コロナ禍以降のインド・アルコール市場の動向

2022年4月26日

インドでは、これまで宗教・文化的理由により、他のアジア諸国に比べ飲酒の慣習が一般的でなかったが、近年、中間層の拡大や食文化の多様化に伴い、酒類の消費傾向が変化している。また、パンデミックによるロックダウン開始直前には、酒販店に酒類を買い求める人々が殺到する姿が報道されたのは記憶に新しく、酒類のオンライン販売解禁の動きも見られた。本レポートでは、「新型コロナ禍」以降のインドのアルコール市場の動向について紹介する。

つかみがたいアルコール大国インド

インドで多数を占める(人口の79.8%)ヒンドゥー教では、飲酒は好ましくないものとする価値観が伝統的に強く、公共の場での飲酒は日本よりも限られている。インドの1人当たりの酒類消費量は、世界平均やアジア各国平均と比較して少ない。一方で、IWSR Drinks Market Analysis(英国)の調査によると、インドのアルコール消費量は世界第9位で、うちスピリッツ(ウイスキー、ジン、ラム、ウォッカなど)の消費量は中国に次ぐ世界第2位(6億6,300万リットル)と、世界有数のアルコール消費大国となっている。伝統的にハードリカーの消費が多く、国内市場の9割近くを占めるとされる。2020年のインド内の消費シェアはカントリーリカー(注1)が48%を占め、次いでIMFL(注2)36%、ビール13%、ワイン3%と続いた(2021年4月8日付「タイムズ・オブ・インディア」紙)。IMFLのうち、最も多いのはウイスキーだ。また近年では、特に都市部の若年層を中心に趣向の幅が広がりつつある。


リカーショップ外観と店内(左・中央)(ハリヤナ州、ジェトロ撮影)
カントリーリカーの売り場は分かれている(右)(ジェトロ撮影)

輸入酒の消費は都市部の中間層以上に集中

インドの都市人口は約3割、農村人口は約7割とされるが、酒類の消費傾向は地域と所得階層により異なる。Goldstein Market Intelligence(英国)の調査では、農村部では低所得者の98%が安価なカントリーリカーを消費し、富裕層でもその割合は69%と高い。一方、都市部では、低所得者層の90%はカントリーリカーを消費しているが、富裕層になるとその割合は18%まで下がり、ビールやワイン、IMFLが多数を占める。ウイスキーやビールなど洋酒や輸入酒を消費するのは都市部の中間層以上が中心で、日本からの酒類輸出でターゲットになる層も同じと考えられる。

図:農村部・都市部における消費酒類内訳

農村部における消費酒類内訳(%)
低所得者層はの98%が安価なカントリーリカーを、2%がビールやワイン、IMLFを消費している。高所得者層は69%がカントリーリカーを、31%がビールやワイン、IMLFを消費している。
都市部における消費酒類内訳(%)
低所得者層はの90%がカントリーリカーを、10%がビールやワイン、IMLFを消費している。一方、高所得者層は18%がカントリーリカーを、82%がビールやワイン、IMLFを消費している。

注:所得階層を5段階に分類、左から低所得~高所得者層の順。
出所:Goldstein Market Intelligence調査からインフォブリッジ作成

ワイン・クラフト酒類市場が急伸

都市部では、外食の多様化を背景に、近年、ワインやクラフトビール、クラフトジンなどの消費拡大が顕著だ。ワインの消費量は、2001年の年間100万リットルから2019年の3,000万リットル超まで増加した。また、ワインの市場規模は1億5,000万ドル規模と推定され、年平均20〜25%で成長すると予想されている。その年間消費量は約350万ケースで、うち100万ケース超が廉価な酒精強化(fortified)ワイン、45万ケースが輸入ワインとなっている。都市別の消費内訳は、ムンバイ(32%)、デリー(25%)の2都市が半数以上を占め、次いでベンガルール、プネ、ハイデラバードと続き、主要5都市で消費量の85%を占めた(注3)。

