分断と協調-岐路に立つ国際ビジネス貿易の分断や輸送の混乱が世界経済を下押し
2024年9月5日
2024年の世界経済は、本格的な景気後退リスクをいったん回避したものの、今後、2029年にかけての中期的な経済成長率は数十年ぶりの低水準となる見通しだ。その中で、インフレによる需要減や米中貿易摩擦などを背景とする世界の財貿易の停滞は、今後の世界経済の成長の足かせとなりつつある。また、貿易面での経済政策の不確実性も、世界経済の下振れリスクとなる。とりわけ、米中対立に起因する貿易・投資制限措置の広がりや、主要国間の産業政策間競争の過熱による補助金拠出の乱発などに代表される自国本位の政策介入の著しい増加は、効率的なサプライチェーン構築を阻害し、世界の財や資本の流れにさらなる停滞と分断を引き起こす可能性がある。加えて、局地的な紛争などに起因する海上輸送の混乱が続いており、今後、世界的なインフレ圧力の再燃、それに伴う経済への深刻な打撃を招くリスクも懸念される。
世界経済は本格的な景気後退入りのリスクを回避
主要国際機関が2024年5月から7月にかけて発表した2024~2025年の世界経済の見通しは、それぞれの国際機関が過去半年以内に示した前回見通しを総じて上回った(表参照)。2022年後半から2023年前半にかけて世界全体を覆っていた本格的な景気後退入りのリスクがいったん低下し、見通しへの悲観論が和らいだかたちだ。
発表機関 |
2023年 (推計値) |
2024年 (予測値) |
2025年 (予測値) |
発表時期 (前回) |
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伸び率 | 伸び率 | 前回差 | 伸び率 | 前回差 | ||
IMF | 3.2 | 3.2 | 0.0 | 3.3 | 0.1 |
2024年7月 (2024年4月) |
世界銀行 | 2.6 | 2.6 | 0.2 | 2.7 | 0.0 |
2024年6月 (2024年1月) |
国連 | 2.7 | 2.7 | 0.3 | 2.8 | 0.1 |
2024年5月 (2024年1月) |
OECD | 3.1 | 3.1 | 0.2 | 3.2 | 0.2 |
2024年5月 (2024年2月) |
注:国際機関による伸び率の差は、集計の際の構成国・地域のウエートの決定方法の違いなどによる。
出所:IMF(2024年7月)、世界銀行(2024年6月)、OECD(2024年5月)、国連経済社会局(2024年5月)から作成
このうち、IMF(2024年7月発表)は、2024年の世界経済の成長率(実質GDP伸び率)を3.2%、2025年は3.3%と予測した。2024年の成長率は、前回の4月時点の見通しを据え置いたものの、同年1月時点の見通し(3.1%)と比較して0.1ポイント、2023年10月時点の見通し(2.9%)からは0.3ポイント上方修正された。IMFは「世界経済が景気後退を免れ、強靭(きょうじん)性を保った」とのスタンスを示している。景気後退リスクの根拠となっていた世界のインフレ率は、2022年の8.7%をピークに2023年に6.8%、2024年には5.9%と段階的に低下し、「ソフトランディングに向けて順調な進展が見られる」とした。他方、短期的なリスクとして、サービス価格の上昇がディスインフレ(物価上昇率の低下)の進展を妨げており、それが金融政策正常化への道筋を複雑にしているとの問題を指摘。貿易摩擦の過熱によって政策の不確実性が増している状況下、インフレの上振れリスクが高まれば、高水準の金利が継続し、経済の下押し圧力となる可能性がある。加えて、IMFは、各国の選挙結果に起因する政策の不確実性がインフレリスクを高める可能性についても警告した。
世界銀行が2024年6月に発表した世界経済見通しも、2024年の世界の実質GDP伸び率を同年1月の見通しから0.2ポイント上方修正(2.6%)している。見通しの発表に際し、インダーミット・ギル世界銀行グループチーフエコノミストは「(新型コロナウイルスの)パンデミック、紛争、インフレ、金融引き締めによる混乱から4年を経て、世界経済の成長は安定しつつある」との見解を述べた。他方、2024年以降の成長率は新型コロナ禍前の2020年以前よりも低い水準にあり、「世界の最貧国の見通しはさらに憂慮すべき」との懸念を示した。世界全体の見通しが上方修正される半面、低所得国の間では、4分の3の国の成長見通しが1月時点から下方修正されている。世界銀行によると、開発途上国の半数以上が2020~2024年の5年間で、先進国との所得格差の拡大に直面している。格差の広がりの背景には、厳しい債務返済や、貿易機会の制限、気候変動コストの増大などが指摘されている。
世界経済成長の足かせとなる財貿易
前出のIMFの世界経済見通しが示す2024年~2025年の世界経済成長率は、2000年以降、新型コロナ禍前までの20年間(2000~2019年)の平均成長率3.8%を下回る水準にある。また、2029年にかけての中期的な成長見通しも3.1%と、数十年ぶりの低い水準で低迷すると見込んでいる(注1)。
