欧州最新政治情勢:欧州の行方を見定める注目論点「スペインは左から追い抜く」― 右傾化に対抗する左派政権

2025年2月28日

2025年1月下旬に開催された世界経済フォーラム(WEF)の第55回年次総会(ダボス会議、スイス)に出席したスペインのペドロ・サンチェス首相は「EU経済の牽引役」として大きく称賛された。2024年のスペインの実質GDP成長率見通しは3.2%と、EU平均の約3倍の伸びだ。同首相は、エネルギー自立に向けた積極的な再生可能エネルギー(再エネ)導入や、欧州復興基金による構造改革に裏打ちされたデジタル/グリーン移行、中国も含む多国間主義に基づく開かれた通商方針が奏功し、クリーンエネルギー分野の対内投資も好調だと強調。右傾化する欧州の中で気を吐く左派リーダーを印象付けた。

一方、スペイン国内では、社会労働党(PSOE)政権の議会運営は引き続き難航している。2023年7月の総選挙後、急進左派やカタルーニャ、バスクなどの地域政党の支持を獲得し、第1党だった中道右派・民衆党(PP)を抑えて、同年11月に政権続投を決めたサンチェス首相だが、連立相手の急進左派スマール(SUMAR)は内部分裂状態で、地域政党の要求や利害を調整しながらの政権のかじ取りに苦慮している。

特に下院でキャスティングボートを握るカタルーニャ連合(Junts)への大幅な譲歩を押し通したことで、与野党だけでなく、司法界からも反発が出た。カタルーニャ州の独立運動主導者らを対象とした恩赦法は2024年5月に施行されたが、最高裁は7月上旬には独立宣言を巡る罪状の一部(公金横領罪)は恩赦対象外とした。カルラス・プチデモン元カタルーニャ州首相への逮捕状は取り下げず、9月末には幹部数人は恩赦対象外との最終判断をした。

こうした中、政権発足から2年近く予算法は一度も成立していない。延長予算と個別法令によって、税収増を通じた財政赤字改善を図っているが、各党との交渉が複雑になっている。特にプチデモン氏の恩赦が依然実現せず、いら立ちの募るJuntsとの閣外協力関係は薄氷の上にある。

与党支持率は下降気味

2025年1月末に「エル・パイス」紙が実施した世論調査では、与党PSOEの支持率は28.4%となった。政権運営が不安定なことに加え、与党や政権関係者による汚職や機密漏えいなどの疑惑も重なり、2023年夏の総選挙以降、最低の支持率となっている(図1参照)。他方、最大野党PPは32.6%と、PSOEを4ポイントの差でリードするものの、支持はあまり拡大できていない。極右のボクス(VOX)は14.2%で、引き続き好調に支持を伸ばし、ネット活動家が2024年6月の欧州議会選挙前に設立した反体制的な新興極右政党「フィエスタは終わりだ(SALF)」の2.5%と合わせると、極右支持率は16.7%となる。極右勢は既存政党に失望する若年層の支持率が高い。

しかし、現状では、PPとVOXの支持率を合わせても、過半には届かない。極右の連立政権入りを容認する政党がほかにないため、他党の支持も取り付けにくい。現在のスペインでは依然として右派政権が成立する可能性は低いといえる。

図1:国政政党の得票率・支持率推移
2023年7月の総選挙の結果は、民衆党(PP) 33.1パーセント、社会労働党(PSOE)31.7パーセント、ボクス(VOX)12.4パーセント、スマール(SUMAR)12.3パーセント、2024年6月の欧州議会選の結果は、民衆党(PP) 34.21パーセント、社会労働党(PSOE)30.19パーセント、ボクス(VOX)9.6パーセント、スマール(SUMAR)7.9パーセント、フィエスタは終わりだ(SALF)4.6パーセント、2024年12月の世論調査の結果は、民衆党(PP) 33パーセント、社会労働党(PSOE)29.5パーセント、ボクス(VOX)13.8パーセント、スマール(SUMAR)9.1パーセント、フィエスタは終わりだ(SALF)2.4パーセント。

注:スマールは2023年末に分裂したが、比較の便宜上、分裂した派閥(ポデモス党)も合算。
出所:スペイン内務省、欧州委員会、40dBのデータを基にジェトロ作成

欧州議会選でも右派政権交代への兆しはみられず

直近に行われた欧州議会選挙(2024年6月)でも、最大野党PPが得票率を34.2%(13.8ポイント増)に伸ばし、与党PSOE(30.2%、3.0ポイント減)に大勝した(表参照)。極右台頭の脅威を背景に、前回選挙で得票率12.3%だった中道右派の新興政党・市民党(C’s)の票を吸収したことがPPの勝因だ。極右政党VOXも得票を5割伸ばし(9.6%)、第3党に躍進した。SALFが4.6%を獲得し、15年ぶりに右派の得票率が過半数となったものの、PPが過激なSALFと協力関係を築くことは考えにくく、右派政権への交代につながるような兆しはみえなかった。

