サウジアラビアが進める地域統括会社(RHQ)誘致策とその行方

2022年3月16日

サウジアラビア政府は、多国籍企業グループの中東・北アフリカ(MENA)地域統括会社(RHQ)の誘致を目的に、新たなライセンス制度を導入する。2024年以降、政府調達案件への参加を望む多国籍企業グループに同ライセンスの取得を求めるなど、他の湾岸諸国では類を見ない内容になっており、日本企業を含む多国籍企業の関心は高い。これまでに明らかになった同政策の概要と今後の論点を整理する。

RHQ誘致を投資政策の柱の1つに

サウジアラビア政府は、2016年4月に発表した脱石油化に向けた国家戦略「サウジ・ビジョン2030」で、成長政策の柱として国内投資を重視し、投資促進策を強化・拡充してきた。2021年10月に発表した「国家投資戦略(National Investment Strategy)」では、2021年から2030年にかけて12兆4,000億リヤル(約3兆2,000億ドル)の投資実現を目標とし、投資機会増大の主たる手段として、「官民パートナーシッププログラム(Shareek)」(5兆リヤル)、「公的投資基金(PIF)による投資」(3兆リヤル)などとともに、「対内直接投資(FDI)」(1兆8,000億リヤル)を掲げた(図参照)。

今回取り上げる「RHQ誘致策(RHQイニシアチブ)」は、新たなFDI誘致策の1つとなる。同イニシアチブは2021年2月に導入計画が明らかにされ、同年10月に概要が公表された(2021年10月29日付ビジネス短信参照)。

RHQイニシアチブを主導する投資省とリヤド市王立委員会(RCRC)は、上質な雇用の創出、GDPへの貢献、FDI増加を同政策の狙いとし、具体的な目標として2030年までに3万5, 000人の新規雇用と700億リヤル(約187億ドル)の投資の実現をもくろんでいる。

図:国内投資計画(2021~2030年)
2021年から2030年までの国内投資計画における合計額は13.2兆リヤルで、内訳は「官民パートナーシッププログラム(Shareek)」が5.0兆リヤル、「公的投資基金(PIF)による投資」が3.0兆リヤル、「対内直接投資(FDI)」が1.8兆リヤル、その他が2.6兆リヤルである。

出所:「国家投資戦略(National Investment Strategy)」からジェトロ作成

RHQ設立が政府調達への入札参加資格の条件に

投資省によると、政府はRHQライセンスを取得する多国籍企業について、本社所在地、サウジアラビア以外の2カ国以上に支店または子会社を2拠点以上もつ多国籍企業グループ(Multinational Group)で、サウジアラビア拠点が少なくとも2拠点を統括することを想定している。RHQは独立した法人として、商業・サービスなどのライセンスを持つ事業会社を配下に持ち、自ら商業活動は行わない代わりに、経営戦略立案機能と管理機能(注1)とともに、3種類以上の補助業務(注2)を担うとしている。

RHQライセンスを取得するには、一定の要件を満たす必要がある。先述した3種類以上の補助業務の履行に加えて、(1)3名以上の幹部〔CEO(最高経営責任者)、CFO(最高財務責任者)など〕の採用、(2)15人以上のフルタイム従業員の雇用、(3)ライセンス認可後6カ月以内に業務を開始することなどが規定されている。また、ライセンス費用として、年間2,000リヤル(約533ドル)を投資省に支払う必要がある。

一方、RHQライセンスの取得企業には、幾つかの恩典(インセンティブ)が供与される。既に明らかにされたインセンティブには、サウジアラビア人雇用義務(サウダイゼーション)の免除(10年間)、ビザの早期取得と発給制限の適用除外、家族の同居条件の緩和などと併せ、政府調達の参加資格が含まれている。

ここでいう政府調達の参加資格とは、2024年1月以降、政府および関係機関が実施する調達案件への応札資格を指す。すなわち、新制度の下では、RHQライセンスを取得しない多国籍企業グループは原則、政府調達案件に応札する権利が認められなくなることを意味する。政府調達への参加に、一定のローカルコンテンツや事業拠点の存在を求める政策は、米国などの諸外国にもあるが、地域統括会社設立を入札要件として求める事例は珍しい。WTOの調査PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.32MB)(2021年1月)によると、2019年~2020年にかけてのサウジアラビアにおける政府調達案件の合計金額は約3,000億リヤルで、GDPの13%程度に相当する。国内ビジネス環境に与える影響は極めて大きいことが分かる。

