気候変動による農業の課題にテクノロジーで挑む(イスラエル)
日本企業にも有益な当地発技術

2022年6月9日

農業は、気温の上昇や気象の多様化、植生環境の変化、洪水や干ばつなどの異常気象の頻発化など、気候変動の影響を最も受けやすい産業と言われている。気候変動によって農業生産が不安定化する一方で、世界食糧機関(FAO)の2020年の報告によれば、世界で約6億9,000万人が飢餓状態(注1)にある。この数は1年間に1,000万人、5年間で6,000万人近く増加すると推計されている。人口増加圧力とともに食糧需要が増え続けており、気候変動による農業生産の不安定化が、食糧安全保障への懸念を増大させている。また世界銀行によれば、世界で生産された食糧の3分の1が廃棄または消失しているなど、食糧の流通管理にも課題がある。

イスラエルは1948年の建国以前から、開拓を嚆矢(こうし)として、農業開発を中心に発展した。1990年代以降のハイテク産業勃興期には、先進的な農業関連技術(アグリテック)を開発・提供する企業が多く生まれた。直近でも、ベンチャーキャピタルが主導する農業技術の研究開発拠点が設立された(2021年9月7日付ビジネス短信参照)ほか、外国企業との協働も活発化している(2022年5月17日付ビジネス短信参照)。

本稿では、こうした背景に基づき、気候変動への対策を整理するとともに、生産から流通、廃棄物処理にいたる農業バリューチェーンの各段階において、イスラエルのハイテク分野を中心とした農業関連技術企業が、どの分野に強みと可能性を有するのか概観する。

GHG排出量の約10%は農業由来

国連気候変動枠組み条約(UNCCC)によると、気候変動への対応は主に「緩和(mitigation)」と「適応(adaptation)」から成る。前者は、温室効果ガス(GHG)排出抑制を中心として、温暖化の進展を緩和する措置のこと、後者は、気候変動の影響とされる洪水や干ばつなど、発生頻度が高まっている現象に適応することを指す。こうした取り組みを通じて、気候変動によってもたらされるさまざまなインパクトへの強靭(きょうじん)性(resilience)を確保していくことが求められている。

「緩和」の具体例のひとつが、GHGの排出削減である。農業分野における緩和については、農地土壌からの亜酸化窒素(N2O)と家畜からのメタン(CH4)の発生を抑制することが中心になる。日本の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)によると、2010年時点の全世界のGHG排出量490億トン(注2)のうち、「農林業その他土地利用」に由来するのは24%。農業分だけに限ると、約10%だ(注3)。さらに、その発生源別に見ると(2017年時点)、「農地の土壌」が39.1%で最大だ。これに、「家畜の消化管内発酵」38.8%、「稲作」9.9%、「家畜排せつ物の管理」6.5%、「その他」5.8%が続く(注4)。

土壌内にN2Oが発生するのは何故か。メカニズムとしては、自然環境下で、微生物によって窒素が固定反応することが考えられる。これと並んで挙げられるのが、化学肥料の投入(人為的な窒素の土壌への投入)だ。また、家畜(主に肉牛・乳牛)の消化管から発生するCH4や、排せつ物由来のCH4・N2Oも、主要なGHG排出源として広く知られている。肥料や飼料、排せつ物を管理し、状況を改善する技術開発が求められることになる。

「適応」の例としては、(1)変化する気象条件に適応した生産性の高い種子・品種改良、(2)天然降水量に影響を受けない水利・灌漑設備の導入、(3)精密農業による投入資源消費量および農機運用の最適化、などが挙げられる。いずれも不安定かつ予測困難な気候条件、制約のある資源環境下でも、農業生産性を高めることが期待されている。

