今後の行方を探る
米西海岸港湾の労使交渉に停滞感(後編)

2022年10月25日

米国西海岸の港湾で、労働協約が7月1日に失効した(2022年7月15日付地域・分析レポート参照)。ただし、雇用者側の太平洋海事協会(PMA)と労働者側の国際港湾倉庫労働者組合(ILWU)は、労働協約失効後も「港湾の通常業務を継続する」と表明。そのため、ストライキなど不測の事態に発展することなく、現在も労使交渉が続いている。他方で、交渉の行き詰まりを指摘する報道もある(前編「労働協約失効後3ヵ月経過」参照〕。後編では、鉄道の労使交渉が及ぼす影響と港湾の労使交渉の行方を考察する。

政権が鉄道労使交渉を仲介

米国の運輸産業で長期間にわたって労使で交渉しているのは、港湾だけではない。ほかには、鉄道会社の例がある。賃金などを争点に、2020年1月から交渉が継続。2022年9月16日には、ストライキを含む実力行使が可能となる時限が設定されていた。鉄道会社と一部の労働組合は、そのぎりぎりまで折り合えなかった。不測の事態による鉄道サービスの停止が懸念される状態だったのだ。バイデン政権はその状況を踏まえ、主導的に仲介に踏み込んだ。マーティ・ウォルシュ労働長官が、鉄道会社および労働組合と20時間にわたって協議。その結果、両者は9月15日未明に合意し、ストライキはいったん回避された。複数の報道によると、ジョー・バイデン大統領も自ら交渉官と協議するなど、交渉を後押ししたとされる。最終的には、鉄道会社側が一定の譲歩をしたとみられる(2022年9月16日付ビジネス短信参照)。

なお、政権が仲介を主導した背景には、11月の中間選挙がある。高インフレの抑制が至上命題となる中、サプライチェーンの寸断や物価の高騰など、混乱を生む事態を回避したいという強い意思があったと考えられる。一方でILWUは、この交渉に向けて労働組合側を支持する声明を何度も発表してきた。この交渉で、現政権が支持基盤の労働者を重視する姿勢を貫くのか、それを犠牲にしてでも鉄道サービス停止を回避に動くのかに注目していたと考えられる。

いずれにせよバイデン政権は、港湾の労使交渉でも、関与を強めている。バイデン政権が2021年6月に創設した「サプライチェーンに関するタスクフォース」で港湾・サプライチェーンを担当するスティーブン・ライオンズ特使は7月13日、ジーン・セロカ・ロサンゼルス市港湾局長と会話を交わした際、ウォルシュ労働長官が主導的にPMA・ILWU双方と連絡を取っていると明らかにした(注1)。ウォルシュ労働長官は、7月の労働協約失効前も、両者と毎週連絡を取り合っていると明らかにしていた(ロイター6月28日)。ウォルシュ労働長官ら政権幹部は、中間選挙前の交渉妥結を求めているという報道もある(ジャーナル・オブ・コマース9月14日)。

これまでも、交渉決裂の場合ばかりでなく、ILWUの組合員が自主的に荷動きを遅延させる際にも、バイデン政権は積極的に介入し、港湾機能の停滞を阻止するとみられていた。鉄道の労使交渉に対する政権の対応は、こうした見方をあらためて裏付けたかたちだ。加えて、現政権が介入するに当たっては、労働組合に近い立場を取る可能性が高いことも見えてきた。その是非はともかく、労使交渉に対するバイデン政権のスタンスが鮮明になってきたことになる。ビジネス関係者にとって、政策対応の予見可能性が高まったと言えそうだ。

最重要争点はターミナルの自動化

今回の港湾紛争では、労働協約失効後も交渉を持ち越している点、異例に映るかもしれない。しかし、このこと自体はそれほど特殊ではない。港湾分野では過去の交渉でも、労働協約失効後も継続する事例が多かった。むしろ従来と同じ経過をたどっていると言えそうだ。例えば2014年の労使交渉では、労働協約失効後、暫定合意に達するまで7カ月以上を要した。

とはいえ、契約のない状態でPMAとILWUが港湾業務を継続するのは不自然だ。労使双方とも、このままの状態をいつまでも続けるわけにはいかないとは認識している。そのため、今回もどこかで一応の決着をみるだろう。もっとも、その時期を見通すことは困難だ。ジェトロ・ロサンゼルス事務所の物流アドバイザー、森本政司氏も、2022年9月8日に実施したセミナーの中で「労使交渉の見通しは誰にも分からない」と発言している(2022年9月13日付ビジネス短信参照)。

いずれにせよ、ここまでこじれた今回の労使交渉で、最大の争点はターミナルの自動化問題と言われている。

ロサンゼルス市港湾局がコンテナ取扱量を長期予測したところ、ロサンゼルス・ロングビーチ両港でのコンテナ取扱量は今後、大きく伸びる。2040年には4,110TEU(注2)に上るという。これは、2021年に比べて約2倍の水準だ。しかも、サンペドロ湾に位置する両港は住宅地に囲まれ、拡張の余地が乏しい。将来にわたって港湾の処理能力を向上させるためには、ターミナルの自動化が不可欠だ。そのため、PMAは港湾競争力の維持・強化を期し、自動化を推進する立場にある。その一方でILWUは、労働機会の減少を危惧し、性急な自動化に反対するという構図だ。