世界経済の成長が今後、中期的に鈍化することが見込まれる中、世界の財貿易量の伸びは、その経済成長率の伸びをさらに下回る。WTOの世界貿易見通し(2024年4月)によると、2023年の世界の財貿易量(輸出入平均)の伸びは前年比1.2%減と、2020年以来3年ぶりのマイナス成長となった。また、2024年の財貿易量の伸び率は、2023年からの反動増を反映しながらも、2.6%の伸びにとどまる見通しとなっている。WTOによる前回の予測(2023年10月)と比較し、2023年は2.0ポイント、2024年は0.7ポイント、それぞれ下方修正されている。先進国を中心に、インフレ圧力が実質賃金と所得を抑制した結果、輸入需要が減少し、従来の貿易見通しが下方修正される一因となった。特に輸入構成比の大きい耐久消費財と資本財は、実質可処分所得と景気変動の影響を受けやすく、これらの財に対する需要の低迷が輸入を下押ししたかたちだ。また、新型コロナ禍からの回復後のサービス消費の増加が輸入財に向けられていた支出の一部を転換させた可能性もある(注2)。
WTOによると、1990年代から2000年代にかけて、世界の財貿易の伸び率は世界のGDPの伸びを上回り、世界経済の成長を牽引してきた。しかし、2010年代以降の財貿易の伸びの低下により、貿易が経済成長にもたらす恩恵は失われ、むしろ、経済成長の足かせとなりつつある。
貿易政策の不確実性が経済の下押しリスクに
IMFのチーフエコノミストのピエール・オリビエ・グランシャ氏は、今後の世界経済の下振れリスクとして「貿易面の経済政策の不確実性」を指摘する(注3)。多国間貿易体制が徐々に解体され、自国本位の一方的な関税や産業政策措置を導入している状況に対し、「こうした一方的措置の急増が持続的かつ共有された世界の繫栄を実現する可能性は低い。むしろ、貿易と資源配分をゆがめ、報復措置を招き、成長を弱め、生活水準を低下させ、クライメートトランジションなどのグローバルな課題に対処する政策の調整を難しくするだろう」としている。
また、WTOも2024年4月に発表した世界貿易見通しの中で、世界貿易が直面する主なリスクとして、「地政学的対立に起因する貿易政策の不確実性」を指摘する。背景には、米中技術覇権争いに端を発した輸出管理規制の増加と、他国・地域への波及、産業政策間競争の過熱による補助金拠出の乱発、食料やエネルギー資源などの国内供給確保を目的とする輸出制限的措置の拡大など、貿易自由化に逆行する自国本位の政策介入が世界的に増加していることがあると考えられる。
近年、世界全体で発動される通商面の新たな政策介入の件数は、欧米主要国を中心に増加の一途をたどっており、2023年に導入された措置は、新型コロナ禍前の2019年の約3倍の水準に達している(注4)。また、新たに導入される措置の約8割は、貿易・投資に負の影響を与える「阻害措置」に分類されるのが実態だ(本特集原稿8「経済安全保障時代の企業対応(1)」参照)。
2024年6月にイタリア・プーリアで開催されたG7首脳会議で採択された首脳コミュニケでは、不透明で有害な産業補助金のまん延、国有企業による市場歪曲(わいきょく)的な慣行、強制的な技術移転などの政策介入措置に対して、「自由で公正なルールに基づく国際経済秩序を損なうだけでなく、戦略的依存関係や脆弱(ぜいじゃく)性を悪化させ、新興国や途上国の持続可能な発展を妨げる可能性がある」との共通認識を示すとともに、これらの非市場経済的慣行から生じる有害な市場の歪み、主要セクターの世界的な過剰生産能力に対処するために、加盟各国が協力を強化していくことを確認した(注5)。
同時に、補助金やその他の産業政策、貿易関連措置のマクロ経済への影響をグローバルに評価する作業を推進するとともに、経済の分断化、市場の集中リスク、過剰生産リスクの問題に対処するために、IMFや世界銀行、WTO、OECDなどの国際機関との連携に加え、G7非加盟国との対話を推進する意思を示した。
主要海上輸送ルートの混乱、長期化の懸念
2024年の世界貿易が直面するもう1つの主要課題が、2023年後半以降の世界のコンテナ主要航路の混乱だ。その1つ、エルニーニョ現象に伴う降雨不足による2023年8月以降のパナマ運河の運航予約枠の削減措置導入については、2024年8月時点でその影響が緩和されつつある。パナマ運河庁(ACP)は2023年8月以降、1日当たりの通航予約枠を通常の36枠から段階的に減らし、同年12月には22枠にまで縮小した。その後、この枠は2024年1月中旬から徐々に拡大され、2024年8月5日からは35枠まで戻している(注6)。
IMFが英国オックスフォード大学とのパートナーシップに基づいて運営するウェブサイト「ポートウォッチ(PortWatch)」のデータ(2024年8月13日時点)によると、パナマ運河を通航した船舶数(タンカーと貨物船の合計)は、予約枠縮小前の2023年1~7月は月平均1,134隻だったが、2023年12月~2024年3月に月平均745隻まで減少した(図1参照)。
