米国の政策変更がインド人学生に与える影響
留学とキャリア形成モデルの転換

2026年7月22日

長年、米国はインド人学生にとって高等教育とキャリア形成の最重要拠点として位置付けられてきた。米国のトップ大学への留学、特にSTEM(注) 分野で教育・研究経験を積むことは「ゴールデンスタンダード」と呼ばれ、世界有数の大学群や豊富な研究資源、産業界との強い結び付きがインド人学生を継続的にひきつけてきた。また、留学後の現地就労や長期的なキャリア形成につながる重要な制度であるH-1Bビザ(就労ビザ)は、多くのインド人に「アメリカンドリーム」をもたらすとともに、米国産業界にとっても必要不可欠な高度人材の供給源として機能してきた。しかし、近年、米国の移民・ビザ政策の変化によって、この前提は大きく揺らいでいる。本稿では、インド人学生の留学動向に大きな影響を与えている米国の留学ビザ政策の厳格化を取り上げるとともに、代替留学先として注目される各国の取り組み状況について解説する。

米国のビザ・移民政策の厳格化

米国のトランプ大統領は、国家安全保障上の懸念や反ユダヤ主義への対抗などを理由に、外国人学生や留学生を受け入れる高等教育機関に対する圧力を強めている。2025年5月に特定国の学生ビザの発給制限を打ち出したほか(2025年6月2日付ビジネス短信参照)、一部の大学において留学生の受け入れ上限の設定を求めた。米国際教育研究所(IIE)によれば、こうした政策の影響により、2025年秋の米国への新規留学生数は前年比17%減となった。また、2024年3~8月に行われた調査では、米国のインド人留学生数は約33万人と、出身国別では最も多い。こうした中、米国の政策変更は、拡大が続いてきたインドの留学市場に大きな打撃となり、学生の進学先選択に影響を及ぼしている。

卒業後の進路に直結するH-1Bビザ制度の変更も、インド人学生の将来設計に大きな影響を与えている。米国労働省(DOL)が定める4段階の給与レベルに基づく抽選制度では、給与レベルが高い申請者が優先的に選ばれる仕組みに変更された。また、2025年9月には、新規H-1Bビザ申請者に対し追加で10万ドルの支払いを義務付ける方針も発表されるなど、経済的・制度的リスクが急速に高まっている。なお、本措置については2026年6月8日に、米国マサチューセッツ州連邦地方裁判所が無効とする判断を下した(2026年6月11日付ビジネス短信参照)。トランプ政権は控訴する意向を示しており、その間も手数料の徴収は継続される見通しだ。ただし、2024年度のH-1Bビザ承認者の約7割をインド人が占めていたことを踏まえると、本措置の行方がインド人学生・人材に与える影響は大きい(表1参照)。

表1:2024年度(2023年10月~2024年9月)H-1Bビザ承認件数上位5カ国
国名 承認件数(人) 割合(%)
インド 283,397 71.0
中国 46,680 11.7
フィリピン 5,248 1.3
カナダ 4,222 1.1
韓国 3,983 1.0
その他 55,865 14.0
合計 399,395 100.0

出所:米国市民権・移民業務局(USCIS)の発表資料を基にジェトロ作成

変わるインド人学生の留学先選択

これまで、インド人学生の主な留学先は米国、英国、カナダ、オーストラリアのいわゆる「ビッグ4」が中心であったが、近年の環境変化を受けて、留学先を選ぶ基準は変わろうとしている。世界最大級の留学支援オンラインプラットフォームを運営するApply Boardが2025年11月に発行したレポートによると、インド人学生の留学先選択では、従来は大学ランキング上位校の「ブランド力」が重視されてきた。一方、現在は、ビザ取得の予測可能性や社会・政治的安定性、卒業後の就労機会、安定した雇用といった要素を踏まえた投資対効果(ROI)を重視する傾向が強まっている。特に留学費用の回収を海外就労に依存する中流家庭にとっては、制度変更による費用負担の増加や就労機会の有無は無視できない要素となっている。

