「米国中西部スタートアップ」インタビュー(6)
エコシステム構築に尽力する老舗アクセラレータ、シカゴ・イノベーション
2019年5月23日
これまで紹介してきたとおり、シカゴには数々のスタートアップが誕生しており(ナノグラフ社1月17日記事、リバーブ社2月4日記事、大学発スタートアップ4月24日記事参照)、それらを支援するためのアクセラレーターやインキュベーターも数多く設立されるなど、起業やイノベーションの機運が高まり、イノベーション・エコシステムが構築されている。米国内各地で同様な機運が高まり、エコシステムが整いつつある中、シカゴの特長や強みは何か。18年前からシカゴにイノベーション・エコシステムを構築しようと活動してきた老舗アクセラレーター、シカゴ・イノベーション を訪ね、共同創設者の1人であるトム・クズマルスキ氏に聞いた(2019年4月16日)。
多様な産業と分野を超えたイノベーションがシカゴの特長
- 質問:
- まだ世の中がイノベーション・エコシステムにさほど注目していなかった2001年に、シカゴ・イノベーションを立ち上げようと思ったのはなぜか。
- 答え:
- 2つ理由がある。1つ目は、当時、シカゴ周辺には、モトローラなど多くの大企業がありさまざまなイノベーティブな活動をしていたが、米国では、イノベーションといえばシリコンバレーでしか行われていないように思われ、シカゴでのイノベーションが全く認識されていなかったこと。2つ目は、シカゴの多くの企業が自社の社員が、いかに新しいイノベーティブなサービスや製品、プログラムを生み出しているかを全く認識していなかったこと。私は、こうした認識されていないイノベーションにスポットライトを当てたいと思い、シカゴ・イノベーションを設立した。
- 質問:
- その後、この約20年で、シカゴのイノベーション環境は変わったか。また、シカゴの特長は何か。
- 答え:
- 20年前、シカゴは「大企業の街」だった。それが、シカゴ・イノベーションや、その後多く誕生したインキュベーターの活動などにより、そして、技術や起業、イノベーションの支援に積極的なエマニュエル・シカゴ市長(2011年就任)の取り組みなどもあって、シカゴは「起業家の街」になった。シカゴでは今や、シリコンバレーよりも産業の多様化が進み、分野を超えたイノベーションが起こっている。フィンテックやヘルスケア、製造業、ロジスティクス、交通インフラ、エネルギーなど多くの分野が育ち、互いの垣根を越えたイノベーションが起こるようになったのだ。人々は1つの産業分野の中だけでなく、分野を超えたコラボレーションに非常に積極的になっている。例えばシカゴ・イノベーションのイベントに来てもらうと、そこではそのイベントに一見関係のない分野の人々も集まって、積極的に交流している姿を見ることができるだろう。
- 統計でみると、2018年のシカゴのスタートアップによる資金調達は140件、18億ドルに上った。また、シカゴは特定分野では全米有数のトップ・ハブと言われるようになり、例えばフィンテック分野でトップ10に選ばれている。また、スタートアップなどとのつながりを求めて、351社がシカゴで拡大またはシカゴへ移転してきた結果、22億ドルが投資され、1万4,000人の新規雇用を生み出すまでになっている。
- スタートアップが生まれる背景には、シカゴ大学やノースウェスタン大学、イリノイ工科大学など米国の中でも指折りの大学があり、起業を促進するカリキュラムが組まれていること、また、サンフランシスコなどと比べて住宅など生活コストが低いため、学生が卒業後も残って起業しやすい点がある。
- 質問:
- 以前は、学生は卒業するとサンフランシスコなどへ行ってしまい、なかなかシカゴにとどまらなかったと聞く。今は、何が人材をシカゴに引きつけているのか。
- 答え:
- まず、人々のマインドセットが大きく変わった。私は39年間、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(ビジネススクール)で教えているが、20年前は、MBA取得後に起業すると学生が言うと、教員からも学生からも、「気の毒に。就職できなかったのだな」と言われたものだ。それが今、大企業に就職すると言うと「なぜ起業できなかったのか」と言われるようになった。学生の意識が全く逆転したのだ。
- さらに、シカゴには100に上るインキュベーターがあり、学生や起業家に対して、シカゴに残って起業することを求め、支援している。また、ノースウェスタン大学、シカゴ大学など多くの大学が起業のためのカリキュラムを数多く組んだり、学生を投資家と結び付ける機能を持ったりと、起業を積極的に支援している。さらに行政も、例えばシカゴ市が大企業を誘致してスタートアップと結び付ける政策をとるなどしている。このようにインキュベーターや大学、行政がこぞって起業文化を作り上げ、優秀な人材やスタートアップを引き留める取り組みをしており、それが機能しつつあるのだ。
インクルーシブネスを重視
- 質問:
- シカゴでは産業分野を超えたコラボレーションが盛んとのことだが、シカゴには、例えば、ものづくりやデジタルテック、ブロックチェーン、女性起業家、音楽など分野やテーマに特化したインキュベーターが数多くあり(「エムハブ」2月4日付記事、「1871」5月7日記事 前編・後編、「マター」5月14日付記事参照)、分野内でのネットワーキングが盛んに行われている。その一方で、分野を超えた連携というのはどのように実現されるのか。
