経済多角化を図る政府
LDC卒業後のブータン(1)
2026年10月15日
2023年12月に後発開発途上国(LDC)から卒業したブータンは、ヒマラヤ山脈東部に位置し、経済状況を独自の指標「国民総幸福量(GNH)」を重視する「しあわせの国」として知られる。本稿では、ブータン南中部で建設が進む特別行政特区「ゲレフ・マインドフルネス・シティ(GMC)」の紹介とともに、LDC卒業後のブータンの現在地を解説する。前編となる本稿では、ブータン経済の現状と課題、将来の見通しについて各種統計を基に確認する。
ブータン政府によれば、2025年のGDP成長率(予測値)は前年比8.71%となった。新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年には、主力産業の1つである観光業が打撃を受けたことでGDP成長率が10.2%減となるなど未曽有の経済縮小を経験したものの、直近では2023年に4.63%、翌2024年は7.50%と、堅調に推移していることが分かる(図参照)。
注:2025年以降は予測値。
出所:ブータン政府公表資料からジェトロ作成
水力発電プロジェクトの好調さが経済成長を牽引
昨今の経済の好調ぶりは、ブータンのもう1つの主力産業である水力発電事業が影響している。ブータンは、国境を接するインドと二国間協力事業であるプナサンチュウ発電プロジェクト(PHEP-II)を実施している。同プロジェクトは、ブータン中西部ワンドゥ・ポダン県を流れるプナサンチュウ川を水源とした大規模な水力発電事業で、事業費全額(注)をインド政府が支援するかたちで運営されている。2024年と2025年の高いGDP成長率の背景には、PHEP-IIをはじめとする水力発電プロジェクトの建設や発電拡大の影響があると考えられる。
在印ブータン大使館によれば、水力発電分野でのブータンとインドの協力関係はインドにクリーンな電力を供給し、ブータンに輸出収入をもたらすという点で、互恵的な協力関係の好例として捉えられている。両国の同分野における協力の歴史は古く、発端は1961年の「ジャルダカ合意」にまでさかのぼり、その後協力を進めてきた(表1参照)。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1961 | インドとの間で「ジャルダカ合意」に署名。これがブータン・インド間での水力発電協力関係の発端となる。 |
| 1987 | ブータン初の大規模水力発電プロジェクトである「チュカ水力発電プロジェクト(CHP)」が稼働を開始。資金源はインドから60%が無償資金、40%が融資というかたちで提供。 |
| 2006 | 「水力発電分野における協力に関する協定」に署名。 |
| 2008 | マンモハン・シン印首相(当時)のブータン訪問の際に、2006年に署名した協定に関して、2020年までの水力発電の開発目標を5,000メガワットから1万メガワットに引き上げることで合意。 |
| 2014 | 両国の公営企業を通じて、合同水力発電プロジェクト開発のための政府間枠組み協定に署名。 |
出所:在印ブータン大使館公表資料からジェトロ作成
インドに依存するブータン経済
ここで、主力産業である各水力発電プロジェクトがインド側の資金支援に依存している点を指摘したい。無論、人口約80万人のブータンに対し、14億超の人口を抱えるインドの経済規模が大きい点は言うまでもないが、こうしたインドへの依存は水力発電分野にとどまらず、ブータン経済全体にもみられる。その実態をより深く見るため、続いてブータンの貿易の現状を紹介する。
2025年のブータンの貿易実績(電力貿易含む)は輸出が697億3,200万ニュルタム(約1,185億4,440万円、1ニュルタム=1.7円)で輸入が1,901億1,300万ニュルタムと、1,203億8,100万ニュルタムの入超だった。電力貿易を除くと入超傾向はさらに顕著で、輸出が450億1,700万ニュルタム、輸入が1,864億1,900万ニュルタムで、収支は1,414億200万ニュルタムの赤字だった。
国・地域別では、輸出入ともにインドが最大の貿易相手国だった。金額の大きかった上位10カ国・地域は以下のとおりであるが、対インド貿易の金額が他国より頭ひとつ飛び抜けて大きいことが見て取れる(表2参照)。このように、インドに依存した貿易体制を取っていることから、ブータンの通貨ニュルタムは、インド・ルピーと固定為替相場制となっており、インドとの貿易を安定的に行うための環境が整備されている。
表2:ブータンの貿易相手国(金額順、上位10カ国)
| 順位 | 国名 |
金額 (通貨:100万ニュルタム) |
|---|---|---|
| 1 | インド | 106,454 |
| 2 | シンガポール | 32,384 |
| 3 | 中国 | 21,046 |
| 4 | ベトナム | 8,890 |
| 5 | マレーシア | 3,351 |
| 6 | タイ | 2,865 |
| 7 | 香港 | 2,160 |
| 8 | バングラデシュ | 1,430 |
| 9 | 日本 | 1,420 |
| 10 | 南アフリカ | 1,191 |
| 順位 | 国名 |
金額 (通貨:100万ニュルタム) |
|---|---|---|
| 1 | インド | 35,233 |
| 2 | バングラデシュ | 6,199 |
| 3 | 米国 | 1,108 |
| 4 | 韓国 | 808 |
| 5 | ネパール | 604 |
| 6 | オランダ | 378 |
| 7 | イタリア | 127 |
| 8 | トルコ | 103 |
| 9 | タイ | 102 |
| 10 | UAE | 51 |
