官民の取り組み例
フランスのイノベーション・エコシステム(2)

2026年1月15日

フランスのイノベーション・エコシステムの現状を連載で紹介する。2回目の本稿では、前稿「フランスのイノベーション・エコシステム(1)新興企業支援政策」で紹介したスタートアップの成長における課題への取り組み内容を概説する。フランスは道半ばではあるが、グローバル競争力やレイターステージの資金調達といった課題に対して、以下のような施策により状況の打開を図っている。

エコシステムを支える政府の取り組み

フランス政府は国家投資計画「フランス2030」を2021年に策定し、原子力、水素、航空機のほか、電子部品やディープテックなどの戦略分野に集中的に投資することを発表した(2021年10月14日ビジネス短信参照)。2025年4月発表の中間報告で執行状況の進捗(しんちょく)が報告されている(表1参照)。同計画による投資の結果、直接創出された雇用は15万5,000件で、その多くが中小企業(PME)、中堅企業(ETI)、零細企業(TPE)であり、支援されたプロジェクトは7,500件、受益者は7,000人以上、新たに登録された特許は6,000件以上という具体的な成果を上げた。また、2023年時点でフレンチテック120のうち23社がフランス2030から直接支援を受けている(総額2億5,700万ユーロ)。

また、フランス2030に基づく戦略分野における主要な社会課題を解決する可能性を持つスタートアップを支援するプログラム「フレンチテック2030」も導入された。同プログラムの支援企業には、同プログラムが開始された2023年に選出された前稿のミストラルAIも含まれ、これら選定企業は資金面の援助や商業展開・国際展開に関する支援を受けている。

表1:フランス2030の中間報告(2025年4月時点)
分野・指標 目標(2030年) 現在の進捗(2025年) 達成率・状況
総予算 540億ユーロ 380億ユーロ執行済み 約70%
教育・人材育成(再工業化と技術主権の確立を支える人材基盤の強化) 年間40万人の育成目標 2024年に年間10万人育成 約25%
バイオ医薬品 60種類の製造 47種類製造済み 約78%
EV・ハイブリッド車生産 年間200万台 2024年に年間64万台 約32%
水素航空機 2030年までに1機を製造 試験飛行成功(2024年2月) 2024年末時点で技術的・経済的進捗率は23%
量子コンピューター 欧州の量子コンピューターの世界シェアに占める割合を50%とする フランスが主導する欧州の量子コンピューターが世界シェアの52%を獲得 先行して達成
小型原子炉(SMR) 2030年中に1基の稼働を目指す 複数プロジェクトが進行中 2024年末時点で22%
宇宙開発 運用衛星群が提供するサービスを10基増設 4つのマイクロランチャー(小型ロケット)プロジェクトがエンジンテストを実施 実証段階
映像・文化産業 スタートアップ数15%増、人材の30%増、制作能力の倍増 11の撮影スタジオの建設・拡張中 進行中
二酸化炭素(CO2)削減(産業施設) 年間110億トン削減 年間72億トン削減 約65%
半導体(ウエハー製造) 年間23万4,000枚 12万5,000枚製造済み 約53%
電解装置 2026年までに0.8 ギガワット(GW) 0.4 GW確保済み 約50%
技術分野別プロジェクト 人工知能(AI)、医療、農業、宇宙、文化など 多数の公募・支援制度が稼働中 多角的に展開中

出所:フランス政府レポート・記事を基にジェトロ作成

Tibiラベルの付与で信頼性と透明性を確保

フランス政府は、フランス2030によって戦略分野における投資計画を具体化させ、技術開発・イノベーション創出を支援しつつ、Tibiイニシアチブ・フェーズ2(2023年6月開始)により、レイターステージなどに成長資金を供給する体制を整えようとしている。フェーズ2は、ディープテックを中心とした革新的なテクノロジー企業の資金調達支援策の第2段階として運用されている。フランス財務省(DG Trésor)が主導し、技術委員会による投資案件への審査・承認を経て、上場・非上場ファンドに「Tibiラベル」を付与することで、信頼性と透明性を確保し、7億ユーロの民間資金を動員することを目指す。投資家はこのラベルを参考に、資金を投入するファンドを選定する。フェーズ1では約300億ユーロが投資され、フェーズ2では既に25億ユーロ以上が投資済みだ。Tibiフェーズ2では、レイターステージのスタートアップや上場テックファンドといった投資先に加え、アーリーステージやクロスオーバーファンド(公開株・未公開株の両方に投資するファンド)、セカンダリーファンド(既存の投資ファンドやポートフォリオ資産を再取得するファンド)を対象に加えるなど、投資先を多様化することで資金の流動性と市場の安定性を高める狙いがある。投資家はファンドを通じた間接投資だけでなく、企業への直接投資(特にレイターステージ)も認められている。これらの制度進化により、空港運営・出資を行うADPグループや米国製薬大手ファイザーなどの大企業や、資産管理を行うファミリーオフィスも参加を表明した。同イニシアチブによる認定ファンドは92にのぼり、それらファンドは14のフランスのユニコーン企業、50以上のネクスト40/フレンチテック120選出企業に投資実績を持ち、資金はIPO(新規株式公開)支援、国際展開支援、ESG対応、ディープテック分野への専門人材の採用などに用いられている(表2参照)。

