今後のFTAの為替条項(米国)
為替操作と通商協定(後編)

2022年10月28日

急激なドル高を背景に、各国の金融政策に関心が集まっている。だが米国政府は、他国が為替に介入することへの警戒感が強い。前編では、米国の為替操作に対する懸念を概観した後、アジア通貨危機の例を基にしながら、米国が指摘する為替操作と通貨防衛手段としてとられる為替介入について整理した。後編では、通商協定交渉に伴う為替条項について、米国での議論を整理する。続いて、自由貿易協定(FTA)の協定文に初めて設けられた米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の為替条項を基に、今後のFTAと為替条項について展望する。

FTAに為替条項を設けたい米国

米国の為替操作を監視するための主要な政策手段に、前編で紹介した為替操作報告書がある。他方で近年は、通商協定を通じて、他国による通貨の不正操作を正そうとする動きが続いている。2015年6月に成立した大統領貿易促進権限(TPA)では、米国の交渉相手国が競争上の優位を不公正に得るための為替操作を回避することが、通商交渉の目的として初めて公式に明記された(注1)。その後の2015年11月、米国を含む環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉参加12カ国は、月次の外貨準備高や四半期ごとの為替介入状況を公表するなど、為替政策を互いに監視し合う枠組みの構築で合意した「マクロ経済政策に関する共同宣言(Joint Declaration of the Macroeconomic Policy Authorities of Trans-Pacific Partnership Countries)」を発表した。この宣言は、米国がTPPから離脱後に発効した環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP、通称TPP11)には引き継がれていないことから、米国の主張によって取り入れられたものと考えられる(注2)。実際、CPTPPは米国が強く要望したとされる知的財債権に関する条項などが効力を持たない状態(凍結)で発効している。

FTAの協定文に為替条項が初めて組み込まれたのは、北米自由貿易協定(NAFTA)を改定して2020年7月に発効したUSMCAだ(2018年10月2日付ビジネス短信参照)。USMCAの為替条項は、締約国は国際通貨基金(IMF)協定に則し、不公正な競争上の優位を得るための為替操作を避けることが改めてうたわれたほか、TPPの共同宣言を引き継ぐ形で、締約国が為替介入を監視し合う枠組みの設置が定められた。その後、米国と中国の第1段階の経済・貿易協定(2020年2月発効)にも、TPPの共同宣言やUSMCAの条項と同様の文言が記されている(注3)。

産業界では、自動車政策会議(AAPC)が、FTAに為替条項を設けることで、相手国が自国通貨を減価に誘導する為替操作を制限すべきとの立場をとっている。米国労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)や全米自動車労働組合(UAW)など労働組合からの要求も根強い。特に、2020年1月に発効した日米貿易協定の交渉では、AFL-CIOなどから、USMCA以上の強い規定を求める声が上がった。米国の議会調査局(CRS)によれば、一部のステークホルダーは、当該交渉で協定文に為替条項を設けることを、優先課題にしていた(注4)。

USMCAに初の為替条項

では、実際にUSMCAにおいて規定された為替条項とはどのようなものか。

USMCAの為替条項は33章「マクロ経済政策および為替レート(Macroeconomic Policies and Exchange Rate Matters)」で規定されている。33章では、まず、IMF協定に則し、不公正な競争上の優位を得るために、為替レートの操作を避ける義務がうたわれている(33章4条1項)。また、外貨準備高や為替介入データなどを公表することが定められている(33章5条)。締約国に、為替レートの不正操作を含む何らかの違反が疑われた場合、締約国の代表による解決を行うことができる。何らかの申し立てがあった場合、締約国は、30日以内に協議を行い、協議から60日以内に解決策を見いだすことが定められている(33章7条1項、同2項)。代表者間で解決できなかった場合、締約国はIMFに対して、厳格な調査などを求めることができる(33章7条4項)。ただし、USMCAの31条で定められた紛争解決に付すことができるのは、33章5条の「透明性と報告(Transparency and Reporting)」に関連する違反だけに限定されている(33章8条1項)。なお、33章5条には、為替介入データの公表が義務付けられているが、介入それ自体を規制する文言はない。