出所:ブータン政府公表資料からジェトロ作成
経済多角化を目指す
主力産業である観光業や水力発電、主要貿易相手国であるインドへの一極集中は、脆弱(ぜいじゃく)性が高く、ブータン経済をより不安定化させる。そのため、ブータン政府は2025年1月に「ブータン21世紀経済のロードマップ」を公表した。これは2025年から2050年までの25年間に対する経済計画で、以下の5つの指針を示したほか、8つの優先分野を定め、それぞれ「中核産業」と「新興産業」に分類した(表3参照)。
- ブータンを2050年までに先進経済国へと移行し、実質GDPを2023年の1,850億ニュルタムから1兆8,500億ニュルタムへと10倍に拡大する。2027年までは実質GDP成長率を年率10~12%で維持し、その後は8%前後を維持する。
- 民間セクターが主導する強靭(きょうじん)で多角化された経済を構築し、2050年までにGDPに占める民間セクターの寄与率を少なくとも60%とする。
- ブータンを持続可能性、農業、デジタルイノベーション、観光業のフロントランナー的存在に確立させる。
- イノベーション・エコシステムを育成し、インテリジェンスおよび技術主導型産業がGDPの最大25%を占めるようにする。
- GNHと環境管理責任をあらゆる開発の中核に据え、カーボンニュートラルを維持する。
| 項目 | 分野 |
|---|---|
| A. 中核産業(既存の強みを維持することを目的に、2050年までにGDPの25~35%構成を目指すもの) |
(1)水力発電: 2050年までに設備容量を2万5,000メガワットに拡大し、太陽光、風力、その他の再生可能エネルギーへと多角化する。 |
|
(2)農業: 有機農産物やニッチ製品に焦点を当て、高付加価値で輸出志向型のセクターへと転換する。 |
|
|
(3)観光業: プレミアム市場をひきつけ、ウェルネスやアドベンチャー観光などの新たな観光商品を開発する。 |
|
| B. 新興産業(将来的な経済多角化に向けたもので、2050年までにGDPの30~50%を構成すること目指す) |
(4)デジタル経済: 環境に配慮したデータセンターを設立し、テック系スタートアップの育成環境を整備する。 |
|
(5)ウェルネス、教育サービス: 医療、国際教育、ビジネス・プロセス・ケイパビリティーセンターの世界的なハブを構築する。 |
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(6)エネルギー: 太陽光、風力、バイオマスおよびバイオ燃料やグリーン水素などの持続可能な燃料に投資する。また、強靭で多様化されたエネルギー部門を構築し、季節要因が大きい水力発電や化石燃料輸入への依存度低減を目指す。 |
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(7)先端製造業: 加工木材、持続可能な林産物、ハイエンドな農産物加工、医薬品および研究開発主導型の工業生産に投資する。 |
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(8)持続可能な鉱業および鉱物加工: 重要資源の探査およびブータンのクリーンエネルギーを活用して責任ある鉱物採掘・加工を推進する。 |
出所:ブータン政府公表資料からジェトロ作成
これらの目標実現のため、政府が実施する具体的な取り組みは次のとおりだ。第一に、規制の見直しを行い、企業や個人にとって予見性と透明性の高い規制環境を確保する。第二に、ビジネス環境を整備し、成長機会を特定することで、国内外からの投資を誘致する。第三に、人的資本の開発を目指し、国内のスキルギャップを埋めるための豊富な人材プールを構築する。第四に、インフラを整備・拡充することで事業コストを削減し、ブータン企業をグローバルなサプライチェーンに統合する。第五に、新市場を特定し、市場開発を支援するとともに、輸出促進の仕組みを強化する。第六に、包括的な金融戦略を策定し、民間企業の融資へのアクセス改善を図るとともに、新興産業向けの代替的な資金調達モデルを模索する。最後に、イノベーションラボを設立し、研究開発プロジェクトに資金提供を行うとともに、産学連携を促進する。
目標実現のための手段として、注目が集まっているのが、ブータン南部ゲレフで建設が進む特別行政特区「ゲレフ・マインドフルネス・シティ(GMC)」だ。GMCでは、先に紹介した8つの産業分野と連動する投資誘致を促進しており、まさにブータン政府の肝いり政策となっている。後編では、GMCのマネージングディレクターへのインタビューを基に、GMC構想について説明する。
LDC卒業後のブータン
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- 執筆者紹介
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ジェトロ浜松 係長
深津 佑野(ふかつ ゆうの) - 2022年、ジェトロ入構。調査部アジア大洋州課(インド担当)を経て、2026年8月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ企画部企画課海外地域戦略班(南西アジア担当)プロジェクト・マネージャー
原 悠伸(はら はるのぶ) - 2022年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課、イノベーション部ビジネスデベロップメント課を経て、2024年2月から現職。





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