官民が推進する人権尊重の取り組み(スリランカ)

2026年2月5日

2022年に経済危機を経験したスリランカは、IMFによる支援を受けながら緩やかではあるも確実な回復を遂げている。ジェトロが2025年8~9月にかけて実施した「2025年度海外進出日系企業調査(アジア・オセアニア編)PDFファイル(6.1MB)」(以下、「進出日系企業調査」)でも、今後1~2年に同国での事業展開を「拡大する」と回答した企業の割合は、前年度調査から14.9ポイント上昇し51.6%に上った。経済回復に伴う国外からの投資の活発化が期待される中、スリランカ国内での「ビジネスと人権」に対する取り組み状況は、足元でどうなっているのか。本稿では、スリランカ経済の動向を踏まえつつ、国内における人権尊重の取り組みを紹介する。

復調傾向にあるスリランカ経済

スリランカ経済は好調だ。スリランカの2025年第3四半期(2025年7~9月)の実質GDP成長率は前年同期比5.4%と2023年第3四半期以降、9期連続でプラス成長を遂げている(図1参照)。IMFや世界銀行、アジア開発銀行(ADB)などからの支援を背景に、外貨準備高は増加傾向にあり、財政や経常収支についても改善傾向にある。2025年11月末にはサイクロン「ディトワ(Ditwah)」によって国内に甚大な被害が発生したものの(2025年12月1日付ビジネス短信参照)、政府は中長期的にGDP成長率7%を目指す姿勢を崩していない。

図1:スリランカの実質GDP成長率推移(前年同期比)
2025年第3四半期の実質GDP成長率は前年同期比5.4%と2023年第3四半期以降、9期連続でプラス成長を遂げている。

出所:スリランカ・センサス統計局(DCS)公表資料を基にジェトロ作成

在スリランカ日系企業も、前向きな展望を描く企業が多い。ジェトロが発表した進出日系企業調査の結果によれば、2025年(1~12月)の営業利益見込みを「黒字」と回答した割合は46.4%と前年度調査から横ばいだったが、2026年については、2025年との比較で「改善」(50.0%)、「横ばい」(42.9%)と答えた割合が「悪化」(7.1%)を大きく上回り、今後さらなる改善を見通す企業が大宗を占める結果となった。今後の事業展開については、前年度調査から14.9ポイント上昇の51.6%の企業が「拡大」と回答するなど、投資の文脈でも復調機運が高まっている。

現政権は前向きな姿勢示すも、女性の社会進出は限定的

2024年9月の大統領選挙では、汚職撲滅と公平な富の分配を訴えたアヌラ・クマーラ・ディサーナーヤカ氏が勝利した。選挙公約のとおり、スリランカでは定期的に最低賃金が引き上げられている。直近では、2025年7月にスリランカ労働省が全国労働者最低賃金法を改正し、民間企業の最低月額賃金と最低日給を引き上げた。具体的には、最低月額賃金は2025年4月1日時点に遡及(そきゅう)し、2万7,000スリランカ・ルピー(以下、ルピー)(約1万3,500円、1ルピー=0.5円)に、2026年1月1日からは3万ルピーになった。最低日給も2025年4月1日時点に遡及するかたちで1,080ルピー、2026年1月1日からは1,200ルピーに引き上げられた。最低賃金の引き上げは労働者の生活水準向上の要であり、物価上昇率などを勘案した定期的な最低賃金の見直しは、人権尊重の観点からも必要不可欠だ(注1)

スリランカは主要な人権条約を批准しており、EUの一般特恵関税の優遇制度である「GSPプラス」の対象国のひとつ(注2)でもある。EUは持続可能な開発や人権保障などに関連する一連の国際条約を批准・準拠する後発開発途上国(LDC)・地域に対して、GSPプラスでより大きな特恵措置を付与する。EUの公表資料によれば、GSPプラス対象8カ国のうち、パキスタン、フィリピンの次にEUへの輸出金額が大きいのはスリランカであり、その額は13億ユーロに上る(2023年、公表資料による最新値)。また、スリランカからEUへの輸出のGSP適格割合は84%、利用率は59%、ゼロ関税製品が占める割合は65%と、同制度が与える経済効果は大きい。製品別で特に影響が大きいとみられるのがアパレルとゴム製品で、両製品合計で特恵関税輸入全体の67%を占めている(図2参照)。このように、政府が人権尊重方針を示すことは、ビジネス上のリスク低減となるだけでなく、GSPプラスの対象となるなどスリランカ経済全体にもポジティブな影響をもたらしていることが分かる。

図2:GSPプラスの影響が大きい製品(100万ユーロ、2023年)
製品別で特に影響が大きいとみられるのがアパレルとゴム製品で、両製品合計で特恵関税輸入全体の67%を占めた。