表:欧州議会選挙の結果(2024年6月)
主要政党 (前回)2019年5月 2024年6月 欧州議会所属会派
得票率 議席数 得票率 議席数
民衆党(PP) 20.4 13 34.2 22 欧州人民党(EPP)
社会労働党(PSOE) 33.2 21 30.2 20 社会・民主主義進歩連盟(S&D)
ボクス(VOX) 6.3 4 9.6 6 欧州の愛国者(PfE)
スマール(SUMAR)(注) 4.7 3 緑の党・欧州自由同盟(Greens/EFA、2議席)
欧州統一左派・北方緑(Left、1議席)
左派地方民族主義連合(AHORA REP) 5.6 3 4.9 3 Greens/EFA(2議席)、Left(1議席)
フィエスタは終わりだ(SALF) 4.6 3 無所属
ポデモス(PODEMOS)(注) 10.2 6 3.3 2 Left(2議席)
カタルーニャ連合(JUNTS) 4.6 3 2.5 1 無所属
右派地方民族主義連合(CEUS) 2.9 1 1.6 1 欧州刷新(Renew)
参考:市民党(CS) 12.3 8 0.7 0 Renew、EPP

注:PODEMOSはSUMARに吸収されていたが、2023年に内部分裂し、欧州選挙では個別に候補者を立てた。
出所:欧州議会、スペイン内務省ウェブサイトからジェトロ作成

欧州議会の会派別にみると、最大会派の欧州人民党(EPP)では、PPがドイツ、ポーランドに次ぐ勢力、社会・民主主義進歩連盟(S&D)では、PSOEがイタリアに次ぐ勢力となった。スペインは他の加盟国と比較して、中道右派・左派の主流派間でバランスよく代表されているのが特徴だ。VOXは、2024年7月に新たな極右会派「欧州の愛国者(PfE)」〔最大勢力はフランスの国民連合(RN)〕が「アイデンティティーと民主主義(ID)」を吸収し、欧州議会第3会派として発足したことに伴い、従来所属していた右派「欧州保守改革(ECR)」〔最大勢力はイタリアのジョルジャ・メローニ首相の「イタリアの同胞(FI)」〕から所属会派をPfEに変更し、欧州政治における足場を固めた。

サンチェス政権存続支える政治的現実

欧州では、2008年のリーマン・ショック後の金融危機や債務危機下で、2010年代半ばから急進左派や極右などが有権者の不満の受け皿となり、2大政党制が崩壊した。スペインでも、PODEMOSやVOXなどの新興政党が勃興。地域政党も国政に進出しているため、右派対左派だけでなく、中央集権対独立主義という対立構図があり(図2参照)、2010年以降のカタルーニャ州独立機運で後者のベクトルも国政に大きな不安定要素を与えるようになった。

図2:スペインの議会下院における各党スタンス
与党のPSOEは左派で、中央集権対独立主義の観点では中立のスタンス。与党は連立相手の急進左派・独立主義であるSUMAR及び独立主義をとる左右両政党と連立・圏外協力によるゆるい議会多数を形成。一方、最大野党のPPは、右派で中央集権主義。VOXは極右政党の中央集権主義である。PPによる議会多数形成は「極右の政権入り」がネックになっている。

出所:各党ウェブサイト、報道を基にジェトロ作成

サンチェス首相はカタルーニャ問題で批判を受けつつも、「極右の政権入りの拒絶」という共通項で議会多数をまとめあげることに成功している。地域政党は極右阻止の防疫線を張っており、PPとVOXの右派ブロックは総選挙で議会過半数を取らない限り、封じ込まれる図式だ。サンチェス政権は綱渡り状態ながらも、2027年の総選挙まで任期を全うする可能性は十分あるとみられる。

同政権は国内政策でも、世論の最大公約数にコミットした政策を展開している。有権者の最大の懸念であるインフレや経済・社会格差の問題に注力し、最低賃金を首相就任時の2018年から7年間で6割以上引き上げた〔2025年は月額換算(12カ月)1,381ユーロ〕ほか、労働時間を40時間から37.5時間に短縮する法案の手続きを推進し、こうした取り組みは世論調査でポジティブに評価されている。

移民受け入れ、中国投資歓迎、ネットゼロ、欧州政治でも左派色打ち出す

スペインはEU復興基金による補助金の最大の受益国の1つで、これまでEUの方針と対立することは基本的になかったが、右傾化するEUの中でサンチェス政権は独自色を打ち出すようになっている。2024年5月には、イスラエルとハマスの衝突を受け、大多数のEU加盟国の意向に反して、パレスチナの国家承認を発表した。

