シンガポールから見た、重慶・ASEANを結ぶ陸海新輸送路(後編)
欧州、そして東南アジアへ、広まる物流ルートの選択肢(4)

2019年4月8日

前編で紹介した中国西部地域の重慶と東南アジアを結ぶ新たな陸海輸送路「国際陸海貿易新通道(ILSTC)」を利用した中国国内からの鉄道貨物量、中継点の欽州港の取り扱い貨物量は、いずれも短期間で増加している。後編では、ソフト、ハード両面の課題は多く残るものの、さらなる利用促進に向けた展望について紹介する。

コンテナ取扱量を拡大させる欽州港

中国とシンガポール両国政府によるプロジェクト「中国・シンガポール(重慶)戦略コネクティビティー・デモンストレーション・イニシアチブに基づく国際陸海貿易新通道(CCI-ILSTC、以下ILSTC)」の利用は着実に増えている。ILSTCの開拓に伴い、その中継点として欽州港(広西チワン族自治区)の貨物取扱量が拡大している。ベトナム国境まで直線距離で約100キロメートルのところに位置する欽州港のコンテナターミナル事業は、北部湾・PSA国際コンテナターミナル(BPCT)により運営されている。BPCTは、シンガポールの港湾管理会社PSA、広西北部湾港集団、シンガポール海運会社パシフィック・インターナショナル・ラインズ(PIL)が2015年9月に設立した合弁会社で、欽州港における全コンテナ取扱量の約5割を担う。


欽州港コンテナターミナル(ジェトロ撮影)

BPCTの港湾施設概要をみると、岸壁延長(1,533メートル)、岸壁水深(15.1メートル)、ガントリー・クレーン〔15基(23列)〕、年間最大取り扱い能力〔300万TEU(20フィートコンテナ換算単位)〕と、アジアの周辺国・地域の主要港と比較すれば、規模感では劣る。しかし、欽州港のコンテナ貨物取扱量は図のとおり、2013年の60万1,000TEUから2018年には約3.9倍の232万5,000TEUへと大きく拡大した。前述のとおり、このうち約5割をBPCTが担う。2019年の見通しは300万TEU(うちBPCTは150万TEU)で、5年以内にBPCTの最大取り扱い能力に達するとみている。同社は、貨物需要増に対応するために、さらに10基のタイヤ式ガントリー・クレーン(RTG)を配備するなど、施設を拡張する予定だ。

図:欽州港におけるコンテナ取扱量の推移 (単位:万TEU)
2013年の60万1,000TEUから2018年には約3.9倍の232万5,000TEUへと大きく拡大した。

出所:BPCT

BPCTは、約20社の海運会社と連携し、アジア地域向けの国際コンテナ航路を拡充させている。最大のCOSCO(中国)のほか、PIL(シンガポール)、MSC(スイス)、SITC(中国)などが主要な会社として挙げられる。このうち、PILは、シンガポールへのフィーダー船を週2便、COSCOとRCL(タイ)は、共同でシンガポール便を週1便運航する。また、マースク(デンマーク)は、香港へのフィーダー船を毎日運航する。そのほか、ベトナム向けの貨物の積み出し拠点として、Xpress Feeder(シンガポール)がハイフォン間で運航するほか、MSC、SITC、PIL、COSCOなども、ハイフォンを経由する航路を整備している。

同港湾ターミナルを起点とした中国西部地域向け鉄道貨物については、2017年12月から、重慶と欽州港を結ぶ週3便の鉄道貨物線が定期運航を開始した。1月時点で、重慶、成都、昆明へ定期鉄道貨物(ブロックトレイン)を運航している(表1参照)。また、蘭州(甘粛省)、貴陽市(貴州省)、瀘州市(四川省)との各都市間においては、試験的な運行実績がある。

表:欽州港を起点とする貨物鉄道スケジュール(定期便)
ルート 所要日数 サービス開始 平均貨物車数 往路 復路
欽州-重慶 2日 2017年9月 25(50TEU) 週3便 週4便
欽州-成都 3日 2017年11月 30(60TEU) 週6便
欽州-昆明 27時間 2018年5月 30(60TEU) 週4-5便 週1便

出所:BPCT

既存輸送路を補完する代替ルートとして高まる利用価値

1月に実施した現地出張による関係者ヒアリングを通じ、新海陸複合輸送ルートについて、現在の利用事例や今後の見通しを示したい。

まず、中国西部地域からの輸出では、重慶や成都で生産された完成品が世界各地へ輸出される際、既存ルートの代替ルートとしての利用価値の高まりを見せる。例えば、エレクトロニクス製品は、空路が主たる輸送手段として使われているが、近年増加する物流需要に対して、航空便の供給は増加せず、スペースの不足感があることから、新ルートの利用が検討されているという。同様に、自動車、農業機械、汎用(はんよう)エンジンなどでも、長江を利用した既存の上海ルート(内航船輸送)から試験的に切り替えるケースがある。