また、ビール市場は若者層の消費増加などを背景に拡大しており、消費量は2020年の55億リットルから、2025年には90億リットルに達する見込みだ。このうち、クラフトビールは近年、多くの企業が参入する注目分野となっている。ビール市場のうち、クラフトビールのシェアは3%程度とまだ小さいものの、市場は急拡大しており、2014年から2018年までの年平均成長率は304%に上った。クラフトビールを生産する醸造所数は2010年の2カ所から10年間で170カ所以上に増加。多くがベンガルール、グルグラム、ムンバイ、プネの大都市圏に位置する(注4)。新興クラフトビールブランド「ビラ(BIRA)91」(B9 Beverage社、デリー)は、2015年の販売開始以降、急激に成長。ビールのトップブランドであるキングフィッシャーに追随している。キングフィッシャーより1.5~2倍程度割高な価格設定ながら、若者層を中心に人気を獲得し、海外からの資金調達にも成功。日系ではキリンホールディングスも出資している。他にも、チャッティスガルが拠点の「シンバ(Simba)」 、ムンバイが拠点の「ホワイトオウル(White Owl)」など、多数のクラフトビールが流通している。


酒販店のワイン販売コーナー(左)とビール販売コーナー(中央)(ジェトロ撮影)、
ポップなデザインのクラフトビールが流通(右)(ジェトロ撮影)

パンデミックによるオンライン販売解禁の動き

インドの酒類の販売は、各州の州法(物品税法)により規制されており、州ごとの規制に対応する必要がある。酒類のオンライン販売は全土で禁止されていたが、新型コロナウイルス発生以降、10以上の州が酒類のオンライン販売やデリバリーを解禁する旨を発表した。ロックダウンや飲食店の営業制限の影響により、2020年のインドの酒類販売量は前年比で約30%減少(スピリッツ約20%減、ビール約40%減)し(注5)、これに伴う税収減や、酒販店への客の殺到と過密が問題視されたためだ。ただし、運用開始に至っていない州が多く、実務的なオンライン販売開始が確認できたのは、2022年1月時点でマハラシュトラ州、西ベンガル州、オディシャ州のみにとどまっている。3州とも、2020年のインド全土でのロックダウンを機にオンライン販売を認めた。

マハラシュトラ州では、飲食店やバー、多数のブランドを拡大するEC(電子商取引)アグリゲーターなど、ライセンス取得業者がホームデリバリーを行っていた。ロックダウン中のみという期間限定でオンライン販売が開始され、2020年5月から2021年3月末までで累計600万回の配達が行われた。酒類メーカーや関連業者からロックダウン措置終了後もオンライン販売を継続するよう同州政府に求める動きがあったが、州政府の判断は公表されていない。

西ベンガル州では、物品税局が運営するオンラインデリバリー専用サイト「eRetail」からオーダーする。デリバリー業者数は15万社あり、2022年1月時点で累計19万回以上のデリバリーが行われている。オディシャ州では、酒販店舗などからオーダーでき、配達時間や1回の注文量の上限が規定されている。

デリー準州では、2021年6月に酒類のオンラインデリバリー許可が発表されたものの、施行には至っていない。専用サイトかアプリでオーダーし、デリバリー業者は「L-13」ライセンス取得が必要といった情報は公開されているが、詳細は明らかにされておらず、2021年11月改訂の新ポリシーにも酒類デリバリーに関する言及はない。なお、隣接するハリヤナ州でも、酒類のデリバリーは認められていないが、中華系・韓国系飲食店がフードデリバリーサイト上でライセンス未取得ながら、マッコリなどの配達を行なっている例が見られる。

カルナータカ州は、2021年4月のロックダウン時に、酒類のオンライン販売を許可すると発表した。 ECサイト「livingliquidz」と「Nature’s Basket」でオーダー可能と報道があったものの、両社サイトは現在、同州ではサービス外となっており、実態は不明だ(本稿執筆時点)。


デリーの酒類デリバリーアプリ「Daru Baba」。ローンチされたが機能していない(インフォブリッジ提供)

日本からの輸出はウイスキー、ジンが牽引/日本酒の通関に課題

インド都市部では、フュージョン系の和食店が近年、増加傾向にあり、日本産酒類の普及に追い風である。2021年1~12月の日本からインドへの輸出統計によると、酒類はウイスキー、次いでジンが上位を占めた。ウイスキーのインド向け輸出量は5年連続で増加し、2021年は前年比36%増の約1億9,900万円となっている。日本産ウイスキーの流通に加え、サントリーホールディングスが、現地子会社のビームサントリーインディアを通じてインド専用ブランド「オークスミス」などを展開している。ジンの輸出額は前年比11%増の約3,200万円となった(注6)。