サウジアラビアがRHQの誘致に着目した背景には、周辺のアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなどにRHQを有する多国籍企業の中に、サウジアラビアの政府調達市場で売上高の相当程度を計上しているケースが存在する事実がある。こうした企業の幹部の中には、居住国に家族を残したまま、毎週のように居住国とサウジアラビア間を往復する事例が報じられている。政府はこうした企業を誘致することで、雇用創出や新規投資に加えて、関連消費や税収面での効果が期待できると踏んでいるのだ。

他方で、RHQイニシアチブは、既存の進出外資系企業も対象としている。政府は多国籍企業グループの国内市場への中長期的な関与(コミットメント)を求めており、RHQイニシアチブを手段の1つに位置付けている。既に国内に拠点を有する多国籍企業グループも、政府調達への参加を望む場合、組織の再編などを通じてRHQライセンスを取得する必要がある。

新制度の情報不足が足かせに

2021年10月にリヤド市内で開催された未来投資会議(Future Investment Initiative)で、投資省は既に44社がRHQライセンスの取得の意思を明らかにしていることを発表した(44社のリストは2021年10月29日付ビジネス短信参照)。本社所在国別では米国が13社で最も多く、英国が10社で続いた。分野別では製造業、非製造業がバランスよく並び、企業規模でも大手多国籍企業からスタートアップ企業に至るまで、幅広い顔ぶれがそろった。

もっとも、それ以降に新規のライセンス取得​の意思表明は報じられていない。その理由として、制度全体に関する情報が不足していることに加えて、入手可能な情報についても明瞭さに欠ける点が挙げられる。そこで、ジェトロ・リヤド事務所が投資省関係者やライセンス申請中の企業などから聴取した内容を基に、これまでに明らかになった点を中心に論点を整理する。

(1) 政府調達主体の範囲

まず、「政府調達主体」の範囲については、既存の政府調達法における関連規定に基づく。同法では、国内機関を政府(Government)、準政府機関(Semi-government)、国有企業(State-Controlled Enterprises)、民間セクター(Private sector at large)の4種類に大きく分類しており、このうち政府と準政府機関はRHQイニシアチブの対象に含まれることが既に決まっている。このうち、準政府機関には、各省庁の外郭機関のほか、国立病院や国立大学なども含まれる。一方、国有企業の扱いについては、政府内での調整が続いている。同グループには、サウジアラムコ、サウジテレコム(STC)など国内主要企業が含まれる。その結果いかんで、影響を受ける多国籍企業の数は大きく変わり得るため、国内では議論の行方が注目されている。

(2) 政府調達取引の範囲

投資省は原則、全ての政府調達行為を制度の対象とする意向だ。通常、諸外国の政府調達ではWTOの政府調達協定(GPA)などにならい、物品、役務など案件の種類に応じて最低基準額(threshold)が規定されている場合が多く、同協定のオブザーバー国であるサウジアラビアもその例外ではない。しかし、投資省の担当部局は、RHQイニシアチブでは基準額を盛り込まない意向を明らかにしている。

RHQライセンス保有企業のブランド、製品名、サービス名などは、政府入札調達法(GTPL)に基づく統一調達組織のプラットフォームで管理される予定だ。各政府調達主体は同プラットフォームを利用し、調達行為を進めることが想定されている。なお、投資省は落札企業の再委託先についてもRHQイニシアチブを適用する方針だ。

(3) 多国籍企業グループの範囲

2024年以降も、多国籍企業グループと見なされなければ、政府調達に参加することが可能だ。従って、「多国籍企業グループ(Multinational Group)」の定義も重要な要素の1つとなる。この点について、投資省は既述した「本社所在地、サウジアラビア以外の2カ国以上に支店または子会社を2拠点以上もつ」との条件を満たさない企業に関しては、同イニシアチブの適用から除外する方針だ。一方、本社所在地、サウジアラビア以外の2カ国以上に支店または子会社を有する場合、拠点の国・地域にかかわらず、多国籍企業グループとして見なされる可能性がある。

