知財の力で挑むグローバル市場:海外展開する日本企業の知財の取り組み伊勢半の模倣品対策、「ものづくり」企業としてブランドと信頼を守る

2025年9月11日

1825年に創業した伊勢半外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(本社・東京都)は、現存する日本のメイクアップ化粧品(注1)メーカーのうち、最も長い歴史を持つ企業である。1930年代から海外展開も開始し、日本でも人気のある商品ブランド「ヒロインメイク」を筆頭に、現在は世界15の国と地域に展開している。海外展開にあたって、ブランド保護の観点から模倣品の対策に取り組む、同社ブランド管理部の笠松直紀部長、正木宏幸氏、山崎美嘉氏に中小企業の模倣品対策の課題と取り組みについて聞いた(インタビュー実施日:2025年3月3日)。

新型コロナウイルスとともに増加した模倣品と急がれる対策

質問:
伊勢半の事業内容は。
答え:
メイクアップ化粧品、基礎化粧品、医薬部外品など化粧品全般を扱っている。中でも、マスカラ・アイライナーを主力商品とする「ヒロインメイク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」と呼ばれるシリーズが国内外において人気。オリジナルキャラクターが目を引くパッケージでインパクトがある点や、耐久力・カールキープ力といった機能性の高さ、メード・イン・ジャパンならではの品質の良さなどが好評となっている。
質問:
知財の体制は。
答え:
社員が全体で約350人いる中で、ブランド管理部は6人。そのうち、弁理士が2人の体制。特許、意匠、商標、著作権、模倣品対策などの知的財産権に関する業務を中心に行っている。それぞれの業務に主担当は配置されているが、主担当業務以外も全員がフォローし合う体制で進めている。
質問:
どのような経緯で模倣品対策を進めるようになったのか。
答え:
当初、海外で当社製品の模倣品が流通していることは社内で把握していたものの、適切な監視・管理体制を整えるのに時間を要していた。しかし2019年ごろから、電子商取引(EC)サイトでの流通が進むにつれ、日本国内のフリマサイトなどで模倣品が出品されるようになり、粗悪な模倣品を誤って購入した消費者からお問い合わせが入るなどし始めた。それ以降、ECサイトの監視や必要に応じた対策を進めるようになった。 2020年には新型コロナウイルスの感染拡大により、さらに模倣品が確認されるようになった。人々がマスクを着けるようになり目元が注目されるようになったことでアイメイクの需要が加速したことや、外を出歩かなくなりECサイトでの取引が活発になったことが背景にあると考えられる。当時、ECサイトのウォッチングと模倣品の削除申請が業務の大半を占めてしまうほどの量だった。さらなる対策として、ECプラットフォーマーには直接、話をしに行くなど関係を構築して、対応してもらうようにしていた。情報収集を重ねていくと、出品者は、海外のECサイトで模倣品を極端に安く購入し、日本のECサイトで正規品より少し割安の値段で転売するケースが多いことが分かった。海外での模倣品に対応しなければ、海外だけでなく日本での販売にも影響するため、模倣品対策に力を入れる必要が出てきた。
質問:
模倣品は精巧で見分けがつきにくいのか。
答え:
当初は非常に粗悪なもので、一目見て分かるような「雑な」ものが多かった。しかし、最近では精巧なレベルのものが多くなっている。税関にも輸入差し止めの申し立てをしているものの、現場で見分けるのに苦労するほど、外見だけでは判断がつかないようなものも増えている。
正規品
模倣品

ヒロインメイクアイライナーの正規品(左)と精巧に造られた模倣品(右)(伊勢半提供)

