TPP特恵で関税を引き下げるための実務とは(2)(ニュージーランド)
検認で特恵待遇が否認されてしまうと
2019年6月21日
「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定」(CPTPP、いわゆるTPP11)でニュージーランドに輸出する場合の実務的な留意事項について解説する(注1)。通関時の要求書類などに触れた前稿に続き、第2回の本稿では、記録保管義務、検認(税関による事後確認)案件選定の手法(無作為抽出を含む)や、それにより特恵が否認されてしまう可能性、特恵税率の適用が否認された場合の不利益などを取り扱う。
輸入者は7年間の記録保管義務
特恵による通関が完了した後、輸出者、生産者、輸入者など関連する当事者には、関連資料・書類の記録保管が必要となる。これは後述する検認に向けた対策として極めて重要だ。
ニュージーランドでは、関連書類の保管が7年間、義務付けられており(注2)、TPPの協定文で示された期間より長くなっている(注3)。ただし、この義務はあくまでも輸入者を対象とするもので、輸出者、生産者にかかるものではない。そこで、検認との関係をニュージーランド税関に確認したところ、「協定での記録保管義務期間が超過した後は、仮に輸出者や生産者から証拠書類などが提示されなかったとしても、特恵否認とするようなことは想定していない」との説明だった。ちなみに、既存の自由貿易協定(FTA)などでは、過去にさかのぼって検認が実施されるのはほとんどが4年以内だったという。TPPでも、同様になるものとみられる。
また、記録保管手法について、「かつては必ず紙媒体で、しかも国内で持っておかなければならなかったが、今ではその限りでない。例えば、クラウドなどに電子的に保存することも認められる」との説明があった。他方で、税務当局(tax administration)の要請などにより、実務的な要請事項が今後変更される可能性もあるとのことだった。
検認が無作為抽出で発動される
他の経済連携協定(EPA)同様にTPPでも、特恵輸入された産品に対する輸入通関後の原産性確認(いわゆる検認)が認められている(第3.27条)。提出書類に明らかな矛盾などが発覚した場合はもちろん、出荷地点などに疑問がある場合や、誤認がしばしば発生している産業など、疑義が生じる理由がある場合などは、検認の対象とされる。ここまでは、多くの国で同様の対応と考えられる。
一方で、ニュージーランドでは、「無作為抽出(general sampling)で検認が発動されることもある」とされており、要注意だ。すなわち、過去に問題事例など一切なく状況的に全く怪しくない案件でも、検認が発動される可能性があることになる。
ニュージーランドでの輸入通関時点で、TPP特恵のために特別に必要とされる書類は、「通関時の書類要件は重くないものの、積送基準に注意」で示したとおり、基本的に原産地証明書だけである。このため、本来なら特恵関税の適用が認められなかったはずの品目が紛れ込む懸念が高まりそうだ。検認は協定とそれに対応した国内法令の順守を確保するための手段だが、そのようなリスクを抑える対策として、無作為抽出という手法がとられるものと理解される。
特恵否認事例が増えている可能性も
ここで気になるのが、検認が発生する頻度だ。検認案件が頻発すると、企業の負担も過大なものになりかねない。この点を質したところ、「これまでのFTAでの経験からしても、それほど高率で検認を発動することにはならないだろう。実際にどうなるか明言まではできないないが、せいぜい1%未満ではないだろうか」との説明だった。
また、検認に当たっては、まずは輸入者を通じて情報提供を求めることになるが、これで足りない場合には輸出者・生産者に照会が及ぶことがある(注4)。こうした場合、TPPでは、輸入国税関による輸出者・生産者への確認には直接検認が採用されている。この点、聴取したところ、「これまでの FTAでの経験上、多くの検認が輸入者に対するものにとどまっている」とのこと。また、これまでの経験では、「輸出者または生産者としては輸入者には関連資料や書類を伏せておきたいということなのか、対応が滞った事例もある」が、そのような場合には、「ニュージーランド税関に直接情報提供してもらうこともできる」との指摘もあった。
では、このような検認の結果として、特恵否認に至る可能性はどの程度あるのか。これを直接示すデータは存在しないが、気がかりなのが「最近、輸入後に徴収される関税が増加傾向にある」とされたことだ。「これは必ずしも特恵待遇の事後否認に限らず、それ以外の事案も反映している」とのことだったが、特恵をめぐる検認が厳格化している可能性も否定はできない。原産地証明書に対する裏付けや根拠書類を整備した上で、必要期間は確実に保管し、検認が発動された場合には、税関からの要求に適切に対応することが必要だ(注5)。
