経済危機下で、困難に直面する日系企業(スリランカ)
在スリランカ日系企業の3分の2が悪影響

2022年8月18日

経済危機下のスリランカにおいて、進出日系企業の3分の2が悪影響を受けるも、撤退を決定した企業はみられない。しかし、企業は燃料、物流、金融関連など多くの課題に直面している。今後の事業運営については現状維持を考える企業が多いものの、方針を決めかねている企業も目立つ。スリランカ政府は、早期に経済危機からの脱却シナリオを提示する必要がある。そのためには、IMFからの支援がカギになりそうだ。

悪影響を受ける企業が3分の2も撤退はなし

2022年第1四半期(1~3月)の経済成長率がマイナス1.6%のマイナス成長となったスリランカ経済は(2022年7月12日付ビジネス短信参照)、5月にデフォルト状態に陥ったことで、経済の先行きへの悲壮感が一層高まってきた。インフレ率はデフォルト以降に急上昇し、6月のインフレ率は前年同月比58.9%上昇した。2021年11月以降は、インフレ率の2桁上昇が常態化している。国民生活に直結するインフレ率の上昇は、国民の政府への示威行動を盛んなものとした。その結果、7月には、それまで権勢を維持してきたゴタバヤ・ラージャパクサ大統領大は辞任に追い込まれ、ラニル・ウィクラマシンハ首相が大統領に就任した。

スリランカの政治・経済の混乱は、日系企業のビジネス活動にどういった影響を与えているのか。ジェトロ・コロンボ事務所がスリランカ日本商工会と共同で、2022年7月14~22日にかけて、スリランカに所在する日系企業74社に対して実施したアンケート調査結果をみると、回答企業の66.7%が「すでに悪影響がある/悪影響が予想される」と回答した(図1参照)(2022年8月3日付ビジネス短信参照)。具体的な影響として、従業員の出勤率低下、海外バイヤーからの受注減少、一時的な操業停止といった回答が挙げられた。悪影響の理由として、燃料不足、資材高騰、交通手段の減便、レピュテーションリスクなどの声が聞かれた。多くの企業が悪影響を受けている中、30.3%の企業が「今のところ影響はない/影響は予想しにくい」と回答した。

図1:経済危機が操業に与える影響
回答企業の66.7%が「既に悪影響がある/悪影響が予想される」と回答した。以下、「今のところ影響はない/影響は予想しにくい」(30.3%)、「その他」(3.0%)と続いた。なお、「良い影響がある/良い影響が予想される」と回答した企業はなかった。

出所:「スリランカ経済危機下の進出日系企業緊急アンケート調査」(ジェトロ/スリランカ日本商工会)から作成

在スリランカの日系企業は、ビジネスに悪影響を受けているものの、現時点の運営ステータスについて、回答企業のうち75.9%が「通常通り」と回答している(図2参照)。「一部事業の停止(一時的な停止を含む)」としている企業は10.3%、「全面的な操業停止」は3.4%にとどまった。ビジネス環境が著しく悪化していることから、撤退する企業が出てくることが懸念されていたものの、回答企業の中では、「撤退済みもしくは撤退を決定」とした企業はなかった。

図2:現在の事業ステータス
75.9%の企業が「通常通り」と回答し、10.3%の企業が「一部事業の停止(一時停止含む)」と回答した。以下、「全面的な操業停止(一時停止含む)」(3.4%)が続いた。「その他」は10.3%。「撤退を検討」「撤退済み/撤退を決定」と回答した企業はなかった。

出所:「スリランカ経済危機下の進出日系企業緊急アンケート調査」(ジェトロ/スリランカ日本商工会)から作成

燃料確保が最優先事項

日系企業への具体的影響としては(表参照)、特に、3点を指摘できる。第1に、燃料の問題が挙げられる。スリランカは燃料の輸入依存度が高く、2021年の輸入総額に占める燃料の割合は18.1%とおよそ2割の水準だ。2022年1~6月は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻に伴う石油や天然ガスなどの国際商品市況の高騰から輸入額がかさみ、その比率は25.8%に上昇した。他方、外貨準備高が減少している中では輸入量が国内需要に見合わず、各企業は燃料確保に苦労している。エネルギー不足を受けて、スリランカ政府は計画停電に踏み切っている。そのため、電力が止まっている時間帯には、発電機が必要になる。その際も、ディーゼルが必要になるなど、燃料の確保は企業を悩ます問題の1つとなっている。

