持続可能なクルマ社会へ、自動運転の導入に向けたさまざまな取り組み
実験都市シンガポール、モビリティ改革への挑戦(1)

2019年12月27日

シンガポール都心部の植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」では2019年12月現在、地場大手企業と日系企業によるオンデマンド型の自動運転のシャトルバスが運行している。同国では観光スポットや大学構内など各地で、自動運転車(AV)のさまざまな実験的な取り組みが進む。このAVの導入を含むモビリティの改革は、政府が2014年11月から開始している「スマート国家」構想の下での、優先課題の1つだ。シンガポールが取り組むAVの実証実験を中心とするモビリティ改革とその背景について、前後編で報告する。

シンガポールと日系の連携で、オンデマンド型シャトルバスの運行が開始

都心部の植物園、ガーデン・バイ・ザ・ベイで2019年10月29日から、オンデマンド型シャトルバス「オート・ライダー」の運行が始まった。運行するのは、シンガポール政府系総合エンジニアリング会社のSTエンジニアリング(以下、ST)と、大手高速バス運行会社のWiller(ウィラー、本社:大阪)と三井物産のシンガポール子会社でカーシェアリング事業を展開するカー・クラブ。使用する車はフランスのナビヤ(Navya)が設計・製造した電気自動シャトルバスだ。植物園内の1.5キロのルートを走る。利用者は専用アプリか、園内の無人キオスクで、事前に予約して支払いを済ませる(乗車料金は大人5シンガポール・ドル(約400円、Sドル、1Sドル=約80円))。バスは、朝10時から夜9時まで毎日運行する。夜になれば、車内と車体に鮮やかなライトが投影され、園内の人気観光アトラクションの1つともなっている。


2019年10月から運行が始まったST、ウィラー、カー・クラブによる植物園での
フランス・ナビヤ製の自動Vシャトルバス「オート・ライダー」(ジェトロ撮影)

STが自動シャトルバスの運行に取り組むのは、今回が初めてではない。同社は2015年から同植物園で自動運転のバスの運行を開始しており、今回はウィラーとカー・クラブとの提携で、よりエンターテインメント要素を取り入れて、乗客を楽しませるかたちでサービス内容を拡充して始めた第2段階の運行だ。また、STは2019年8月20日から、シンガポール南部沖の観光スポット、セントーサ島でも一般乗客を対象に、オンデマンド式によるシャトルバスの実証実験を3カ月間行った。

ガーデン・バイ・ベイとセントーサ島でのオンデマンド式のシャトルバスを含め、同国のAVの水準は現在、運転が自動化しているものの緊急時にはドライバーが対応する「レベル3」の段階にある。米国スタートアップのニュートノミー(nuTonomy)が2016年8月から、公道での自動運転タクシーの実地実験を実施。また、地場公共輸送会社コンフォートデルグロは2019年7月30日から、シンガポール国立大学(NUS)のキャンパス内で、フランスのスタートアップのイージーマイル(EasyMile)が開発した自動シャトルバス(定員12人)の運行を開始するなど、各社がそれぞれ実証実験に取り組んでいる。さらに、南洋工科大学(NTU)は2019年3月、スウェーデンの自動車メーカー、ボルボと共同開発した、世界で初めてという全長12メートルの大型自動運転電気バス(定員約80人)を発表している。

モビリティの改革はスマート国家の戦略プロジェクトの1つ

国内各地で進むAVの実証実験は、シンガポール政府が2014年11月から始めているスマート国家の取り組みの一環でもある(注1)。同国が目指す「スマート国家」構想は、最新のデジタルテクノロジーを活用して社会課題を解決し、豊かな暮らしを実現すると同時に、新たなビジネス機会の創出を目指すものだ。AVの導入を含むモビリティ改革の取り組みは、このスマート国家構想の下で国家戦略プロジェクトの1つと位置付けられている。政府は同構想の中で、2020年代初頭にも公共輸送にAVを実験的に導入することを目標としている。

