大詰めブレグジット交渉(4)英国は規制・規格でEUとの整合性を優先

2018年10月16日

英国のEU離脱(ブレグジット)が迫る中、企業は英国とEUが移行期間を設けた場合や合意なく離脱(ノー・ディール)する場合など、想定されるシナリオに応じた準備を行わなければならない。中でも、欧州ではEUレベルで規制・規格が制定されるため、英国がブレグジット後にEUの規制・規格とどのように整合性を取っていくのかを企業は注視している。本レポートでは、規制の中からEU一般個人データ保護規則(GDPR)と化学物質に関する規制であるREACH規則、規格についてはEU標準規格であるEN規格とCEマーキングを取り上げ、英国政府が7月12日に公表したEUとの将来関係に関する白書での取り扱いや、8月以降に公開しているノー・ディールに備えるガイダンスを基にブレグジットの影響について説明する。

GDPRを国内法にして十分性認定を得られるか

EUが制定する法令のうち、「規則」は加盟国の国内法に優先して各国で直接適用され、「指令」はそれに基づき加盟国が国内法制化を必要とする。英国は1973年のEU加盟以来、EU規則・指令に基づき国内法を整備してきた。EU離脱後はEUの法体系から外れるが、今まで国内法の上位に位置していたEU規則や指令に基づいて制定された法律がそのまま英国法に取り込まれる予定だ。

GDPRは2018年5月25日に適用が開始されたEU規則で、EUを含む欧州経済領域(EEA、EU加盟28カ国およびアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー)域内で取得した氏名やクレジットカード番号などの個人データをEEA域外に移転することを原則禁止している。EEA域外にデータを移転する場合、データ主体の明らかな同意や標準契約条項(SCC)、拘束的企業準則(BCR)による適法化の措置を取ることで、例外的に移転が可能になる。また、EUが個人データ保護の水準が十分であると認定した国へのデータ移転は適法となる。英国政府による白書では、GDPRを原則そのまま国内法制化するため、英国の個人データ保護規則はGDPRと同水準となることから、政府は十分性認定を得られることを期待し、遅くとも2020年12月末の移行期間終了まで認定取得を望んでいる。この場合、EEA域内から英国へのデータ移転は適法となるため、在英企業は現行の個人データ保護のコンプライアンスを順守すればよいことになる。

一方、ノー・ディールの場合、英国でGDPRのデータ保護基準が変更されることは想定されないものの、EEA域内の個人データを英国に移転することが原則禁止となり、在英企業はEEA市民の個人データを取り扱うにはデータ主体の同意、EEA域内にある拠点とのSCCの締結などが必要になるだろう。他方、GDPRは既に施行されていることから、企業内のコンプライアンスの改めての制定は必要ないと思われる。

REACH規則は交渉結果により企業への影響が変化

化学物質の登録、評価、認可および制限(REACH)に関する規則の下では、EU域外からEU向けに輸出する化学製品に含まれる化学物質が年間1トン以上の場合、EU域内の輸入者もしくは唯一の代理人(EU域内の自然人または法人)が当該物質を欧州化学品庁(ECHA)に登録する必要がある。白書では、英国は化学を含む重要分野ではEU機関に分担金を支払うことで、たとえ投票権がなくとも当該機関への参加継続を望んでいる。それにより、第三国となることを避け、現行どおりの体制を維持し企業活動への影響を最小限にすることを期待している。ノー・ディールの場合、EUでも活動している在英企業は、英国とEU両方の規制当局への登録が必要となる可能性があるなど、大きな影響が考えられる。また、英国政府によるノー・ディールに備えるガイダンスでは、在英企業はEEA国の当該機関への登録をしない限りEEA市場での販売ができなくなるとし、EEA市場へのアクセスを保つ措置を講じることを推奨した。加えて、EEAから化学物質を輸入する在英企業には英国で新しい登録要件が生じるとした。

REACH規則は欧州の自動車産業のサプライチェーンに重大な影響を与えており、欧州自動車工業会がノー・ディールを含めた英国とEUとの離脱交渉シナリオごとのREACH規則の変化を予測している(表参照)。以下のシナリオ1~3は2019年3月30日から2020年末までの移行期間があった場合、4はノー・ディール際のシナリオだ。移行期間があり、その後にEUと合意を形成し英国がECHAの加盟国または準加盟国となるシナリオ1では、企業への法的な影響が小さい。移行期間後にEUと何の合意もなかったシナリオ3では、企業が大きな変化を強いられる可能性がある。また、EU離脱の時点で合意がされ2019年3月30日からECHAの加盟国になるシナリオ2では、影響が小さい。一方、ノー・ディールのシナリオ4では、2019年3月30日から大きな変更が企業に求められる。将来的にEUと合意がない場合(シナリオ3、4)、英国でREACH規則の代替法が制定される可能性があり、両地域で活動する企業は英国版のREACH規則とEUのREACH規則の両方に基づいてそれぞれの機関に登録する必要が懸念されている。

表:交渉シナリオごとのREACH規則の企業への影響
シナリオ 交渉期間
2017年3月29日
→2019年3月29日
移行期間
2019年3月30日
→2020年12月31日
最終合意
2021年1月1日以降
(備考)
1 EU加盟国
英国はREACHの影響下(*)
EEAモデルの合意の適用
英国はREACHに残留(*)
英国・EUの特定分野の合意
英国はECHAへ参加・費用負担(**)
移行期間後に合意
2 EU加盟国
英国はREACHの影響下(*)
英国・EUの特定分野の合意
英国はECHAへ参加・費用負担(**)
英国・EUの特定分野の合意
英国はECHAへ参加・費用負担(**)
移行期間前に合意
3 EU加盟国
英国はREACHの影響下(*)
EEAモデルの合意の適用
英国はREACHに残留(*)
特定分野の合意なし
REACHは英国とEUで分断(***)
移行期間後に合意なし
4 EU加盟国
英国はREACHの影響下(*)
特定分野の合意なし
REACHは英国とEUで分断(***)
特定分野の合意なし
REACHは英国とEUで分断(***)
移行期間なく合意なし
注:
表中の記号は、企業への法的負担について、(*)変化なし、(**)微妙な変化、(***)大きな変化、をそれぞれ表す。
出所:
欧州自動車工業会