移民問題では、2024年10月に欧州理事会で非正規移民送還の迅速化などの方針が採択されたが、サンチェス首相は「移民受け入れは人口減少や高齢化をカバーし、福祉国家の持続可能性を保証する上で不可欠」として、異文化摩擦のない「スペイン独自の成功モデル」の構築を目指す。現在のところ、世論調査では移民問題に対する懸念はあまり大きくないが、カナリア諸島などでは非正規移民の上陸が急増している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のデータによると、2024年の移民上陸数は、取り締まりを進めるイタリアでは前年から6割減少した一方、スペインではイタリア並みに増加している。サンチェス政権はカナリア州に上陸した未成年者の保護を各自治州に分配すべく法改正を試みているが、極右が不法移民排斥の姿勢を強める中、今後移民問題は政治の争点となっていくだろう。

経済安全保障の分野では、EUが2024年12月に中国製の電気自動車(EV)に対して発動した相殺関税について、当初は導入支持派だったスペインは9月のサンチェス首相の訪中を境に方向転換し、最終的に棄権票を投じた。その後、中国政府が相殺関税を支持したEU加盟国への大型投資の中止を自動車メーカーに命じたと報じられる中、棄権したスペインでは、12月に車載電池大手の寧徳時代新能源科技(CATL)が自動車大手ステランティスと合弁で、年間生産能力50ギガワット時(GWh)のEV用バッテリー工場を北東部サラゴサに建設すると発表した。スペインはEUの経済安保政策と、グリーン産業転換において中国依存からの完全な脱却が困難な現実の間で、巧みに立ち回ろうとしている。

2050年までの炭素中立を目指すEUの欧州グリーン・ディールについては、サンチェス首相は再エネや水素への投資のペースを緩めるつもりはない。「スペインはすでに発電電力量における再エネ電力の割合が56%に達しており、電力価格は欧州平均よりも3割安い。このエネルギーモデルの成功は、好調な経済の基盤となっている。スペインは『グリーン、ベイビー、グリーン(グリーン・ディールを突き進め)』の方向性を継続する」とエネルギー転換推進の継続を明確にしている。2024年12月には第3副首相兼環境移行相として気候変動・エネルギー移行政策を主導したテレサ・リベラ氏が2024年12月に発足した欧州委員会新体制の執行副委員長(クリーン・公正・競争力のある移行、競争政策担当)に就任。グリーン・ディール継続は確保されたが、競争力を重視する新たな脱炭素化イニシアチブ「クリーン産業ディール」(2024年7月30日付ビジネス短信参照)との両立が求められる。

軍事費、AIで、トランプ2.0への対峙姿勢

サンチェス首相はダボス会議で、「大手ソーシャルメディアは偽・誤情報や、特定の政治的見解を宣伝するようなアルゴリズムで、社会を分断し、民主主義に害を及ぼしている」と講演し、米国のX(旧Twitter)を率いるイーロン・マスク氏などを批判した。別の場では、「民主主義はツイート数や金ではなく、人間一人一人が投じる1票だ。欧州は民主主義を守るべく、この脅威に立ち向かうべきだ」とより明確に批判した。「スペイン政府は欧州の価値観に基づく人工知能(AI)活用を志向しており、産業転換や福祉国家の強化、サステナビリティー、格差是正に役立てたい」と述べた。これを受けて、メディアからは、サンチェス首相にトランプ米政権との関係悪化を恐れないのかという質問が相次いだ。同首相は、中国投資への歓迎姿勢を問われた質問への回答と合わせて、「スペインには経済関係の多様化が必要だ。建設的な米国との関係構築を期待するが、対中関係も重視する」と答えた。

また、ドナルド・トランプ大統領がNATO加盟国の国防費を現在のGDP比2%目標から5%まで引き上げるよう主張していることについて、サンチェス首相は「スペインは国防費を過去10年間で70%増加させており、この数値を絶対値で見ると、スペインのNATOへの貢献度はNATO加盟国で10番目に大きい」と反論した。1月27日のマルク・ルッテNATO事務総長との会談でも、「スペインはNATOの任務や活動に真摯(しんし)に貢献しており、国防費を〔現在の1.28%(2024年推定値)から〕2029年までにGDP比2%に引き上げる」と伝え、目標を変えるつもりはない姿勢を示した。

AI問題での意見の相違や国防費の問題は、スペインの対米関係で制約要因となる。経済界は米国の対EU関税発動に戦々恐々だ。スペイン商工会議所は、トランプ政権の関税攻勢は国内産業保護というよりも各国との交渉材料の側面が強いとして、「だからこそ、米政権と良い関係であってもらわねばならない」(アントニオ・ボネット会頭)として、サンチェス首相に対米対峙(たいじ)のトーンを弱めるよう促している。

執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ)
2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。