- 答え:
- まさに、その橋渡し役が、シカゴ・イノベーションの重要な役割の1つである。われわれは毎月のように行うイベントと主に3つのプログラムを通じて人々をつないでいる。インクルーシブであることを重視しているので、各プログラムではテック産業に関係する人だけでなくさまざまなセグメントの人々に働きかけている。1つは、女性起業家のネットワーキングを支援するための「ウィメン・メンタリング・コワーク」プログラム。4年前に25人の女性参加者から始まったこのプログラムには、今は337人が参加し、シカゴの中で女性たちが1つのコミュニティーを作り上げている。2つ目は、子供たちに科学・技術・工学・数学(STEM)分野での発明を競わせ、表彰する「シカゴ・スチューデント・インベンション・コンベンション」プログラム。幼稚園生から8年生までを対象としており、今年は3,500人が参加した。私の考えでは、コミュニティーの中にイノベーティブな若者がいないとしても、このようなプログラムを通じて小学生のころにイノベーションに興味を持たせれば、やがてイノベーティブな若者に成長していく。そして3つ目がシニア層と若者とが年齢を超えた互いのメンターになるプログラム「エイジレスイノベーター」だ。これには、上は62歳から下は28歳が参加している。
- こうしたプログラムでは、必ずしも同じ分野の参加者同士だけでなく、分野を超えたつながりが醸成されていくのだ。例えば、不動産分野の人とマーケティング分野の人が組み合わされば、それぞれの知見を生かしたコラボレーションが生まれることになる。
- 質問:
- 大企業とスタートアップをつなぐプログラムも実施されているようだが。
- 答え:
- われわれの「コーポレート・スタートアップ・マッチメーキング」プログラムでは、大企業をスタートアップにつなぐ支援をしている。例えば、製造業分野の大企業が製造プロセスの効率化やセキュリティーにかかる新技術を欲している場合に、そうした技術を持つスタートアップと、このプログラムを通じてつながりを持つことができる。ここでも、分野を超えたイノベーションが生まれる。スタートアップにとっては、大企業との連携が新たな価値につながり、大企業にとっても、スタートアップとの連携が新たなリソースや技術の獲得につながり、両者にとってプラスとなる。このプログラムには、スタートアップは無料で参加が可能で、大企業側は参加費さえ払えば、誰でも参加できる。エクシロン など地元の大企業のみならず、外国企業の参加もある。残念ながら、まだ日本企業は参加していないが、アジアからは香港の企業がこのプログラムに参加している。
「認められること」が原動力に
- 質問:
- シカゴ・イノベーションは、「イノベーターを教育し(educate)、つなぎ(connect)、そして称賛(celebrate)することによって、シカゴに活気あるエコシステムを創出する」ことをミッションに掲げている。教育とコネクティングは分かるのだが、称賛することはエコシステムを作る上でそれほど重要なことなのか。
- 答え:
- 重要である。人間が働く意欲を持つには、そして、よりクリエーティブに、イノベーティブになるには、自分の仕事が皆に認められ、褒められることが非常に重要だからだ。中には、褒めることなど重要ではない、仕事だから働くのは当然だ、と考える社会もある。しかし、特にイノベーションにとっては、褒められ認められることが非常に重要な原動力になる。これが、われわれが、起業家やイノベーターの表彰を行う理由だ。
- 例えば、われわれは毎年、シカゴ・イノベーション・アワードという表彰を行っている。これは、特に素晴らしいイノベーションを行った企業を表彰するもので、毎年10月に劇場を借りて、1,500人の聴衆の前で25社を表彰する。それに先立つ9月にはノミネートされた全員を集め、ホテルで盛大なレセプションを行う。2018年は850人が参加した。そこではノミネートされた全員を「あなたたち全員がシカゴのエコシステムの代表だ」と称賛する。このほか、女性や60歳以上の起業家やイノベーターへの表彰、小さなコミュニティーに大きなインパクトを与えたイノベーターへの表彰なども行っている。こうした表彰セレモニーを100人、200人の前で行うことは、表彰された人だけではく、聴衆として参加した人々にも、自分も頑張ろうと思わせ、より多くのイノベーションや起業につながる。非常に単純な話だが、これが称賛することの肝だ。「認められること(recognition)」が人々を力づけ、イノベーション創出の原動力になり、活気あるエコシステムの構築につながっていくのだ。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部米州課長
藤井 麻理(ふじい まり) - 中東アフリカ課、アジア大洋州課、アジア経済研究所、国際ビジネス情報誌『ジェトロセンサー』編集部、国際ビジネス情報番組「世界は今 JETRO Global Eye」ディレクター、在ボストン日本国総領事館勤務(2014年11月~2017年12月)等を経て、2019年2月より現職。