ポスト・シリコンバレーを探る-米国・エコシステム現地取材次世代モビリティのイノベーション発信地目指す、ミシガン州

2024年3月28日

かつて「世界最大の自動車の街」として栄えたミシガン州最大の都市・デトロイト。2013年7月に連邦破産法第9条の適用を申請し財政破綻したが、その後の財政再建を経て急速な復興を遂げている。

デトロイト地域の投資誘致を行う非営利団体、デトロイト地域パートナーシップ(DRP)のアラン・ウェーバー事業開発担当副社長は「デトロイトは活気を取り戻している」と話す。復興の牽引役は、州の最大産業である自動車をはじめとするモビリティ産業と、それを支えるイノベーションだ。本稿では、ミシガン州のスタートアップ・エコシステムについて、主にモビリティ分野に焦点を当てて、州政府による振興策、政府関係機関や業界団体による支援内容をまとめた。関係者への取材を基に報告する(インタビュー日:2024年1月23日、24日)。

自動車・モビリティが切り開くミシガン州のエコシステム

ミシガン州ベンチャーキャピタル協会(MVCA)によると、2022年の州内のVC投資額は前年比11.5%増の11億6,000万ドルで、投資件数は164件だった(図参照)。投資額は2017年以降、毎年、右肩上がりに増加を続けている。投資額のうち、約半分の6億650万ドルをカリフォルニア州のサンノゼ・サンフランシスコ・オークランド都市圏からの投資が占める。資金調達額上位のスタートアップの主な業種は、モビリティ、クリーンテック(環境技術)、インシュアテック(注1)、人工知能(AI)、機械学習などだった。

図:ミシガン州のVC投資額・投資件数(2013~2022年)
ミシガン州のVC投資額は、2013年2億8,000万ドル、2014年3億1,000万ドル、2015年5億9,000万ドル、2016年1億9,000万ドル、2017年3億4,000万ドル、2018年4億6,000万ドル、2019年7億ドル、2020年10億ドル、2021年10億4,000万ドル、2022年11億6,000万ドル。投資件数は2013年162件、2014年136件、2015年151件、2016年100件、2017年106件、2018年149件、2019年136件、2020年184件、2021年193件、2022年164件。

出所:ミシガン州ベンチャーキャピタル協会「2023年インパクトレポートPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(7.94MB)

ミッシュオート(MICHauto)は、2007年に設立されたデトロイト地域商工会議所傘下の自動車・モビリティおよび関連技術の業界団体である。主な活動は、ミシガン州や連邦政府に対する政策提言、人材育成、イノベーション促進の3つで、会員には自動車の完成車メーカー、サプライヤー、スタートアップを含む技術系のモビリティ関連企業のほか、法律事務所などの専門サービス、大学やコミュニティー・カレッジなどの教育機関、州や地域の経済開発公社といった幅広いステークホルダーが加盟している。

ミッシュオートの情報によれば、ミシガン州の自動車生産台数は全米1位で、2022年には全米の総生産台数の21%を占める210万台超が州内で生産された。ミシガン州の強みは自動車関連プレーヤーの集積で、州内には「デトロイト・スリー」と称される米系のゼネラルモーターズ(GM)、フォード、ステランティス(旧フィアット・クライスラー・オートモービル)をはじめ、27の完成車メーカーが所在し、北米で上位100社の自動車サプライヤーのうち98社がミシガン州に拠点を持つ。自動車・モビリティ産業がミシガン州にもたらす経済効果は年間3,000億ドルにのぼる。


ミッシュオートのグレン・スティーブンス・ジュニア事務局長(ジェトロ撮影)

ミシガン州は自動車産業の製造ハブであるが、生産拠点としての役割以上に、次世代モビリティの技術開発拠点としての役割が主要プレーヤーやスタートアップを引き付けている。DRP外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによると、自動車・モビリティ分野の研究開発では、ミシガン州には年間132億ドルが投資される。また、電気自動車(EV)やバッテリー関連では、2018年から2023年までの5年間で200億ドル超の投資が完成車メーカーやサプライヤーから発表されている。