出所:GSPHUBからジェトロ作成

一方で、課題も残る。スリランカでは、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」に基づく国家行動計画(NAP)が未策定であることも影響してか、女性の社会進出がいまだに限定的だ。世界経済フォーラム(World Economic Forum:WEF)が2025年6月に公表したジェンダーギャップに係る調査報告書で、スリランカは調査対象国の中で唯一マイナス成長にとどまっている。実際に国内の失業率をジェンダー別に確認したところ、2024年の男性の失業率が3.0%であるのに対し、女性は同7.1%と2倍以上となっていることが分かる(図3参照)。スリランカに所在する国際機関職員の一人は国内の女性の労働環境について、「工場の衛生状態や適正な賃金、産休などの福利厚生は課題であり、これらの未整備によって女性労働者が脆弱(ぜいじゃく)な状況にある場合が多い」と警鐘を鳴らす。

図3:スリランカの失業率推移(ジェンダー別、%)
2024年の男性の失業率が3.0%であるのに対し、女性は同7.1%と2倍以上となっていることが分かる。

出所:スリランカ・センサス統計局(DCS)からジェトロ作成

民間レベルで進む認証制度

では、民間における取り組みはどのようなものがあるか。本稿では、National Chamber of Exporters(NCE)による取り組みを紹介する。NCEは、スリランカ国内に約600人の会員を有する民間部門の協会だ。会員のうち90%は製品・サービスの輸出事業者であり、残りの10%は輸出業者に対して貨物輸送や金融サービスなどを提供する事業者だ。スリランカの主要輸出品目である紅茶やアパレル、宝石を中心に多種多様な業種の企業が、大企業から中小企業まで企業規模を問わず幅広く所属する。同協会の特徴は、「倫理的取引(Ethical Trading)」を行う事業体であることを証明する認証(Certificate of Ethical Trading: CET)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを発行している点だ。同認証では、トレーサビリティーや児童労働の禁止、ジェンダーバランス、最低賃金、環境保護、適正なガバナンス、透明性など10にわたる指針に基づいて評価している。認証の有効期間は2年間で、認証取得に係る諸費用には従業員数に応じた階層別料金が設定され、最高で約4万ルピーだ。

NCEの認証発行の契機は2019年までさかのぼる。欧州に会員企業数十社のデリゲーションを率いて出張した際、現地のバイヤーから「倫理的取引」に関する認証を取得しているかを問われることが多かったという。会員企業の多くは、ISOやGMP(製造管理・品質管理に関する認証)は取得していたものの、倫理的取引を証明できる認証は取得していなかった。そこで、NCEが独自に調査したところ、欧州を中心として倫理的な取引や適切なガバナンスが重視されており、それらを保証する認証を取得している企業は、提供価格帯が上昇しても取引が実施されているケースがあるという現状を把握した。その後、在スリランカの欧州諸国大使と議論をしながら、同認証の評価軸などを策定し、認証を発行するに至った。同認証の具体的な効果として、NCEのシハム・マリカー事務局長兼最高経営責任者(CEO)は「認証を取得した輸出業者からは輸出製品の価格交渉時に有利になったという話を聞く。最近では欧州だけでなく、中東諸国の取引先からのニーズも高い」と語った(ヒアリング日:2025年10月9日)。現在、同認証の認定企業はNCEの会員企業に限られ、その数は約140社ほどだ。特に中小企業にとり認証取得のハードルは高く、セミナーやワークショップでサクセスストーリーを共有するなどして、認証取得の重要性を継続的に伝えているという。マリカー氏は「目標は、2026年末までに600社の会員企業全てに認証を取得してもらうことだ。併せて、今後は非会員企業からの申請受け付けを検討している」と今後の抱負を語った。

課題は残るも、国内で取り組み広がる

これまで、スリランカの政府・民間レベルにおける「ビジネスと人権」に関する各種取り組みを確認してきた。女性の社会進出推進などで課題は残りつつも、民間レベルでは「倫理的取引」に係る認証発行が行われるなど、前向きな姿勢が確認できた。今後の経済回復を見据え、ビジネスの活発化が予想される中で、人権尊重に係る取り組みについてさらなる加速が期待される。


注1:
人権デューディリジェンスの観点からは、企業は労働者の「生活賃金」を保証することが規定されている。生活賃金とは、労働者とその家族が適切な生活水準を保つために必要な賃金水準。米国やニュージーランドなどで、最低賃金より高い生活賃金を規定しようとする動きもあり、政府・企業は最低賃金以上の取り組みも求められ得る。 本文に戻る
注2:
スリランカ以外では、パキスタン、フィリピン、ウズベキスタン、カーボベルデ、ボリビア、モンゴル、キルギスが対象。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
深津 佑野(ふかつ ゆうの)
2022年、ジェトロ入構。海外調査部海外調査企画課を経て、2023年8月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。