企業の責任として模倣品対策に取り組む姿勢を見せる

質問:
模倣品などで、権利侵害を受けることで、どのような被害や懸念があったのか。
答え:
売り上げに影響してくるかどうかよりも、「ものづくり」の観点で品質が良いものをお客様に届けていきたいと考える中で、「ニセモノ」を看過すべきでないというところが重要であった。健康被害のおそれや、SNSでの口コミによる風評被害がブランド毀損(きそん)につながる懸念も大きかったため、会社として対策をしないのはリスクがあると考え、取り組んだ。模倣品対策に取り組んでいる姿勢を見せることは、ブランド保護において非常に重要であると考えている。
質問:
模倣品が出回る前の権利出願はどの程度行っていたのか。
答え:
海外展開する際には、必ずその国において必要な知的財産を権利出願していた。中国では、ヒロインメイクのキャラクターの著作権登録なども行っていた。しかし、冒認出願(注2)へは十分な対応ができておらず、コーポレートブランドの「KISSME(キスミー)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」は、第三者により「Kiss Me○○○○」で権利が取得されていたものの、それを無効取り消し審判や異議申し立てをするなどの対策が遅れていた。この点は現在、対応できている。
質問:
模倣品被害を受けてどのような対策をしたのか。
答え:
行政摘発、刑事摘発ができればいいが、メイクアップ化粧品は小さい設備で製造できてしまう製品も多いため、調査をしても倉庫や製造場所の特定が難しく、効果的な摘発に至れていない。現状はECサイトで販売されている商品の削除に注力することで、少しでも模倣品の流通量を減らすべく、継続した努力を行っている。また、1つの対策では効果に限りがあるので、必要に応じ、ジェトロなどを通じて、直接プラットフォームとの関係を構築するなどしている。また、化粧品に関しては、日本化粧品工業会に模倣品対策部会が設置されている。化粧品業界全体で対処すべき課題として取り組んでいく方針もあり、各社共通の課題として協力を進めていきたいと考えている。また、コストの問題もあり、容易に実現できないが、お客様が正規品かどうか判断できるようにするための技術的対策を検討していきたいとも考えている。
質問:
模倣品対策コストを、どれだけ費やすかについて。
答え:
基本的な考えは、対策の必要があれば適切なコストをかける。しかし、限られた予算内でいかに効率的な対策をするかがポイントで、弊社でもコストは議論となった。仮に100万円かければ模倣品がゼロになるのであればよいが、皆無となる確証はない。そのため、予算獲得にあたっては、経営層を含む社内で模倣品や知的財産に関する理解促進や対応の必要性を認識してもらう必要がある。企業の責任として、ものづくりに関わるものとして、「ニセモノ」に対する断固とした対応は非常に重要であると理解の促進を図った。
特に、日本のフリマサイトに出品された模倣品への対応は自社社員がやっていた。しかし、限られた人員・時間・コストで行う現状の対応方法に限界を感じ、必要に応じ適切な費用をかけて、日本のECサイトに流通させないようにするため、改めてコストをどこに割くべきなのかを検討した。
また、ジェトロの侵害支援事業で助成を受け、費用を抑えて対策に取り組めたのも大きい。支援期間中に模倣品対策の必要性に対して社内の理解を得ることで、利用年度が終了しても必要額の予算を社内で確保することができるようになった。
質問:
ECサイトでの模倣品に対してどのように分析しているか。
答え:
年々、状況は変わってきている。例えば、東アジアの一部では当初より削除申請が認められにくいケースも多くなった。当初は、出品者からサンプル購入をして模倣品の特徴をECサイトの運営に伝えることで削除される環境であった。しかし最近では、出品者から「正規で購入している」と反論される場合や、ECサイト側から詳細な証拠書類の提出を求められる場合などがあり、削除が難しくなってきているのが現状。
また、東南アジアのECサイトでの模倣品が多くなっている。東アジアで削除申請などの対策を強化していることから、模倣品販売が難しくなり、東南アジアの方にも流れてきているのだと考えている。また、正規品を取り扱っていただく販売サイト数が増加し、東南アジアで商品の売り上げが増加していることも一因とみられる。東南アジアのECサイトでは、サイトにアップされている自社商品の中に少なくない割合で模倣品が見受けられるようになり、看過できない状態となっている。新規プラットフォームの参入も多く、複数のECプラットフォームを監視するのは非常に苦労するが、削除申告の成功率は高い。

自社における知財意識の変化

質問:
貴社の中で、知財ポリシーの位置づけはどのようにされているのか。
答え:
年を追うごとに、権利保護への意識が経営層含めて社内全体に浸透してきたように感じる。模倣品対策をはじめとした知的財産権保護の活動を社内にアピールしたことで、知財部門が社内でも注目されるようになり、人員も含めて体制が強化されている。
知財を通して「ブランドを保護する」部門であることを社内で明確にするために、2025年3月に「知財管理部」から「ブランド管理部」に部署名が変更された。「ブランド」が頭についたことで、単に知的財産権を保護する部門ではなく、ブランドという会社の資産を守る部門であるとの認識を強めている。
また、知財に関する理解促進という面では、経営層や各部門の責任者向けにさまざまな形で説明を行ってきたことで、理解が浸透してきたと思う。経営層がブランド保護のための知財の視点を持っていれば、トップダウンで意向が社内に伝わり、円滑な連携が可能となる。これからも、社内に自社の知財の現状や課題を見える化して、アピールしていきたいと考えている。
その他にも、社内や海外代理店などから、模倣品や権利侵害品があれば情報共有をしてもらっている。海外の現地法人に独自で動いてもらう事例も増え、知財関連の情報入手がさらにスムーズになってきたと感じている。今後は、その情報をブランド管理部でどう活用するか、を考えるフェーズに来ている。
質問:
日々の知財・ブランド保護業務の中で知財の重要性への気づきはあるか。
答え:
削除申告をする中で、各国での知的財産をきちんと取得していないと困難な状況になることは日々実感している。必要なものにはコストをかけてでも、権利行使できる体制を整えておくことが重要だと認識している。また、各社の置かれている状況は異なるかもしれないが、中小企業は知財にかけられるコストにも限りがある。ジェトロを含め「サポートを得られるところには積極的に協力を求める」ことが、弊社のような中小企業でも長く速く走り続けられることにつながっていると考えている。

ブランド管理部の正木氏(左)山崎氏(中央)笠松部長(右)(ジェトロ撮影)

注1:
顔などに塗布し、色彩や陰影で容貌をより魅力的に見せたり、欠点を隠したりするために用いる化粧品全般を指す。
注2:
特許や商標を、正当な権利を有していない第三者が勝手に出願すること。第三者による出願が登録されてしまうと、第三者が権利者となる。商標が冒認出願されると、冒認出願した権利者がその商標権を利用して消費者に誤認させたり、当事者間の紛争を引き起こしたりする可能性もある。
執筆者紹介
ジェトロ知的資産部知的財産課
井上 真琴(いのうえ まこと)
2024年、ジェトロ入構。知的財産課でASEANおよびオセアニア地域を担当。