州内には、博士課程大学の中でも最もレベルの高い研究活動を行う「R1: Doctoral Universities – Very high research activity」に分類される研究機関(注2)として、ミシガン州立大学、ミシガン大学アナーバー校、ウェイン州立大学があり、企業との新たなモビリティ技術の共同研究を実施しているほか、多くのエンジニア人材を輩出している。また、ミシガン州では高等教育機関の研究開発に対して年間27億ドルを投じており、うち17%にあたる4億5,100万ドルがエンジニアリング分野に充てられている。企業や大学における研究開発の成果として、州内では6,747の特許が取得されている(全米6位、2021年)。

ミッシュオートのグレン・スティーブンス・ジュニア事務局長によると、「自動車産業の研究開発におけるイノベーションの75%は完成車メーカー以外から生まれている」とし、スタートアップの技術が採用される機会も多いという。完成車メーカーやサプライヤー企業によるスタートアップへの関心が高まっていることから、ミッシュオートでは、2019年ごろから毎年「イノベーター・エクスチェンジ(Innovator Xchange)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」というプログラムを開始。州内のエコシステムの活性化を目指し、州内の自動車産業関連企業とモビリティ関連スタートアップのネットワーキングを中心とした支援を行っている。2024年は、国外のスタートアップを含む9社のスタートアップが参加する(表1参照)。

表1:イノベーター・エクスチェンジに参加するスタートアップ
企業名 本社所在地 事業内容
BIZFLEETS ミシガン州デトロイト 企業、自治体、大学向けEV車両管理サービス
ESSPI(Energy Safety Strage Products International) ミシガン州デトロイト エネルギー貯蔵システムの火災や緊急事態に備える火災管理ソリューションパッケージ
GROUNDED RV ミシガン州デトロイト レクリエーション用電気自動車(キャンピングカーなど)の開発
LIVEROAD ANALYTICS ミシガン州アナーバー センサーとIoT技術を活用した気象技術ソリューション
LIVAQ ミシガン州デトロイト 電気オフロードビークルの開発
Optimize EV ミシガン州デトロイト 充電ステーションの運用・メンテナンス管理ソリューション
Singh Thermal Systems ミシガン州カラマズー プラスチック射出成型システム向けに軍用断熱技術を応用
VAYOOM ミシガン州サリーン 製造オペレーション分析ソフトウェア開発
wheel.me ノルウェー 自動運転運搬車両の開発
※ミシガン州デトロイトに拠点あり。

出所:ミッシュオートウェブサイト(2024年3月19日閲覧)

このほかにも、ミッシュオートは、会員企業、州政府、州や地域の開発公社と連携してスタートアップ支援に取り組む。主なものでは、州政府機関と連携し、2カ月に1回程度の頻度で開催するネットワーキングイベント「モビリティ・ミートアップ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」がある。モビリティ・ミートアップでは、毎回30~40社のスタートアップが参加するという。これらイベントを通じて、完成車メーカーやサプライヤーにとっては新技術との出会いの機会が、スタートアップにとっては潜在顧客とのコネクション機会が得られ、州内のモビリティに係るコミュニティ構築の一助となっているという。

モビリティの未来づくりを担うOFME

ミシガン州政府は2020年、グレッチェン・ウィットマー知事のイニシアチブにより、モビリティ産業の成長、雇用創出、電動化の促進、グリーンエネルギーの導入などの幅広い分野を管轄するOFME(Office of Future Mobility and Electrification)を設立した。2022年11月には、州内における将来的なモビリティの課題解決を目指す「ミシガン州次世代モビリティ計画(MI Future Mobility Plan)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2.08MB)を発表した。同計画には、具体的な3つの目標が提示された。1つ目は、モビリティ産業と人材の成長で、2026年までに同産業の賃金中央値を引き上げ、2万人の新たな雇用を創出することである。2つ目は、より安全で環境にやさしく、アクセスしやすい交通インフラの提供である。2030年までに200万台のEVの充電を賄うことができる10万台の充電器を設置することや、送電線への負荷を最小限にするためにオフピーク時のEV充電を80%台で維持することを目指す。3つ目は、モビリティと電動化の政策とイノベーションで世界をリードする存在となることで、同分野の研究開発への支出額で全米1位を維持することや、2026年までにベンチャーキャピタル(VC)による投資の伸び率で全米トップ10となることなどを目指す。

