特集:アジアで深化する生産ネットワークと新たな潮流良好な事業環境を土壌に、高度産業の芽(マレーシア)

2018年3月15日

マレーシアは2015年~2016年に経済成長が減速し、1人当たり国内総生産(GDP)は1万ドルを割り込み、「中所得国のわな」に陥ったという悲観的な見方が多かった。しかし、2017年に国内消費と輸出が急回復したことで、目標としていた2020年までの先進国入りが、現実味を帯びてきた。マレーシア政府が目指すのは、より付加価値の高い産業の育成だ。IoT・デジタル経済の中核となる電子機器・半導体産業の強化、航空機器や医療機器といった新産業に期待がかかる。

車載用需要で盛り返す半導体産業

マレーシアの輸出は2015年、2016年と減少していたが、2017年1~9月では前年同期比14.6%増の1,429億ドルとなった。エネルギー価格の上昇により鉱物性燃料(HS27)が47.3%増と大幅に増えたことも大きいが、マレーシアの基幹工業品目である電気機器(HS85)が16.1%増、一般機械(HS84)が12.2%増、プラスチック製品(HS39)が10.0%増と、それぞれ2桁増となった(図1)。

図1:マレーシアの輸出額の推移
全体は2012年が2,278億ドル、2013年が2,284億ドル、2014年が2,340億ドル、2015年が1,992億ドル、2016年が1,900億ドル、2016年1~9月が1,395億ドル、2017年1~9月が1,590億ドル。電気/電子機器は、2012年が593億ドル、2013年が607億ドル、2014年が658億ドル、2015年が595億ドル、2016年が584億ドル、2016年1~9月が430億ドル、2017年1~9月が497億ドル。鉱物性燃料は、2012年が465億ドル、2013年が508億ドル、2014年が516億ドル、2015年が324億ドル、2016年が268億ドル、2016年1~9月が191億ドル、2017年1~9月が244億ドル。一般機械は、2012年が249億ドル、2013年が241億ドル、2014年が232億ドル、2015年が225億ドル、2016年が220億ドル、2016年1~9月が163億ドル、2017年1~9月が177億ドル。油脂は、2012年が195億ドル、2013年が159億ドル、2014年が158億ドル、2015年が126億ドル、2016年が126億ドル、2016年1~9月が91億ドル、2017年1~9月が100億ドル。測定/医療機器は、2012年が75億ドル、2013年が67億ドル、2014年が74億ドル、2015年が69億ドル、2016年が71億ドル、2016年1~9月が53億ドル、2017年1~9月が57億ドル。プラスチック製品は、2012年が69億ドル、2013年が68億ドル、2014年が76億ドル、2015年が71億ドル、2016年が69億ドル、2016年1~9月が51億ドル、2017年1~9月が55億ドル。ゴム製品は、2012年が91億ドル、2013年が83億ドル、2014年が69億ドル、2015年が62億ドル、2016年が58億ドル、2016年1~9月が42億ドル、2017年1~9月が54億ドル。その他は、2012年が540億ドル、2013年が551億ドル、2014年が558億ドル、2015年が521億ドル、2016年が504億ドル、2016年1~9月が373億ドル、2017年1~9月が504億ドル。
出所:
Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成

輸出の回復に伴い、電気・電子産業は1~2年前の停滞から一転し、好調になっている。特に半導体の生産拠点が集積するマレー半島北部のペナン州には、米国大手のブロードコム、ドイツ大手のインフィニオンなど、各メーカーが生産能力を拡張している。

近年、半導体の利用用途が、スマートフォン、タブレットといった電気通信製品だけでなく、自動車の制御装置(車載部品)に広がりを見せている。各製品に求められる機能が増やされ、処理速度も求められるようになった結果、搭載される電子部品(半導体など)の量が数倍に増えている。

