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【中国・潮流】中国の「改革」の行方 ‐ 在米有識者へのヒアリングより(3)

2018年3月30日

中国の第13期全国人民大会第1回全体会議(全人代)が3月20日、閉幕した。今年の全人代の会期は16日間と異例の長さとなった。例年全人代で最も注目を集めるのは初日に行われる首相による政府活動報告であるが、今回は2004年以来14年ぶりに実施された「憲法改正」が、その「お株」を奪う格好となった。

憲法前文には、胡錦濤前政権のスローガンである「科学的発展観」および、習近平政権のスローガンである「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」が新たに加えられた。

名実ともに「習近平新時代」がスタートする2018年以降の中国がどのような歩みを見せていくのか。折しも、今年は中国が改革開放政策を開始してから40年目の節目の年となるが、中国の「改革」はどこへ向かうのか。在米有識者のヒアリングを踏まえつつ、展望してみたい。

「改革」に成功

李克強首相が行った政府活動報告では、「改革」という言葉が合計「97回」登場、昨年(83回)を上回った。中国政府は、対外的にも引き続き「改革」の歩みを進めていく姿勢を明確に示したといえる。

中国は1978年12月、中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(三中全会)において「改革開放」政策を掲げ、経済改革、対外開放への歩みを進めてきた。1980年に「経済特区」に指定され、対外開放のいわば「申し子」として発展を遂げてきた広東省深セン市のGRP(域内総生産)は香港のGDP(国内総生産)を猛追し、2018年には香港を上回る可能性が高い。

中国の改革開放に向けた努力が大きな果実として結実したのは、2001年12月におけるWTO(世界貿易機関)への加盟であった。1986年7月のWTOの前身であるGATT(関税及び貿易に関する一般協定)への加盟申請から、実に15年余の交渉期間を経た末の加盟の実現であった。

加盟前後に中国国内で盛んに用いられた言葉は「與国際接軌」。「中国が世界にリンクする」という意味である。事実中国は、WTO加盟後、その譲許事項にのっとって、製造業・サービス業の幅広い分野に渡り市場開放を断行し、2000年代初頭における対中直接投資ブームを喚起。外資による投資・輸出の拡大も成長の原動力の一つとなり、2003~2008年にわたり中国は6年連続で2ケタ成長を達成。その後2010年には日本を抜いて世界第2位の経済大国へと躍進した。

図:WTO加盟後の中国の貿易額の推移
(1)中国の輸出額(億ドル)は、2001年は2660.98、2002年は3255.96、2003年は4382.28、2004年は5933.26、2005年は7619.53、2006年は9689.78、2007年は12204.56、2008年は14306.93、2009年は12016.12、2010年は15777.54、2011年は18983.81、2012年は20487.14、2013年は22090.04、2014年は23422.93、2015年は22734.68、2016年は20976.31、2017年は22633.29。 (2)中国の輸入額(億ドル)は、2001年は2435.53、2002年は2951.70、2003年は4127.60、2004年は5612.29、2005年は6599.53、2006年は7914.61、2007年は9561.16、2008年は11325.67、2009年は10059.23、2010年は13962.44、2011年は17434.84、2012年は18184.05、2013年は19499.89、2014年は19592.35、2015年は16795.64、2016年は15879.26、2017年は18418.88。 (3)中国の貿易収支(億ドル)は、2001年は225.45、2002年は304.26、2003年は254.68、2004年は320.97、2005年は1020.00、2006年は1775.17、2007年は2643.40、2008年は2981.26、2009年は1956.89、2010年は1815.10、2011年は1548.98、2012年は2303.09、2013年は2590.15、2014年は3830.58、2015年は5939.04、2016年は5097.05、2017年は4214.41。
出所:
CEIC

WTO加盟に際しては、中国国内でもさまざまな反対の声があった。よく聞かれたのは、「WTO加盟後の関税引き下げにより、海外から輸入品が多く流入し、中国の貿易収支が大幅な赤字になる」、「外資の流入により中国の地場企業は厳しい競争環境に置かれる」といった声である。しかし、実際には中国の輸出は大きく拡大し、2017年に至るまで、貿易黒字を続けている。また、中国企業への影響という観点でみても、2017年7月に発表された「Fortune Global 500(フォーチュン・グローバル500)」に中国企業が105社ランクインするなど、懸念は杞憂(きゆう)に終わった。まさにWTO加盟後の中国は、国際的な枠組みに参画しながら「改革」を実行し、その果実を十二分に享受してきたといっても過言ではないだろう。

