大詰めブレグジット交渉(3)英国・EU間のモノや人の往来に影響大

2018年10月16日

英国にとってEUは貿易の約5割を占める主要相手地域である。英国・EU間を何度も行き来して製品が完成する製造業や食品など多くの産業にとって、英国が合意なしにEUから離脱(ブレグジット)することでEUとの貿易に関税などが発生した場合の影響は重大だ。また、EUからの移民は失業率の低い英国の各産業分野で雇用を支えていることから、政府はEU離脱後に備えた新しい定住スキームを発表した。

ノー・ディールへの備えも発表

英国の2017年の国・地域別の輸出入金額をみると、EUは5割程度を占め英国にとって最大の貿易相手だ(図1、2参照)。

図1:英国の主要国・地域別輸出(2017年)
地域別では、EU48.0%、アジア大洋州16.5%、北米15.1%、中東・アフリカ8.2%、その他12.2%。国別では、ドイツ10.5%、フランス7.4%、オランダ6.2%、アイルランド5.6%、その他EU18.2%、中国4.8%、ASEAN2.8%、日本1.7%、オーストラリア1.3%、インド1.2%、その他アジア大洋州4.8%、米国13.3%、カナダ1.4%、その他0.4%、アラブ首長国連邦2.2%、南アフリカ0.6%、その他中東・アフリカ5.4%、スイス4.5%、トルコ2.1%、その他5.7%。
出所:
英国歳入税関庁
図2:英国の主要国・地域別輸入(2017年)
地域別では、EU52.1%、アジア大洋州20.2%、北米11.2%、中東・アフリカ5.0%、その他11.6%。国別では、ドイツ13.7%、オランダ8.1%、フランス5.4、ベルギー5.0%、その他EU19.9%、中国8.4%、ASEAN2.4%、日本2.1%、インド1.5、オーストラリア0.8%、その他アジア大洋州5.1%、米国8.3%、カナダ2.5%、その他0.3%、アラブ首長国連邦0.8%、南アフリカ1.2%、その他中東・アフリカ2.9%、ノルウェー3.9%、スイス2.2%、その他5.5%。
出所:
英国歳入税関庁

英国とEUとの将来の通商関係に関しては目下、事前協議中であるが、英国は7月12日発表の白書で、離脱協定で暫定合意している2020年末までの移行期間以降は、物品の貿易では関税・通関の必要がない自由貿易圏(FTA)を設立することを提案している(2018年7月13日ビジネス短信記事参照)。ただし、今後のEUとの交渉次第では、英国が何ら合意なしでEUを離脱する「ノー・ディール」となる可能性もゼロではなく、その場合はFTAが間に合わないことが確実になる。政府は8月23日にノー・ディールに備えた分野別のガイダンスを発表している(2018年8月24日ビジネス短信記事参照)ことから、EUとの交渉は全体では進捗しながらも、特定分野での交渉は難航している様子がうかがえる。

仮にノー・ディールとなり、英国・EU間で関税や通関手続きが発生する場合には、企業にとってはコスト増加や物品の調達・供給の阻害などにつながり、事業へのマイナスの影響が懸念される。英国の輸出入を品目別にみると、機械類・輸送機器類や化学工業品の金額の割合が大きい。EU加盟各国とサプライチェーンを形成する自動車や化学産業などの製造業、あるいは原料をEUから調達する食品産業や小売業などに大きな影響を与える。

自動車や化学産業への影響大

英国自動車製造販売者協会(SMMT)によると、2017年には英国で生産された自動車のうち、約80%に相当する約167万台が輸出され、EU向けはその約54%を占めた。また、英国で製造されたエンジンも約55%が輸出されるなど、英国自動車メーカーのサプライチェーンはEUと密接に関係しており、EUから英国の自動車工場には毎日1,100台以上のトラックが約3,500万ポンド(約52億1,500万円、1ポンド=約149円)相当の部品を運び込んでいる。そのため、SMMTは自動車産業における、英国のEU離脱による大幅なコスト増加と競争力の低下を避けるため、関税や税関手続きのない制度の構築を提言している。SMMTの試算によると、EU単一市場から離脱した場合、EUへの完成車の輸出入時にWTOの最恵国待遇(MFN)税率10%の関税が課される場合、輸出では18億ポンド、輸入では27億ポンドのコスト増となる。また、自動車部品の輸出入には平均4.5%が課税されることになる。

