拡大が期待されるタイの医療・介護機器市場

2019年8月30日

新興国でありながら、少子高齢化が進むタイ。65歳以上の割合が、全人口の7%を超える「高齢化社会」に突入している。社会開発・人間安全保障省高齢者局(DOP)によると、2017年以降、60歳以上の人口の割合は、年4%ずつ増えていくと推察されている。

このような社会状況を背景に、タイの医療・介護機器市場は現在、注目を集めている。

タイ政府も医療分野を重点産業として捉え、経済政策「タイランド4.0」において10のターゲット産業の1つとして挙げられている。また、2019年3月に行われた選挙を経て、5年ぶりに民政復帰したタイにおいて、首相に選出されたプラユット氏の施政方針演説でも、今後取り組むべき12の分野の1つとして「福祉制度」について言及された(2019年8月6日付ビジネス短信参照)。

生活習慣病患者の増加も医療分野拡大要因の1つ

生活習慣病患者が増加傾向にあることも、タイの医療分野の拡大を促す要因の1つとして考えられる。タイでは、新興国に多くみられる感染病患者以外に、生活習慣病に代表をされる非感染病患者が増加傾向にある。世界保健機関(WHO)によると、2015年にタイ人の4人に1人が高血圧を患っているほか、国際糖尿病連盟(International Diabetes Federation)は、2017年にはタイの成人者の8.3%が糖尿病を患っていると発表した。

医療・介護機器の実情:輸入に依存するも、使い捨て製品は地場で生産

このような中、タイで流通する医療・介護機器の多くは、ハイエンドな製品を中心に、国外より輸入されている。2017年における主要な輸入相手国は米国、中国、ドイツ、日本、アイルランドの5カ国だ。一方、医療機器分野の中で、手術用のゴム手袋などの使い捨て製品はタイ国内の地場企業によって生産され、輸出もされている。

日系企業の進出状況には課題も

タイには、オリンパス、富士フイルム、テルモなどの日系医療・介護機器メーカーが進出をしている。タイへの進出を検討する日系医療・介護機器メーカーにとって、タイ食品医薬品承認局(The Food and Drug Administration:FDA)への対応が必須となる。医療・介護機器の認証をFDAから取得するためには、タイ現地法人がFDAに申請を行う必要があり、現地法人を有していない日本企業は、現地企業を介して製品の認証を行うことが求められる。また、医療・介護機器メーカーのタイ進出後の課題として挙げられるのは、アフターケアの問題だ。日系メーカーの多くは使い捨て製品ではなく、耐久性のある製品を販売しているため、販売後に製品の不具合・故障が発生した場合の対応方法を検討する必要がある。

医療・介護機器市場に進出する日系企業

パラマウントベッド(東京都)は、福祉・介護機器の販売会社として、すでにタイに進出している。FDAの認証対応についても、自社で行った。また、同社はタイ人のエンジニアを複数雇用し、販売を行った製品に不具合が発生した際は、自社エンジニアで対応が可能となっている。

同社では2018年1月、自社オフィスにショールームを設け、同社製品のほか、他の日系企業および外資系企業(北欧、スペイン、カナダなど)の福祉・介護機器についても展示を行っている。ショールームには、在宅介護用機器と病院など医療施設向け機器がフロアを分けて展示されており、同ショールームの開設から約1年半で550組以上が訪れている。来訪者のうち、約半数がベッドをはじめとする在宅介護向け製品の視察に来ており、タイの在宅介護用機器に対するニーズの高さがうかがえる。同社ショールームに展示されているベッドの価格帯は約10万バーツ~25万バーツ(約35万円~87万5,000円、1バーツ=約3.5円)で、主に中間層から富裕層が主な購買層となっている。


パラマウントベッド・タイランドのショールーム(ジェトロ撮影)

医療ニーズの増加に応じて、高まりを見せる医療・介護機器市場

タイでは近年、病院の新設・増設および高齢者向け施設のオープンが相次いでいる(表参照)。最先端治療を行うため、大学病院や私立病院は、施設の新設・増設を行い、新たな設備を導入している。2019年には、BDMSグループ傘下のサミティベート病院が日本人専門病棟をオープンさせ、メディカルツーリズムだけでなく、外国人駐在員の顧客獲得にも注力している(2019年7月31日付ビジネス短信参照)。そのほか、高齢者向け施設に関しては、私立病院がサービスを拡張する形で参入しているほか、国内の地場企業および病院が日本企業と合弁会社を設立し、施設を設けているだけでなく、自治体が独自にデイケア施設を設立するなどの事例もみられる。医療ニーズの増加に応じて、今後も引き続き、医療施設の新設・増設が行われる可能性があることから、介護用ベッドをはじめとする医療・介護機器市場に対するタイ国内でのニーズは、高まっていくと考えられる。

表:近年のタイでの主な新規・増設病院および新規高齢者向け施設(―は値なし)
分類 施設名 運営者 規模 立地
新規病院 ワイラック大学付属病院 ワイラック大学 120床 ナコンシタマラート県
新規病院 トンブリ・トゥンソン病院 トンブリ・ヘルスケア・グループ 50床 ナコンシタマラート県
新規病院 ピサヌウェート・ウタラディット病院 プリンシパル・ヘルスケア ウタラディット県
新規病院 トンブリ・バムルンムアン病院 トンブリ・ヘルスケア・グループ バンコク市内
病院増設 パヤタイ第1病院 BDMSグループ 130床 バンコク市内
病院増設 サミティベート病院日本人専門病棟 BDMSグループ 40床 バンコク市内
高齢者施設 飯能ヴェチャポン老年病センター ハンノウ・ヴェチャポン・ジュリアトリック・センター 42室 バンコク市内
高齢者施設 ジン・ウェルビーイング・カウンティー トンブリ・ヘルスケア・グループ 494戸 パトゥムタニ県
高齢者病院 バンクンティアン病院 公営 300床 バンコク市内
高齢者施設 ブンイトー市デイケア施設 公営 16床 パトゥムタニ県
高齢者施設 レイクサイド・プレミアコンプレックス タマサート大学 150戸 チョンブリ県

出所:各種報道を基にジェトロ作成

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
平林 拓朗(ひらばやし たくろう)
2012年ジェトロ入構。2014年より2018年までジェトロ神戸にて医療関連事業を担当。2018年6月よりバンコク事務所で勤務。タイにおける医療機器・医薬品の事業を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
今泉 美里(いまいずみ みさと)
2018年よりジェトロ・バンコク事務所にて勤務。投資交流部にて、タイでの会社設立にかかる情報収集などを担当している。