「精密農業」で目立った集積、「水管理」「代替肉」「種子」などにも存在感

図は、イスラエルのハイテク分野における農業関連技術企業の分布を、気候変動への対応分野の区分を縦軸に、バリューチェーン上の段階区分を横軸に見たものである(注5)。

図:気候変動への対応分野とバリューチェーン段階に応じた
イスラエル農業関連技術企業の分布
Y軸に気候変動への対応分野、下から「緩和」「適応」の2区分、X軸に農業バリューチェーンの区分を左から「インプット」「生産」「流通」「廃棄物処理」の4区分に分け、全部で8つの象限を形成。左下の「緩和」「インプット」象限には「飼料」22社、「肥料」19社、続く「緩和」「生産」象限には「代替肉・プロテイン」30社、右下の「緩和」「廃棄物処理」象限には、「廃棄物処理」6社。左上の「適応」「インプット」象限には「種子」21社、続く「適応」「生産」象限には「水管理」47社と「水耕栽培」3社。Y軸いずれの区分にも当てはまり、X軸の「生産」に該当するのが「精密農業」106社、「垂直農業」12社、「室内農業」14社。Y軸で同じく、X軸の「流通」に「サプライチェーン管理」20社。

出所:Startup Nation Centralのデータを基にジェトロ作成

気候変動への対応の「緩和」に関する企業分布の特徴は、以下のとおり。

  • バリューチェーン上の「インプット」に関わるのが「飼料」や「肥料」。この分野を扱う企業は、それぞれ20社前後あり、全体(446社)の5%程度の集積。
  • 次に、「生産」に関連するのが、「代替肉・プロテイン」。家畜は主要なGHG排出源の一つであることから、その生産代替としての可能性が期待されている。この分野には33社(全体の7%)あり、一定の存在感を示す。
  • 一方で、バリューチェーンの最下流に位置する「廃棄物処理」に関わる企業数は6社と少ない。

「適応」に関する企業分布の特徴は、以下のとおり。

  • 「インプット」への貢献が期待される「種子」に関連する企業が21社(全体の約5%)集積。
  • 主に「生産」に関わる「水管理」技術に関しては、水耕栽培を含めて50社(全体の約11%)。背景のひとつとして、イスラエルにおいて伝統的に蓄積してきた灌漑技術がある。

さらに「緩和」「適応」双方の対応分野に関わる企業分布の特徴として、以下がある。

  • 「精密農業」に最も大きな企業集積。生産を最適化する技術を持つ企業が106社(全体の約24%)(注6)。関連する「垂直農業」や「室内農業」を含めると、132社に上り、あわせて全体の3割を占める。
  • 「流通」に関わる「サプライチェーン管理」にも20社(全体の約5%)。

日本・イスラエル企業間の出資・協業が活発化

いくつかの分野では、日本とイスラエルとの間で、スタートアップ企業との関係強化が進んでいる。最も多くの企業が集積する「精密農業」の分野では、複数の日本企業とイスラエルスタートアップの間の出資・協業関係の構築が発表されている。例えば、農機大手クボタは、2020年にドローンを活用した果樹の健康診断サービスを手掛ける「シーツリーシステムズ(SeeTree)」(2020年12月16日付ビジネス短信参照)、2021年にはドローンによる果樹収穫サービスを手掛ける「テヴェル・エアロボティクス・テクノロジーズ(Tevel Aerobotics Technologies)」(2021年)へ出資したほか、2019年に住友商事、2022年にはNECが、センサーとAIを活用した土壌データ分析を提供する「クロップエックス(CropX)」へ出資するなどしている。また「代替肉・プロテイン」では、2021年に三菱商事が「アレフ・ファームズ(Aleph Farms)」と業務提携したほか、2022年には味の素が「スーパーミート(Supermeat)」への出資を発表している。

このほかにも、気候変動に伴う課題に対して解決策を提案するイスラエル企業がある。例えば、気候変動の影響による土壌塩分濃度の上昇が課題となっている。これに対して、塩分濃度の高い土壌であっても高い生産性を実現する種子を開発するのが「サリクロップ(Salicrop)」だ。同社の発表によると、インドの稲作での実証実験において、17~32%の生産性向上を実現したほか、同様に実証実験段階ではあるものの、小麦やトウモロコシなど他の主要穀物に加えて、トマトやパプリカなどの換金作物でも、有意な生産性の向上を記録したとしている。