表2:フランス2030の戦略分野におけるネクスト40/フレンチテック120選出企業の例

電気自動車分野
企業名 事業概要・現状
ベルコール(Verkor) 事業概要:低炭素型の電気自動車用バッテリーを製造
現状:2026年前半に稼働予定のギガファクトリー〔年間16ギガワット時(GWh)〕をフランス北部ダンケルクに建設中(試験製造フェーズ)。2023年にフランス2030の枠組みによる金融支援を中心とした約6億5,000万ユーロの補助金を含む20億ユーロを調達。高性能・低炭素型バッテリーの製造でルノーと提携。
エレクトラ(Electra) 事業概要:電気自動車用急速充電ステーションの展開
現状:欧州8カ国に展開、2030年までに1万5,000の充電ポイント設置が目標。2024年に3億400万ユーロを調達。
脱炭素化分野
企業名 事業概要・現状
フライング・ホエールズ(FLYING WHALES) 事業概要:大型貨物輸送用の飛行船を開発。遠隔地への革新的な物流
現状:欧州航空安全機関(EASA)による認証プロセス中。2027年以降に初飛行予定。水素推進や人工知能(AI)搭載技術も開発中。
ディープキ(Deepki) 事業概要:不動産のエネルギー効率やESG評価を支援するSaaSプラットフォーム
現状:80カ国以上で展開、500社以上が導入。建物の低炭素化を支援。
医療機器・バイオテック分野
企業名 事業概要・現状
ツリーフロッグ・テラピューティクス(TreeFrog Therapeutics) 事業概要:iPS細胞を用いた細胞治療(例:パーキンソン病)を開発
現状:独自技術「C-Stem ™ 2026」により大量生産を可能に。2026年に臨床試験開始予定。2025年に欧州投資銀行(EIB)から3,000万ユーロの資金調達。
DNAスクリプト(DNA Script) 事業概要:酵素合成によるDNA製造技術(EDS)を開発。診断・ワクチン・データ保存などに応用。
現状:フランス防衛装備総局(DGA)、米国国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)、米国製薬大手モデルナ(Moderna)などと連携。
宇宙技術分野
企業名 事業概要・現状
キネイス(Kinéis) 事業概要:IoT向けのナノ衛星コンステレーション(注)を構築。海洋環境・物流トラッキング・自然災害防止などに活用。
現状:25機の衛星が軌道上にあり、2025年6月に商用サービス開始。2030年までに1億ユーロの売り上げ目標。
ロフト・オービタル(Loft Orbital) 事業概要:物理的なペイロード(観測機器やセンサーなど)を迅速かつ効率的に宇宙へ展開・運用するためのサービスやクラウドベースのソフトウエアプリケーションにより仮想ミッションを展開・運用できる衛星インフラを提供。
現状:2025年に1億7,000万ドルを調達。30機の衛星を運用中。米国航空宇宙局(NASA)、フランス国立宇宙研究センター(CNES)、欧州宇宙機関(ESA)、米国宇宙軍(USSF)などが顧客。AIによる軌道上データ処理を実施。

注:「IoT向けのナノ衛星コンステレーション」とは、地上ネットワークが届かない場所(海洋、山岳、砂漠など)にあるIoT機器やセンサーを、複数の超小型衛星(ナノ衛星)でつなぐ通信インフラ。
出所:各企業リリースなどを基にジェトロ作成

そのほか、フランス政府はイノベーション創出の手段として公共調達を活用している。入札条件の緩和や情報公開の強化を通じたスタートアップの参加促進に取り組むほか、2018年から電子入札の導入をはじめ、公共調達プロセスにおけるデジタル化・簡素化を推進し、特に法務リソースが少ないスタートアップ・中小企業がアクセスしやすい環境を整備している。資金繰り改善への方策としては、事業者負担の入札保証金の引き下げ(5%から3%)や発注者の契約前払い金の増額(5%から20%)を決定した。革新的な企業を対象に、10万ユーロ未満の契約は公的機関と随意契約での直接契約を可能とする「革新購入」制度を導入し、2020年には、4万ユーロ未満の公共調達での契約において公告・競争手続きを不要とする簡素化も進めている。

