世界が注目、スタートアップ大国インドの今
インドを活用したオープン・イノベーションの可能性(1)

2019年6月10日

昨今、インド企業が日本にもたらすイノベーション事例が目立つようになってきた。日本の不動産業界に参入したOYO外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (オヨ)や、ソフトバンクとヤフーが提供するモバイル決済アプリPayPayに技術を提供したPaytm外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (ペイティーエム)は、いずれもインド発のスタートアップだが、今や評価額10億ドルを超えるユニコーン企業である。こうしたインドのスタートアップ企業に共通することは、既存の枠組みにとらわれない自由な発想力と、アイデアをスピーディーに形にする高度な開発力、そして世界に通用する若い高度人材である。このような強みを持つインドとのイノベーション連携をさらに加速するために参考となる事例や日本企業に求められる取り組みを、本稿を含む全3稿〔6月10日記事(2)および6月10日記事(3)参照〕で紹介する。連載1回目の本稿では、インドのスタートアップの動向と、出資を通じた日本企業とスタートアップとのビジネス連携を紹介する。


ベンガルール市内にある格安ホテル
OYO Town House(ジェトロ撮影)

Paytmアプリを使ったQRコード決済
(ジェトロ撮影)

ベンガルールが「インドのシリコンバレー」と呼ばれる理由

インドのIT企業の業界団体である全国ソフトウエア・サービス企業協会(NASSCOM)が2018年10月に出版したインドのエコシステムに関する年次レポートによると、2013年から2018年にかけての5年間で、インドのスタートアップ数は約7,500社に上ると報告されており、米国と英国に次いで、世界で3番目に多くのテック系スタートアップを輩出する国となった。その6割がベンガルール、デリー準州の周辺、ムンバイで誕生している。評価額10億ドルを超えるユニコーン企業数も、米国(126社)、中国(77社)に次ぐ、世界第3位(18社)にランクインする。2018年には、売り手と買い手が自由に参加できるインターネット上の取引市場であるマーケットプレイスや、オンラインアプリのサービスを中心とする8社のインド発ユニコーン企業が新たに誕生した。

州別にみると、特にインド南部に位置するカルナータカ州の州都ベンガルールのスタートアップ数が最多の25%を占める。年間を通じた気候の良さ、豊富なIT人材とそれに伴うテック系スタートアップ数の多さから、「インドのシリコンバレー」と呼ばれている。人口約6,500万人を抱える同州内には現在、インド全体の3割を占める120万人のIT技術者がおり、その9割はベンガルールに集中している。日本のIT技術者数(90万人、経済産業省「2016年度IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」)と比較しても、この1州・1都市に集中するIT人材の規模がわかる。

インドのスタートアップの業種の内訳をみると、企業向けサービス(16%)、フィンテック(14%)、マーケットプレイス(12%)、ヘルステック(8%)の4サービスで全体の半分を占める(図1参照)。そのうち、先端技術を導入している企業数は前年比の1.5倍となる1,200社にのぼり、こうした企業が活用している先端技術はデータアナリティクス、IoT(モノのインターネット)、人工知能(AI)の3項目で全体の8割近くを占める(図2参照)。

図1:スタートアップの業種の内訳
企業向けサービス(16%)、フィンテック(14%)、マーケットプレイス(12%)、ヘルステック(8%)となり、4サービスで全体の半分を占める。

出所:NASSCOMのレポートを基にジェトロ作成

図2:先端技術系スタートアップが採用する技術の内訳
データアナリティクス(27%)、IoT(26%)、人口知能(AI)(24%)となり、3項目で全体の8割を占める。

出所:NASSCOMのレポートを基にジェトロ作成

有力スタートアップへのアプローチ、世界トップ企業によるインドでの「宝探し」

欧米を中心とする世界有数の大企業が、インドのスタートアップが強みとするIT人材の開発力や斬新なアイデアを取り込もうとしている。NASSCOMの分析によると、グーグルやマイクロソフト、アマゾンをはじめとする600社以上の多国籍企業がインド国内にグローバル・インハウス・センター(GIC)と呼ばれる、社内向け開発拠点やグローバル戦略拠点を設置している。こうした企業は、インドのIT人材を大量に雇用して自社での研究開発を進めながら、新たなアイデアや技術を取り入れるために外部スタートアップとの連携を強化し、イノベーションの創出に向けて社内外のリソースをフル活用している。


斬新なデザインの建物が並ぶインフォシスの本社
(ジェトロ撮影)

イノベーションを強化するアクセンチュアのオフィス
(ジェトロ撮影)

投資を通じた連携可能性の模索―直接出資やVCを通じた投資

日本企業とスタートアップとのビジネス連携においては、スタートアップへの直接出資や、ベンチャーキャピタル(VC)への投資を通じた出資が最も多く見受けられる。資金調達が必要なスタートアップにとっては、日本企業に対し投資を期待するところも多い。インドに進出する日系企業の中には、有望なスタートアップにアプローチするために、目利きのできるVCへの投資を行うケースもある。

加工食品などの事業を行うニチレイは2018年12月7日、インドのオンライン食肉マーケットプレイスであるリシャスを運営するスタートアップの「ディライトフル グルメ」へ出資した。同社は、インドにおけるコールドチェーンの構築や新たな食肉流通の拡大に挑戦している。ニチレイは同社との協業を通じて、今後の成長が期待されるインド市場の理解を深め、インド進出の足掛かりとしていくことを目指している。

また、電通は、過去5年でインド企業9社を買収し、デジタル広告でインド市場の首位に浮上した。買収案件の中には、デジタル広告関係のスタートアップも含まれている。これらインド企業を統括する電通イージスネットワークインディアの篠田学 最高執行責任者(COO)は「買収したデジタル広告スタートアップの貢献もあり、大手広告業界誌キャンペーン・アジアパシフィック(APAC)が主催する『エージェンシー・オブ・ザ・イヤー賞』のデジタル部門で、毎年受賞するようになった」と話す。

双日は2019年1月29日、ベンガルールを拠点とするVC「スリーワンフォーキャピタル」への出資を通じ、AIやIoTなどを扱う有望なスタートアップと連携し、新規ビジネスの創出を狙うと発表した。

ベンガルールを拠点とするインキュベート・ファンド・インディアや、ビーネクスト、ドリームインキュベーターといった日系のVCも、インドのスタートアップへの投資を活発に行っている。このような日系VCとの連携による情報交換や共同投資を通じ、有望なスタートアップにアクセスすることも有効だろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
瀧 幸乃(たき さちの)
2016年、ジェトロ入構。対日投資部誘致プロモーション課(2016~2018年)、ジェトロ・ベンガルール事務所実務研修(2018~現在)。高度人材、スタートアップ、オープンイノベーション関係の事業、調査を主に担当。