先進技術大国イスラエルと日本企業に連携の可能性
2019年イスラエル・ビジネスセミナー報告

2019年7月30日

ジェトロ・ロンドン事務所では6月28日、「イスラエル・ビジネスセミナー」をロンドンで開催した。近年のイスラエルの投資誘致国としての盛り上がりや、ビジネス環境と安全面に関する実態、多くの起業家が輩出される構造が説明された。また、先進技術の背景や今後注目される技術分野についても紹介された。

イノベーションを後押しするイスラエルの背景

先進技術大国との評価を受けるイスラエルでは現在、300以上の多国籍企業が拠点を持つ。2018年の対内直接投資総額は218億300万ドルと5年前の水準の約2倍に急増しており、中東主要国の中で第1位となっている。なお、近年、欧州のイノベーション拠点として注目されるエストニアの対内直接投資総額(約13億ドル)と比較しても、その規模の大きさがわかる。また、人口は過去30年間で倍増しており、2017年の出生率は3.11と高く、引き続き増加傾向にある。ここ数年間の実質GDP成長率は平均約3%を超え、経済も好調な伸びが続く。登壇したジェトロ・テルアビブ事務所の余田知弘マネジング・ディレクターは、イスラエルのイノベーションを生み出す文化的な背景について解説した。イスラエルでは、近隣国やパレスチナ、特にガザとの緊張関係を背景に、平和の中にもある種の混沌(こんとん)とした雰囲気があり、存続をかけてイノベーションを推進せざるを得ないという危機感も存在する。これが、何度でも繰り返し挑戦する精神、失敗を許容する風土を生みだし、時に大胆な発想につながる。また、イスラエルでは兵役の義務があり、優秀な人材は国防軍のインテリジェンスユニットに配属され、先端技術を学ぶ機会を得る。このため、訓練を受けた高度人材が輩出される体系的な構造があり、さらに国家の安全保障に影響を及ぼさない範囲で技術の民間分野への転用が推奨され、ビジネスに活用しやすい環境がある。そのほかにも、イスラエルは世界各国からの移民が非常に多く、特に1990年代にイスラエルに移住した旧ソ連や東欧出身のエンジニアがハイテク産業の発展を支えた。こうしたイスラエル独自の背景に加え、GDP比で見ても高水準にある研究開発への積極的な投資なども影響し、人的・資金的資源が潤沢で、優秀な起業家により先端企業が次々と生まれ成長する環境が整っている。

また、世界銀行が発表したイスラエルのビジネス環境ランキングは49位で、アラブ首長国連邦(UAE、11位)やトルコ(43位)に次ぎ、中東地域の中では上位にある。こうした中、イスラエルにおけるスタートアップの数は2013年から2018年までの6年間で約3,000社増えている。(2019年6月20日付ビジネス短信参照)。スタートアップ開業数は2014年以降に減少しているが、これは起業が一度ピークを迎えたこと、また全体の中でレイターステージ(成長の段階)にあるスタートアップが資金調達を受ける傾向が拡大していることに起因すると考えられる。また、海外企業がスタートアップを買収する事例も多く存在する。国土が小さく、人口が900万人と国内での事業拡大の余地が限られるイスラエルでは、スタートアップは起業時から海外展開を強く意識している。出口戦略として買収されることを目的としているため、世界のトレンドや未来を予測し、必要となる技術、ソリューションを創り出そうとする意識を持つ起業家が多いことが背景にある。

IoTやインダストリー4.0領域の著しい成長

イスラエルは、軍事技術を起源とする信号処理技術に優位性があり、それを時代のニーズに合わせ、さまざまな技術に応用することで、先端技術の保有国としての地位を築いてきた。また、モノのインターネット(IoT)とインダストリー4.0(製造業のデジタル化)の領域では、近年の政府の積極的支援や国内大学の優れた研究により、急速にグローバルリーダーとなりつつある。デロイトイスラエルで日系企業クライアントエグゼクティブを務める、講師の森山大器氏が、イスラエルで成長している領域を紹介した。

