モディ首相の地元で農業IT化に向けた日印連携(インド)
現地企業との適切な役割分担が成功のカギ

2019年8月28日

インド西部グジャラート(GJ)州では、2017年から本格的な農業のIT化が進められている。GJ州政府から農業の収穫予測や被害査定システムの委託を受け、日立インドと日立ソリューションズ、インドの地理情報システム会社のアムネックス・インフォテクノロジーズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社アーメダバード。以下「アムネックス」)による日本・インド連携のプロジェクトが進行中だ。ジェトロではこのプロジェクトについて、日立インドで担当する津田真啓シニア・マネジャー(インタビュー日:6月19日)、アムネックスの責任者シャラバン・バティ氏とビラン・マンカド最高戦略責任者(CSO)(インタビュー日:6月3日)に話を聞いた。

質問:
プロジェクトの概要は。
答え:
(津田真啓シニア・マネジャー)日立インドと日立ソリューションズ、アムネックスによる共同提案により、州政府の入札でこの案件を落札した。衛星画像解析を活用した初の本格的な農業IT化のプロジェクトであり、日立ソリューションズとアムネックスが構築するシステムの一部は第1フェーズとして2018年6月に稼働し、2020年6月にシステム全体が完成する予定だ。
質問:
アムネックスとの連携の経緯、役割分担は。
答え:
(津田氏)日立ソリューションズは、日本では地理空間情報分野で約40年、農業ソリューション分野で16年以上の実績がある。海外での実績もあるが、サービス提供の現地化が課題だった。今回のプロジェクトでは、システム開発で地場企業のアムネックスがリモートセンシングの導入や、データを分析・活用するためのWebアプリケーションの開発を担当し、日立ソリューションズは農作物のデジタルマップに必要な地理情報プラットフォームの提供や、Webアプリケーション開発での技術支援を行っている。
アムネックスは日本の技術をベースにしながらも、インド市場などの新興国に適合するアイデアを積極的に実現している。管理面で調整に手間取ることもあるが、新しいことに積極的に挑戦する姿勢はインド企業ならではであり、日本企業としても見習うべき点が多い。
質問:
データの収集・分析手法は。
答え:
(シャラバン・バティ氏)複数の衛星からの空間情報とドローンによる測量で得た農地情報、農地単位の土壌・灌漑情報、農作物の種類と収穫量の推移、天候、農家から提供された写真など大量の情報を収集し(1日当たり3テラバイト程度)、アルゴリズム解析を用いて、特定の農地の収穫予測や天災・農作物の病気などによる被害査定が行えるよう農業情報をデータベース化した。農家や農業事業体、州政府や保険会社が毎日、パソコンや携帯で閲覧できるアプリケーションも開発・提供している。

グジャラート州の農地収穫量分析マッピングについて
説明するシャラバン・バティ氏(ジェトロ撮影)
質問:
事業を展開する上でのポイントは。
答え:
(シャラバン・バティ氏)農家の収入安定や、州政府による農家への補助金政策の策定、保険会社による農業保険査定の公平性や効率化などに貢献することが目的のため、農家や州政府職員へのデータ説明や、アプリ利用に関する啓蒙活動に力を入れている。農林水産に携わる州政府職員は誰でもアクセスできるようにし、弊社側では相談対応可能な態勢を取っている。農業従事者の中には携帯を所有していない人やデータの読み取り方が分からない人もいるとの指摘もあるため、弊社職員や州政府職員が村落を訪問し直接対応している。

農家向けのアプリケーション(英語/グジャラート語対応)
(アムネックス社提供)