そして、2023年11月半ば以降、2つ目の主要航路に関しても、大規模な混乱が発生する。パナマ運河の迂回(うかい)ルートとしての機能も果たしていた紅海経由ルートでの、イエメンの武装組織フーシ派による海上商船に対する武装攻撃だ。WTOによると、国際貿易の重要な海上ルートの紅海を通過する貨物は、世界貿易の約15%に相当する。また、アジアの港とヨーロッパや北アフリカの地中海の港を結ぶ紅海北端のスエズ運河は、世界貿易の約12%に相当する貨物が航行する。危機が長期化すれば、世界経済に深刻な打撃を与え、世界的なインフレ圧力が再燃する懸念がある。
フーシ派による商船攻撃は2024年7月末時点で既に発生から8カ月以上継続しており、欧州~アジア間の最適なルートを寸断している。その影響により、多くの船舶が紅海ではなく、アフリカ南端の喜望峰を回るルートに迂回することを余儀なくされ、輸送日数と輸送コストの上昇をもたらしている。前出のポートウォッチのデータによると、2023年1~11月の紅海のバブ・エル・マンデブ海峡、スエズ運河を運航する船舶はいずれも月間平均2,200~2,300隻で推移していたが、12月を境にいずれも急減し、2024年2月以降の6か月間はそれぞれ月間平均800隻前後、1,000隻前後と、いずれも半数以下に減少している。一方、喜望峰を経由する船舶は2023年半ば以降急増しており、2024年2~7月の6カ月間の平均は月間2,530隻と、前年同期の平均(1,422隻)から8割近く増加している(図1参照)。
また、海上コンテナ運賃については、アジア発の欧州向け路線や北米向け路線が2023年11月以降急騰。2024年前半にいったん下降傾向を示したものの、5月に入って再び上昇に転じた(図2参照)。喜望峰を経由する代替ルートの利用が常態化したことで、消費される燃料や輸送日数の増加によって運賃が高止まりし、これが欧米主要市場での需要増加とも重なり、運賃の上昇傾向を招いた。英国に本社を置く国際海運調査・コンサルタント会社ドゥルーリー(Drewry)が提供するワールドコンテナ指数によると、上海からオランダ・ロッテルダム向け、イタリア・ジェノバ向けの40フィートコンテナ輸送費は、2024年5月前半時点ではいずれも3,000ドル台だったが、6月後半に7,000ドルを超え、7月最終週(7月25日発表)にはそれぞれ8,260ドル、7,645ドルとなった(図2参照)。
これは、前年の同じ週との比較では、それぞれ6.4倍、4.0倍の水準に相当する。また、コンテナ需給の逼迫などに伴い、アジアから米国のニューヨーク向け、ロサンゼルス向けの輸送費も、欧州向けと同様に高騰した。なお、8月第1~2週には、アジア発欧州向け、米国向けの主要路線がいずれも前週比でやや下降傾向にあるものの、乱高下する輸送費の動向には今後も注視が必要だ。
- 注1:
- IMF、「Medium-Term Growth Outlook」(2024年4月時点)に基づく
- 注2:
- WTO(2024年4月)によると、2023年の世界のサービス貿易は前年比9%増の7兆5,400億ドル。サービス貿易の増加が財の貿易の減少をほぼ相殺した。サービス貿易は国際旅行の回復とデジタル配信サービスの急増が要因
- 注3:
- Pierre-Olivier Gourinchas, IMF Blog(2024年7月16日)、 「Global Growth Steady Amid Slowing Disinflation and Rising Policy Uncertainty」
- 注4:
- ザンクトガレン貿易繁栄基金、グローバル・トレード・アラート(GTA)データベースの集計に基づく
- 注5:
- G7イタリア2024、「Apulia G7 Leaders’ Communiqué(768KB)」(2024年6月14日発表)に基づく
- 注6:
- パナマ運河庁発表「Advisory To Shipping No. A-20-2024(141KB)」に基づく
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部国際経済課長
伊藤 博敏(いとう ひろとし) - 1998年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューデリー事務所、ジェトロ・バンコク事務所、企画部海外地域戦略主幹・東南アジアなどを経て現職。主な著書:『FTAの基礎と実践:賢く活用するための手引き』(編著、白水社)、『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)、『アジア主要国のビジネス環境比較』『アジア新興国のビジネス環境比較』(編著、ジェトロ)、『インドVS中国:二大新興国の実力比較』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド成長ビジネス地図』(共著、日本経済新聞出版社)、『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。