回復に向かう労働市場(フィリピン)
サービス部門の本格的な再開が課題

2020年10月5日

フィリピンでは、新型コロナウイルス対策で厳格な行動制限を適用。失業率が急増した。しかし、その後、措置の緩和を受け、雇用状況は回復しつつある。

産業別で雇用規模最大のサービス業が本格的に営業を再開できれば、マニラ首都圏の就業率の改善も期待できる。本稿では、今回9月に発表された7月の雇用統計を基に、過去の雇用統計と比較することで、新型コロナ禍前後でフィリピンの労働市場に生じた影響を分析する。

回復に向かう労働市場

フィリピン統計庁(PSA)は9月3日、2020年7月の失業率が10.0%、失業者数は約460万人と発表した(2020年9月9日付ビジネス短信参照)。失業率は、前年同月の5.4%に比べると2倍近くに増えたことになる。しかし、過去最高を記録した4月の17.7%からは大幅に改善した(表1)。では、その他の項目はどうだろうか。

表1:新型コロナウイルス流行前後の就業状況(フィリピン)(単位:1,000人、%)(△はマイナス値、-は値なし)
労働力 2019年 2020年
7月 1月 4月 7月 増減率
(4月/1月)
増減率
(7月/4月)
15歳以上の人口(千人) 72,446 72,841 73,722 74,061
労働力人口(千人) 44,959 44,934 41,018 45,877
労働参加率(%) 62.1 61.7 55.6 61.9
就業人口(千人) 42,521 42,543 33,764 41,306 △ 20.6% 22.3%
失業率(%) 5.4 5.3 17.7 10.0
就業者の内訳 (構成比)
産業別(単位:%)(△はマイナス値)
業種 業種内訳 2019年 2020年
7月 1月 4月 7月 寄与度
(4月の1月に対する増減)
寄与度
(7月の4月に対する増減)
農林水産業 22.9% 22.6% 25.9% 26.3% △2.0% 6.3%
鉱工業
光熱水道
建設
18.9% 18.8% 17.0% 18.8% △5.3% 6.0%
うち製造業 8.7% 8.5% 8.0% 8.2% △2.2% 2.0%
階層レベル2の項目うち建設業 9.4% 9.4% 8.2% 9.8% △2.9% 3.7%
サービス業 58.2% 58.6% 57.1% 54.8% △13.3% 10.0%
階層レベル2の項目うち卸売業、小売業 20.1% 20.2% 19.1% 21.6% △5.0% 7.2%
階層レベル2の項目うち運輸業 7.6% 8.0% 7.7% 7.1% △1.9% 1.0%
階層レベル2の項目うち公的機関、防衛、強制社会保障 6.6% 6.5% 7.4% 6.2% △0.6% 0.2%
職種別 (単位:%)(△はマイナス値)
区分 職種 2019年 2020年
7月 1月 4月 7月 寄与度
(4月の1月に対する増減)
寄与度
(7月の4月に対する増減)
熟練 農林水産業 11.7% 11.4% 14.1% 14.0% △0.2% 3.1%
管理職、専門家、技術者 20.5% 19.0% 19.0% 17.1% △3.9% 1.9%
非熟練 単純作業員、サービス係や販売員、工場等の機械技師、事務員など 67.7% 69.7% 66.9% 68.9% △16.6% 17.4%
就業形態別 (単位:%)(△はマイナス値)
区分 就業形態 2019年 2020年
7月 1月 4月 7月 寄与度
(4月の1月に対する増減)
寄与度
(7月の4月に対する増減)
雇用 給与労働者 63.9% 65.2% 63.2% 60.4% △15.1% 10.7%
自営業等 36.1% 34.8% 36.8% 39.6% △5.6% 11.6%
勤務 常勤(週40時間以上勤務) 67.9% 67.6% 29.2% 56.1% △44.4% 39.4%
非常勤(週40時間未満) 31.3% 31.6% 32.4% 40.6% △5.9% 17.3%
休職状態 0.8% 0.8% 38.4% 3.3% 29.7% △34.4%

出所:フィリピン統計庁(PSA)

まず、2020年1月、4月、7月の労働力の項目(表1)を比較する。15歳以上の人口は、1月(7,284万1,000人)から7月(7,406万1,000人)にかけて着実に増加してきたことがわかる。一方、就業人口は、1月の4,254万3,000人に対し、4月は3,376万4,000人と20.6%減少した。しかし、その後7月には4月比で22.3%増の4,130万6,000人と、1月に近い人数にまで回復した。この傾向は、労働参加率(労働力人口の15歳以上の人口に占める割合)にも言える。2020年3月中旬から4月にかけては、国内で最も厳格なコミュニティー隔離措置が敷かれロックダウンに近い状態にあった。その後、5月中旬から制限が段階的に緩和されたことが影響しているとみられる(注1)。

次に、この就業人口の減少と回復が、特にどのような分野で起こったのかを見ていく。就業人口の増減についての産業別寄与度をみると、最大の雇用部門であるサービス業は1月から4月がマイナス13.3%、4月から7月がプラス10%増となっている。ここから、これらの期間の就業人口の変化(20.6%減、22.3%増)のうち、多くが同産業に起因することが分かる。同時に、他の産業とは異なり、1月から4月の減少に比べて4月から7月にかけての回復の度合いが弱いことが見て取れる。サービス業は、事業再開に当たって稼働率の制限や厳しい衛生管理基準を満たす必要がある。そのため、5月中旬から段階的に制限緩和が進んでも、営業を再開しても収益が上がりにくい環境に置かれていることに起因するとみられる。また、消費者も感染を警戒して以前ほど外出しなくなっており、小売りや外食などの接客を伴うサービスにとって厳しい状況が続いている。