OFMEのトップであるジャスティン・ジョンソン最高モビリティ責任者(CMO)は、「OFMEはモビリティや電動化が関連する4つの州政府機関の司令塔として、横断的な政策運営を行うことができるのが強み」と話す。経済分野ではミシガン州経済開発公社(MEDC)、雇用分野ではミシガン州労働・経済機会局(LEO)、運輸分野ではミシガン州運輸局(MDOT)、サステナビリティーおよびエネルギー分野ではミシガン州環境・五大湖・エネルギー局(EGLE)が主管するが、次世代モビリティ計画の達成に向けた内容においては、4つの機関で協議して進めているという。OFMEでは、これら政府系関連機関、企業、教育機関と連携した様々な支援策を提供している。


OFMEのジャスティン・ジョンソンCMO(ジェトロ撮影)

主な支援策としては、「ミシガン・モビリティ・ファンディング・プラットフォーム(MMFP)」がある。MMFPは、モビリティ技術の実装に取り組む企業を対象に、公共スペースや実証実験場で行う試験に係る費用をマッチングファンド方式(注3)で補助する仕組み。補助額には下限額や上限額は設定されておらず、過去の実績によると、実証実験場を利用する場合は1万ドルから10万ドル、公共スペースでの実証の場合は4万ドルから1億2,500万ドルの範囲だという。

MMFPにより認定された実証実験場が9カ所あり(表2参照)、技術に応じた実験場を選ぶことができる点が特徴だ。9カ所の中には、自動車だけでなく、航空関連や水上車両などの試験も可能な施設が含まれる。

MMFP以外の支援制度に関しては、MEDCのウェブサイトにおいて、アーリーステージ向けの資金提供プログラム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますや、大学生向けの起業支援プログラム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますなど、段階に応じた支援が紹介されている。

表2:MMFPで認証されたモビリティ関連の実証実験場
実証実験場 所在地 内容
Mcity at the University of Michigan (UM) アナーバー コネクテッドカー(注)または自動運転車、それらの関連技術の包括的な試験、評価、実証が可能な実証実験場(32エーカー)。ミシガン大学の研究者を中心に、産業界、政府機関が協力する産学官パートナーシップにて運営。
American Center for Mobility (ACM) インプシランティ コネクテッドカー、自動運転、EV、関連技術の試験、検証が可能な実証実験場(500エーカー超)。敷地内には、モビリティ関連企業向けのインキュベーション施設や新技術を紹介するイベントエリアがある。
GM Mobility Research Center (GMMRC) at Kettering University (KU) フリント ケタリング大学のキャンパス内にあるテストコース(21エーカー)。自動運転、車両安全基準、ハイブリッド、EV技術に関して、年間を通じて24時間のテストが可能。
Keweenaw Research Center at Michigan Tech キャルメット ミシガン工科大学の研究センター。元々は米陸軍が深雪の状況でのモビリティ試験のために設立され、寒冷環境での試験も可能。地上車両システム評価用に開発された試験場を有する(900エーカー超)。
Detroit Smart Parking Lab デトロイト 非営利団体のNextEnergyが運営する実証実験場。自動輸送、自動バレットサービス、自動EV充電器、EVワイヤレス充電技術など、駐車場に関連する課題解決のための技術実験が可能。
Advanced Power Systems Research Center キャルメット ミシガン工科大学の研究センター。内燃エンジンの試験場。
Gerald R. Ford International Airport's FLITE グランドラピッズ ジェラルド・R・フォード国際空港公団、ミシガン州経済開発公社、サウスウエスト航空などが共同して実施している航空テクノロジーに特化し、実際の空港において実証実験機会を提供するプロジェクト。
Michigan Unmanned Aerial Systems Consortium アルピナ アルピナ郡地域空港にある無人航空機システム(UAS)の飛行および地上試験を行う実験場。商業用UASの研究開発、認証、適格性確認、システム試験向けに1万1,000平方マイルの空域を提供。
Great Lakes Research Center ホートン ミシガン工科大学の五大湖流域に関する研究センター。水上または水中の車両試験が可能。