特恵否認の場合、延滞金、違反金などが徴収される
検認の結果として特恵待遇が否定された場合、当然ながら、最恵国待遇(MFN)関税額が徴収されることになる。しかし、賦課されるのはこれにとどまらず、1.延滞金、2.違反金の納付義務も併せて生じる。
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延滞金(compensatory interest)
「関税が期限内に満額納付されなかった場合の国家に対する補償(compensate the Crown for loss of use of money when duty is not paid in full and on time)」のためのものとされ、日割りで計上される。刑事罰(penalty)には該当しない。
現時点での利率は、- 特恵否認に至る事由が企業側から提示された場合には、年2%、
- 特恵否認に至る事由が税関側からの指摘による場合は、年8.22%、
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違反金(Infringement)
4月1日から実施された新たな制度である。特恵が否認された場合などには即時に賦課される。個人の場合400ニュージーランド・ドル(約2万8,400円、NZドル、1NZドル=約71円)、法人の場合は800NZドル。
違反が通関業者の過失によると判断された場合には通関業者宛てに、輸入者の場合には輸入者宛てに、請求される。
このほか、特恵否認に至る理由が意図的と判断される場合は、詐欺として訴追を受ける可能性もありうる。この結果として、刑事罰としての罰金の対象となりうる。延滞金や違反金とは段違いの高額に及ぶ場合もありうるという。なお、この場合の立証責任は税関側に発生する。
前述は、事後になって特恵が否認された場合だ。「特恵関税が要求された段階で十分な情報提供がなされ、結果としてその時点で特恵が否認されたとすると、本来の関税賦課に加えた不利益は発生しない」とのことだった。
独立部局などへの異議申し立てが可能
なお、特恵が否認された場合など、税関の判断に対して異議のある場合には、行政手続きとして、a) 税関による再審査、または、b) 税関審査請求部(Customs Appeal Authority) に申し立てることができる。a) が税関の中で同格の別の審査者または上級者によって実施されるものなのに対し、b) は第三者機関だ(注6)。
この結果にさらに不満のある場合には、裁判に持ち込むこともできることになっている。
- 注1:
- 現在発効しているのは、米国の離脱表明を受けたCPTPP(TPP11)だが、本稿で取り上げる事項に関する条文上の根拠はいずれも、CPTPPが取り込んだもともとのTPPの規定に基づいている。このため、本稿内では、当該協定について「TPP」と表現する。
- 注2:
- ニュージーランドでは、税務書類の保管期間が一般的に7年間とされており、これが関税についても適用されているものと考えられる。
- 注3:
- TPP第3.26条で、輸入者は輸入日から、輸出者または生産者は原産地証明書の作成日から起算し、少なくとも5年間の記録保管義務が規定されている。各締約国は国内法でこれより長い期間を定めることもできる。
- 注4:
- これまでのFTAでは、輸出国での検認の実施に備え、海外(例えば中国)に連絡事務所を設け、現地ベースで実施できるよう体制を組むこともあった。しかし、現状では日本には設置されていない。今後そのような事務所が設置されるかは不明だが、いずれにせよ、輸出国にまでさかのぼった検認実施に当たっては、「現地税関など関連政府機関からの助力が必須と感じている」との説明もあった。
- 注5:
- 「特恵否認の場合、延滞金、違反金などが徴収される」に示す延滞金や違反金などの金銭的な負担もさることながら、取引先や行政機関からの信頼を毀損(きそん)する結果ともなりかねない。
- 注6:
- 組織的には司法省(Ministry of Justice)の中に置かれているが、独立機関とのこと。
TPP特恵で関税を引き下げるための実務とは(ニュージーランド )
- 通関時の書類要件は重くないものの、積送基準に注意
- 検認で特恵待遇が否認されてしまうと
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部主査
林 道郎(はやし みちろう) - 1984年ジェトロ入会。海外調査部、ニューヨーク、秋田、メルボルン、盛岡、オークランドの各事務所などを経て現職。「米国の通商関連法概説」「韓米FTAを読む」などを共著・共訳。