エコシステムを支える民間企業の取り組み

フランスのスタートアップ・エコシステムの特徴として、こういった政府のイニシアチブに加え、スタートアップ・エコシステムを支える両輪である民間企業のオープンイノベーションに対する取り組みが挙げられる。欧州最大級のイノベーション展示会であるビバテクノロジーは、フランスを代表するテクノロジー・カンファレンスとなっている。来場者数・スタートアップ社数は、第1回の2016年から直近2025年にかけてそれぞれ約4万5,000人から約18万人(4倍)、約5,000社から約1万4,000社(2.8倍)へと大幅な増加を記録している。世界最大規模のスタートアップキャンパスであるステーションF(STATION F)は、フランスのエコシステムを象徴する施設と位置付けられている。2017年のオープンから2025年までに累計8,000社が入居し、入居したスタートアップが達成した資金調達額は合計で年間10億ユーロ超だ。東京都は、現在アジア最大級のスタートアップカンファレンスにまで成長したSusHi Tech Tokyoを2023年から開催し、愛知県は2024年に国内最大のオープンイノベーション施設であるSTATION Aiを正式にオープンしたが、それぞれビバテクノロジーとステーションFをモデルに構想・設計されている。フランスの同イベント・施設には、エマニュエル・マクロン大統領がたびたび訪問し講演するなど、フランス政府としてもスタートアップ振興の重要な存在と位置付けているが、いずれも民間のイニシアチブにより創設されたことが特徴だ。

民間のイニシアチブ

ビバテクノロジーはフランスの広告代理店大手ピュブリシス・グループ(Publicis Groupe)と大手経済紙レゼコー=ル・パリジャン(Les Echos-Le Parisien)によって創設された。同経済紙を傘下に抱えるラグジュアリー大手LVMHグループも、創設パートナーとして同イベントの発展に中核的な役割を果たしている。

ステーションFは、フランスの新規事業を何度も立ち上げる「連続起業家」で、フランスの通信会社フリー(Free)の創設者でもあるグザビエ・ニエル氏が構想・設計した。約2億5,000万ユーロに及ぶ私費を投じ、公的資金は一切投入されていない。フランス政府は2017年、ステーションF内に「フレンチテック・サントラル」という約30の公的機関からの情報提供や、スタートアップ向けの資金調達、国際展開、規制対応、技術支援などを行う相談窓口を設置した。また外国人起業家・投資家のために英語対応可能な環境を整えるなど、これら民間の動きを強く後押しするかたちで官民が連携し、スタートアップのエコシステムを支えている。

フランスのITコンサルティング大手ソプラ・ステリア(Sopra Steria)が、欧州諸国の民間企業によるオープンイノベーションの実態について、フランスのビジネススクールインシアード(INSEAD)および市場調査会社イプソス(Ipsos)と共同でアンケート調査を行っている。この調査の2023年のレポートによると、フランスは、オープンイノベーションに取り組む企業の割合では、欧州他国との比較で必ずしも上位に位置しない(表3参照)。一方、オープンイノベーションに取り組む企業の成功率では2位となっており、トップマネジメント層のオープンイノベーションに対する強いコミットメントがその要因として挙げられている。同調査の担当者によると、イタリアやベネルクス諸国のオープンイノベーション比率が高いのは、中堅・中小規模の企業の数が比較的多く、インハウス(自社内)で新しい技術の開発に対応できないため、外部と連携したイノベーション創出への感度が高いことが理由として考えられるという。フランスが欧州や世界規模で展開する大企業を多く抱えることを考慮すると、フランスのオープンイノベーションへの意欲的な姿勢やその成功が見て取れる。

表3:欧州諸国のオープンイノベーションに関する実態調査

オープンイノベーションに取り組む企業の割合
順位 国・地域名
1位 イタリア(80.4%)
2位 ベネルクス諸国(80%)
3位・4位 ノルウェー、スウェーデン(77%)
5位 フランス(75%)
オープンイノベーションに取り組む企業の成功率
順位 国・地域名
1位 イタリア(71%)
2位・3位 フランス、英国(67%)
4位 スペイン(62%)
5位 ベネルクス諸国(59%)
経営層のオープンイノベーションへのコミットメント
順位 国・地域名
1位 イタリア(44%)
2位 フランス(40%)
3位 ベネルクス諸国(25%)
4位 ドイツ(24%)
5位 ノルウェー(22%)