化学産業では、英国の化学工業協会(CIA)によると、英国の化学品の貿易のうち、EUが占める割合は輸出では60%、輸入では75%と高い。原材料を輸入し、付加価値の高い製品を輸出する化学産業にとって、ノー・ディールの影響は大きい。CIAが2017年11月に欧州化学工業連盟(Cefic)と連名で発表した声明によると、英国の化学産業の市場規模はEU全体の7%程度で、2016年の英国からEU27カ国への輸出額は193億ユーロ、英国のEU27カ国からの輸入は226億ユーロで、英国はEU27カ国の化学産業にとって売り上げの4.5%占める。化学品はグローバルなサプライチェーンで製造され、最終製品化するまでに英国・EU間でも何度も往復するため、通関手続きが発生する場合には、単一市場と比較してはるかに複雑性とコストが増加するとしている。

国内産業には離脱をチャンスと捉える声も

食品関係でも影響が大きい。英国ビール・パブ協会(BBPA)によれば、ビールは食品分野の主要輸出品目の1つで、2017年は輸出による収益が5億8,500万ポンドとなった。EUは、英国のビール輸出の60%を占め、またビールの原材料をEUから輸入する英国のビール醸造所も多い。そのため、ノー・ディールとなった場合、EUへの輸出コストと原材料の輸入コストが増加する。

英国農業者連盟(NFU)の発表によると、英国の食品の貿易では輸出の60%、輸入の70%が対EUで、EU市場の存在は大きい。関税や通関手続きによるコスト増加といったマイナス要因は、商品価格の上昇につながることから、英国政府に対して、消費者利益や食品輸出の成長性といった観点をEUとの通商政策に反映させるよう訴えている。また、天候や市場価格の変化など農業には独自のリスクを抱えていることから、ブレグジット後にも、農業を維持・成長させるためのインセンティブとなる農業政策や生産性向上のためのインフラ研究開発への支援を行うべきとしている。食品流通については、英国小売コンソーシアム(BRC)が流通の維持にはシームレスな通関取り決めが不可欠であるとし、政府の提案するFTAに歓迎の意を示した。

その一方で、漁業関係者の見方は異なる。スコットランド漁業者連盟(SFF)によると、2016年に英国の排他的経済水域(EEZ)における英国漁業者の漁獲高は8億1,500万ポンド相当で、英国のEEZ全体の漁獲高の36%程度にとどまる。EU離脱によって、EUの共通漁業政策(CEP)から外れることで自国の漁獲枠(クオータ)が撤廃され、また英国がEU漁業者の英国EEZへのアクセスを制限した場合、英国漁業者の漁獲高は2倍程度伸びると試算し、ブレグジットによる漁業への好影響を予想している。別の漁業者団体であるNFFOも、ブレグジットは自国の豊富な水産資源を利用できない現状に対処するため長年待ちわびたチャンスである、との見解を示している。

雇用にも大きな影響

英国では、EU市民を中心とする移民があらゆる産業を支えている。2017年末時点の英国の移民数は全人口の約14%の約940万人で、そのうち英国以外のEU市民は約370万人を占める(図3参照)。

図3:英国の移民人口の推移(単位:千人)
英国民の推移は2004年53907、2005年54037、2006年53986、2007年54102、2008年54225、2009年54415、2010年54699、2011年54787、2012年55042、2013年55309、2014年55375、2015年55642、2016年55554、2017年55777。EU14(オーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、アイルランド、スペイン、スウェーデン)移民の推移は、2004年1221、2005年1209、2006年1246、2007年1258、2008年1267、2009年1272、2010年1280、2011年1327、2012年1376、2013年1374、2014年1456、2015年1501、2016年1596、2017年1686。その他EU移民の推移は、2004年271、2005年375、2006年532、2007年729、2008年869、2009年944、2010年1,034、2011年1,237、2012年1,276、2013年1,369、2014年1,570、2015年1,681、2016年1,940、2017年2,019。EU以外の移民の推移は、2004年3767、2005年3996、2006年4256、2007年4421、2008年4633、2009年4806、2010年4920、2011年5097、2012年5170、2013年5178、2014年5252、2015年5387、2016年5616、2017年5677。
出所:
国民統計局(ONS)