このような変化を受け、優秀なインド人学生の確保を目指す各国の取り組みが活発化している(表2参照)。

カナダでは、移民抑制政策への転換や不正対策を目的としたビザ審査の厳格化により、インド人学生のビザ承認件数は大幅に減少している。一方、2026年3月に発表した新たな教育関連政策では、インド人学生に対して総額2,500万ドル規模の奨学金を用意するなど、優秀な学生の確保に向けた動きもみられる。

また、ドイツは学費の低さと政策の透明性を強みとしている。2025年9月には、駐印ドイツ大使のフィリップ・アッカーマン氏がX(旧ツイッター)で「ドイツの移民政策は安定しており、素晴らしい就業機会を提供している」と発信し、インドの高度人材を積極的に呼び込みたいとの考えを示した。

日本においても、科学技術イノベーション力の維持・強化や将来の人材投資の観点から、経済産業省と文部科学省が連携し、日印双方で次世代のイノベーション人材の育成・往来を促進する「LOTUSプログラム」を2025年度に開始した。先端技術分野のトップレベルの大学院生を対象に、1人当たり年間約300万円の奨学金を支給している。米国のビザ政策厳格化を受けた各国の対応は、単なる留学生誘致ではなく、将来の高度人材や研究人材を獲得する国家間競争として位置付けられる。奨学金や就労制度、永住権制度を組み合わせた政策パッケージが各国で競われている点が近年の特徴だ。

表2:国別のインド人留学生概況
国名 インド人
留学生数(人)
インド人
留学生比率
(国別順位)
インド人留学生向け奨学金制度・取組
カナダ 392,810 18.9%
(1位)
総額2,500万ドル規模の奨学金支給
MoU締結による大学間での交流促進
インド国内に3つのハイブリッド型教育拠点設置
ドイツ 59,000 14.6%
(1位)
インド人留学生に限定するものではないが、多くの国立大学で学費が無料、また、ミュンヘン工科大学(TUM)をはじめ、工学・理学分野に強い有名大学が多い。
日本 1,685 0.5%
(17位)
LOTUSプログラムによる1人当たり300万円の奨学金支給

出所:IRCC、IDW、JASSO資料を基にジェトロ作成

米国は依然として世界有数の教育大国であることに変わりはないものの、インド人学生にとって必ずしも「最有力の選択肢」ではない時代を迎えつつある。また、こうした政策環境の変化は、留学生本人の進路選択だけでなく、送り出し国と受け入れ国の間に形成されてきた留学・就労を通じた人材移動の前提条件を再検討する契機ともなっている。

実際に筆者がインドの大学を訪問して学生の意見を聞く中でも、「目先の給与水準の高さだけではなく、働き方の柔軟性や生活環境、さらには治安面を重視して就職先を検討したい」との声が多く聞かれた。こうした価値観の変化も相まって、長期的には国際的な人材循環の在り方そのものが変化する可能性がある。日本企業にとっても、上記学生の意見にあるような就労条件を含む総合的な魅力を提示できるかが重要である。今後は、米国をはじめとした世界各国が留学生受け入れや高度人材獲得などに向けてどのような制度設計を行うかが、人材獲得競争の行方を左右する重要な要素となるだろう。


注:
STEMとは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の4つの頭文字をとった略称で、これらを統合的に学ぶことで問題解決能力や論理的思考力を育む学問領域。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
中尾 隆宏(なかお たかひろ)
2010年、南都銀行入行。2025年、ジェトロ奈良貿易情報センター勤務(出向)。2026年4月から現職(出向)
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
川崎 宏希(かわさき ひろき)
2020年、ジェトロ入構。総務部総務課を経て、2023年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
ジェニカ・カルラ
2022年からジェトロ・ニューデリー事務所に勤務。特許、知的財産部門の担当を経て、2024年9月より映画・映像、アニメ、音楽、ゲーム、マンガなどの日本コンテンツのインド展開支援やプロモーションを担当。