また、気候変動の影響によって、病原性真菌による作物への被害の拡大も懸念されている(注7)。これに対して、イスラエルを代表する科学技術研究機関の1つであるワイツマン研究所発の技術を擁する「エコファージ(EcoPhage)」は、感染して細菌を死滅させる「ファージ(ウィルスの一種)」を活用した作物の疾病管理ソリューションを開発している。具体的には、ターゲットとなる細菌の特徴に合わせて、複数のファージを組み合わせて「配合」した「ファージカクテル」を使用し、特定の細菌をピンポイントで除菌するという。

ここまで見てきたように、気候変動による農業への影響と対策は一様ではない。どの分野で、農業バリューチェーンのどの段階で対策するのかによって、手段や技術が大きく異なる。イスラエルが最も得意とし、企業の集積も大きいのは精密農業だ。しかし、気候変動への対応として、主に「適応」分野で、厳しい環境下でも高い生産性を獲得することを可能にする「種子」の開発や、環境の変化による病害に対するソリューションの発展にも高い可能性がありそうだ。

日本を含めた世界の食糧安全保障強化の一翼を担う日本企業と、個別具体的なソリューションを有するイスラエル企業との協働については、今後も引き続き注目が集まるだろう。


注1:
国連食糧計画(WFP)は、飢餓を「身長に対して妥当とされる最低限の体重を維持し、軽度の活動を行うのに必要なエネルギー(カロリー数)を摂取できていない状態」と定義している。また国連食糧農業機関(FAO)は、栄養不足を「個人の日常的食料消費が不十分なため、正常で活動的かつ健康的な生活を維持するために必要な量の食事エネルギーが不足している状態。慢性的な飢餓」と定義している。
注2:
ここで示したGHG排出量トン数は、二酸化炭素(CO2)換算。
注3:
24%と10%の差分(約14%)は、「林業その他土地利用」に帰せられる。その原因は、主に森林の減少とされている。
注4:
発生するGHGは、主に以下の通り。
  • 農地の土壌:N2O
  • 家畜の消化管内発酵:CH4
  • 稲作:CH4
  • 家畜排せつ物の管理:CH4、N2O
  • その他:CH4、N2O
注5:
イスラエルのハイテク企業情報を提供する「Startup Nation Central」のデータベース上、「Agritech」のキーワードに該当する企業数は446あった。ここから、図中の各キーワードに該当する企業数を分類・抽出して表に配置した。 ただし、複数のキーワードに該当する企業も存在する。すなわち、図中の企業数は、延べ数だ。一方で、選択したキーワードのいずれにも該当しない企業もある。これらの結果、図中の企業数の和は全体数に一致しない。なお「肥料」や「飼料」などには、使用の「管理」を技術の目的とし、実際には肥料や飼料を生産していない企業も含まれている。
注6:
米業界団体「Association of Equipped Manufacturers (AEM)」は、精密農業を構成する技術要素を以下の5つに分類している。
  1. GPSを活用し、農地で農機を自動操縦
  2. 散布や収穫時などに、農機を自動制御
  3. センサーなどを活用し、各種投入材を最適量制御
  4. 農機などの操業状況を自動モニタリング
  5. 精密灌漑
イスラエルでは、光学・電波技術や、コンピューターサイエンスに基づくセンサーやソフトウェアを活用した制御系の技術を開発する企業が比較的多いが、電気・機械工学に基づくハードウェアの開発も盛んであり、両者を組み合わせたソリューションを提供していることが1つの特徴として挙げられる。
注7:
病原性真菌には、本来なら冬季の低温で死滅したり、低湿度などの条件下では生存できなかったりするものが多い。しかし、気温の上昇や降水パターンの変化によって生存可能となったことにより、作物に病害をもたらす可能性が生じている。英国における病原性真菌感染による植物油原料のナタネの収量低下を予測した研究によれば、最も影響が小さいシナリオに沿っても、最大で30%の収量低下が発生する地域があることが予測されている。
執筆者紹介
ジェトロ・テルアビブ事務所
吉田 暢(よしだ のぶる)
2004年、ジェトロ入構。アジア経済研究所、ERIA支援室、英サセックス大学開発研究所客員研究員、デジタル貿易・新産業部を経て、2020年8月から現職。

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