ECHAは、ブレグジットに関するQ&Aを公表している。2019年3月30日以降に英国がEU域外の第三国となるノー・ディールを想定し、英国企業がEUおよびEEA加盟国の顧客に対して継続して化学品を提供するためには、(1)EU側の顧客自らが化学品の物質を登録し直す、(2)メーカーが製造者としてEUおよびEEA域内に移転する、(3)EUおよびEEA域内の「唯一の代理人」を任命する、のいずれかが必要としている。加えて、英国内で「唯一の代理人」としてEU域外企業からの登録を請け負っている企業は、EU離脱後にその機能を失うとしている。そのため英国内の「唯一の代理人」を現在利用している場合は注意が必要だ。

欧州標準化組織にとどまることを希望

製品などの規格に対するブレグジットの影響はどうか。EUの規格体系は、EU統一規格であるEN規格を上位とし、加盟各国にEN規格を自国の国家規格として採用することを義務付けている。EN規格は、欧州標準化委員会(CEN)および欧州電気標準化委員会(CENELEC)によって発行され、現在、英国を含めた34カ国が加盟しているが、ブレグジット後に加盟継続が可能かは不透明だ。EUとの将来関係の白書では、物品に関して共通の規則(2018年7月10日ビジネス短信参照)を導入することで、国家標準化機関として両団体に加盟している英国規格協会(BSI)が単一標準化モデル(注1)を適用し続けることができるとしている。自主的にEUの規格を使用することで、BSIはEN規格に競合する国家規格を制定できなくなるが、英国とEU間の規格の一貫性が確保され、英国は引き続き欧州標準化組織(CENやCENELEC)内で主導的な役割の継続を期待している。継続が認められた場合、従来と同様にEN規格に対する発言権を確保できるほか、自国の規格をEN規格、さらには国際規格にする可能性が残るだろう。また、BSIは、欧州標準化組織にEU加盟国以外の国(EFTA加盟国やEU加盟候補国)が加わっていることから、ブレグジット後もメンバーにとどまることができると主張している。

一方、ノー・ディールの場合はEN規格策定に関し、英国が関与できなくなる可能性も考えられる。EN規格を国家規格に取り込む義務はなくなり、独自で規格を制定することができるが、それゆえEU規格と乖離(かいり)していく懸念がある。また、自国規格の国際標準化においては、CENやCENELECを通じてのEU各国との合意形成が難しくなり、有利に進めることが困難になると予想される。

欧州委員会、CEマーキングの認証機関の機能が失われると表明

EUで販売(上市)される製品のうち、特定のものはEU安全性などの基準に適合することが求められ、基準を満たした製品はCEマーキングを表示する。ニューアプローチ指令が定める必須要求事項の具体的な技術的要件は、EN規格で規定されている。指令およびEN規格は各国の国内法および国家規格に落とし込まれ、英国ではCEマーキングに関する規格は「BS EN」(注2)として導入されている。英国政府の白書は、CEマーキングの取り扱いについて触れていないが、短期的にはCEマーキングを要する根拠となる法律が英国でも継続して存在し、製品への付与が求められると考えられる。しかし今後、EUとの規制・規格の乖離により、国内のCEマーキングの制度が廃止される、またはEUのCEマーキングとは別物となっていく可能性もある。

CEマークは、自己宣言のほか、EU加盟国により認定された第三者認証機関による製品の適合性評価が必要となる場合がある。ノー・ディールに備える英国政府のガイダンスでは、ブレグジット以前から英国市場に流通していた物品は、EUの認証機関による適合性評価を持って英国市場での流通を時限的に認めるとした。他方、英国の認証機関による適合性評価だけではEU市場で流させることはできず、EUの認証機関での再試験を必要とした。欧州委員会は2018年1月に公開したポジションペーパーで、ノー・ディールの場合、英国の認証機関はEUの認証機関としての機能を失うとした。離脱日以降に上市される製品については、英国のガイダンスと同様、EU27カ国の認証機関による認証が必要となる。加えて、離脱日前に英国の認証機関により適合性評価を受けてEU市場に上市し、離脱日以降も引き続きEU市場での販売を継続する場合は、EU27の認証機関から新しい証明書の発行を受けるか、メーカー、英国およびEUの認証機関間の契約に基づき英国認証機関が適合証明書類などとともに、承認の責任をEU側機関に移転する手続きの検討を勧めている。BSIは、認証機関のための相互認証協定が存在し、EU域外の国でもEUの認証機関として認められている例があるため、前述の欧州委の公表しているシナリオは避けられるとしている。

ノー・ディールの可能性が騒がれている中、英国政府は規制や規格について、EUとの整合性を求めることで企業への影響を抑えようとしている。しかし、EU側からはまさに「いいとこ取り」に見え、ノー・ディールを視野に入れた情報を出していることから、引き続き離脱交渉の行方に注目が必要だ。


注1:
EU単一市場を支えるため、加盟国はEN規格を国内規格として採択し、競合する既存の国内規格を廃止する。
注2:
EN規格の内容を変えずに英国の国内標準とした規格。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
鵜澤 聡(うざわ さとし)
2013年、高圧ガス保安協会(KHK)入会。2016年10月よりジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課へ民間等研修生として出向、2017年10月より現職。