フェルナンデス政権100日目と新型コロナショック(アルゼンチン)

2020年3月30日

アルゼンチンでは、2019年12月10日にアルベルト・フェルナンデス氏が大統領に就任した。4年ぶりに左派が政権を奪還した。選挙期間中はマウリシオ・マクリ政権下で経済が低迷したことを批判し、既存の支持層からだけでなく、無党派層の支持も獲得した。政権発足後は、上下両院で自身が所属する与党・ペロン党勢力が過半数を占める中、国内経済活性化や低所得層の収入改善などを目的とした社会連帯・生産性回復法を成立させた。また、2020年第1四半期(1~3月)中の債務再編問題解決を目標に、経済の再建を目指してきた。そこに立ちはだかったのが新型コロナウイルスによるショックだ。ショック直後の政府の動きと今後の見通しをレポートする。

債務再編と経済再建プラン

3月19日、アルベルト・フェルナンデス政権は発足100日目を迎えた。同政権は、マウリシオ・マクリ前政権期の経済低迷や外貨準備の大幅な減少といった、いわゆる負の遺産を引き継ぐかたちで誕生した。短期的な課題は総額1,000億ドル規模の債務再編、中期的な課題はアルゼンチン経済立て直しで、これらを優先して取り組んでいる。

2019年10月に行われた大統領選挙の決選投票で、フェルナンデス大統領の得票率は約48%にとどまった(2019年10月28日付ビジネス短信参照)。しかし、上下両院で与党・ペロン党勢力が過半数を占めていることもあり、政権発足直後から精力的に国内経済立て直しに向けた法案を可決してきた。

12月21日には、社会連帯・生産性回復法が上院で可決された。同法は、アルゼンチン経済と金融情勢、税制、財政状況、行政、社会保障、公共料金制度などが緊急事態にあることを宣言し、国内経済活性化や低所得層の収入改善などを目的としたものだ。同法の施行によって、2020年12月31日まで、議会で審議することなく、大統領の権限で同法に記載されている増税や各種税率の変更、定年退職金や民間部門の給与の引き上げなどができることとなった(2020年1月7日付ビジネス短信参照)。フェルナンデス大統領は経済面における大統領の裁量を増すことで、政権基盤の安定化を図ることに成功した。

同法の成立は、その後の債務再編に向けた布石だとみられている。政府は当初から、3月までに債務再編交渉にめどをつけることを目指していた。2月中に債務再編に関する報告書の完成、3月第1週に債務再編案策定、3月第2週から債権者への説明開始、3月末までに債権者応諾の取りまとめを計画していた。2018年6月からスタンドバイ融資を行うIMFは、2月にアルゼンチンにミッションを派遣し、「現在のアルゼンチン政府の債務には持続性がない」と表明。今後の債務再編に向け政府との間で協調を続ける意向を示す一方、政府が民間債権者に債務元本削減を求める努力をするよう示唆することで、問題解決の間接的な後押し役を担った(2020年3月4日付ビジネス短信参照)。アルゼンチンを取り巻く環境は2月まで比較的に静態であり、政府のコントロール下にある状況だったと言える。また、市場も今後の経済情勢に好意的な見通しを立てていた(2020年3月11日付ビジネス短信参照)。

図:ドル・ペソレート、政策金利の推移(2019年1月1日以降)
2019年1月以降のアルゼンチンの外貨準備高、ドル・ペソレート、政策金利を示した図。2019年1月はじめの外貨準備高は658億2,500万ドル、ドル・ペソレートは37.65ペソ、政策金利は59.41%。2020年3月最新の数値は外貨準備高が447億7,500万ドルに減少、ドル・ペソレートは62.90ペソに急騰、政策金利も38.00%に減少。出所はアルゼンチン中銀。

出所:アルゼンチン中央銀行

新型コロナショックと経済再生プランの影響

アルゼンチンの変調が顕在化してきたのは3月に入ってからだ。新型コロナウイルスの影響はアジアや欧米諸国に波及し、アルゼンチンを含む南米諸国にも影響が及んでいる。アルゼンチンでは、中国向け主要輸出産品の牛肉など1次産品の輸出減による外貨収入減をはじめ、観光業にも欧米などからのフライト制限や渡航者の入国禁止などが悪影響を与えている。

また、同時期に発生した原油価格の大幅な値下がりは、同国が新たな外貨収入による経済立て直しの秘策としていたシェールガス・オイル開発の行方にも不透明感を与えている。フェルナンデス大統領は経済再生をてこにして債務再編を進めるシナリオを描いてきたが、その前提となる経済再生シナリオが今回の世界レベルの経済不況の可能性を前にして、難しくなっている。

債務再編について、3月までに解決のめどをつけることは難しくなり、長期化が見込まれる。また、新型コロナウイルスの世界経済への影響が深刻化する中、フェルナンデス大統領はこれまで政府内で検討を重ねてきた債務再編方針を修正する考えを持ち合わせていない。フェルナンデス政権は、引き続き債権者側に債券元本の一部カットをはじめ、2024年までの利払い先送りなどの枠組みを堅持する方針で、あくまで債務持続性の回復が優先されるべきだと考えている。債務問題を担当するマルティン・グスマン経済相と協議した債権者グループは「このようなアルゼンチン政府側の教条的にも見える態度に失望した」とも伝えられている。また、債務再編に向けたファイナンシャル・アドバイザーとして、国際的な金融グループである米国に拠点を置くラザード社、プレースメント・エージェントとして、バンク・オブ・アメリカとHSBCの2行を選出したと発表されていたが、3月15日時点ではいまだ契約を締結していないもようだ。債権者側との協議が当初の予定と比べて順調に進展していないことが、現地報道からも確認されている。

求められる早急な代替案

一方、フェルナンデス大統領は新型コロナウイルスによる影響を鑑み、経済パッケージ策定を内閣に指示している。早ければ3月中旬にも発表される予定だ。パッケージでは、経済のさらなる低迷を防ぐべく、財政出動も想定されており、マクリ前政権が成長をある程度犠牲にしてでも続けてきた財政再建路線とは異なる。財政負担を拡大させる方針が今後の債務再編交渉にマイナスの影響を与えかねない要素もあるが、新型コロナウイルスによる影響がどこまで長期化するのか見通しが立たない中、フェルナンデス大統領としては背に腹は代えられない状況と判断している様子だ。

債務再編交渉を早期に解決しなければ、債務返済に充てる外貨の不足を招くことになり、デフォルトの可能性も高まることになる。また、経済再建のタイミングが2021年以降にずれ込むことになると、同年10月に予定されている中間選挙の行方に影響することにもなりかねない。アルゼンチン経済が世界情勢に翻弄(ほんろう)され、関係者が一喜一憂する姿は、皮肉にもマクリ前政権と似てきている。

執筆者紹介
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所長
紀井 寿雄(きい としお)
1998年ジェトロ入構。2004~2007年、在ウルグアイ日本大使館(経済担当書記官)、2010~2014年、ジェトロ・サンパウロ事務所(メルコスール地域日系企業支援および調査担当)などを経て、2017年1月から現職。