投票権制限効果を持つ州法が相次いで成立(米国)
2022年中間選挙に向け、民主党に逆風

2022年1月26日

2020年の米国大統領選挙では、新型コロナウイルス禍を受け、郵便投票が奨励され、ドライブスルー形式の投票なども導入された。これらは結果的に、マイノリティーの投票権を守ることにつながった。同時に、民主党のジョー・バイデン氏の勝利を後押ししたとみられる。

こうした大統領選挙後、共和党の勢力が強い州を中心に、投票権を制限する効果を持つ法案が可決された。この動きに、民主党は反発を強めている。とはいえ、対抗策を打ち出すのが難しい状況だ。2022年11月の中間選挙に向けて、民主党への逆風が強まる状況にある。

多州で講じられた投票権制限とは

ニューヨーク大学法学部ブレナン司法センターは2021年12月、「各州における投票権制限の動き外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を取りまとめた。この報告によると、2021年1月から12月7日までに、19州で33の投票制限法が制定されたという。中でも、共和党の勢力が強い州でそうした動きが活発だ(表参照)。 各州で多く採用された投票制限としては、郵便投票の受付窓口の制限や、投票者の身分証明要件の厳格化、有権者名簿からの除外などがある。

例えば、ジョージア州で成立した法律には、投票の列に並んで待っている有権者に水を提供することを禁止する条項が盛り込まれた。テキサス州では、選挙監視員の行動に制限が課されることになる。結果的に、障害者支援や言語的支援が難しくなる。また、24時間利用可能な投票所の設置やドライブスルー投票も禁止される。

ペンシルベニア州でも、投票権を広範に制限する法案が州議会で一度は可決された。しかし、州知事が拒否権を発動。現在、30の法案審議が2022年に持ち越されている。なおそれら法案の中には、州知事の審査なしに州議会が制限的な投票法を成立できるようにする憲法改正案が含まれているという。

このような立法が目立つようになった背景には、司法判断がある。連邦最高裁判所は2021年7月、アリゾナ州の投票制限強化について合法とする判決を下していた。これが各州の投票規制導入の追い風になったとみられる。

表:各州の投票権制限の動き
州名 制限項目
アラスカ A、K
アーカンソー A、B、F、I
アリゾナ C、H、J
フロリダ C、E、F、G、I、L、M
ジョージア A、D、G、I、L、P
アイオワ A、B、D、F、G、J、K、M、N、P
アイダホ H
インディアナ G
カンザス D、F、H、M
ケンタッキー A、F、J
ルイジアナ J
モンタナ F、I、M、N
ニューハンプシャー I、J、M
ネバダ O
ニューヨーク A
オクラホマ A
テキサス D、F、H、I、J、K、M、N、P
ユタ J
ワイオミング I

注:制限項目の内容。
A:郵便投票の受付窓口を制限
B:郵便投票の受付期間を短縮
C:永久不在者投票リストへの掲載制限
D:特に要求のない有権者への郵便投票申請書の送付を廃止または制限
E:特に要求のない有権者への郵便投票用紙の送付を廃止または制限
F:有権者の郵便投票用紙を返送する際の支援制限
G:郵便投票箱の数、場所などを制限
H:郵便投票に厳しい署名要件を課す
I:より厳しい投票者の身分証明要件を課す
J:有権者名簿から除外
K:障害のある有権者への障壁を増やす
L:投票の列に並ぶ有権者に軽食、水提供を禁止
M:有権者登録をより困難に
N:投票所の数、開所時間を制限
O:選挙区ごとの有権者数を増やす
P:期日前投票の日数と時間を制限
出所:ブレナン司法センター

民主党は猛反発

ジョージア州議会が2021年3月に投票制限法を可決した際、バイデン大統領は「残虐行為」という強い表現で非難した。テキサス州で成立した投票制限法に対して、司法省は2021年11月、「有権者の権利を奪う」としてテキサス州を提訴した。

