欧州初、クリーンテック特化型アクセラレーター(エストニア、日本)

2024年5月22日

欧州では近年、ネットゼロ達成や循環型経済に向け、動きが本格化してきた。EUレベルでも、政策パッケージが発表されている。そうした中、クリーンテック分野でスタートアップの活躍が目立っている。

そこでジェトロは、エストニアのビームライン・アクセラレーター外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを訪問。ヤーナ・ブドコフスカヤ最高経営責任者(CEO)に聞いた(取材日:2024年1月23日)。


ヤーナ・ブドコフスカヤCEO(同氏提供)

エストニア初のユニコーン企業として知られるのが、スカイプだ。その成功を契機に、同国のスタートアップ・エコシステムは2010年代初頭に急速に発展した。クリーンテック分野のスタートアップも急増した。そうした中、クリーンテック・エストニア(エストニアでクリーンテック・スタートアップを支援する団体)での経験を持つ共同創設者によって2021年に創設されたのが、ビームライン・アクセラレーターだ。当該分野に特化したアクセラレーターとしては、欧州初に当たるという(注1)。

日本からの参加もあり

同社は2024年1月までに、4回のバッチ(プログラム)を完了している。17カ国からのスタートアップ30社を支援するため、166万ユーロを投資した。支援企業はバッチ終了後、3,500万ユーロを超える資金調達に成功している。

各バッチは、次のような流れになる。(1)まず、スカウトや応募から選ばれた約20社のスタートアップが2週間の準備プログラム(pre-accelerator)に参加。この段階では、面談、メンタリング、ピッチなどがある。(2)その後、絞り込まれた約10社のスタートアップに3カ月間の実践プログラム(hands-on program)を提供する。当該プログラムでは、ビジネスモデルの形成や、マーケティング、資金調達、試作品の開発などについて訓練を受ける。(3)バッチの最後に、各社の成果を発表するためのデモデーを開催する。実践プログラムまで参加した企業には1社当たり6万ユーロ、最優秀企業には10万ユーロを投資する。

実践プログラムの修了者がオンラインおよびオフラインでつながる「同窓会(alumni community)」もあり、定期的な事業進捗報告やイベントの開催を通して、スタートアップと支援者側で活発に情報が共有され、ネットワーキングが構築されている。

ビームライン・アクセラレーターの特徴は、支援企業各社のニーズに合わせてカスタマイズしたプログラムを提供することだ。そのため、同社には異なる専門性を持つメンターを50人以上、登録している。

プログラムに参加する上での条件も柔軟だ。例えば、欧州に拠点を設立しなくても基本的に差し支えない。すなわち、日本のスタートアップが応募することもできる(注2)。とは言え、クリーンテックの先進地域である欧州でのビジネスを進めやすくするため、参加企業にはエストニアはじめ欧州域内での拠点設立を勧めてはいる。ブドコフスカヤCEOによると、これまではバッチを経てエストニアの自治体との実証実験を進める機会やファンドから資金調達を受ける機会に、スタートアップ自身がエストニアに拠点を設立したり、代表者が電子居住権(eレジデンシー、注3)を取得したりする決断をした例がみられたという。

ビームライン・アクセラレーターは大規模な広告を打ち出しておらず、ビジネス向け交流サイト(SNS)の「リンクトイン(LinkedIn)」を通じて、クリーンテック関連のスタートアップをスカウトしている。あわせて、同社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます上で、スタートアップからの直接応募を受け付けている。ブドコフスカヤCEOは「クリーンテック分野で欧州に関心のあるスタートアップなら、必ずビームラインを見つけるだろう」と述べた。

直近バッチではディープテックに特化

本稿執筆時点で、同社は5回目のバッチを実施している。当該バッチの特徴は、ディープテックに特化したことだ。2024年2月末に実践プログラムを開始し、13社の企業を支援している。4回目までのバッチは民間企業からの出資だけで運営していたが、このプログラムでは、エストニア政府の資金を受けた(注4)。そのため、これまでのバッチとは異なり、参加に当たって「エストニアで設立されたこと」という条件が加わった。その上で、「ディープテックの技術を持つ」こと、「クリーンテック・スタートアップである」ことを満たす必要がある。なお、新素材、資源効率、グリーンケミストリー(注5)などの分野に焦点を当てている。


注1:
同社の発言に基づく。
注2:
4回目のバッチには、日本発のスタートアップ、サステナビリティー・ページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが参加した。同社はサステナビリティーデータとレポートを作成するためのプラットフォームを開発する。
注3:
eレジデンシ―とは、非居住者にデジタル空間で居住権を与える制度。取得すると、非居住者でも、オンラインでエストニア法人を設立したり、エストニアの行政サービスを利用したりできる。
注4:
エストニア政府は、ディープテック分野のグローバルハブになることを期し、目標を掲げている(Invest in Estoniaウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。より具体的には、同分野のスタートアップの数を、2030年までに2022年比で約5倍の500社以上に増やすというものだ。2023年2月には、同分野の創業者、従業員、知財環境、資本市場に焦点を当てた、一連の政策と支援策を定めた行動計画を発表した。
ディープテックに特化したアクセラレーションプログラムの開始は、この政策に連動していると考えられる。
注5:
グリーンケミストリーの基本コンセプトは、「化学物質のライフサイクル(原料の選択から製造、使用・廃棄までの過程)全体で、人体や環境への環境負荷を低減する」ことにある。ここでは、そのための技術の総称を意味している。
執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課 リサーチ・マネージャー
森 友梨(もり ゆり)
在エストニア日本国大使館(専門調査員)などを経て、2020年1月にジェトロ入構。イノベーション・知的財産部イノベーション促進課を経て、2022年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
蓮井 拓摩(はすい たくま)
2022年、ジェトロ入構。CESやTechCrunch Disrupt 2022イベントでのJAPANパビリオン出展を支援。日本発スタートアップの米国展開支援を担当。