また、ASEANの工業化が進展し、域内の生産が拡大するにつれ、ASEAN企業が裾野産業の集積する中国西部地域から部品や素材などを調達する動きも出ている。とりわけ、ベトナム北部ではエレクトロニクス製品などの組み立てに必要な部品需要が高まり、欽州港のベトナムとの近接性を生かし、新ルート利用が増えているようだ。

他方、中国西部地域への輸入では、同ルートを利用してASEANの一次産品が運搬されている。例えば、2017年にはタイのレムチャバン港からドリアン、マンゴスチン、ロンガンなどの果物が同ルート経由で試験的に輸出された。インドネシアの水産品を中国西部まで輸送する実証実験も成功したようだ。中国西部地域の経済発展が継続し、内需が拡大するにつれ、ASEANからの食品、果実、資源などの輸入意欲が拡大し、同ルートの利用価値が高まる可能性がある。一次資源だけでなく、樹脂やプラスチック、石油化学品などの中間財をシンガポールから輸入するケースでも、同ルート利用を検討しているという事例も聞かれた。

鉄道ルート(中国西部地域~欽州港)を保税状態で通過する利用も見られる。例えば、在ベトナムのエレクトロニクス企業は完成品を欧州向けに輸出する際、マラッカ海峡を経由するルートの代替として、「中欧班列」を利用しているという。別の在ベトナムのエレクトロニクス企業も同ルートを利用して、半完成品を東欧の組み立て工場向けに運搬しているようだ。日本企業の中にも、日本から自動車部品を欧州向けに輸送する際に、緊急時に海路よりもリードタイムの短い同ルートを利用している事例があるという。

さらなる利用拡大に向けた課題解決に期待

これまでみたように、ILSTCの利用は着実に増加している。とりわけ、中国地場、欧米、台湾、韓国企業は、新ルート活用に向けた試験輸送に積極的に取り組んでいるようだ。ただし、さらなる利用促進には、以下のような課題が残る。

1点目は、鉄道による貨物輸送のコストが高く、時間が読みにくい点だ。一般的に、長距離鉄道コンテナ輸送のメリットの1つに、時間短縮が挙げられる。しかし、新規ルートでは一定の貨物量を確保するのが難しく、運行スケジュールが読みにくい事例もあるようだ。現地ヒアリングでも、「現時点では、トラック運送のほうが手配やコストの面で鉄道よりも使いやすい」と指摘する物流関係者もいた。また、物量の不安定さにより価格が安定せず、従来ルートと比較して割高になるケースもある。シンガポールと中国による2国間イニシアチブでは、シンガポールが得意とするIT活用の管理システムの導入によるサービス向上、コスト削減、運行ルートの最適化、オペレーション効率化などに期待が集まっている。

2点目は、通関手続きの簡素化、迅速化だ。日系物流関係者によると、欽州港の取扱量が短期間に急増し、通関に要する時間が徐々に長くなっているという。2国間イニシアチブでは、両国間での通関データの相互交換、電子化による通関手続きの簡素化・迅速化に向けた話し合いが行われている。特に、シンガポールが2018年9月に開始した新貿易管理プラットフォーム「ネットワークド・トレード・プラットフォーム(NTP)」との接続なども検討されており、実現すれば、通関にかかる所要時間の短縮など、通関手続きの改善が期待される。

3点目は、欽州港におけるラスト・ワンマイル・コネクティビティーの問題だ。既存の貨物駅は欽州港から3.5キロメートル離れている上に、鉄道と船のコンテナ積み替えがトラック経由で行われるため、時間を要する。ただし、この点については、2020年までに鉄道貨物駅が港湾内に新設されることが計画されており、輸送時間の短縮が見込まれる。

積み替えハブ港としてのシンガポール港の競争力強化

新輸送ルートの構築は、中国側からみれば、政府が進める「一帯一路」構想の一環として位置づけられる。同ルートは、中国内陸部から中央アジア、ロシア、欧州へとつながるシルクロード経済帯「一帯」と、中国沿岸部から東南アジアや南アジア、中東、アフリカへつながる21世紀海上シルクロード「一路」を結ぶものだ。「一帯一路」構想は、対外開放戦略としてだけでなく、内陸部の地域開発にも重点が置かれ、最大のボトルネックの1つである物流コストの高さを、新物流網の構築によって低下させることへの期待は高い。

シンガポールは、これまで港湾事業を主要産業として発展させ、国際的な積み替えハブ港とすべく、その地位を確立させてきた。これまでシンガポールが培ってきたITや物流管理ノウハウを駆使することで、コネクティビティー改善にも大いに貢献できよう。アジア域内でハブ港をめぐる各港湾間の競争が激しさを増す中、ILSTCはシンガポールにとっては、自国港とのコネクティビティーを強化し、積み替え港としてさらなる地位向上を目指す戦略的事業であるといえよう。

執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。