特集:アジアで深化する生産ネットワークと新たな潮流インフラの効率的な運営を(フィリピン)

2018年3月15日

外資による輸出加工を積極的に奨励、誘致してきたフィリピン。政府は裾野産業の脆弱(ぜいじゃく)性を改善すべく、産業振興政策を導入し産業構造の転換を図る。それを支えるハードインフラ整備には国内総生産(GDP)比7%以上の政府支出を目標としているが、ソフトインフラも同様に整備し、両者の効率的な運営・活用が求められる。


朝の通勤時、マカティ中心部に向かう車線が不足(ジェトロ撮影)

電気・電子産業に依存する貿易

フィリピン向け対内投資は製造業によるものが多く、原材料を輸入して製品を輸出する輸出志向型が多い。フィリピン経済特区庁(PEZA)が、総売り上げの7割以上を輸出で計上する企業に対して、法人所得税(30%)の4~8年間の免除、輸入税や付加価値税の免除などさまざまな優遇措置を与えているためだ。その代表格が電気・電子産業だ。2016年の貿易を品目別にみると、電気機器が輸出で43.2%、輸入で15.7%と共に最大のシェアを占めており、電気・電子産業の国内経済に果たす役割の大きさがうかがえる。近年では部材の調達先や製品の輸出先に変化がみられており、2000年以降、輸出では米国、輸入では日本・米国のシェアが低下する一方、中国・香港への輸出、中国・韓国からの輸入が拡大傾向にある(表参照)。

他方、部品を輸入、加工、組み立てて輸出するビジネス・モデルが続いたため、国内の裾野産業の脆弱(ぜいじゃく)性が目立つ。国内の大手財閥が製造業に着手してこなかったことも原因だ。上述のPEZA恩典を狙った外国投資は地場製造業の発達にはつながらず、1億人を超えてなお増え続ける人口に対する雇用先の創出にも限界がある。筆者が2017年11月にヒアリングした電気・電子部品製造企業の多くは、現地調達率が1~3割にとどまると話す。ジェトロが毎年行っている調査でも、現地調達の難しさは2012年から6年連続で「経営上の問題点」の最大の課題となっている。

表:電気機器(HS85類)の国・地域別輸出入シェアの推移

輸出(単位:%)
国・地域名 2000年 2005年 2010年 2015年 2016年
世界(100万ドル) 20,532 20,087 14,198 25,919 24,309
香港 6.4 11.5 17.1 18.7 20.5
日本 11.0 19.0 12.0 16.9 14.7
米国 27.7 9.1 13.8 12.6 13.6
シンガポール 11.4 9.2 7.2 11.5 12.3
中国 1.2 10.7 8.7 8.1 7.6

出所:「Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成

輸入(単位:%)
国・地域名 2000年 2005年 2010年 2015年 2016年
世界(100万ドル) 14,038 17,027 9,134 9,471 12,682
中国 0.9 6.0 10.6 21.9 20.6
韓国 11.6 5.4 9.9 10.8 13.3
日本 17.2 15.7 17.2 11.8 12.6
米国 30.6 33.4 22.2 13.2 11.3
台湾 7.1 10.8 10.5 11.1 10.0

出所:「Global Trade Atlas」を基にジェトロ作成

構造変化を目指す産業振興戦略

政府は産業構造変化を目指す政策の一つとして、2015年に「包括的自動車産業振興戦略(CARS)プログラム」を導入した。同プログラムでは、国内生産する自動車3車種に対し総額270億ペソ(約594億円)の優遇措置が講じられているが、優遇措置を受ける条件の一つに、「車体を含む現地調達率50%以上の達成」がある。ASEAN域内ではタイとインドネシアを中核とする体制ができつつあるなかで、フィリピンがあえて同プログラムを導入した狙いは、部品メーカーの充実と雇用創出だ。自動車産業の発達により多くの雇用を創出し、裾野産業も発展していくことが期待されている。同プログラムに対して進出日系企業からは、裾野産業の育成に着目した政策が施行された点を評価する一方で、「部品メーカーを直接サポートするような支援策も必要ではないか」「進出しただけでメリットが供与されれば環境は変わる」とさらなる支援策を求める声も挙がる。

インフラ整備で構造変化を下支え

ドゥテルテ政権が打ち出した大規模なインフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」は、経済政策の中核だ。GDP比7%以上のインフラ関連支出を目標とし、インフラ整備をあらゆる産業の基盤として位置付けている。

現在、マニラ首都圏では経済発展とともに交通渋滞が深刻化している。国際協力機構(JICA)によれば、渋滞によって毎日24億ペソ(約53億円)の経済損失が発生していると試算されるなど、渋滞は貨物や人々の円滑な移動の阻害要因となっている。さらには、島国であるフィリピンの物流の要となる港湾の利用障壁にもなっている。消費者が多いマニラ首都圏の西側にあるマニラ港を利用する船社は多い。同港は首都圏の北方と南方にある2本の高速道路とはつながっておらず、同港で荷揚げされた貨物を載せたトラックは首都圏の一般道を走らなければならない。

他方、首都圏の南方約110kmにあるバタンガス港への利用量の分散は限定的だ。同港周辺には日系企業が多く入居する工業団地があるが、複数の日系企業が、船社や定期便、ガントリークレーンが少ない点を指摘し、「結局マニラ港の方が早くて安い」と話す。ただし、「バタンガスの工業団地からマニラ港までは1日1往復しかできないが、今後使い勝手やコストが改善されれば、バタンガス港なら5往復できる」と話す日系企業もいる。その他の港では首都圏の北方約80kmのスービック港があるが、荷揚げ後の陸上輸送が課題となり、利用者はスービック近郊の工業団地入居企業に限られているようだ。

なお、精密機械などの輸出入ではマニラ空港を利用した空輸も活用されている。マニラ空港の貨物取り扱い能力はほぼ限界に達しているため、マニラ北部のクラーク国際空港の利用が考えられるが、現地日系物流企業は「首都圏から遠く、貨物便の就航数が限られているため、マニラ空港の代替機能はまだない」と語る。

ソフトインフラも改善を

ハードインフラの未整備だけでなく、通関や人材の質などソフトインフラも課題として挙げられる。フィリピンでは、日本の輸出入・港湾関連情報処理システム(NACCS)に相当するElectronic 2 Mobile Customs(E2M)と呼ばれる通関用オンラインシステムが導入されている。全ての輸出入はこのシステムを利用して行われるが、「E2Mの処理能力は低く、スローダウンかシステムダウンが毎日起こる」「昔はシステムダウンの時はマニュアル申告できたが、現在はできない。システム化の結果、通関に係る日数が2、3日延びた」と日系企業は話す。

人材について、4,200万人という豊富な労働人口、英語力や明るい性格でサービス精神が旺盛といった面は評価されている一方、計画性が低く時間にルーズ、高い専門分野・技術を有した人材不足や定着率の低さを指摘する進出企業もいる。高等教育における技術系課程の改善、実践的な技術やノウハウを教育するような職業訓練、魅力的な雇用先の提供が求められている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。