特に、国際的にデジタル化が遅れている流通・小売り分野の新技術は、アマゾンなどによる破壊的なイノベーション(注)と競争環境の激化に起因して、近年需要が拡大しており、イスラエルが得意とする信号処理技術を生かすことにより、直近2年間でスタートアップ数と投資金額はともに急増している。この分野での企業買収に関しては、中国のアリババなどのeコマース企業やオンライン決済関連企業などの動きが先行していたが、近年はマクドナルドが、人工知能(AI)を活用した個人識別のプラットフォームを提供するダイナミックイールドを買収するなど、実店舗を持つ外食・小売企業も参入している。ただし、投資に関しては、現状でベンチャーキャピタル(以下VC)によるものが多く、小売り、流通、外食などの実ビジネスを行う企業による買収はいまだ限定的で、「未開拓」であり、日本企業の投資参入の機会は大きい。

また、デジタルヘルス関連スタートアップも、AI活用を中心に近年、資金調達額を急増させている。大企業による買収も、これまでは医療化情報システムや遠隔モニタリング領域が多かったが、近年は領域の多様化が進む。この分野では、日本とイスラエルの政府間で協力の覚書が取り交わされており、今後、連携に向けた動きが加速されることが期待されている。

イスラエルのスタートアップへのアプローチのカギ

スタートアップと連携をする際、「自社のニーズ」を明確に理解していることは重要な点だ。日本企業側が、スタートアップの技術を使ってどのような課題解決をしたいのかを十分に検討していないため、明快な連携の道筋が示せず、頓挫してしまう場合があるのだという。また、イスラエル人の国民性を認識しておくことも大切だ。しばしばイスラエル人は率直な言い回しを好み、日本のビジネスシーンとは異なる議論展開になる場合もあるが、これもイスラエル人自身がより良い結果を求める上での態度と認識すべきであろう。

さらに、イスラエルに拠点を設置する際には、社内の意思決定に加え、現地における法務・税務・労務などの各種手続きにも想定以上に時間がかかることに注意が必要だ。また、拠点設立以外にも、スタートアップと連携していく手段として、VCへのリミテッドパートナー出資、有望な技術を持つ企業を探すために調査会社へのアドバイス依頼といった専門家の知見を活用することも有効な選択肢の1つだ。

現在、イスラエルの日系進出企業数は約90拠点で、日系企業のイスラエルへの興味や関心は年々、高まりを見せている。一方で、イスラエルの特殊性や日本企業の組織面に由来する課題が進出の障害となることもある。特に、政治情勢は多くの日本企業が持つ懸念であるが、一般的な治安という面では、夜間に街中を歩くこともでき、無差別テロによる犠牲者はほとんど見られない。また、イスラエルとのビジネスを行う外国企業に対し、アラブ諸国から不利益を受ける事例は近年、日系企業についてはほぼ見られない(ジェトロの調査成果報告書参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.6MB) )。

イスラエルへの関心は、安倍晋三首相や世耕弘成経済産業相のイスラエル訪問を契機に急速に高まっている。さらに、2020年3月からは日本・イスラエル間での直行便が運航を開始する予定だ(2019年5月30日付ビジネス短信参照)。セミナーの来場者からは、イスラエルのフィンテック分野の動きに関する質問やVCへの具体的な出資形態についての質問が講演者に寄せられた。また、イスラエルの概観やスタートアップシーンを捉える上で参考になったという声もあった。


現地事情を紹介する余田知弘マネジング・ディレクター(ジェトロ撮影)

注:
既存技術や既存技術にとって代わるような革新的なイノベーションのこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
木下 裕之(きのした ひろゆき)
2011年東北電力入社。2017年7月よりジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2018年3月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆時)
新谷 那々(にいや なな)
2019年5月~8月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
慶應義塾大学文学部在籍。