「改革」はどこへ向かうのか?国有企業改革から読む

これまで「改革」の果実を十二分に享受してきた中国だが、今後はどのような「改革」を目指すのであろうか。

2018年1~2月の米国でのヒアリングにおいては、中国政府の「改革」姿勢が従来とは大きく変化しつつあるとの声が多く聞かれた。

経済面の「改革」姿勢をみる上で、米国の識者が注目したのが、国有企業改革に関する姿勢である。民営化の推進による経営の効率化が想像できるが、ある識者は「習政権の1期目の状況をみると、国有企業の従業員数はむしろ増加している。国有企業の多くのエグゼクティブ層はそのまま昇進しているのが実態であり、大きな変革が生じている状況にはない」と指摘する。在米国の中国人研究者も、「『改革』とは言うものの、国有企業がより一層力を発揮するような方向に向かいつつあるほか、民営企業に対し中央が影響力を強める動きも顕在化しつつある。真の意味での『改革』となっているのかは疑問である」との声も聞かれた。

事実、中国の国有企業改革への取り組みをみると、国有企業同士の合併による巨大国有企業の誕生への動きが顕在化している。足元では一部国有企業に民営企業がマイノリティー出資する「混合所有制改革」の動きもみられるが、あくまでも国有資本主体の資本構造は堅持した形となっている。

「習近平新時代」の国有企業改革はどのようなものとなるのか。政府活動報告では「国有資本をより強く、良質で大きなものとする。国有企業は改革と革新によって質の高い発展の先頭を歩まなければならない」とうたっている。「国有企業が中国経済の主要な担い手の一つであり続ける」、そう読み取れる記述ぶりである。

ワシントンDCで、独自の視点で中国経済の分析を続ける識者は「中国は西側諸国のような経済体制、市場経済は作らないだろう。引き続き、国有経済が中国経済のけん引役を担っていく。(民営・国有経済の双方が存在する)混合経済が市場経済より効率は良いかは何とも言えないが、少なくとも中国では成功した。政策の実施スピードが速いからだ」と、中国経済の独自性が中国経済の発展の要因一つとなっていると説く。

現代化強国に向けた「改革」はどこへ向かうのか?

2017年10月に開催された中国共産党第19回党大会においては、2035年における「社会主義現代化の基本的な実現」、2000年代中葉までの「社会主義現代化強国」の実現という新たな長期目標が掲げられた。中国経済は世界1位の経済規模の米国を追い上げる段階に入ったが、その過程は「現代化強国」を目指す過程でもある。どのようなツールを活用して目標達成を目指すのか。ある在米中国人識者は「これまで中国は、WTO加盟にみられるとおり、国際社会において「傍観者」としての役割しか担ってこなかったが、一帯一路構想は、中国が国際社会の安定に積極的に関与するという観点でみれば、重要なメルクマールとなる構想である」と指摘する。

一方、米国人識者からは、中国が進める「改革」がより独自性の強いものとなり、「一帯一路」構想などを通じ、その経験を対外的に共有する動きを強めることに懸念を示す向きが多くみられた。「WTOのルールも完全なものではないが、現行のルールを堅持し、中国に関与することで競争が健全な形で行われるようになるよう促していくべき」との声も聞かれた。

2018年1月のダボス会議において、中国の経済政策のキーパースンとされる劉鶴・中央財経領導小組弁公室主任は、「中国は全面的な対外開放を継続する。国際的な経済貿易ルールとの一致性を高め、マーケットアクセスを大幅に改善し、金融業を中心とするサービス業の対外開放を拡大し、求心力のある国内の投資環境を創造する」と述べている。劉主任の発言を素直に読めば、中国の改革開放は、これまでの延長線上で進められるとも解釈できる。一方で、一帯一路への取り組みなどからは、中国は自らが「ルールメーカー」となり、今後の世界経済を主導していく動きを強めつつあると捉えることもできる。

中国の「改革」の方向性を見極めるにはまだ時間が必要であるが、「習近平新時代」の下で、中国が新たな高みを目指し、「ギアチェンジ」を図ったことは言(げん)を俟(ま)たないところであろう。

執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所 次長
中井 邦尚(なかい くにひさ)
1996年、ジェトロ入構。清華大学留学(2000~2001年)、ジェトロ・北京事務所経済信息部長(2002~2008年)、本部海外調査部中国北アジア課課長代理(2008~2012年)、ジェトロ・成都事務所長(2014~2015年)などを経て、2015年9月より現職。

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