EU・メルコスールFTA発効による日本の輸出への影響は?
貿易統計からEUや韓国との競合品目を比較・分析する

2020年10月9日

2019年6月28日、欧州委員会とメルコスール4カ国(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)政府は、EU・メルコスール間の自由貿易協定(FTA)が政治合意に達したことを発表した(2019年8月30日付地域・分析レポート参照)。2020年9月28日時点で、署名はまだ行われていない。署名から発効までには、EU側ではEU加盟各国議会での承認、メルコスール側でも同様に各国での議会承認が必要だ(注1)。このことから、発効には時間を要するとみられる。ただ、日本からメルコスール向け輸出品目の多くは、メルコスールの対EU輸入品目と重なる。このため、EU・メルコスールFTAが発効すれば、日本は関税面などで劣後することになる。

では、EU・メルコスールFTAが発効することで日本がどれほど劣後することになるのか。また、現在メルコスールが経済連携協定(EPA)交渉を継続している他の国・地域と具体的にどのような品目で競合するのか。メルコスール事務局の統計や実行関税率表、欧州委員会や各国外務省が現時点で明らかにしているデータなどを基に分析した。

メルコスールの対日輸入額の24%が「完成車および部品」

メルコスール事務局の統計外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、2019年のメルコスールの対日輸入額は52億7,452万2,331ドル。対日輸入品目数は3,937品目。日本からメルコスール向け輸出品目で最も金額が大きいのは、NCMコード(注2)8708.40.80に分類される「ギヤボックスおよびその部分品」(注3)、次いで輸出額が大きいのは、8905.90.00に分類される「照明船、消防船、しゅんせつ船、クレーン船その他の船舶」(注4)、8703.40.00「ハイブリッド車(ガソリンエンジンでプラグイン車を除く)」(注5)だ(表1参照エクセルファイル(60KB) )。

HSコード上2桁分類でみると、金額の大きい順に、87類(完成車および部品)、84類(原子炉、ボイラーおよび機械類ならびにこれらの部品)、85類(電気機器および部品)、90類(光学機器、測定機器、検査機器、精密機器、医療用機器など、およびこれらの部品)、29類(有機化学品)と続く。これだけで、日本からメルコスール向け輸出(金額ベース)の74.6%を占める(表2参照)。

表2:メルコスールの対日輸入品目(HSコード上2桁分類)
分類 名目 品目数 金額(USD) 割合(%)
(金額ベース)
87類 完成車および部品 121 12億6,905万8,229 24.1
84類 原子炉、ボイラーおよび機械類ならびにこれらの部品 708 12億1,197万8,988 23.0
85類 電気機器および部品 509 6億8,124万926 12.9
90類 光学機器、測定機器、検査機器、精密機器、医療用機器など、およびこれらの部品 288 4億1,577万4,827 7.9
29類 有機化学品 368 3億5,167万9,258 6.7

出所:メルコスール事務局、実行関税率表など

EUの場合はどうか。メルコスール事務局の統計では、2019年のメルコスールの対EU輸入額(注6)は436億9,781万7,696ドル。対EU輸入品目数は8,079品目。対日輸入と比較すると、金額、品目数ともに日本より多い。EUからメルコスール向け輸出品目で最も金額が大きいのは、NCMコード2710.12.59に分類される「航空機用以外のその他のガソリン」(注7)、次いで輸出額が大きいのは、2710.12.41に分類される「石油化学製品向け軽質油」(注8)、3002.15.90「免疫産品(投与用にしたものまたは小売り用の形状もしくは包装にしたものに限る)」(注9)だ(表3参照エクセルファイル(281KB) )。

HSコード上2桁分類でみると、金額の大きい順に、84類(原子炉、ボイラー、機械類およびこれらの部品)、30類(医療用品)、85類(電気機器および部品)、87類(完成車および部品)、29類(有機化学品)、27類(鉱物性燃料および鉱物油)と続く(表4参照)。

表4:メルコスールの対EU輸入品目(HSコード上2桁分類)
分類 名目 品目数 金額(米ドル) 割合(%)
(金額ベース)
84類 原子炉、ボイラー、機械類およびこれらの部品 1,032 86億2,577万3,858 19.7
30類 医療用品 252 53億5,620万5,661 12.3
85類 電気機器および部品 623 31億8,721万8,061 7.3
87類 完成車および部品 140 30億259万7,557 6.9
29類 有機化学品 1,141 29億1,057万4,840 6.7
27類 鉱物性燃料および鉱物油 57 25億3,316万9,077 5.8
90類 光学機器、測定機器、検査機器、精密機器、医療用機器などおよびこれらの部品 385 20億9,799万1,486 4.8
38類 各種の化学工業生産品 187 19億2,979万8,101 4.4