州政府職員向けのポータルサイトイメージ(アムネックス社提供)
質問:
インド企業との連携で留意すべき点は。
答え:
(津田氏)1.役割分担、2.交渉の姿勢、3.インド文化に対する日本側の理解などが挙げられる。まず、役割分担だが、顧客対応や業務アプリケーションは、現地の商習慣や慣習に詳しいインド企業に任せ、日本企業はバックエンドで利用されるコアのプラットフォーム技術に注力することだ。日本で培った業務ノウハウや実績も重要だが、固執せずに任せた方が良い。次に、交渉の姿勢について。インド企業は過剰な要望や計画を出してくることも多い。相手のペースに乗らず冷静に対応し、妥協点を見いだす必要がある。5つの「あ」(焦らず、慌てず、諦めず、当てにせず、侮らず) がまさに当てはまる。そして、特に重要なのが日本側の理解を得ることだ。入札や契約締結に至る交渉過程では、日本と異なる商習慣や考え方に経験のないメンバーが面食らうことも多い。少しずつ実績を積み重ね、経営層から管理者層まで粘り強く状況を報告し、幅広い賛同者を広げていくことが大切だ。
質問:
今後の抱負について。
答え:
(津田氏)スピード感のある製造拠点と巨大なマーケットの両方を合わせ持つインドなどの新興国市場で今後も、日本企業の長所であるきめ細かな対応を生かしつつ、現地企業との提携を進めながら事業拡大を目指したい。

日立インドでアムネックスとの共同事業を担当する津田真啓シニア・マネジャー
(日立インド提供)
(ビラン・マンカドCSO)インド同様、日本も2ヘクタールの農地が多いため、このプロジェクトでの知見を生かすことができると考えている。土壌水分センサーに関する日本企業との技術提携に関心がある。
(シャラバン・バティ氏)当面はプロジェクトの効率的なシステム運営に注力する。GJ州以外に、東部オディシャ州と南部アンドラ・プラデシュ州でも実証事業を始めており、今後は他州にも展開できればと考えている。将来的にはモディ首相の進める農家への現金給付策(PM-KISAN)や農産物卸売りポータルサイト(eNAM)といった農業政策に対して、何かのかたちで貢献することも視野に入れている。

各社ともさらなる日印連携に向け注力

今回のプロジェクトで現地側のカギを握るアムネックスは、2008年にインドのGJ州アーメダバードに創立されたIT企業で、従業員は約450人を有する。同社は「第10回グジャラート州エレクトロニクス産業協会(GESIA)年間賞(2018年)」でベストAI(人工知能)プロダクト・ソリューション賞を受賞するなど、GJ州で注目されるスタートアップ企業の1つだ。GJ州で開催された「バイブラント・グジャラート・スタートアップ&テクノロジーサミット2018」(2018年10月26日付ビジネス短信参照)や、インド最大の農業技術展示会「アグリテック・インディア2018」に出展し、自社事業のさらなる展開に積極的だ。インド以外では、オーストラリア、中東・アフリカ展開を視野にアラブ首長国連邦に拠点を持ち、農業関連のサービスを提供している。農業IT化プロジェクトのほかにも、モノのインターネット(IoT)を活用した高度交通管理システムの運用(ムンバイBRTS)、GJ州のインドの初スマートシティー「GIFTシティー」(2019年5月10日付地域・分析レポート参照)内におけるスマートユーティリティーの構築や市民向けサービスソフトの開発など幅広く携わっている。


「アグリテック・インディア2018」にブース出展したアムネックス社
(ジェトロ撮影)

日立インドも、日本の農林水産省内のチームがGJ州で新たに立ち上げたプロジェクト「J-Methods Farming」のキックオフイベント(2019年7月9日付ビジネス短信参照)に参加するなど、インドビジネス拡大に向けて取り組んでいる。

現在、GJ州には農業関連で日系企業の進出はないが、前述のJ-Methods Farmingによるプロトタイプ実証実験により、農業分野における日系企業のインド進出の課題や参入可能性がより具体的になるなど、今後の展開が注目される。同省が推進するスマート農業分野においても、アムネックスのような優れた先端技術を有したインドのスタートアップ企業との連携により、インドでの事業展開の可能性を広げることが期待でき、インド進出・展開時の戦略の1つとして検討する価値はありそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・アーメダバード事務所
丸崎 健仁(まるさき けんじ)
2010年、ジェトロ入構。ジェトロ・チェンナイ事務所で実務研修(2014年~2015年)、ビジネス展開支援部、企画部海外地域戦略班(南西アジア)を経て、2018年3月よりジェトロ・アーメダバード事務所勤務。