注:調査対象国は、英国、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、スウェーデン、ノルウェー、ベネルクス諸国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)。
出所:ソプラ・ステリア「オープン・イノベーション・レポート2023」を基にジェトロ作成

オープンイノベーションに積極的に取り組むフランス企業

この背景にあるのは、フランスの大手ラグジュアリーブランドや化粧品会社などにとって、スタートアップとの協創が自社のブランディングにも資するという、マーケティング戦略上の理由だけではない。フランスでは、伝統的に公的機関や大企業への就職が主流であったが、2000~2024年にかけての起業数は約4.5倍に増加。政府が旗を振るフレンチテックなどのスタートアップ振興策により、ビジネスにおけるリスクや失敗を許容する土壌が、フランス社会で形成されつつあることがうかがえる。一方で、米国と比較すると、依然としてフランスではスタートアップ単独で事業を行うことのリスクを回避する傾向が強く、その結果が大企業とスタートアップの協業という形態で表出している。また、次稿で詳述するフランス・欧州域内での技術主権の確保の重要性について、官民が共通認識を有していることも、スタートアップ育成への機運が醸成される要因となっている。

ここでは、具体的な事例として、オープンイノベーションに積極的に取り組むフランスの企業をいくつか紹介したい。

  1. LVMH(ラグジュアリー大手)
    • スタートアップ向けのアクセラレーションプログラムを提供する「ラ・メゾン・デ・スタートアップ(La Maison des Startups)」は、毎年30社のスタートアップを支援し、グループ傘下の75を超えるメゾンと連携して新しいビジネスソリューションを共創。
    • DAREプログラムでは、社内人材が2,700以上のアイデアを提案し、スタートアップの手法を用いて社内での新規プロジェクトの事業化を目指す。
    • LVMHイノベーションアワードは、ビバテクノロジーのプログラムの1つとして開催・表彰され、毎年数百社の応募から最も革新的なスタートアップを選出し、グループ全体に紹介される。
  2. クレディアグリコル(金融大手)/Le Village by CA
    • フランス金融大手クレディアグリコル(Crédit Agricole)が、スタートアップを対象としたアクセラレーションプログラム・インキュベーション施設として2014年に設立。フランスを中心にイタリア、ルクセンブルクなど44の拠点を展開。
    • スタートアップと大企業が共働し、地域に根ざした分散型イノベーションを推進する。フィンテック以外の分野も支援対象。
    • 900社以上のスタートアップを支援、900社以上のパートナー企業と連携。
  3. サノフィ(製薬大手)
    • サノフィ・ベンチャーズ(Sanofi Ventures)は、サノフィのコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)として2001年に設立。同社は2023年に7億5,000万ドルの追加投資を発表。アーリーステージのスタートアップを中心に、バイオ医薬(希少疾患、免疫・炎症、がん、細胞・遺伝子療法、ワクチンなど)とデジタルヘルスに重点を置いた投資を行う。
    • 2025年11月時点でバイオ医薬40社、デジタルヘルス8社に投資。買収あるいはIPO達成の実績は26社。
  4. エアバス(航空宇宙大手)
    • エアバス・ベンチャーズ(Airbus Ventures)は、エアバスのCVCとして2016年に設立。現在4億6,500万ドルの資産を運用し、49社に投資。
    • 自律型モビリティー、電動化、低炭素経済、先端素材、製造システム、次世代コンピューティング、センシング技術などのイノベーションに投資。
    • 2024年にはディープテックやスペーステックに特化した1億5,500万ドル規模の新ファンド「Fund-Y」を立ち上げた。スペーステック分野の投資先には、衛星間移動技術を開発するインパルススペース(Impulse Space)や、宇宙船用の熱技術を開発するオロス・ラボ(Oros Labs)などが含まれる。

これらの事例はほんの一部であるが、フランスでは、ソーシング活動やアクセラレーションプログラムを通じ、グループ内や協業する企業のビジネスとの適合性を探りながら概念実証(PoC)を実施する、あるいは投資による経営への関与を行うなど、大企業とスタートアップが協創して新しいイノベーションを生み出していこうという前向きな姿勢が一貫してみられる。

フランスのイノベーション・エコシステム

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(1)新興企業支援政策

執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課 課長代理
井上 尚貴(いのうえ なおき)
2014年、ジェトロ入構。農林水産・食品部 農林水産・食品事業推進課(2014年~2017年)、ジェトロ・ラバト事務所 海外実務研修(2017年~2018年)、企画部企画課(2018年~2021年)、ジェトロ・パリ事務所イノベーション分野担当(2021年~2025年10月)を経て現職。