目標を掲げた。2021年9月には、ユビトリシティ(注7)を通じて2025年末までに英国全体で5万台のEV用路上充電設備を設置すると発表した。

また、英石油大手bpは2022年3月25日、bpパルス(注8)を通じて、英国のEV充電設備の拡大に今後10年間で10億ポンドを投資すると発表。同社の設置台数を2030年までに現在の約3倍に増やす。このほか、超急速充電ポイント(注9)の展開を加速させるとした。2022年4月1日時点の国内の充電設備の市場を見ると、ユビトリシティはシェア1位、bpパルスはシェア3位だ(図3参照)。

図3:充電設備の市場シェア
ユビトリシティは、充電設備5,160台、シェア17.0%。ポッド・ポイントは、充電設備3,952台、シェア13.0%。bpパルスは、充電設備3,050台、シェア10.0%。チャージプレイス・スコットランドは、充電設備1,915台、シェア6.3%。ソース・ロンドンは、充電設備1,601台、シェア5.3%。テスラ・デスティネーションは、充電設備1,161台、シェア3.8%。char.gyは、充電設備923台、シェア3.0%。テスラ・スーパーチャージャーは、充電設備812台、シェア2.7%。ジェニーポイントは、充電設備775台、シェア2.5%。インスタボルタは、充電設備730台、シェア2.4%。チャージ・ユア・カーは、充電設備672台、シェア2.2%。ベンドエレクトリックは、充電設備576台、シェア1.9%。GRIDSERVE エレクトリック・ハイウェイは、充電設備441台、シェア1.4%。その他は、充電設備8,657台、シェア28.5%。

注:2022年4月1日時点。
出所:Zap-map資料を基にジェトロ作成

英国では、EVの生産拡大だけでなく、利用者にとってガソリン車などと同様に利用でき不便がないことが求められる。そのためには、充電設備の整備が急務だ。また、今後はEVを活用したV2X(Vehicle to Everything、注10)技術などで、これまでなかったサービスによる利用者の利便性向上の追求がEV普及のカギになりそうだ。


注1:
エンビジョンAESCは、日産に対するバッテリーサプライヤー。
注2:
ジャガー・ランドローバー(JLR)は現在、インドのタタ・モータース傘下にある。
注3:
「ミニ」は現在、ドイツのBMW傘下。
注4:
ボクソールは現在、ステランティス傘下。
なお、ステランティスは、フランス系のPSAとイタリア系のフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)が合併した多国籍自動車製造企業。
注5:
ロールス・ロイスは現在、ドイツのBMW傘下。
注6:
ベントレーは現在、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)傘下。
注7:
ユビトリシティは、シェル傘下のドイツ企業。EV用充電設備の開発・製造・運用が事業内容だ。
注8:
bpパルスは、bpの子会社でEV用充電設備事業を担う。
注9:
150キロワット(kW)と300kWの充電設備。bpによると、この設備を利用する場合、概ね(EVのモデルによって異なる)10分程度の充電で最長100マイル(約160キロ)走行可能。
注10:
EVを活用して送配電系統や家庭などに電力を供給する技術。

英国の自動車産業

  1. 新車登録・生産は、2021年も記録的低水準
  2. EVの普及拡大に、充電インフラ整備が急務
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
宮口 祐貴(みやぐち ゆうき)
2012年東北電力入社。2019年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2020年8月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
オステンドルフ・七海・ありさ(おすてんどるふ・ななみ・ありさ)
2021年8月、ジェトロ・ロンドン事務所入所。