また、職種別の寄与度をみると、熟練の管理職、専門家、技術者は、1月から4月に3.9%減、4月から7月に1.9%増となり、他の職種に比べて雇用回復に寄与していない。雇用形態別で見た場合、給与労働者にも同じ傾向が見られる。長期にわたり厳しい状況が続く中で、比較的給与水準の高い労働者の人員整理が行われたことがうかがわれる。

さらに、勤務形態別に見ると、常勤の労働者の寄与度が1月から4月に44.4%急減したのに反して、休職状態の労働者の寄与度は29.7%急増した。その後、4月から7月にそれぞれ、39.4%増、34.4%減となった。すなわち、これらの項目は正反対の動きをしたことになる。また、非常勤の労働者の寄与度は比較的小さいものの、常勤の労働者と同様の動きをしている。つまり、新型コロナウイルスの影響で多くの労働者が4月頃に休職状態となり、7月には常勤または非常勤の労働者として再び就業している状況が見て取れる。

サービス業の回復が待たれるマニラ首都圏

2020年7月の主な経済圏における失業率(表2)を見ると、マニラ首都圏が15.8%、カビテ州、ラグナ州、バタンガス州などを含むカラバルソン地域が12.4%、セブ市近隣地域を含む中部ビサヤ地域が11.7%、クラークやスービックの工業団地を含む中部ルソン地域が10.9%など、いずれも全国平均を上回った。新型コロナ禍の産業界への打撃がうかがわれる。特に、マニラ首都圏は4月に続いて7月も失業率が上がっており、首都圏に集積するサービス業が低調で、雇用吸収力が弱いことを示唆している。

また、失業率の動きとは異なり、不完全雇用率は各地域とも7月になってもあまり減少していない。不完全雇用率は「就業先または他の事業所で現在より長く働きたい労働者が就業人口に占める率」だ。失業率が減っても不完全雇用率が高ければ、十分に雇用機会が提供されていない状態といえる。中部ルソン地域では4月に27.3%だった失業率が7月に10.9%まで下がったものの、4月に12.4%だった不完全雇用率が7月に15.8%へ上昇したことも勘案する必要がある。

表2:新型コロナウイルス流行前後の地域別就業状況(フィリピン) (単位:%)
地域 失業率 不完全雇用率
19年
7月
20年
1月
20年
4月
20年
7月
19年
7月
20年
1月
20年
4月
20年
7月
全国 5.4 5.3 17.7 10.0 13.6 14.8 18.9 17.3
階層レベル2の項目カラバルソン地域 7.4 6.7 16.7 12.4 12.1 11.6 23.7 21.9
階層レベル2の項目マニラ首都圏 6.3 6.2 12.3 15.8 6.2 4.6 10.2 11.5
階層レベル2の項目中部ルソン地域 5.2 6.1 27.3 10.9 9.6 12.5 12.4 15.8
階層レベル2の項目西ビサヤ地域 5.8 5.6 13.7 6.3 8.6 12.5 10.9 10.4
階層レベル2の項目中央ビサヤ地域 6.0 3.5 16.7 11.7 11.9 14.7 17.7 17.0

出所:フィリピン統計庁(PSA)

労働市場から一時離脱した若年層が復帰

PSAの統計で若年層(15~24歳)の動き(表3、注2)を見ると、人口は安定的に推移している。しかし、就業人口は2019年7月の651万人から2020年4月に443万5,000人に急減し、2020年7月には再び604万人に戻し、激しく変動した。一方、労働人口に含まれない若年層のうち、就業・就学・職業訓練を行っていない者(NEET)の数は、2019年7月の267万2,000人が2020年4月に324万2,000万人に増加した。2020年7月には224万2,000人に戻した。厳格な行動制限が敷かれている間は、学業や仕事、職業訓練をせずに過ごし、制限緩和とともに再び就業するか、職業訓練を受ける若年層が急増していたことがうかがわれる。

表3:新型コロナウイルス流行前後の若年層の就業状況(フィリピン) (単位:千人、%)
項目 19年7月 20年4月 20年7月
若年層(15~24歳)の人口 19,913 20,010 19,996
階層レベル2の項目労働人口 7,630 6,482 7,779
階層レベル3の項目就業人口 6,510 4,435 6,040
階層レベル4の項目不完全雇用者 734 803 951
階層レベル3の項目失業者 1,119 2,047 1,739
階層レベル3の項目失業率(%) 14.7 31.6 22.4
階層レベル2の項目労働人口以外(就学等) 12,283 13,528 12,217
階層レベル3の項目NEET(注) 2,672 3,242 2,242

注:就業、就学、職業訓練を行っていない若年層。
出所:フィリピン統計庁(PSA)


注1:
フィリピンのコミュニティー隔離措置の変遷はジェトロのウェブサイト(アジアにおける新型コロナウイルス対応状況)のフィリピンの項目(国内の移動制限・事業所閉鎖等の措置)から確認できる。
注2:
表3の統計内容は、1月発表がなかったため、記載していない。
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所長
石原 孝志(いしはら たかし)
1990年、ジェトロ入構。農水産部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ヒューストン事務所、展示事業部、ジェトロ・香港事務所等を経て、2017年6月から現職。