PMAは、自らの主張を裏付けるため、ターミナル自動化に関して委託調査報告書を公表した。労使交渉を開始する直前、5月2日のことだった(PMAウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。この報告書では、2019年以降に自動化されたターミナルでは、従来のターミナルの2倍以上速くコンテナを処理していることを明らかにした。ちなみに、20フィートコンテナの処理能力は、1エーカー(約4,000平方メートル)あたり44%向上している。また雇用に関して、自動化に移行する前の2015年から2021年にかけて、ILWU組合員の有給労働時間が、自動化されたターミナルで31.5%増加。対照的に、非自動化ターミナルでは13.9%の増加にとどまったとも指摘した。こうした点を踏まえ、(1)ターミナルの自動化は、港湾の処理能力の向上と競争力の維持にとって不可欠、(2)処理能力の向上は港湾だけでなく、サプライチェーン全体を通じて雇用を生み出す、と結論付けた。

PMAは5月5日にも、西海岸の港湾混雑が市場シェアに及ぼす影響について報告書を公表した(PMAウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。報告書によると、西海岸の港湾混雑や、東海岸やメキシコ湾の港湾での処理能力向上により、アジアから輸送される貨物の到着港が西海岸から東海岸やメキシコ湾にシフトしている。こうした事態に対応するため、ロサンゼルス・ロングビーチ両港では、ターミナル運営を効率化し、将来にわたってコンテナ取扱量の増加に対応できるよう処理能力を獲得することが重要とした。

それに対し、ILWUは、5月6日に公開書簡を公表。PMAの動きを牽制した。この書簡では、(1)ターミナルの自動化は貨物取扱量の増加につながらず、雇用を失う、(2)ハッキングの危険性が安全保障上のリスクになる、と指摘した。

加えて、ILWUは6月29日、ターミナルの自動化が及ぼす影響について委託調査報告書を公表した(Economic Roundtableウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。報告書では、「ロサンゼルス港とロングビーチ港の自動化ターミナルで、控えめに見積もっても2020年から2021年にかけて年間572人の常勤雇用が失われた」ことに言及。 (1)年間で喪失した港湾労働が53万5,848人時に上り、(2)賃金が4,180万ドル失われたこと、さらに(3)港湾労働者の消費支出で支えられていた3,818人分の雇用と、7億4,390万ドルの購買力が失われたこと、を主張した。こうした点を踏まえ、報告書では、ロサンゼルス市とロングビーチ市は、新たな自動化設備に「離職者影響額(displaced worker impact fee)」を設定し、自動化による雇用喪失に伴う公共コストを相殺すべきとの提言が示されている。また「カリフォルニア州は、港湾労働者が自動化設備なしでコンテナを移動させた際の賃金に課している給与税に相当する額を、自動化設備に課税すべき」とも訴えた。

着地点は、円滑な職域転換の担保か

ここまでの経緯からすると、PMAとILWUは、ターミナルの自動化をめぐって真っ向から対立しているようにみえる。しかし実際のところ、ILWUはターミナルの自動化自体は容認している。むしろ、ターミナルで、将来にわたって保守や修理を担うことを求める立場だ。森本物流アドバイザーも前出のセミナーで、「ILWUは、コンテナの取り扱いが東海岸やメキシコ湾にシフトするのを阻止する方策として自動化を進めることに理解がある」と述べた。

ターミナルが自動化すると、一部の職種が成立しなくなる。コンテナを運搬するターミナル・トラクターの運転手などがその一例だ。その一方、自動化された設備や装置の操作・保守を担う新たな職種が必要になる。換言すると、港湾労働者には、新職務に対応した高度な技能が求められることになる。そうしてみると、自動化により雇用を失われる港湾労働者が職業訓練を通じて技能を高め、円滑に職域転換できる道筋をつけることが、交渉の着地点になるとみられる。

PMAは、今回の労使交渉にあたり、貨物の増加に対応するため、ターミナルを現代化する方針を示している。同時に、「港湾労働者が高い技能を要する職種に就けるように、職業訓練の機会を提供し続ける」意向も示した。PMAは、ターミナルの自動化と港湾労働者の技能向上を両輪として捉え、職業訓練を通じた労働者支援を通じ、ターミナルの自動化に対するILWUの理解を得たい考えだ。実際のところPMAは、港湾労働者の技能向上のための取り組みをすでに進めている。実際、2022年2月から研修施設の建設が始まった。ちなみに、このプロジェクトには、ILWUも協力。また、カリフォルニア州が1億1,000万ドル、ロサンゼルス港とロングビーチ港が4,000万ドルを提供している。

もっとも、職業訓練だけでは不十分だ。職域転換移行期間中の賃金や処遇についても、ILWUの理解を得ることが重要になる。ILWUは今後の交渉において、ターミナルの自動化を前提としながら、これらの好条件を引き出すための交渉を展開すると予想される。


注1:
ライオンズ担当特使が、ジーン・セロカ・ロサンゼルス市港湾局長と会話を交わした際の発言。
注2:
TEUは、各種コンテナを20フィートコンテナの容積に換算したコンテナ量。

米西海岸港湾の労使交渉に停滞感

  1. 労働協約失効から3カ月経過
  2. 今後の行方を探る
執筆者紹介
ジェトロ・ロサンゼルス事務所
永田 光(ながた ひかる)
2010年、財務省入省。2020年8月からジェトロに出向、現職。