こうした潮流の中、自動車産業ではASEAN域内での部品の生産分業が進み、マレーシアは電子制御ユニット(ECU)など車載電子部品や、カーエアコンなどのカーエレクトロニクスの集約拠点となりつつある。マレーシア拠点には、半導体の取り扱いに不可欠なクリーンルームなどの設備や、電子系材料を扱う工程のノウハウがあるケースが多く、集約拠点の候補に挙がりやすい。

急速に成長する航空機産業

電気・電子産業以外では、航空機器と医療機器がマレーシアの新たな産業として期待されている。マレーシアの輸出について、3年ごとの増減と寄与度(どの品目が増減に寄与したか)をみると、2007年から2013年までは鉱物性燃料、油脂、電気機器などが輸出を押し上げた。しかし、2013年から2016年にかけては、輸出全体が大きく落ち込む中、アルミニウムや鉱石といった新たな1次産品と、航空機器と医療機器がけん引した(表)。

表:マレーシアの輸出額 寄与度上位5品目(3年毎)(単位:ポイント)(△はマイナス値)

2010年
品目 寄与度
鉱物性燃料 3.6
油脂 2.9
電気機器 2.4
ゴム、同製品 1.5
医療機器、測定機器等 0.8
全体 12.9

注:2007年比の増減。

2013年
品目 寄与度
鉱物性燃料 9.6
電気機器 2.4
銅、同製品 0.9
医療機器、測定機器等 0.6
アルミニウム、同製品 0.4
全体 14.9

注:2010年比の増減。

2016年
品目 寄与度
アルミニウム、同製品 0.4
鉱石 0.3
航空機器 0.3
医療機器、測定機器等 0.2
ニッケル、同製品 0.2
全体 △ 16.8

注:2013年比の増減。

出所:「Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成

航空機器・同部品の輸出額をみると、2016年は13億3,714万ドルと、5年前に比べて54.8%増に増えている(図2)。航空機器部品(HS8803)だけをみると、2016年で13億1,808万ドルと、5年前に比べて81.7%増えた。ボーイング、エアバスといったセットメーカーが、アジアからの部品調達を拡大する動きが追い風となっている。

図2:マレーシアの航空機器・同部品の輸出
全体は2012年が7.3億ドル、2013年が7.6億ドル、2014年が8.8億ドル、2015年が10.7億ドル、2016年が13.4億ドル、2016年1~9月が10億ドル、2017年1~9月が14.4億ドル。内訳をみると航空機部品(HS8803)は、2012年が6.3億ドル、2013年が7.6億ドル、2014年が8.4億ドル、2015年が10.4億ドル、2016年が13.2億ドル、2016年1~9月が9.9億ドル、2017年1~9月が11.2億ドル。その他は、2012年が9,400万ドル、2013年が500万ドル、2014年が4,500万ドル、2015年が2,300万ドル、2016年が1,900万ドル、2016年1~9月が1,300万ドル、2017年1~9月が3.2億ドル。
出所:
Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成

マレーシアの航空機産業の規模は127億リンギ(1リンギ=27.7円、約3,518億円)で、シンガポールに比べて4分の1、日本の3分の1程度だが、年平均6~7%で成長している。

大手航空機部品メーカーの拠点拡充の動きも活発化している。2017年11月末から、地場コングロマリット傘下のUMWエアロスペースが、クアラルンプール国際空港のあるセランゴール州で、英航空機エンジン大手ロールス・ロイス向けエンジン部品(ファンケース)の製造を開始した。また、米国系1次部品サプライヤーであるハネウェルも、2016年8月に飛行制御システムの生産を米国からペナン州工場に移管した。今後もマレーシア国内において航空機部品の製造が増加しそうだ。

品質重視の医療機器産業では高評価

医療機器(HS9018~9022)も、2012年~2016年の5年間は右肩上がりに伸び、2016年で18億3,600万ドルに達している。2017年1~9月においても、前年同期比12.0%増の14億7,600万ドルと堅調に伸びている(図3)。