(4) その他(企業・ビジネスの形態による扱いの相違)

当地でビジネスを展開する日本企業には、地場企業などと合弁会社(JV)を設立する場合や、輸入業者や代理店などを介して自社製品・サービスを販売する企業が多く存在する。投資省は、こうした企業が政府調達案件に関与する場合の諸条件についても検討中だ。例えば、当該法人が地場企業などとのJVの場合、「親会社やグループ会社とのビジネスの実態を見て判断することを検討している」と投資省の担当者は述べる。また、当地に現地拠点を有さずに、地場の取引先企業を通じて間接的に政府調達案件に関与する企業についても、投資省はビジネスの実態を調査して判断したいと考えているもようだ。

制度開始から逆算した準備が有効

仮にRHQライセンスを取得する場合、新設や分割などによって新法人を設立する必要がある。既に国内に複数の法人を有する場合には、既存法人の組織再編でも対応は可能だ。RHQライセンスを取得する法人と事業法人との間に、資本関係は必ずしも求められない。

他方、RHQを採用すると、既述のライセンス費用に加えて、さまざまな法人維持コストが発生することは避けられない。従って、設立の要否は、政府調達案件への参加権利の取得による便益を含め、RHQを設立する利点とコストをはかりに掛けた上で判断する必要がある。一方、サウジアラビア政府としては、誘致を進めるには、その利点がコストを上回る仕掛けが必要になる。そこで注目されるのが、ライセンスとともに供与されるインセンティブの中身だ。

既述したインセンティブ内容は、当地進出企業には不満をもって受け止められている。とりわけ、当初からインセンティブに含まれることが見込まれていた法人税の減免について希望する声が多い。そのほかにも、付加価値税、外国人税などの減免、RHQ設立維持費用への補助金など、ジェトロを含む各国の経済団体からさまざまな要望がサウジアラビア政府に寄せられている。既に設立を公表した企業の中には、投資省と個別に交渉を進めている事例も報告されている。

もっとも、一般企業としては、インセンティブを含めた制度全体の詳細をまず知りたいところだろう。実際、他国の政府関係者の中には、「政府調達におけるRHQ設立義務付けについてどこまで包括的な政策になるのか疑わしい」と懐疑的な声も聞かれる。この点について、投資省はできるだけ早いタイミングで、より詳細な情報を公開する方針としている。同情報の公表により、さまざまな疑問点がより明確化されることが期待される。

一方、今後気を付けたいのが、ライセンス取得と体制整備にかかるリードタイムだ。仮にRHQライセンスを申請する場合、企業から投資省への申請後、同省は個別の要望内容などについて、他の関係省庁との間で調整や手続きを行う。同手続きには、一定の時間を要することが予想されている。さらに、ライセンスの供与後、投資省は当該企業がRHQとしての各要件を整備する期間として、6カ月程度を見込んでいる。すなわち、投資省が同期間中に十分性を認めないと、政府調達案件への参加が保証されない可能性があることを意味する。従って、2024年1月直後の政府調達案件への参加を望む場合は、準備期間を逆算し、遅くとも2023年上半期に投資省との間でライセンス取得に向けた申請手続きを開始することが必要になる。


注1:
経営戦略立案には地域戦略作成・監督、戦略調整、製品・サービス配備、投資支援、財務レビュー、管理機能には事業計画策定、予算編成、事業調整、マーケティング、事業・財務報告がそれぞれ含まれる。
注2:
補助業務には、次のものが含まれる。
(1)販売およびマーケティング支援、(2)人事・人事管理、(3)研修、(4)財務管理、外国為替・資産管理、(5)コンプライアンスおよび内部監査、(6)会計・経理(7)法務、(8)監査、(9)調査・分析、(10)アドバイザリー、(11)運営管理、(12)物流・サプライチェーンの管理、(13)国際取引(14)テクニカルサポート、エンジニアリング支援、(15)ITネットワーク運用、(16)研究開発、(17)知財管理、(18)生産管理、(19)原材料・部品調達。
執筆者紹介
ジェトロ・リヤド事務所長
秋山 士郎(あきやま しろう)
1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長(調査担当)、海外調査部米州課長、海外調査企画課長などを経て2021年11月から現職。