米国通商代表部(USTR)は、USMCAの為替条項について、「透明性を大幅に向上させ、説明責任を果たすためのメカニズムを提供しつつ、競争的な切り下げや為替レートの目標設定を行わないという高水準の約束を求めることで、不公正な通貨慣行に対処する。このようなアプローチは、貿易協定の文脈では前例がなく、マクロ経済と為替レートの安定性を再強化するのに役立つ」と評価した(注5)。だが、米国国際貿易委員会(ITC)の報告書では、USMCAの為替条項は、加盟国の既存の政策に影響を与える可能性は低く、現状維持の公約を再確認しただけ、との評価になっている(注6)。専門家の間でも、締約国の金融政策に実質的には影響を与えないという評価が支配的だ(注7)。USMCAの規定は為替介入を直接規制する内容でなく、また不正な為替操作に対して制裁措置を直ちに発動できるといった内容でもないからだ。

このように、USMCAで規定された内容は、米国が懸念する為替操作を直接的に禁止していないなど、実態上、加盟国の金融政策に影響のない記載にとどまっている。その理由は何か。

1つは、相手国の反発が挙げられる。為替操作報告書による為替操作国認定のような自国内で完結する政策とは異なり、FTAは交渉相手があって初めて成立する。従って、相手国の同意なしにはFTAは締結し得ない。例えば日本は、TPP交渉と日米貿易交渉、どちらでも、為替条項を設けることに否定的な立場を通したと言われる。また一般的に、為替操作を抑制できる効果的な条項をFTAに設けることに、疑問を有している政策担当者は多い(注8)。

もう1つは、金融政策の独立性を尊重する考え方を指摘できるだろう。金融政策の目的を達成するためには、中央銀行が、政府や財政当局から独立して、自ら手段を決定できることが重要とされている(注9)。従って、制度上、政府が交渉したFTAの中で、為替介入のみならず広範なマクロ経済政策にも影響する為替条項を取り決めることは難しい側面を有する(注10)。米国においても、連邦準備制度理事会(FRB)は政府から独立した組織である。

他方で、こうした課題はありつつも、FTAに為替条項が設けられたことは事実だ。これは、米国内での要望が、それだけ強いことの証左と考えられるだろう。現に、USMCAや日米貿易交渉の公聴会でみられたように、自動車業界や労働組合など政治的影響力の強いアクターが、他国の不正な為替操作を防ぐための規定をFTAに盛り込もうと、あらゆる場面で米政府に求めている。また、1980年代の日米貿易摩擦の時代から2020年代の米中貿易摩擦に至るまで、米国の産業界や議会の為替操作に対する懸念は、対象国は変われど、懸念そのものは基本的には変わっていない。今後もFTA交渉の度に、協定文に為替条項を設けるよう、政府や議会に圧力がかかっていくことは容易に想像できる。従って、こうした政治や経済を取り巻く環境が続く限り、今後のFTAにおいても、USMCAの様に、為替条項を設けつつも相手国の政策を実態的に縛ることのないような協定文が設けられていくことが続いていくのではないだろうか(注11)。

今後のFTAと為替条項

NAFTA以降のFTAは、市場アクセス(関税率)や衛生植物検疫措置(SPS)など、貿易そのものに直結する分野だけではなく、労働や環境といった非貿易的要素も含めて交渉されるようになった。今では、WTOのルール整備の遅れを背景に、電子商取引(eコマース)といった新しい分野の国際的なルールもFTAの枠組みのなかで交渉されている(注12)。その結果、多様な分野のルールを決めることになるFTAは、その発効件数を伸ばし、従来の通商協定という枠組みを超え、外交戦略上、重要性が増してきた(注13)。その典型はTPPであろう。当時のアッシュ・カーター国防長官による「空母と同じくらい重要」との指摘は、あまりにも有名である(注14)。

米国では現在、TPAが失効している(2021年7月2日付ビジネス短信参照)。その上バイデン政権は、労働者階級への配慮を全面に打ち出し、FTAとは別の枠組みとして、市場アクセスを交渉しないインド太平洋経済枠組み(IPEF)交渉を優先させている。こうしたことから、短期的にはFTA交渉が再開される見込みはない。しかし中長期的には、米国内でインフレが収まり、世論がドル高を問題視し始めると、将来的にはFTAやIPEFのような経済枠組みの中で、他国の通貨を減価に導くことを防ぐ為替条項が交渉される可能性を否定し切れない。現に、バイデン政権は国家安全保障戦略(2022年10月発表)で、従来の枠にとらわれないFTAの必要性を明示している(2022年10月13日付ビジネス短信参照)。