各州で投票制限の動きが続く中、民主党は危機感を強め、連邦レベルでの投票権強化に動く。バイデン大統領は2022年1月6日(注1)の演説でも、この問題に言及。主に共和党が州知事や州議会を押さえている州で投票方法を従来より制限する立法の動きについて、牽制した(2022年1月7日付ビジネス短信参照)。また、カマラ・ハリス副大統領も1月17日(注2)の演説で、各州の投票権制限法により5,500万人の米国人の投票権が影響を受けると懸念を表明した(2022年1月18日付ビジネス短信参照)。さらに、ジョージア州アトランタを訪問したバイデン大統領は、2022年1月11日の演説で、上院の議事進行妨害(フィリバスター)規定を改めてでも、投票権法案を成立させることを求めた。

法案は、1月13日に下院で可決された。しかし、上院での審議は難航。議事規定の改定には、民主党からも反対の声が上がった〔キルステン・シネマ上院議員(アリゾナ州)とジョー・マンチン上院議員(ウェスト・バージニア州)が当該改定に反対〕。法案は結局、19日の上院採決で否決された。この結果に対しバイデン大統領は、非常に落胆したとしながらも、「同志と共に必要な法案を前に進めていく」との声明を発表した(2022年1月21日付ビジネス短信参照)。

選挙権擁護の活動家で、ジョージア州知事選挙に民主党から立候補しているステーシー・エイブラムス氏は投票制限の動きについて、「私たちが今直面しているのは、民主主義の破壊だ。非常に現実的で深刻なケースと言える」と訴えた。さらに「党派に関係なく、われわれの民主主義を保護する上院が必要」と語った。

米国民の分断から政情不安につながる懸念も

ブルッキングス研究所シニアフェローのエレイン・カマーク氏は、投票権制限が選挙結果を左右すると指摘する。とくに2020年大統領選挙の結果が僅差だったアリゾナ、フロリダ、ジョージアの各州(注3)では、上下両院選挙にあたって誰が投票するかが重要になるからだ。

米国の調査会社ユーラシア・グループは、「2022年の世界10大リスク」(注4)の第3位に、米国の中間選挙を挙げた。あわせて、中間選挙で共和党の得票が予想を下回る結果だった場合でも、同党が選挙手続きや投票の不正を主張するだろうと分析(2022年1月7日付ビジネス短信参照)。米国内の分断が悪化すると懸念した。

コネチカット州のキニピアク大学が2022年1月に実施した世論調査では、「米国の民主主義が崩壊の危機にあると思う」との回答が6割近く(58%)に上る。また、「国内の政情不安の方が、敵対する国(adversaries of US)より大きな危険」と捉える回答者は、4分の3を超える(76%)。さらに、過半の53%が「国内の政治対立が悪化する」と回答した(2022年1月13日付ビジネス短信参照)。ちなみに、「民主党と共和党のどちらが投票権を守ってくれると思うか」という問いには、民主党が45%、共和党43%だった(2022年1月17日付ビジネス短信参照)。

このように、中間選挙に向け、大多数の米国民が政情不安を予想する状況だ。国内だけでなく米国外への影響も懸念される。今後も、投票制度をめぐる状況を注視する必要がある。


注1:
1月6日は、連邦議会議事堂襲撃事件から1年を経た時期。
注2 :
1月17日は、キング牧師記念日。
注3:
2020年の大統領選挙で、バイデン氏とトランプ氏の得票率は、バイデン氏がジョージア州で0.24ポイント(1万1,779票)、アリゾナ州で0.31ポイント(1万467票)上回った。フロリダ州では、トランプ氏が3.0ポイント(37万1,686票)上回った。
注4:
ユーラシア・グループは、2022年1月に「2022年の世界10大リスク」を発表した。
執筆者紹介
海外調査部米州課 課長代理
松岡 智恵子(まつおか ちえこ)
展示事業部、海外調査部欧州課などを経て、生活文化関連産業部でファッション関連事業、ものづくり産業課で機械輸出支援事業を担当。2018年4月から現職。米国の移民政策に関する調査・情報提供を行っている。