表:在スリランカ日系企業に生じている具体的ビジネス課題
項目 具体的内容
ガソリン、燃料不足 外貨準備が減少する中、需要に見合った輸入量が確保できない。計画停電に対応すべく、自家発電機を稼働させる際にも、燃料は必需品。
物流 仕向け地によっては、慢性的なコンテナ不足、それに伴う運賃の高騰、その他にも抜港等により完成品の輸送に困難をきたす状況が発生。 原材料・部品調達も厳しい状況。
大幅な為替の減価 輸入コストの上昇に加えて、為替の変動が大きいために、収支を見通しにくい点がリスクとなる。
レピュテーションリスク スリランカのイメージが悪化することに伴って、発注が減少。
金融決済の困難さ デフォルト状態に陥って以降、ローカル銀行が発行する信用状が、海外銀行で受け入れられない事態が発生している。

出所:日系企業へのヒアリングなどから作成

第2に、輸送手段の確保に支障をきたす物流上の問題が挙げられる。仕向け地によっては、コンテナ確保の困難さ、運賃の高騰、その他にもスリランカで給油ができないことなどに伴う抜港問題などから、完成品の輸送が円滑に進まない状況がみられる。輸送手段の確保が難しいことによって、結果的に原材料・部品調達が不十分になり、生産計画に混乱が生じる。また、抜港によって長期間コンテナがコンテナヤードに据え置かれることで、品質が劣化するなど二次的な問題も発生している。

第3には、為替・金融の問題がある。為替レートについては、2022年3月ごろまでは1ドル=180~200スリランカ・ルピーで推移していたところ、同月にIMF支援を得る目的などから通貨の切り下げを行った結果、足元では360スリランカ・ルピー台まで通貨は売られた。大幅減価は輸出にはプラスであるものの、輸入物価の高騰といった悪影響を受ける。為替の水準以上に変動が激しい状況は、企業にとっては先行きのビジネス計画の立案・策定を難しくさせる。また、デフォルト状態に陥って以降、ローカル銀行が発行する信用状が、海外銀行で受け入れられない事態が発生している。

先行きは慎重な企業が大半

前述の課題に加えて、より大きな問題として、経済危機により、スリランカ経済がそもそも縮小して、ビジネス機会の獲得機会が減少する、すなわち投資環境の悪化がある。実際、スリランカの日系企業は先行きを慎重にみている。先述のアンケート調査によると、今後の事業運営に関して、「現状維持」とする回答が38.2%で最多だった(図3参照)。その一方、「わからない」とする企業が35.3%で続いた。今後の事業運営はスリランカ政府による経済危機への対応次第、という見方をしている企業は多そうだ。

図3:今後の事業見通し
「現状維持」が回答率38.2%で最多。以下、「わからない」(35.3%)、「縮小」(11.8%)、「拡大」(5.9%)、「撤退」(2.9%)と続いた。なお。「その他」は5.9%。

出所:「スリランカ経済危機下の進出日系企業緊急アンケート調査」(ジェトロ/スリランカ日本商工会)から作成

スリランカ政府は経済危機の中、2022年の投資目標を野心的に10億ドルに定めている。2020年の7億ドル、2021年の8億ドルを上回る投資規模だ。スリランカ投資委員会(BOI)は、輸出入に関わる税関申告書のオンライン化による迅速処理や、外国人のビザの申請・更新・延長のオンライン化など新たな取り組みを開始した。スリランカは物流上の要衝にあり、アジアや中東だけでなく、アフリカ、欧州など多様な国・地域に輸出できる利点がある。ジェトロの「2021年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」によると、日系企業のスリランカ投資のメリットは、英語が公用語であることから「言語・コミュニケーション上の障害の少なさ」(73.7%)や「人件費の安さ」(57.9%)が上位に挙がった

IMF支援がカギに

スリランカが今後も、日系企業はじめ外資系企業をひきつけるには、経済危機から経済を一刻も早く正常化に戻すことに尽きる。キープレーヤーは、中国と国際通貨基金(IMF)だろう。スリランカ政府は、主要な債権国の中国と債務再編交渉を進めることが期待される。政府とIMFの金融支援に向けた交渉動向に関する報道は、4月以降、多々目にしてきたものの、首相、大統領の交代など政権が安定しないために、進展が遅れている。7月に就任したウィクラマシンハ大統領は、目に見えるかたちで政権基盤を安定させ、国民に痛みを強いる緊縮政策を約束し、IMFから金融支援を取り付ける必要がある。結果的に、IMF支援が呼び水となり、各国からの支援も進むことが期待される。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課課長代理
新田 浩之(にった ひろゆき)
2001年、ジェトロ入構。海外調査部北米課(2008年~2011年)、同国際経済研究課(2011年~2013年)を経て、ジェトロ・クアラルンプール事務所(2013~2017年)勤務。その後、知的財産・イノベーション部イノベーション促進課(2017~2018年)を経て2018年7月より現職。