注:インターネットへの常時接続機能を有した自動車。
出所:MMFPウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、各実証実験場ウェブサイトからジェトロ作成

MMFPが認証する実証実験場の1つである「デトロイト・スマート・パーキング・ラボ」は、非営利団体のNextEnergy外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが運営する試験場で、州政府、OFME、ボッシュ、フォード、ベッドロックデトロイト(デトロイトの不動産開発業者)がスポンサーとして名を連ねる。ジム・セイバー最高経営責任者(CEO)によると、MMFPが認定する実証実験場を活用して補助金を申請する場合、「ミシガン州以外に所在する企業も補助対象となる点はユニーク」と話す。2023年には16社が採択されたが、ミシガンに所在する企業は2社のみで、そのほかは州外または外国企業だったという。モビリティ関連技術の社会実装可化に向けた展開方法としては、実証実験場でデータを収集した後、地元でパートナーを探して公道での実験を行い、事業開始を目指すという段階的な方法が理想的で、「ミシガン州のエコシステムは最適」だと評する。

州のエコシステムの課題として、ミッシュオートのスティーブンス事務局長やNextEnergyのセイバーCEOは「圧倒的なVC・エンジェル投資家の不足」を挙げる。冒頭のMVCAのデータでも明白なとおり、ミシガン州内のスタートアップに対するVC投資の大部分は州外からの投資が占め、州内からの投資も「完成車メーカー系のCVCが優勢で、小規模スタートアップにとっては厳しい資金調達環境」(セイバーCEO)だといい、同州にとってイノベーションに対する資金調達環境の強化は急務といえよう。

廃墟から次世代モビリティの発信地へ

近年のミシガン州のスタートアップ・シーンにおける象徴的な取り組みとして、廃墟となった歴史的な建造物をモビリティ関連のイノベーションハブに生まれ変わらせる構想も動き出している。具体的には、2018年にフォードが廃墟となっていたデトロイトのミシガン・セントラル駅の駅舎などを買い取り、ミシガン州政府、グーグル、ニューヨークに拠点を持つハードテック系スタートアップ支援機関のNewlab(ニューラボ)などが協力し、隣接する郵便局や工場などの駅舎一帯の建物を改築し、「ミシガン・セントラル・イノベーション地区外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を創設するプロジェクトが進んでいる。2023年初頭に駅舎に隣接する郵便局だった建物にNewlabがオープンし、モビリティ分野のスタートアップを対象にコワーキングスペースやオフィス、試作品作成のための設備などを提供している。


デトロイトのニューラボ外観。廃墟だった郵便局の建物を改築した
(ジェトロ撮影)

自動車産業の基盤を生かし、次世代モビリティにおけるイノベーションの発信地を目指すミシガン州は、モビリティ分野のイノベーションに取り組むスタートアップにとっての最適地として、今後の発展が期待される。


注1:
保険とテクノロジーを掛け合わせた造語。保険分野にテクノロジーを取り入れることを指す。
注2:
米国の教育関連シンクタンクであるカーネギー教育振興財団が行う「カーネギー高等教育機関分類外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。
注3:
MMFPでは、申請企業または申請企業のパートナー企業がマッチングファンド(金銭または現物)を提供できることなどが条件となっている。MMFPによる補助率は決まっていない。公共スペースでの実証実験をする場合は、ミシガン州に所在する公共または民間のパートナーとの連携、ミシガン州のニーズに合った事業内容かどうかが求められる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)、海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ・クアラルンプール事務所を経て、2021年10月から現職。