図3:マレーシアの医療機器輸出
全体は2012年が11.6億ドル、2013年が13.4億ドル、2014年が17.3億ドル、2015年が17.8億ドル、2016年が18.3億ドル、2016年1~9月が13.2億ドル、2017年1~9月が14.8億ドル。医療用電気機器(HS9018)は、2012年が8.6億ドル、2013年が10億ドル、2014年が12.4億ドル、2015年が13.1億ドル、2016年が14.2億ドル、2016年1~9月が10.2億ドル、2017年1~9月が10.8億ドル。整形外科用機器等(HS9021)は、2012年が1.6億ドル、2013年が2.4億ドル、2014年が3.7億ドル、2015年が3.1億ドル、2016年が2.4億ドル、2016年1~9月が1.7億ドル、2017年1~9月が2.3億ドル。エックス線機器等(HS9022)は、2012年が1.2億ドル、2013年が7,500万ドル、2014年が1.1億ドル、2015年が1.4億ドル、2016年が1.6億ドル、2016年1~9月が1.1億ドル、2017年1~9月が1.4億ドル。その他医療機器(HS9019-20)は、2012年が2,400万ドル、2013年が2,600万ドル、2014年が1,500万ドル、2015年が2,300万ドル、2016年が2,300万ドル、2016年1~9月が1,600万ドル、2017年1~9月が3,400万ドル。
注:
医療機器はHS9018~HS9022とする。
出所:
Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成

2012年から2016年にかけて、品目別に年平均成長率(CAGR)を計算すると、全体では12.2%、医療用機器(HS9018)が13.4%、整形外科用機器等(HS9021)が10.1%、エックス線機器等(HS9022)が8.0%となっている。最も伸び率の高い医療用機器は2016年で14億1,523万ドルが輸出されている。主に糖尿病用自己管理機器などの医療用電気機器、シリンジ(注射器の筒)といった製品だ。

人命にかかわる医療機器は品質が重視されるため、日本製と同等の品質水準で生産が可能なマレーシアは、生産拠点としてメリットが大きい。日系医療機器メーカーA社の社長は「マレーシアの電力やガス、港湾といったインフラ、物流や通関は全く問題がない。従業員の教育水準も高い」と、同国のビジネス環境を高く評価する。世界銀行の事業環境ランキング「Doing Business」では、マレーシアの「ビジネスのしやすさ」は世界190カ国中23位と、日本(34位)、タイ(46位)、ベトナム(82位)を上回る。特に、電気・電子産業の集積があることから、医療用電気機器などを製造しやすい環境が整っている。加えて、マレーシアは東南アジアで最大の医療機器市場(2015年、BMIリサーチ調べ)であり、国内市場のボリュームも大きい。

マレーシアは、シンガポールと同様に、他のASEAN加盟国に比べて賃金水準が高く、規制により外国人労働者の雇用コストも上がっているため、労働集約型産業には厳しい環境になりつつある。しかし、シンガポールと比較すると工業用地に余裕がある上、充実したインフラを割安に利用できる。ジェトロの投資関連コスト比較調査(2016年度)で東南アジアの主要10都市(注)のコストを比較すると、一般用電気料金、事務所賃料、レギュラーガソリン価格、市内中心部店舗スペース/ショールーム賃料の項目では、クアラルンプールは最もコストが低い。一般用水道料金も2番目に低い。

また、マレーシアは英語の通用する高等教育を受けた従業員を雇用しやすく、生活環境も良好であるため、欧米など外資企業からの評価が高い。品質水準が求められる電気・電子製品、航空機器、医療機器などの産業は、今後もマレーシアで拡大が期待できそうだ。


注:
シンガポール、クアラルンプール、ジャカルタ、マニラ、バンコク、ハノイ、ホーチミン、ビエンチャン、プノンペン、ヤンゴン。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。