デジタル動画・画像解析技術を用いた「不審者検知システム」、ソチ五輪を成功に導く(ロシア)
ロシア・スタートアップ企業事例(4)

2019年10月23日

日本では、2020年夏に開催の東京オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会の開催を見据えて、2017年12月にテロ対策推進要綱を決定するなど、官民一体となったテロ対策の強化に注力しているが、ロシアは2014年2月に行われたソチ冬季五輪をテロの発生なく成功裏に終わらせた経験を有する。その成功の裏には、デジタル動画・画像解析技術に基づく「不審者検知システム」の導入があった。本システムを開発したのは、サンクトペテルブルクに拠点を構えるエルシス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます。ビクトル・ミンキンCEO(最高経営責任者)に企業概要と日本でのビジネス展開について聞いた(2019年7月5日)。

質問:
会社の概要について。
答え:
当社は1992年の創業で、サンクトペテルブルクに拠点を構える。資本金は1万ルーブル(約1万7,000円、1ルーブル=約1.7円)で、投資受け入れの実績はない。
デジタル動画・画像解析技術を用いた、不審者検知システムを開発した。監視カメラなどを通じて収集した動画・画像を基に、大脳反射、心臓の鼓動、脈拍、反射などの振動を、高精度デジタル動画解析を通じて、精神・身体の状態が正常ではない(極度に緊張している、ストレスを抱えている、病気を患っている)人物を検知するものだ。

エルシスのビクトル・ミンキンCEO(ジェトロ撮影)
質問:
起業と不審者検知システムの開発に至った経緯は。
答え:
当社はソ連時代に、エレクトロンという研究所で機械を用いた計測方法の研究に従事するエレクトロニクス分野の専門家6人で立ち上げた。ソ連崩壊に伴い、1992年に研究所が倒産。生き残るために、生体認証技術などを1990年代に欧州に販売していた。
私は光エレクトロニクス分野の専門家で、電子検出器の応用に取り組み、スキャナーに指を置き、指のサイズを測る生体認証技術を1995年に開発した。その後、われわれは、人体の振動画像が感情、状況、疫学状況によって異なることを発見。テレビカメラを用いたプログラムを開発し、2000年には実用可能な段階に達した。
2001年9月に米国で同時多発テロが発生し、ロシアでもテロ対策が急務となった。ロシア政府は、当社が開発したシステムを必要とした。映像用カメラを用いて、十分な監視を行うには10秒で被写体の状況を把握する必要があり、これに向けて改良を重ねた。
犯罪者やテロリストは、普通の人間との異なる振動(兆候)が見られる。2000年代後半に、テロ対策、挙動不審者の検出のため、モスクワのシェレメチェボ空港、ドモジェドボ空港、サンクトペテルブルクのプルコボ空港に当社のシステムが導入された。
質問:
製品の強みと他社製品と差別化できる点は何か。
答え:
当社以外にも、数多くの会社が同様の画像認証システムを開発しているが、彼らとの違いは、単に画像や映像の分析だけでなく、人体の振動画像に基づき、リラックスしているかどうか、精神的な状況を診断できることだ。