しかし、国民統計局(ONS)によると、2018年第2四半期にはEU出身の労働者が前年同期比で過去最大となる8万6,000人減少した(2018年8月23日ビジネス短信記事参照)。国籍別移民人口で最大であるポーランドの駐英大使による、ポーランド国民にとって英国は魅力的ではなくなっている旨のコメント発表など、英国で働くEU市民のブレグジットへの不安感がみてとれる。

他方、英国では失業率の低下が続き(図4参照)、2018年第2四半期は過去40年で最低となる4.0%を記録した。人手不足の深刻さが高まりつつある中、ブレグジットを背景とする移民の減少がさらなる人手不足を呼ぶ可能性があることも懸念されている。

図4:英国の失業率の推移(単位:%)
1971年から2017年までの時系列で失業率の推移。 4.1、4.3、3.7、3.7、4.5、5.4、5.6、5.5、5.4、6.8、9.6、10.7、11.5、11.8、11.4、11.3、10.4、8.6、7.2、7.1、8.9、9.9、10.4、9.5、8.6、8.1、6.9、6.2、6.0、5.4、5.1、5.2、5.0、4.8、4.8、5.4、5.3、5.7、7.6、7.9、8.1、8.0、7.6、6.2、5.4、4.9、4.4。
出所:
国民統計局(ONS)

産業団体は移民システムの変革を望む

英国産業連盟(CBI)は8月に発表したレポートにて、ブレグジットに関する備えとして、労働力へのアクセスの維持を優先事項に挙げた。同レポートでは、移民が各産業のさまざまな技能・サプライチェーンの階層で労働力となり、中でもEU出身の労働者は英国の各産業で4~30%の労働力を担っている(表参照)。ブレグジット後にEU域外からの移民と同様の移民制度をEU市民に適用することは、煩雑な手続き、認定に必要な期間、コスト増となり、多くの英国企業にとってEU市民の雇用が困難となる、としている。また、英国・EU間の人の移動の自由がなくなることは、ビジネス活動を阻害するとしている。

CBIは本レポートの中で、いくつかの提言をしている。まず、移民数を基準にする現行の移民制度から、英国への貢献度を基準にすべきと提言。また、EU市民は都市部だけでなく地域でも一定の労働力を担い、その産業や階層もさまざまであるため、英国全体で移民に柔軟にアクセスする仕組み作りが不可欠とする。具体的には、EU市民に限らず、ブレグジットに備えて、EU域外からもさまざまな技能を持った人材を獲得することが必要になるため、ビザ発行手続きの簡素化や、年収条件や発行数上限の撤廃を求めている。また、EUとのビジネスが多く、国外に拠点を構える企業が多数あることを踏まえ、EUへの出張や転勤など人の移動を容易にすること、ノー・ディールとなった場合でも、既に英国内に居住するEU市民の地位を保全することの必要性を訴えている。

EU市民の定住スキームを公表

既に英国内に居住するEU市民ならびにEUに居住する英国民の地位保全については、英国およびEUが2018年3月19日に大筋合意した離脱協定案の中で保障している。これを受け、英国政府は6月21日にEU市民の地位保全のための新たな手続きを発表した。

離脱協定の発効が前提となるが、本スキームでは、ブレグジット後、2020年12月31日までの移行期間内に英国での居住歴が5年以上となるEU市民に対して「確立した地位」を付与し、永住権を認める。また、2020年12月31日までに入国すれば、5年の居住歴がないEU市民でも5年間の居住権を与え、5年経過した時点で永住権の申請を可能にしている。本スキームが適用されたEU市民は、現在と同様に英国の社会福祉制度にアクセスできるほか、近親者にも同様の権利が保証される。永住権の申請には、自身の国籍など身分、英国での居住歴、犯罪歴の3つの証明手続きと手数料(成人65ポンド)が必要だが、2019年4月以降は手数料が無料となる。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
木下 裕之(きのした ひろゆき)
2011年東北電力入社。2017年7月よりジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2018年3月から現職。