仮に米国政府が、FTAなどへ為替条項を設けようとしても、通貨を防衛するための為替介入は、前編でもみたように、その規制対象から外れる可能性が高いだろう。従って、日本やアジア各国政府がFTAなどを通じて米国政府と関係強化し、経済的・外交戦略的メリットを享受するのと引き換えに、為替に関する規定を設けるのであれば、可能な限りUSMCAの協定文と同内容にとどめるようにし、具体的な行動が規制されるようにしないことに留意が必要である。なお並行して、外貨準備高の積み増しは、不要に為替レートを変動させることないよう、少額ずつ慎重に行うことが重要になる。目的はどうあれ、外貨の購入拡大は、結果的に自国通貨の減価につながりかねず、輸出競争力が増せば米国の貿易赤字が拡大することにもつながってしまうからである。そうすれば、貿易赤字の拡大という観点からも、米国との交渉が厳しいものになってしまうことが想定される。


注1:
米国憲法上、通商権限は議会が管轄する。TPAは、この通商交渉に関する権限を大統領に一時的に付与するもの。議会が大統領にTPAを与えた場合、政権が交渉・合意した通商協定について、議会は協定内容を修正せず、実施法案の賛否のみを審議することから、円滑なFTA交渉や批准には、TPAが必須とされている。
注2:
当該共同宣言は、TPP発効と共に効力を有するが、米国の離脱によってTPPは発効できていないため、当該共同宣言も効力は有していない。
注3:
米中の第1段階の協定では、公開する情報に、為替介入の月次データの公表は含まれていない。
注4:
次の資料を参照。
  • Congressional Research Service, (2020) “U.S.-Japan Trade Agreement Negotiations”
なお、日米貿易協定は、物品の市場アクセスに限って交渉がまとまったため、為替条項は協定に盛り込まれていない。
注5:
USTRの発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。
注6:
次の資料を参照。
  • United States International Trade Commission, (2019) “U.S.-Mexico-Canada Trade Agreement: Likely Impact on the U.S. Economy and on Specific Industry Sectors”.
注7:
ただし、FTAの条文に為替条項を組み込んだことには、前例のない価値がある、とする議論もある。例えば次の資料を参照。
  • C. Fred Bergsten, (2018) “A Positive Step in the USMCA: Countering Currency Manipulation” PIIE.
注8:
例えば、次の資料で議論されている。
  • Congressional Research Service, (2016) “The Trans-Pacific Partnership (TPP): Key Provisions and Issues for Congress”.
注9:
政治的圧力が強くなれば、中央銀行が、選挙を意識している政治家によって、長期で達成すべき目標よりも短期的な目標達成を優先してしまう、といったことが懸念されるため。次の論考などを参照した。
  • 伊藤隆俊「日米欧で瓦解する「中央銀行の独立性」」、Forbes Japan, 2018年12月30日。
注10:
次の資料を参照した。
  • Mark Sobel, (2019) “U.S. Foreign Exchange Policy—Currency Provisions and Trade Deals” CSIS.
注11:
Sobel, (2019)(注10)などを参照した。
注12:
例えば電子商取引は、TPP、CPTPP、USMCA、日EU経済連携協定(日EU・EPA)でも規定されている。
注13:
米国を代表してTPP交渉に参加したマイケル・フロマン元 USTR 代表は、「TPP が有する戦略的価値」として、「元来、経済は軍事力の行使を容認させるための土台として捉えられてきたが、ここ数十年間を見返すと、経済それ自身が世界に対して影響を与える手段であり、力そのものであることは明らか」と、その影響力の大きさを述べている(2015 年 10 月 15 日、外交問題評議会(CFR)主催イベントでの発言)。
また、FTAの発効件数は、2000年以前は世界全体で100件に満たなかったものの、2021年6月30日時点で366件(JETRO調べ)と、ここ20年で3倍以上になっている。
注14:
2015年4月6日、アリゾナ州立大学での講演で発言。

為替操作と通商協定

  1. 米国が懸念する為替操作とは
  2. 今後のFTAの為替条項(米国)
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 課長代理
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)を経て2022年8月から現職。

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