出所:メルコスール事務局、実行関税率表など

メルコスールの対日輸入品目の8割強はEUからの輸入と全て重複

メルコスールの対日輸入品のうち、どれくらいの割合の品目でEUからの輸入品目と重複するのだろうか。メルコスール事務局の統計によると、2019年のメルコスールの対日輸入品目3,937品目のうち、全体の97.9%に当たる3,854品目で対EU輸入品目と重複する。さらに、メルコスールの対日輸入品目の上位300品目(対日輸入額全体の81.5%)では、全ての品目で対EU輸入品目と重複している(表1参照エクセルファイル(60KB))。ちなみに、この「メルコスールの対日輸入品目の上位300品目」は、メルコスールの対EU輸入(金額ベース)の28.2%に相当する。

EU・メルコスールFTAによる関税撤廃については、欧州委員会のウェブサイトで公開されている協定文案概要PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(357.13KB) で概要が紹介されている。メルコスール側はEUからの輸入品について、「タリフラインおよび金額ベースで91%を最長10年かけて関税撤廃、一部の完成車や自動車部品など特別な取り扱いを要するセンシティブ品目は最長15年かけて無関税化する」という(2020年9月16日付地域・分析レポート参照)。

このことから、EU・メルコスールFTAが発効すると、日本からメルコスール向け輸出品目のほとんどで、関税面で劣後すると言えるだろう。

また、EUメルコスールFTAの品目別関税撤廃スケジュールについては、協定条文の付属書(「物品貿易」章Annex1)が公開されていないため、最終的な詳細は不明だ。ただ、ウルグアイ外務省のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますには、政治合意時にメルコスール側PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.43MB)EU側PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.18MB) 双方が提示した品目別関税撤廃スケジュールが掲載されている。それによると、EU側で最長10年、メルコスール側は最長15年の関税撤廃期間が認められている。

なお、メルコスールは2019年8月24日、欧州自由貿易連合(EFTA)とのFTAでも政治合意に達した(2019年8月26日付ビジネス短信参照)。また、現在は韓国、シンガポール、カナダと交渉を継続している。カナダとは2019年内の政治合意を目指していたが、現時点で政治合意に至っていない。韓国とは2020年内の政治合意を目指している。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響などにより、2020年3月に実施された第6回交渉が最後だ(注10)。

これら国・地域との競合を確認すると、メルコスールの対日輸入品目上位300品目のうち、対EFTA輸入では、タリフラインベースで79.0%、金額ベースで75.0%が重複する。同じく対カナダ輸入では、タリフラインベースで75.0%、金額ベースで 75.2%。対韓国輸入では、タリフラインベースで83.0%、金額ベースで82.7%となる。日本がメルコスールに輸出する品目の多くは、EUだけでなく、EFTA、韓国やカナダがメルコスールに輸出する品目とも重なっていることが分かる。

対韓国輸入額、「電気機器および部品」が35%占める

メルコスールがFTA交渉中の国・地域の中で、日本からの輸出と比較して最も重複の多い韓国について見てみる。メルコスール事務局の統計では、2019年のメルコスールの対韓国輸入額は54億6,815万5,401ドル。輸入品目数は3,248品目。日本と比較すると、金額ベースでは、対日輸入額が52億7,452万2,331ドルのため、対韓国輸入額が上回る一方、品目数では、対日輸入が上回る(対日輸入品目:3,937品目)。

韓国からメルコスール向け輸出品目で最も金額が大きいのは、NCMコード8542.32.29(注11)、8542.32.10(注12)、次いで8542.31.20(注13)で、いずれも半導体メモリーに当たる(表5参照エクセルファイル(172KB))。

HSコード上2桁分類でみると、金額の大きい順に、85類(電気機器および部品)、84類(原子炉、ボイラーおよび機械類ならびにこれらの部品)、87類(完成車および部品)、39類(プラスチックおよびその製品)と続く(表6参照)。これだけで韓国からメルコスール向け輸出の71.6%を占める。ちなみに、現在、87類(完成車および部品)の韓国からメルコスール向け輸出額は7億4,594万7,034万ドルだ。日本からの輸出額12億6,905万8,229ドルよりも小さい。