同国がモビリティ改革に取り組む背景には、限られた国土の中でモビリティの効率化に迫られているという実態がある。都市国家であるシンガポールの国土面積は725.6平方キロメートルで、そのうち道路が占める面積は全国土の約12%にすぎない。同国政府は1990年と早くから、自動車の購入の際に自動車所有権証書(COE)の購入を義務付け、同証書の発行の枚数を通じて自動車の台数の伸びを調整してきた。ただ、限られたインフラの中で、さらなる人口と自動車の増加に対応するには、安全でかつ、より効率的なモビリティの実現が課題となっている。また同国は、運転手の不足と人口高齢化という課題も抱えている。同国は2030年までに、65歳以上の高齢者が国民の2割を超える超高齢化社会入りすると予想されている。高齢者の輸送手段など、AVは同国のモビリティに関わる数々の課題の解決手段の1つになると期待されている。

シンガポールの自動運転車の導入環境は世界2位

将来のAV導入をにらみ、同国ではAV普及のための法規制や、実証実験を行うための環境の整備も進む。貿易産業省管轄下の産業・貿易振興機関であるエンタープライズ・シンガポール(ESG)は2019年1月31日、AVの開発・導入に当たって、安全性やサイバーセキュリティーなどの基準「TR68(注2)」を公表した。また、陸運庁(LTA)は同年10月24日、これまでセントーサ島やジュロン島など国内4カ所に限定していたAVの実証実験地域を、同国西部全体(公道全長約1,000キロメートル相当)に広げる方針を発表。同庁によると、実験地域の拡大により、「より幅広い交通シナリオや道路条件の下での実証実験が順次可能になる」としている。

こうした政府の積極的な取り組みにより、シンガポールは国内に自動車産業がないにもかかわらず、AV普及の環境整備が世界的に最も進んだ国との評価だ。大手会計会社KPMGが発表した最新の「自動運転車対応指数2019(2019年6月発表)」によると、AV普及への対応が整備されている国のランキングで、シンガポールは調査対象国25カ国中、オランダに次いで総合2位だった(表参照)。シンガポールは技術力では15位だが、AVの普及に向けた規制や法整備で1位のほか、インフラが2位、そして消費者の受容度が1位だ(表参照)。

表:2019年の自動運転車対応指数ランキング
総合
順位
国名 政策・法律 テクノロジー・イノベーション インフラ 消費者の
受容度
1 オランダ 5 10 1 2
2 シンガポール 1 15 2 1
3 ノルウェー 7 2 7 3
4 米国 9 3 8 6
5 スウェーデン 10 6 6 4
6 フィンランド 4 8 11 5
7 英国 2 9 12 10
8 ドイツ 6 4 13 13
9 アラブ首長国(UAE) 11 14 5 7
10 日本 15 5 3 18
11 ニュージーランド 3 16 17 8
12 カナダ 8 11 16 11
13 韓国 16 7 4 19
14 イスラエル 18 1 21 9
15 オーストラリア 12 17 9 12
16 オーストリア 13 13 10 16
17 フランス 14 12 15 15
18 スペイン 19 20 14 17
19 チェコ 17 18 19 20
20 中国 20 19 18 14
21 ハンガリー 21 21 20 23
22 ロシア 22 24 24 24
23 メキシコ 24 23 22 21
24 インド 23 22 23 25
25 ブラジル 25 25 25 22

出所:KPMGの「自動運転車対応指数2019」からジェトロ作成

AVの実証実験に関わる各社は、シンガポールだけでなく、同じモビリティの課題を抱える街での展開を視野に入れている。シンガポールのモビリティ改革の特集の後編は、日本の地方でのAV実証実験を計画するSTのAV開発チームへのインタビューを伝える。


注1:
スマート国家については2019年8月30日付地域・分析レポート参照
注2:
AVのシンガポール基準「TR68」に関する詳しい情報は、ESGが管轄するオンラインの基準販売のページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で購入できる。

実験都市シンガポール、モビリティ改革への挑戦

  1. 持続可能なクルマ社会へ、自動運転の導入に向けたさまざまな取り組み
  2. 政府系大手のSTエンジニアリング、日本とシンガポールの高齢化対策に自動運転
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。