日本財務省の貿易統計によると、日本酒(清酒)の輸出額は約1,100万円(2021年1~12月)となっているが、インドの貿易統計では、実際の輸入量はこれよりも少ない。2020年以降、インド側の日本酒の通関に問題が生じており、展示会用など特定用途を除き、輸入通関がストップする事例が発生している。

この背景として、インド食品安全基準局(FSSAI)は規格外食品(proprietary food)の輸入にあたり、2020年の制度変更でISO17025に準拠した分析証明書の添付を要求している(インドFSSAI通達参照(743.64KB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます))。日本酒は規格外食品に該当するため、この証明書が必要となるが(注7)、(1)清酒製造時に通常発生しない成分が検査項目に含まれるなど、当局の定める分析項目が不適当であること、(2) ISO17025に準拠しつつ、この条件下で外部からの日本酒の証明書発行依頼に対応できる機関が日本国内に存在しないこと、の主に2点が原因で、この証明書が日本で発行できない状況となっている。本件については、解決に向け、在インド日本大使館が窓口となりFSSAIと協議しているが、現時点では解決に至っておらず、時間を要する見通しだ。

地道なプロモーション活動が必要

インドでは、アルコール製品のオンライン広告を含むマス広告は法律上禁止されている。このため、酒類販売各社は、試飲会や、インフルエンサーとのソーシャルメディアによるプロモーション、炭酸水などの非アルコール製品の広告でブランド名を浸透させるなどの方法を取っている。前述のビラ91は、ブランド展開戦略の一環として、ファッションブランドとのコラボレーションや、日用品・アパレルなどの自社グッズを販売するポップアップストアを空港や商業施設に出展するなどのプロモーション活動を、酒販店以外のエリアで広く展開している。


ファッションブランドとのコラボレーション例(左)(ビラ91ウェブサイトより)
ゲーム機に掲出されたBIRA91のロゴ(右)(ジェトロ撮影)

インドは他のアジア諸国に比べても訪日客が少なく、酒類に限らず日本ブランドに対する消費者の認知度は低い。特に、日本酒や焼酎はその種類や飲み方などが一般消費者にほとんど知られていない。ジェトロが実施した在インド酒類インポーターと、酒造業者のオンライン商談会(2021年12月21日付ビジネス短信参照)では、インポーターから「インドでは日本酒についての認知や知識がまだ少ないため、組織的・継続的な啓発活動が必要」、また「市場が大きく、各地でメーカーと一緒になってプロモーションしないと商品を定着させがたい」という意見が聞かれた。

インド向けの酒類輸出は、高関税(100~150%)が大きなハードルであるが、日本産酒類の場合はさらにブランディングが課題となる。販促活動においては、インポーター任せにするのではなく、日本側からもコミットし、共に市場を育てていくことが重要である。インドでも新型コロナ禍以降、日本とインドの会場をオンラインでつないだ試飲イベントなどの活動が複数行われている。インドにおけるワインやクラフト酒類の展開事例や戦略も参考にできるはずだ。

(調査協力:インフォブリッジ)


注1:
インド国内で生産される安価な地酒など
注2:
Indian Made Foreign Liquor:インド国内で生産あるいは、海外で生産されインドで瓶詰めされた洋酒類(ウイスキー、ウォッカ、ラムなど)。通常の輸入酒に比べ安価。
注3:
出所は「INDIA BRIEFING外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」および「Indian Wine Academy外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」。
注4:
出所は「Beer Market in India 2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」 、「Indian Retailer.com外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」および2020年2月13日「エコノミック・タイムズ」紙。
注5:
出所は2021年6月9日「タイムズ・オブ・インディア」紙およびキリンビールレポート(832.43KB)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)
注6:
出所は財務省貿易統計。ウイスキー(HSコード:2208.30)、ジン(2208.50)、清酒(2206.00-200)を参照。
注7:
ウイスキーやワイン、ビールなどは規格外食品に該当しないため、本規制の対象外。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
酒井 惇史(さかい あつし)
2013年、ジェトロ入構。展示事業部、ものづくり産業部、ジェトロ京都、デジタル貿易・新産業部を経て、2020年12月から現職。