表6:メルコスールの対韓国輸入品目(HSコード上2桁分類)
分類 名目 品目数 金額(米ドル) 割合(%)
(金額ベース)
85類 電気機器および部品 456 19億5,442万8,001 35.7
84類 原子炉、ボイラーおよび機械類ならびにこれらの部品 610 7億7,663万7,899 14.2
87類 完成車および部品 99 7億4,594万7,034 13.6
39類 プラスチックおよびその製品 192 4億4,410万3,399 8.1

出所:メルコスール事務局、実行関税率表など

メルコスール側での関税が高い品目はFTA発効によりコストメリットが

EU・メルコスールFTAが発効すると、日本はどれくらい劣後するのだろうか。

メルコスール事務局の統計によると、メルコスールの対日輸入品目(2019年)の上位300品目をHSコード4桁レベルで見ると、最も金額が大きいのは8708に分類される自動車部品だ(表7参照エクセルファイル(41KB))。また、ブラジルの自動車部品に対する関税率(注14)は、主に2~18%となっている。ウルグアイ外務省が公開している政治合意時点での関税撤廃スケジュールによると、この関税が10~15年で撤廃されることになる。自動車部品は、韓国やEUからもメルコスール向け輸出額が大きい。

次いで、日本からメルコスール向け輸出額が大きいのは8703に分類される完成車だ。欧州委員会が明らかにしている、2019年7月12日時点の協定文書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますおよびファクトシート外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによれば、完成車は協定発効後15年で関税が撤廃される(2019年8月30日付地域分析レポート参照)。現在、ブラジル側で課される完成車の関税率は最大で35%と高額だ。完成車はEUからメルコスールへも多く輸出されていることから、EU・メルコスールFTAが発効すれば、日本からの輸入車は主に関税面で影響を受けることになるだろう。

メルコスール事務局の統計では、2019年のメルコスールの対日輸入額は52億7,452万2,331ドル。メルコスールの世界全体からの輸入額のわずか2.6%に相当するにとどまる。一方、対EU輸入額は436億9,781万7,696ドルで、21.2%に相当する。EUは対メルコスール向け輸出額で既に大幅に日本の実績を上回っているわけだ。EU・メルコスールFTAが発効することで、この差はさらに開いていくだろう。


注1:
メルコスールは、域外国・地域と特恵関税協定を新規で締結する場合、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの加盟4カ国による全会一致の承認を必要とするコンセンサス方式を採用している。
注2:
8桁で構成されるメルコスール共通関税番号。上6桁はHSコードと同じ。
注3:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Other gearboxes」
注4:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Light-vessels/floating cranes/docks/flotation dikes, etc」
注5:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Other vehicles, equipped for propulsion simultaneously with a reciprocating piston engine spark ignition (spark) and an electric motor, except those likely to be charged by connecting to an external power source」
注6:
英国を含む28カ国
注7:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Other gasolines, except for aviation」
注8:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Naphtha for petrochemical」
注9:
日本語の品名はHSコードに照らし合わせたもの。NCMコード上の品名は「Other immunological products, in measured doses or put up for retail sale」
注10:
韓国とのFTA交渉について2020年5月26日付のブラジル紙「エスタドン」は、「ブラジル工業連盟(CNI)は、メルコスール・韓国FTAが発効すると、ブラジル国内51の産業セクターが不利益を被り、11の産業セクターだけに好影響がある」と報じた。また、2020年5月4日付のアルゼンチン紙「ファーマバイレス」は、アルゼンチン工業連盟(UIA)とCNIは、メルコスール・韓国FTAにより、韓国からの「電気電子、鉄、化学品、完成車(完成車および部品)」製品のメルコスール市場における競争力が高まり、「メルコスール内のこれら既存産業に深刻な損害を与える」との懸念を明らかにした、と報じた。
注11:
NCMコード上の品名は「Other digital, digital memories」
注12:
NCMコード上の品名は「Digit. monolithic integrated circuits, no mounted」
注13:
NCMコード上の品名は「Microcontrollers, mounted, f /surface mounted device (smd)
注14:
日本からメルコスール向け輸出では、ブラジル市場への輸出が大半を占める。 メルコスール事務局の統計によると、2019年のメルコスールの対日輸入額のうち77.6%がブラジル向けだ。なお、メルコスールでは対外共通関税率を用いているものの、各国ごとに100品目以上の例外品目を認めている。このことから、便宜的にブラジルでの関税率を当てはめた。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 課長代理(中南米)
辻本 希世(つじもと きよ)
2006年、ジェトロ入構。ジェトロ北九州、ジェトロ・サンパウロ事務所などを経て、2019年7月から現職。