エルシスのデジタル動画・画像解析ソフトウエアの画面(エルシス提供)
人体には、特定の動き(振動)がある。人体には(血液や神経の)循環システムがあるため、体の動きを制止することはできない。また、人間の生理学的反応は、いかなる民族であっても体の構造や体温、バイオリズムは似通っているため、当社の解析・判定技術は世界中のあらゆる人々に適用可能である。
振動画像は、コンピュータープロセッサーの力で解析する。ライバル製品はネットワーク通信に基づいたサーバーなどでのデータ処理・加工に頼っているが、当社の強みはローカル機器のみで活用が可能なこと。もちろん、サーバーを活用することも可能で、最大でコンピュータ10台を用いて収集したデータを転送・解析することができる。
質問:
システムの実績は。
答え:
2014年2月に開催されたソチ冬季五輪では、観客がスタジアムなどに入場する際の、全ての通過ポイントに当社のシステムが設置された。1,000人の検査員が当社システムを用いて、1カ月間で延べ300万人を判定した。われわれの技術の正確性の高さ(95%)が証明されたとともに、5%の確率でエラーは発生することが分かった。当社のシステムは10秒間の映像で被写体の状態を判定することが可能だ。10秒は通常、人々がチケットの購入に必要とする時間なので十分に判定できる。ソチ五輪での成功は、「ニューヨーク・タイムズ」紙にも取り上げられた。
ソチ五輪での判定結果では、1,000人を監視した場合、うち10人が、他の人とは異なる行動を取っていたことが分かった。このような人物に対しては、手荷物検査を行い、刃物の所持の有無、身分証確認の上、過去の犯罪履歴を確認した。検査に引っかかった10人のうち9人に犯罪履歴があることが分かった。
他方、2018年に開催されたサッカー・ワールドカップ(W杯)・ロシア大会では、われわれのシステムは大々的には採用されなかった。当社の技術が高額であり、W杯開催予算が限られたため。結果として、決勝戦でプッシーライオットというフーリガングループのメンバーのピッチ乱入を許す結果となってしまった。
質問:
セキュリティー分野以外ではどのような分野への適用が可能か。
答え:
振動画像によって、うそ発見器のような形でも活用可能なこと、人間の適性の判断にも適用できるため、ロシアでは大学・企業でも積極的に採用されている。
原子力発電所での活用もあり得る。核燃料近くで行動する作業員の緊張のパラメータを把握することが可能だ。また、搭乗前のパイロットの精神状態とリスクを判定し、墜落事故を未然に防ぐこともできる。ユーザーによる応用は非常に重要だ。
質問:
製品販売はどのようにやっているか、顧客はだれか。
答え:
当社のソフトウエアはインターネットから購入・ダウンロードすることができる。その後、プロダクトキーを付与し、使用することが可能。プロダクトキーには有効期限を設定している。製品・プログラム数は100種類。ウィンドウズ、iOS、アンドロイドなどのOSを搭載した機器であれば、いかなる端末でも使用可能だ。
当社の顧客は主に公的機関で、ロシア国内では医療や教育分野などのほか、建設分野でも用いられている。韓国では、携帯電話を用いた医療・健康診断に使用されている。
質問:
リスク対策はどのようにしているか。
答え:
取引リスク対策のため、基本的に前払い100%としている。外国企業のパートナーとの取引決済通貨はドルが主だが、欧州地域の企業との取引はユーロを用いている。
知的財産権侵害リスク対策について、特に特許保護を中国で講じている。米国、韓国、日本のパートナーと協力して、日本と米国での共同特許申請を行っている。
質問:
対日ビジネスの状況と魅力、留意点について。
答え:
日本市場には2015年に参入した。エルシスジャパン株式会社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますという代理店を設置し、同社を通じて、ユーザー、システムインテグレーターに対して、技術サポートを行っている。現場での技術サポートは、代理店従業員が実施する。
米国企業や欧州企業ともコンタクトがあったが、ロシアがこられの国・地域との関係が悪化し、セキュリティー関連分野ではロシア製品の採用が難しくなったため、現在は全世界市場の代表窓口を、日本のエルシスジャパンに一任している。
日本のパートナーは非常に良いと考えている。日々のやり取りは、英語を用いているが、外国とやり取りした経験が豊富なため、コミュニケーションで問題になることはない。毎日やり取りしているが、例えば、3~4つの質問がある場合、通常、1日半以内に回答している。日本側に対しては、非常に素早く返信する姿勢をとっている。
質問:
製品開発の着眼点と今後の取り組みについて。
答え:
当社のミッションは、新しい科学ソリューションの開発を通じて、当社ソフトウェアの適用範囲を広げていくこと。このために、科学および神経学分野トレンドの把握と、パートナーとの課題の把握をしている。トレンドの把握のため、1990年代にドイツや中国、米国で行われるカンファレンスや展示会などのイベントに参加した。課題の把握に向けては、年1回、当社主催カンファレンスを開催する。各国・地域のビジネスパートナーが活用事例・問題意識などを収集する良い機会となっている。
今後の取り組みとしては、製品の完成度をより高めていくこと、知的財産権保護を強化していくこと、新しい研究開発を考えている。当社は科学研究結果を活用し、新製品開発に注力する。当社の技術は、人間の生活の質と安全、精神科分野での診断品質、教育の質などの向上に貢献できると考えている。
執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 リサーチ・マネージャー
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。